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皇室騎士、魔法士採用試験(23)洗い出されたその理由(中編)

 


 熱い……熱すぎる……


 視界がオレンジ色の照明に照らされ余計に頭をぼんやりとさせる。

 息を吸う事さえ許してはくれぬ程の灼熱……砂漠の国サハリや太陽の精霊姫サニーが生み出した気候でさえこんなに暑くなる事は無かった。

 木造の部屋は地獄のように暑く……更にその暑い中で石に水をかけて発生させる水蒸気……それが煽り出した風に送られ俺の身体を襲った……

 その灼熱を纏った風は暑いを通り越して熱すぎる。


「ぐぁああああ!!」


「ジェドっちさん、ダメです! 耐えてください!」


 ホストのセージが逃げようとする俺を止める。セージも既にとんでもなく汗だくで瀕死だった。


「何故だ……何故俺を止める……!」


「だってジェドっちさん、裸の男が来るのを待っているんでしょ??」


「語弊のあるような事を言うな!!! というか……なんなんだここは……何の地獄だ……」


 俺は滝の様に流れ顔を伝う汗を拭った。セージは慣れているのか、流れる汗をタオルで拭いながら首を傾げた。


「何って……サウナですね」


「サウナ……? また聞き慣れない物が……異世界遺物か?」


「よく分かりますねー」


「分かるわ。こんな意味の分からん苦行を考えるのはマゾか異世界人だけだろうし……」


 異世界遺物……やたらめったらに異世界人が転生・転移してくるこの世界では元々歴史の中で育まれた文化に加えて、急に異世界からブッ込まれた突拍子もない文化が存在する。それが近頃異世界遺物、略して異物とも呼ばれている。

 用途も意味もよく分からない物は大体それであり、異物に関しては著作料や使用料を取らない事が殆どである。何せ元は異世界人の誰か他の人が考え出した物だから……

 たまに自身が編み出したと言い出す者もいるが、こうも異世界人が多いと誰かしらからすぐバレる。まぁ、この世界で広がる異物はどちらかというと異世界人本人が欲しくて広めている物が殆どなので金儲けの為に作る奴はあまり居ないのだが……


「だが、こんなに暑いだけの場所が何でシュパースにあるんだ? 何の遊びか楽しみかサッパリ分からないのだが……」


「それはこれから――」


 タオルを豪快に仰いで熱風を発生させていた係員の女がパサリとタオルを落とした。震える手で俺を指差す。


「黒髪、黒目……ジェドっちって……もしや貴方は『異世界に悪役令嬢として転生した場合頼った方が良い』というまことしやかに囁かれた都市伝説の、漆黒の騎士ジェド・クランバル様ですか??!」


 いや、何だよ都市伝説って。ついにアレか? 俺の噂が異世界にまで……? え? 何それ、こわい話……?



 ―――――――――――――――――――



 もう、一体何をしに来たのか分からなくなって来たので改めていきさつをお話ししよう。


 希代の善王、皇帝ルーカスが治める帝国はとても平和だった。なんなら他の国もまぁまