新たな旅路は人探し
「ふむ……これは魔力不足だねぇ」
漆黒の騎士団長ジェド・クランバルと、晴れて皇室で働く事を許された魔法士シアンことシルバー・サーペントはノエルたんの眠るフォルティス家の一室に居た。
周りではナディアを始めとしたメイド達がノエルたん(?)の荒らした部屋の片付けに追われている。
「魔力不足……って、さっきの魔法で、か?」
「ああ。恐らくなのだが……」
シアンがノエルたんの腕を取り魔術具の腕輪を嵌めた。アレはシルバーがジャラジャラと着けている魔力封印の魔術具の一つだ。
「ナーガとの戦いでは確かにノエル嬢の未来の姿である悪役令嬢ノエル・フォルティスが居た。その姿は私も聖女の茜君の夢で見た事があるから間違い無いだろう。その存在は茜君が過去に戻り、ノエル自身の運命を変える事で消えたはずなのだが……」
「そうだよな、ノエルたんの未来は変わったはずなのに……何でその無くなったはずの未来のノエルたんが今ここに居るんだ?」
ナーガとの戦いでは悪役令嬢のノエルがノエルたんを助け自ら犠牲になろうとしていた。だが、そもそも居るはずの無い悪役令嬢ノエルがこの時代に居るのがおかしい……
「……一つの仮説を立てるならば、茜君が使った時間を超える魔法の影響による歪みかもしれないねぇ」
「歪み?」
「そもそも、時間を遡る魔法なんて物は禁忌中の禁忌さ。そして、そんな魔法を使えるのは異世界から特別な力を持って転移して来た彼女位なものだろう。いくら魔力があったって私にも使う事は出来ない」
「俺の周りにはホイホイとタイムリープだ事の過去に遡った事のってご令嬢が現れたのだが、それとは違うのか?」
「……そんなご令嬢がホイホイ現れる状況もどうかと思うけどね。それはその事象も含めて『そういう運命』なのだろう? だが、茜君のように魔法を使って意図的に運命を歪めたならば話は変わって来る……ましてやあのノエルのような力のある闇の魔法使いの運命を変えたならば相当な歪みが生じているはずさ。茜君はペナルティとして魔力を失い魔法を使う事が出来なくなってしまったみたいだが……悪役令嬢ノエルを消し去るには代償が足りなかったんじゃないのかね?」
「なるほど……じゃあこの悪役令嬢ノエルは足りなかった代償から漏れてしまった絞りカスみたいなモンなのか」
「……理解が早くて助かるが、君は言い得て妙な例えをするねぇ」
こちとら不思議現象には慣れっ子である。過去様々な常識の範疇を超える話に遭遇している為、頭が追いつかなくとも条件反射の様に理解だけはしているのだ。慣れとは恐ろしい……
「まぁ、悪役令嬢ノエルの絞りカスがノエルたんの中に居るのは何となく理解したのだが……それはそれとして、この状況はどういう事と見るんだ?」
「これもあくまで私の推測に過ぎないのだけど、悪役令嬢ノエルの魂とノエル嬢の身体が順応していないんじゃないのかね?」
シアンが腕輪の嵌るノエルたんの腕を持ち上げた。
「ナーガに乗っ取られ助けた後に暫く目を覚まさなかった事もそうだが、今のノエル嬢には悪役令嬢ノエルの魂に順応する程の魔力も闇の力も無い。なので、起きた瞬間に悪役令嬢ノエルの力が制御出来ず暴走してしまい魔法を放出してしまう。そして魔力不足で倒れる、を繰り返しているのだろう」
「じゃあ、ノエル嬢はずっと目を覚ます事が出来ないのか?」
「いや、この魔力封印の魔術具が有れば大丈夫だろう。後はノエル嬢の中にある二つの魂をどう制御するかだが……こればかりは本人の問題だからねぇ」
スヤスヤと眠るノエルたんの表情は、時折眉間に皺を寄せて二つの人格を行き来している様だった。
その頭をシアンが撫でる。
「ノエル嬢は優しくて脆い、まだ幼い少女だから、もしかしたら悪役令嬢ノエルに身体を譲ってしまっているのかもしれない」
「ノエル……」
ノエルたんは確かに優しい女の子だ……だが、そんな彼女を必要としている人は沢山居る。この屋敷の人間だってそうだ……陛下始め城や街の人達だってそうだし、聖女の茜やソラも――
「……そういや茜とソラは何処に行ったんだ?」
話を聞いて涙ぐんでいたメイドのナディアが記憶を思い返しながら答えた。
「茜様は確か修行をしに行くとか何とか仰っていたような……」
「そうか……ストーカー気質の聖女はともかく、ソラはノエルたんが1番可愛がっていた猫だからな。もしかしたら、ソラが呼びかければ譲らずにノエルたんとして答えてくれるんじゃないのか?」
「ふーむ……可能性が無い訳では無いねぇ。少しでも可能性が有るならば試してみても良いかもしれない」
