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皇室騎士、魔法士採用試験(24)洗い出された理由(後編)

 


 ブレイドを庇いながらシュパースの広大な島を走り回る皇帝ルーカス。幸いな事に何故かあちこち工事中であり観光客は殆ど居なかった。


 謎の魔法使いシオンの猛攻撃は止まる事は無かった。人を庇いながらとは言え帝国最強と謳われるルーカスの脚力について行く程の加速や移動魔法……更には魔力の枯渇を知らないかの様に次々と繰り出される攻撃魔法。魔法使いとしてはかなりの実力者である事はルーカスにも十分に分かった。

 惜しまれるのはそれが襲撃者だという事……


「いい加減にしてくれないか!!」


 ブレイド目がけて魔法陣が写し出され、それを回避する為に吹っ飛ばそうと掴んだルーカスの手をブレイドは振り払った。

 魔法陣から放たれたアースランスを呪いの剣子が横一文字に両断する。


「ああ、そうだな。何故こんな事をするんだ……君が魔法使いとして優秀で魔力の枯渇が見えないほど無尽蔵だとしても、こんな事を続けて何になる。せめて理由を聞かせてくれないか」


 ルーカスはブレイドの言葉をそのままシアンに投げつける。


「いや、いい加減にして欲しいのはシアンだけじゃ無いのですが……?」


「え? ああ……少々手荒に扱ってしまって済まないね。それにしても君、頑丈だね。私に蹴られてもピンピンしているのは君位だよ? ジェドだって咳き込んで暫く立てないからね……」


「……」


 変な所でジェドに勝ってしまったが、何も嬉しくなかった。それよりもピンピンしている者が少ない程の手荒な蹴りを平気で浴びせて来る様な皇帝にブレイドは少し震えた。

 もしかしたら助けたり騎士にすると見せかけて、自分はジワジワ消されるのでは……? とさえ思った。

 確かに耐え切れぬ程では無かったが、今までブレイドが経験した中でダントツに痛い蹴りだった。

 ジェドからはルーカス陛下の一番痛い攻撃は拳骨で次点がウメボシだと聞いていた。

 拳骨は脳天が破裂するのではと思わせる程の痛みらしく、ウメボシに至っては形容しがたい痛みらしい。その話を聞いたブレイドは、暫く絶対に逆らわないでおこうと心に留めたものである。

 尚、逆らってもいないのに蹴りは飛んできた模様。


「……?」


 ルーカスはシアンがまた目を細めて怒りを顕にしたのを感じた。ルーカスの言葉、というよりはその視線の先にある物……ブレイドの持っていた呪いの剣子を見てからの事である。


「シアン……君、ブレイドの剣に何かあるのか……」


 ビクッと身体を震わせたのはシアンだけではなかった。当のブレイドさえもナーガの下に居た頃の行動については自身の思う所とそうじゃない事が混在している。


 ブレイドは自身の剣をじっと見た。確かにジェドと出会う前は、ナーガに従い多くの者を傷つけた事もあった……だが――


(いや、そんな筈は無い)


 ブレイドはハッキリと覚えていた。この意地らしくも愛らしい呪いの剣子は最近無理矢理手にさせられた物である。この剣で傷つけた者なぞ……ましてや恨まれる程の怪我を負わせた者は殆ど居ないのだ。

