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皇室騎士、魔法士採用試験(25)整った結末……

 


 灼熱の空気漂うシュパース新名所のサウナ内……

 しんと静まるのは暑さのせいか、それとも状況のせいか。


 最後に分かれた時のシアンはニコニコと笑っていたが、今は曇った眼鏡越しに表情も見えず口も固く噤んでいた。


「えっと……陛下、どういう状況なのかだけでも教えて頂けるとありがたいのですが……」


「それは本人に聞けば良いだろう。私はこの件には関与しない事に決めたのだから」


 陛下は服を脱いでナスカ達と同じようにタオル一枚になって腕を組み座っていた。一応この場には居てくれるようだが何も教えてはくれないらしい……

 隣にブレイドも座っている。アイツは元から半裸だったな……何か身体中に打撲痕があるけどどしたの? 襲撃でも受けた?


「聞けばってもなぁ……」


 俺は皆が注目する中シアンを見た。空間が重い……


 正直シアンとは殆ど話をした事が無い。俺のせいと言われても全然覚えが無いのだ……

 覚えがあるとすればお前、もしや男装した悪役令嬢……? 断罪を免れる為にこんな事を――な訳ないか。ブレイドを執拗に狙う意味が良く分からんし。


 なーんにもさっぱり分からんし、それよりも俺はそろそろ暑さが限界過ぎて頭がボーッとしているんだが……?

 ぼんやりと見えるシアンの様子はやはり変わらなかった。いや、暑そうだった。1人だけ魔法使いの服をガッツリ着込んでるし……

 せめてその曇って何にも見えない眼鏡位は外した方が良いのでは無いかと手を伸ばした。


「?!」


 眼鏡に触れた時、シアンがビクリとして俺の手を振り払う。

 少し眼鏡にかかった手がズラした眼鏡の隙間……そこからハッキリ見えた本当の目の色。

 眼鏡越しには青みがかってボヤけて見えた目の色は、ズレた隙間からはピンク色に発光していた。

 発光する目の中には独特な模様……


 その模様は何回も見過ぎて、見覚えがあり過ぎた……


「えっと……いや……お前、何してんの。……シルバー」


「……」


 その名を口にしても陛下やナスカは驚かずじっと見守っていた。

 シアンがゆっくり眼鏡を外す……

 水色がかった髪や青みがかった目に血が通うかのようにピンク色の魔力が走る。

 短く切り揃えた髪はパサリと元の長さに戻り、バラバラと外見を覆っていた魔法が解けて落ち消えた。

 眉を寄せて不満そうな顔のシルバーが現れて、俺は困って頭をかいた。


「シルバー……お前が襲撃事件を起こしていたのか。いや、そもそも何で試験受けてるの」


 正体が明らかになった所で益々分からない。そもそも何故魔塔主であるシルバーが魔法士の試験受けてるのかが分からんし、ブレイドを執拗に襲うのも――


 そこまで考えて俺はハッと気が付いた。


「……もしかして、ブレイドを襲っていたのは……俺の事を傷つけたからか?」


 正確にはダブった俺である。

 俺の言葉を聞いたシルバーは、俺をキッと睨みつけた。


「君が! ……君が、私には帰れって言うのにその男は家に連れて帰るし……あまつさえ同じ皇室騎士にするだなんて……君を殺したその男を……」


 シルバーは悲しそうに呟いた。……アカン。拗ねとる。思いっきり拗ねた結果こんな大事にしてしまったの……?

 あと、皇室騎士にしようとしたのは俺じゃなくて陛下なんだが……?


 チラリとブレイドを見ると苦悶顔を浮かべていた。そりゃそうだ、ブレイドはなーんも悪くない。完全なるとばっちりである。

 確かに俺を1人殺しましたがね……わざとじゃないだろうし。俺自体は生きてるし。いや、1人死んだけど……

 皇室騎士になろうとしたのもブレイドの意思ではない、罰というか最早罰ゲーム並である。


「シルシル、ジェドっちのせいでメンヘラ化してるなぁ」


「メンヘラって何ですか?」


「よく俺を刺す女の子達」


「ああ、なるほど……ナスカさんよく刺されてますもんね」


 よく刺されるとか普通にあるのか……? いや、シルバーもブレイドに対してだいぶ思うところがあるみたいだが流石に刺すまではしないだろう。


 というかシルバーが何で俺にそこまで固執するのか全然分からんし……俺にそこまでする価値あります?

 悪役令嬢にしても悪い人達も何で皆俺を巻き込むん……? 俺、何かしましたっけ?


 ……いや、そうじゃないか。


 ダラダラと暑くボーッとする頭の中で目の前の現実から逃げそうになった。

 目の前ではやはりダラダラと汗を流して落ち込んでいるのか悲しんでいるのか怒っているのか分からないシルバー。


「……なぁ、頭冷やさせて貰っていいか?」


「……」


 俺はシルバーの襟首を掴んでサウナ部屋を出た。もうだいぶ限界を超えていた茹だる身体をふらふらと引きずりながら掴んだシルバーごと水風呂に倒れ込むように飛び込む。


 刺すような冷たさの水が全身を暴れ汗を流させていた身体中の何かが一気に凍えて縮こまり固まる感覚に陥った。

 頭が冴えてくる……


「ぶはっ!」


 水風呂から顔を出すとシルバーも直ぐに近くから顔を出した。


「……冷たい」


「そうだな。……何か色々悪かったな。お前の気持ちも何も考えずに。お前を勝手に巻き込んで来る奴らと一緒にしてごめん……いつだって俺の為に行動してくれていたのにな。別に魔塔に帰れって言ったのは突き放した訳でも何でもないんだが。魔塔の主人が魔塔放っておいて良いのかと思っただけで……まぁ、お前も何か色々あったみたいだし何で魔塔主になったのかも全然分からないけど、お前が本当に望む事があるなら好きにやっても良いかもな。……いや、ブレイドに八つ当たりするのは良くないけど」


「……私の本当に望む事……」


 シルバーは目を見開き自身の手をじっと見つめていた。

 シルバーが何かを望んでいたのは魔法に関する事位だった。好きな食べ物を聞いた時も魔法と答えるような男である……てっきりこの世の何よりも魔法が好きなのだと思っていたんだが。


「……私は、魔法が好きだ。魔法の研究も、魔法の未来を考えるのも……シルバーの残した魔塔も……」


 シルバーはお前じゃないのか……?


「でも、君と居るのは凄く楽しい。君が死んだと思った時……シルバーを失った時のようにもう逢えなくなるんじゃないかと思って。君が危険な時には助けるって言ったのに……あの時は目の前に居ても何も出来なかったから……そんな事はもう……嫌だよ」


 シルバーはこの間俺が殺されたのが余程堪えたらしい。ボロボロと涙を水風呂に落としていた。

 ああ……ナーガのせいで大変なトラウマを植え付けてしまったようだ……

 いや確かに、あの時は流石の俺もダメでしたね。どっちが本体なのかは分からんが1人目の俺は死んでますし。何のミラクルが起きてか分からんが生きてますが、普通はそのままfin〜ですもんね。


「分かった分かった。俺は絶対になんやかんやで死なないから安心しろって言っても信用できないよな。それで、お前は何を望んでいるんだ?」


「……私も大手を振って君の近くにいる為に皇城で働きたい」


「……なるほど」


「いや、ダメでしょう。魔塔はどうするの魔塔は」


 いつの間にかサウナから出てきた陛下がキンキンに冷えた水風呂に恐る恐る足を突っ込んでいた。そうなのよね、最初はめっちゃ冷たくて勇気いるのよね……


「魔塔なら私の分身体に任せる」


 シルバーがウーンと力を込めると魔法陣の中からもう1人のシルバーが現れた。コイツはアレである。この間魔塔でシルバーが爆発しそうになっていた時に自ら自身の魔法を浴びる為に生み出した劣化版シルバー。マゾが生んだマゾである。


「魔塔の管理くらいなら劣化版の私でも大丈夫だ。魔塔が為すべき仕事は先代の頃からとっくに引き継がれている……私が好きで魔塔に居ただけだから。シルバーには許されているから」


「ええ……」


 困り顔の陛下の横で全身に寒疣を立てながらニコニコ頷くダイナーが言う。


「人と成りに問題が無ければ別に良いのでは?」


「え……いや、でも試験の妨害してたし……」


「ですから、それは特に試験のルールに抵触はしておりませんので。話を聞けば彼には彼なりに理由があったのでしょう? でしたら別に良いのでは」


「良い……のか?」


 ダイナーの説明に陛下も悩み始めた。いや確かにシルバー程の魔法使いが帝国に居てくれるなら……この上無いのだけれども。


「……良いのではないですかねー……」


 既に水風呂から上がって椅子に座っているブレイドが普段の硬い表情は何処かに置いてきたのか、ダラけた顔で寛ぎながら呟いた。


「いや、襲われた張本人が良いと言うなら良いけど……君、どうしたの?」


「私は頭の中か整理されました……陛下も水風呂から上がれば分かります」


「何が……?」


 ブレイドに言われるがまま俺達は水風呂から上がり椅子に座った……途端――

 どうだろう。頭の中に宇宙が広がっているのである。

 全身の緊張した毛穴が広がる様な……身体が宙に浮く様な……

 全ての悩みがどうでも良くなる……ああ〜……


「そう、それなのです!! それが整っているという事なのです!!! 私が本当に見たかったのはその顔なのです!!!」


 タオルを持って興奮したベネラが拳を握りながら熱く語っていた。その熱弁はサウナよりも熱かった。


「なるほどー……これが整うかー……こりゃ人気出そう」


「ねー……ヤバイでしょう……」


「あー……本当だ……疲れた身体に沁みすぎてヤバイね……」


 みんな椅子に溶けるようにダレていた。陛下ですらダレている……何これすごい。サウナすごい……異世界の人達なんつー発見してんのコレ……


 隣の椅子ではシルバーがダレていた。やはり色々疲れていたのだろうか? 

 そのダレた頭に手刀を軽く振り下ろす。


「……痛い」


「俺の為にとか、そういうのやめてくんない。重いから」


「……」


「自分の身くらい自分で守れますし。騎士団長ですから。そういう話は無しにして、お前が単純に俺と一緒に居たいならご勝手にどうぞ。……何が楽しいのか分からないが」


「……ジェドと一緒にいると楽しいよ? だって、私の想像出来ない事を沢山起こしてくれるのだから」


 シルバーは機嫌が戻ったのかいつもの様に笑った。

 全く、はた迷惑なヤツである。まぁ、タチの悪いご令嬢に比べたらマシか……


「シルシルとジェドっちが多大な犠牲を出した後に無事仲直り出来たのは良かったとして、ブレイドゥーはどうする訳?」


 ナスカがむくりと椅子から起き上がりブレイドを見る。ずっと眉間が張り詰めていたブレイドは反動からかダレにダレたまま戻らなくなっていた。

 椅子に伸びるように寝転がるブレイドは、ナスカの問いにダルそうに答えた。


「どうする……試験の事か……?」


「うん、騎士になりたいかなりたく無いか賭けてたじゃん?」


「私は……そうだな……願わくば、ルーカス陛下にもっと蹴られたい……」


「……は?」


 ブレイドの返答に皆が静まり陛下を見た。蹴られ……え? 何???


「……陛下……?」


「いや、ちょっと待て、私は何もしていない。何言ってるの君……」


 頭を押さえて焦る陛下を物ともせず、ブレイドは気怠げに続けた。


「私は……ジェドが何故あんなに強いのか疑問だった。だが、陛下に蹴られて確信した……あんなに痛くて重い蹴りは初めてだ。あんな重い攻撃で修練を受けているからこそ……強くなったのだな……きっとそうだろう」


 ……いや、全然違いますが。

 確かに陛下の蹴りや拳骨は死ぬ程痛いし、騎士団の皆はそれで鍛えられいる所ありますけどね……けど、陛下の蹴りなんて一発食らったら俺でも肋骨折れる位のヤツですよ??

 え? お前アレ食らったの??? え、その打撲痕ってそういうコト……???


「なので……私は……陛下の騎士になろうかなー……陛下の騎士になる理由はまだ見つからないが……強くなれるならいいかなーって……」


 ブレイドが整いすぎたあまり白くて堅いキャラすら崩れていた。いいのかお前……それで。


「……」 


「本人がそれで良いなら良いんじゃないかな?」


 ダイナーが機嫌よく頷いていた。


「じゃ、ま、皇室騎士になるっつー事で」


 ナスカがブレイドの手の甲に印を押した。

 これでブレイドは全ての試験の印を集め……晴れて皇室騎士になれるのだ。

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