「よし、聖女とソラを探しに行こう!」
「あっ、ちょ、お待ちください!」
部屋を出ようとした俺達をナディアが止めた。
「あのー、もしまた悪役令嬢ノエルの状態でお嬢様が目覚めた場合どうしたら良いのでしょうか?」
「ああ……確かに困るねぇ」
シアンは収納魔法からゴソゴソと何かハンマーのような物を取り出した。それは実際のハンマーではなく、風船の様に柔らかい。
「……コレってピコピコ……」
「これは眠りの効果がある魔術具でね。叩けば直ぐに眠ってしまうんだよ。だから……」
そうこう話をしている間にもノエルたんがむくりと起き上がりそうになる。ノエルたんっていうか目つきがヤバいから絶対悪役令嬢ノエルなんだけどね……
その頭を容赦無くシアンが叩いた。ピコンと大きな音と共にノエルたんは崩れベッドに沈む。
「こうすれば暫くは大丈夫だろう」
「……お嬢様に容赦無く手を上げろと……?」
「いやぁ、目つきが悪い方は悪役令嬢ノエルだから容赦無く殴った方が身の為だと思うよ? 二分の一だからどちらか確定するまで待っても良いけど、早めに判断しないと避けられてしまうからね」
「……」
シアンが笑顔で酷いことを言いよる……フォルティス家の人間なんて皆、ノエルたんを目に入れても痛くない程溺愛している人々ばかりだ。そんな方々にこの仕打ちをさせようとは……まだやわらかハンマーなのが良心的だが、見た目が全然宜しくない。
ハンマーを受けて気絶する最愛の幼女の図は悲しみでしかない……
「ぐぐぅ……我々フォルティス家一同、血の涙を流しながらお帰りをお待ちしておりますので……くれぐれも、お早めに、お願いしますね」
ナディアが既に血の涙を流していた。他の人達も泣いている……これは早く帰らなくてはいけないやつ。
俺達は恨めしそうに家臣達が見送るフォルティス家を後にして皇城に戻った。
★★★
「なるほど……ノエル嬢の意識が戻りかけているのは分かったが、それは何とも厄介な話だね……」
陛下も深くため息を吐いていた。陛下だってずっとノエルたんの目覚めを待っていたのだ。もう少し幼かったノエルたんが陛下とお茶をしていた中庭のテーブルは花に囲まれていた。悲しいのはそれを楽しむお茶会の主人がいない事なのだが……
「分かった。ジェド、聖女とソラを探しに行く事を許可する。出来るだけ早く……は、君には無理な話かもしれないが頼んだよ」
思いっきり信用されてないような心外な事を言われたが、毎回全くもってその通りなので返す言葉も無い。1つの目的に出れば10絡まれて来る男、ジェド・クランバル。一筋縄では行かないを自ら量産してしまうのだ……
「なるべく早く戻れるよう心がけます。……ですが、今回は足取りに関するヒントが少なすぎる為直ぐに帰れるかどうか……」
そうなのだ。ナディア情報では修行に出かけたとの事だったのだが、一体何処に行ったのかは見当もつかない。俺の行った事の無い地域も含めて世界は広すぎる……何処からどう探せば良いのやら。
難しい顔をする俺達に、三つ子の1人がポソリと申し出た。
「ダンチョー、俺……知ってますよ」
「?? えーと、お前が三つ子の誰だか分からんが……本当か?!」
「え、ああ。はい。この間ゲート都市に行く途中チラッと見かけた事があったんスけど、何か神に会いに行くって言ってたな……」
「神……?」
神って何だっけ……? 何かちょいちょいどっかで聞いた様な……
俺が首を捻って考え込んでいると、三つ子のもう1人がやはりポソリと申し出た。
「あ、俺……神の居場所知ってるかも」
「何? お前が三つ子の誰だか分からんが本当か??」
「ああ、はい。何かアンバーがつい最近神に会いに行ったって言ってました。何でも、竜の修行道を逸れた先に神が降り立つ地があるとか無いとか」
その話を聞いた時に、俺は合点がいった様に手を叩いた。神が降り立つ地と言えばアレだ、父さんと母さんが何回も挑戦しに行ってるアレじゃん。
余りにうちの両親がしつこい為、マリアとマロンに神が頼んでゲームステージだかとかいう罠の張り巡らされた道を造らせていたあの……アレだ。
「お前ら、それは間違い無いのか?」
「ええ……本人がそう言ってましたから」
「この世界で神っちゃーそこしか無いんじゃないスかね」
俺は陛下に向き直ると、陛下も頷いた。
「ジェド、とにかく無事に行ってきてくれ」
「はい。必ず……早めに連れて戻ります」
血の涙を流しているフォルティス家の方々の為にも……早めに。




