そうして終わった試験の末に……
皇室騎士、魔法士採用試験は終わった。
期間は設けてなかったはずなのだが……試験を受けた者達の殆どが脱落したからだ。
結果として陛下が人となりを見る程の人員は残っていなかった。シルバーのせいでそれどころじゃなかったのもあるが……何の為に参加させられたのか。
まぁ、陛下が居たおかげでブレイドの新たな性癖が目覚め……ブレイドが皇室騎士になる気になったから良しとしよう。
採用される騎士として残ったのはブレイドを始め数名。魔法士として残ったのは結局シアンだけだった。
優秀な魔法使いは本来魔塔を目指すものである。
ストーンみたいな魔塔を辞めて騎士になりたいとかいう変な奴か、魔塔主のくせに皇城で働きたいとかいう変な奴以外はそもそもとして受ける人数が少ない上に、あの鬼のような試験内容では残る者もそう居ないだろう……
ちなみに数少ない魔法士志願者達はどこで脱落したかというとアンデヴェロプトでほぼ居なくなったらしい。
あの地で魔塔を見た魔法使い達はこんなへんちくりんな試験を受けるよりも、やはり本願である魔塔を目指したくなったとか……
その魔塔の一番偉い人はこちらにいますがね……?
そして騎士志願者の半分以上はシュパースの洗礼を受け、遊び人の楽園に骨を埋めたらしい……
サービスゾーンとは……? とんでもねえ罠じゃねえか。
印の全て揃った地図を持って皇城に戻るとエース達が出迎えてくれた。
既に殆どの棄権者の連絡と数少ない帰還者の連絡を受けていて、試験を受けていた者は俺達が最後だったらしい。
「それでも、何人か残ってくれて私としては助かります……1人も残らないどころかジェドまで不合格だったらどうしようかと思っていましたから……」
エースは疲れきっていた。その目線の先には暗い顔をして掃除をしているストーンの姿があった。
メイドに混じって皇城の床をモップで磨いている……いやお前忙しいのに何してるん。
「……あいつはどうしたんだ?」
「ええと……何か試験を乗り越える事が出来ず失格となって帰って来た自分には騎士の資格どころか魔法士団長の資格すら無いと、新人からやり直しているみたいです」
……いや、魔法士の新人も皇城の掃除はしないと思うんだが? メイドの仕事取るなし。
「ロックが何回か説得したのですが、余程ショックだったみたいで。しばらく好きにさせておくのが優しさだとシャドウが言っておりましたのでああして好きにさせておいていますが……正直戻って来てるなら魔法士の仕事が山積みなので好きにしては欲しく無いんですよね。下の魔法士達もオーバーワークですので」
「はぁ……本当に面倒臭い性格しているよね全く」
ため息を吐いた陛下はストーンへと声をかけた。
「ストーン、大変だったね」
「陛下……私は、この程度の試験さえも乗り越えられず……不甲斐無い自分が情けないです。ダイナーの言う通り団長の資格はありません」
「ええと、ダイナーの言う事は気にしないように。今回についてはちょっとだいぶイレギュラーというか……君ではどうしようも出来なかった事態だから……」
「それが不甲斐無いというのです!! 皇帝直属の魔法士団の団長である私が魔法で操られるなどと……しかも陛下にまで害を及ぼすなどとは……そんな事許される筈はありません。確かに私は騎士になれず魔法士になった身……ですが己の才に胡座をかいて驕っていたなどと……そんなつもりは無かったはずなのに……何故私が魔法に打ち負けてしまったのだ……」
ストーンは床に崩れて落ち込んでいた。
ストーンが騎士もドン引きする位に修練を積み、仕事の合間にも休まず自身を高めていたのは誰しもが知っていた。普通の魔法士もそこまでストイックに修行しないし、ましてや意識高い系の騎士さえもそこまではしない。その位ストーンはストイックなのだ……誰が驕ってるなんて考えるだろうか?
……だが、今回に関しては相手が悪すぎた。
恐らく魔塔にだってストーンを操る事ができる程の強い魔力を持つ者等はそうそう居ないだろう。居ないだろうが、不幸にもそうそうに居ない筈の魔塔主が犯人だったのだ……
当の犯人は先程陛下から魔法士の徽章を貰っていた。お前をドン底に追い詰めたヤツはお前の部下だ。おめでとう。
「……ストーン。君を魔法士団長として認め、その役目を与えたのは私だ。君は騎士になりたかったのかもしれないけど、私は君にこの帝国の魔法士としての柱になって貰いたかったんだよ。それ位、君の真剣に仕事としての魔法に取り組む姿勢を評価したのだけど。それとも……君は私すらも信じられないというのかい?」
「そ、そんな訳は――!」
で、出たー! 帝国の全ての問題を解決すると言われる伝説の「へいかのせっとく」!