 仮にこの剣を見て恨みを増すならば、人違いの可能性もある。

 この剣の少し前までの所有者はジェドであり、そのジェドでさえ父親であるクランバル公爵から譲り受けた後殆ど抜く事は無かった。


「君……もしや人違いをしているのでは? 私はこの剣で人を傷つけた事は――」


 ブレイドの言葉を聞いた瞬間、シアンの周りに大量の魔法陣が現れた。

 その表情は明確にブレイドへ殺意を向けていて、血管が浮き出る程ブチ切れていた。

 余りの変貌ぶりにブレイドは一歩下がる。


「え……いや、私は何か変な事を言ったのか……?」


 困った様にルーカスを見るも、ルーカスも分からずに冷や汗をかいて首を振るだけだった。


 魔法式が繋がり出来上がる魔法陣から次々と攻撃魔法がブレイド目掛けて飛んで来た。

 魔法を見極めながら呪いの剣子で防ぎ、防ぎ切れぬものはルーカスがサポートした。

 だが、無尽蔵に襲う魔法は勢いを弱めるどころか強くなって行き、ブレイドの周りは無数の魔法陣で取り囲まれた。


(馬鹿な……こんな魔法の使い方が出来る人なんて、そんなの――)


 そこまで思いかけてルーカスは記憶が過りハッとした。


 アレはまだルーカスが皇帝になる前の少年の頃……先代魔塔主が亡くなる前に連れて来た同じ歳の少年。

 やはり彼も眼鏡をかけていた。

 その子の顔はよく覚えては居なかった。ルーカスは聖国にお忍びで行く際に自身のどうしても隠せぬ特別な色の髪や目の色を隠す為、認識を阻害する魔術具の眼鏡を魔塔に頼んだ事があったのだが……あの眼鏡ももしやその類なのでは? と思っては居た。

 結局、あの子供が誰だったのか深くは追求しなかった。先代が亡くなり、同じ名前を受け継いだのは見た事の無い青年だったが明らかに異質で魔法に侵された髪や目の色を隠す為にそうしていたのだろうと納得していた。


(いやいや、ちょっと待って……)


 そこまで考えてルーカスは頭を抱えた。

 仮にそれがそうだとするならばより分からない事が盛り沢山なのだ。

 先ず以って「何してんの君!」と大声で叫びたかったが、増え続け迫り来る大量の魔法陣を回避する事の方が優先だった。


(原因が本当にアレなら、止められるのもアレだろう!)


 ルーカスはブレイドが頑張って自力で防いでいる間に移動魔法の魔法陣を描いた。長距離を移動するような魔法ならば難しいが、近場ならばルーカスにだって直ぐに描く事が出来る。


「こっちだ!」


「えっ?!」


 ブレイドの腕を引き、完成した魔法陣の中に飛び込んだ。


「!!」


 シアンもまた直ぐそれを追いかけるように新たに魔法陣を作り出した。



 ★★★



「で、何でお前は此処にいるんだよ……」


 ベネラのキレッキレのタオル捌きと共に送られて来る切れる様な熱風。

 漆黒の騎士ジェド・クランバルと遊び人のナスカとセージ、あと何か急に現れたこの試験の発起人である第二騎士団のダイナーはサウナでアウフグースとかいうヤツを受けていた。


 ベネラのアウフグースというかタオル捌きはとにかくヤバイ。動きはプロの踊り子も裸足で逃げ出す様な芸術的なものなのだが、それに気を取られていると熱風が容赦なく身体を取り巻き汗が尋常じゃないくらい出るのだ……

 もう何かしゅごい。こんな量の汗かいた事ない。

 ダイナーだって、いつも訓練の時は涼しそうな顔で汗の一つ垂らしているのを見た事が無いのだが……今はとんでも無く汗を滴らせている。項垂れている俺達に比べて若干気持ちよさそうなのは何でなん?


「何故って、ここは良い所だから。こうして真の自分を見つめ直す事が出来るからね……」


「あー、ジェドっちさんコイツです。何かよく島のあちこちで見る裸の騎士」


 なるほど……セージが言っていた裸の騎士はダイナーの事だったのか。よく見るって、お前此処では良いけど他の所で裸なのはダメなのでは……? 何してくれてんの?


「いやね、やはりありのままの自分を見つめ直すにはありのままの姿が良いかなと……そう思わないかい?」


「いや、それは風呂でやっておけよ。まぁ、ここなら良いのか……」


「私の事は放っておいてくれて構わないのだけど、それよりも君達こそ試験中じゃないのかい? それに陛下も一緒だったはずだが」


「いやまぁ……何というか襲撃者が出てそれどころじゃ無いというか」


「襲撃者が……して、それどころじゃない、とは?」


 ダイナーは首を傾げた。俺も首を傾げる。


「いや、試験を邪魔されているんだが……? しかも襲撃者は同じ試験を受けている得体の知れない奴で……試験どころじゃないだろ……?」


「何故……?」


「何故って……妨害されてんだぞ」


「……そもそも、妨害や襲撃を禁止した記憶はないのだが……?」


「……は?」


 ダイナーがピラリと何処からともなく出した皇室騎士、魔法士採用試験のルールの書かれた紙。俺達の持っている印を押す地図の裏側がそれに当たるのだが……


 ダイナーの指差すルールには、自由大陸全体を回るコースそれぞれのチェックポイントには各ルールがあり、それに従ってチェックポイントにいる係員に印を貰って来ること。順路は特に無く最後に帝国に戻ること。時間制限は無く何日かかってでも戻って来れば良い。とだけ書かれてあった。

 確かに禁止事項は一切無い。


「これは対応力テストなのだから、他者からの妨害があっても然るべく対応すれば良いだけの話だろう? 妨害でも何でもしたりされたりしたって試験に合格すれば合格だし、妨害されなくとも試験に合格出来なければ不合格。それがこの試験のルールだ。そもそも、陛下を送り込んでいるのだから皇室騎士や魔法士にするのが嫌ならば陛下が断れば良い話で、試験とは全く関係が無いのだよね」


「……言われてみれば確かに……そう……か?」


「君だって結果として解決しているだけで、その過程で陛下に怒られるような事を散々しているだろう? 今の帝国に必要な人材はそういう者達なのではないかと私は思うのだよ」


 ダイナーが優しげに微笑みながら酷い事を言っている。


「うわぁ……帝国の騎士ってみんなこんな感じなんですか?」


「ルーカスもたまに酷いけど、皇室騎士もなかなか癖が強くないとなれないんだなー」


 遊び人2人が引いていた。遊び人もドン引きの、ルール無用な非道の試験だったようだ。待て待て、騎士全体が変な奴みたいに思わないで……他の騎士はこんな酷いこと言わないしありのままの自分を簡単に曝け出したりはしない。


 皇室騎士全体の株が下がりそうな話の流れの途中だが……


「だが……申し訳ないが、そろそろ限界かもしれん……」


「そうだなー。そろそろ移動するか」


 俺達は限界だった。あのキンッキンに冷えた水風呂を身体が求めているのだ……

 いつの間にかあの暑い、冷たいのサイクルが癖になっていた。心なしかそろそろ何かが見えて来そうになっている気さえした……


「ジェド様、そろそろです。もう直ぐ私の一番好きな顔が見られるのです……クックック……」


 元悪役令嬢ベネラがサディスティックな表情を浮かべ笑っていた。やはりお前はサウナサドなのか……?


 俺達3人は立ち上がり、サウナを後にしようと扉に手をかけた瞬間――その扉に魔法陣が現れ何かが俺達を突き飛ばした。


「――は? 陛下??」


「ジェド……あっつ!!! 何ここ!!」


 現れたのは陛下と半裸のブレイドだった。身を起こそうとした時、更に現れた魔法陣から人が飛び出て来た。


 出て来たのは水色の髪に眼鏡をかけた魔法使い……


「あれ? シアン……えと、みんな何してんの???」


「……」


 混乱する俺の身体を陛下が引き上げ、シアンの前に突き出した。


「ジェド、どれもこれも全部全て君のせいなんだから……君が何とかしなさい」


「……は?」


 何が???


 何だか訳の分からぬままシアンを向くが、その眼鏡は曇っていて表情が全然分からなかった。


 えーと……え? 何……なんなのこれ。俺が何をした……


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