あの先代魔王すらも説得に応じたとされる帝国の都市伝説。
難解な悪役令嬢共も陛下の説得の前には納得せざるを得ないのだ……陛下に説得されないのはオペラかロストかナーガか腐占い師のレイジー位だろう。
……説得されてないやつ意外といるな。
「誰が何と言おうと私は君の事をちゃんと見ていたし信用に値すると思っているよ。だから騎士の様に崇高な精神を持ち真面目に打ち込む魔法士団長に戻ってはくれないか……?」
陛下が礼を尽くそうとするがその言葉をストーンが止めた。
「陛下……おやめください! 私は……愚かでした。陛下がそんなに私を認めて下さっていたとは……そんな陛下を信じきれない私がお恥ずかしい……」
「大丈夫、君の志はちゃんと伝わっているよ。君は魔法士だけど、誰よりも騎士だ。騎士よりも騎士だよ」
「陛下……」
陛下の説得が畳み掛けられる。まぁ、確かにウチ、騎士っぽい騎士いないからなぁ……何なら新人のブレイドが1番騎士っぽいんじゃなかろうか。
「……何とも騒がしい者が多いのだな。それで大丈夫なのか皇城は」
呆れながらその様子を見るブレイドの胸には皇室騎士の徽章が付けられていた。
そう言いますが、ちゃっかり白い騎士服を特別に作って貰っている程白に拘る君も騎士に拘るストーンと同類だからな……?
「まぁ、多少変わってる位がいいんじゃないか。それよりブレイド、お前未だ魔法拘束具を嵌めたままだったんだな」
ブレイドの両手には手枷が付いていた。陛下も思い出した様に頷く。
「そう言えばそうだった。君はもう皇室騎士団の騎士なのだからそれは要らないよね」
「……信用に値するのであれば」
ブレイドがそっぽを向いた。シルバーの件もあってか、やはり未だ後ろめたい所があるのだろう。
「良いだろう、そう思わないかいシアン?」
陛下はシアンを振り向いた。呼ばれたシアンは一瞬固まり貼り付けた様にニッコリと笑った。
「僕ですか? 僕は陛下が良いならばそれに従います。なんたって陛下に忠誠を捧げた皇室魔法士ですからね」
いやに協調する忠誠心。いや、絶対納得してないだろうお前。
だが、不本意を表に出す事なくブレイドの両腕に手を置くと一瞬手枷が光りガチャンと外れて床に落ちた。
その光景を見たストーンが固まる。
「……? その魔法拘束具は確か誰にも――」
「あ、ストーン。新しく君の部下になる新人魔法士のシアンだ。よろしく頼む」
「ストーン魔法士団長、僕……晴れて合格して魔法士になれました。貴方と働く事が出来て光栄です」
ストーンの言葉を遮る陛下の言葉にシアンが被せに行く。猫を被った様に可愛い新人を演じているが、その目はニヤニヤと笑っていた。今なら分かる、アレは楽しんでいる目だ……
哀れなストーンよ……お前ん所の新人は魔塔主だ。頑張って……
「あっ、騎士団長!」
騎士や魔法士の叙任も終わりストーンがモップをメイドに返す気になった頃、シャドウが俺を呼びに来た。
「どうしたシャドウ?」
「ノエル様が、目覚められたそうです……ですが」
「何だ……?」
唯ならぬ様子で伝える言葉に俺は胸騒ぎがした。陛下を見ると緊張した様に頷く。
「陛下……」
「ああ、様子を見て来てくれ。頼んだよ……それとシアン、君も付いてくれないか?」
陛下の言葉にシアンが頷く。ストーンだけは首を傾げていた。
「陛下……何故シアンも?」
「ええと……まぁ、アレだ。第一部隊にも騎士だけじゃなくて魔法士が必要かと思ってね」
「そう……ですか……?」
思いついたかの様な任命である。まぁ、ノエルたん絡みならばシルバーが居てくれた方がいいだろうしね……
シアンが移動魔法を使うと目の前にノエルたんの家が現れた。
「ああ! お待ちしておりましたわジェド様!!」
門の前ではメイドのナディアが憔悴し切った顔で出迎えてくれた。他の者達も疲れ切っている。
「一体、何があったんだ? ノエル嬢が目覚めたと聞いたのだが……」
「こちらへ!」
ナディアの案内で屋敷へ進むと、奥の部屋に近づくにつれて壁が壊れたり物が散乱している様子が見えた。
「これは一体……」
無言で一つの扉の前に立つナディア。ゆっくりその扉を開けると、やはり物がめちゃくちゃに散乱した部屋の中……奥のベッドにはノエルたんが寝ていた。
「ノエ――」
声をかけようとしたとき、ノエルたんの目が急に見開き、がばっと起き上がる。
その形相はいつもの天使のノエルたんの物ではなかった……目は吊り上がり、眉間に皺を寄せるその顔……怖い。悪役顔……
え?? ノエルたん……????
「危ないよ」
「?!」
シアンが声を発すると共に部屋中に風が吹き荒れ刃物の様なウインドカッターが飛んでくる。ナディアは慣れた様に地に伏せる。
シアンが目の前に魔法陣を作り障壁を出す。台風の様な風は一瞬で止み、風が止むと同時にノエルたんはベッドの上へと倒れ込んだ。
「これは……一体……」
「ジェド様、間違いありません。お嬢様は……悪役令嬢ノエルになっています。あの顔、間違いありません!!」
「は……?」
すやすやと眠るノエルたん……目を閉じたその寝姿には、件の悪役令嬢ノエルの面影は無かったが。




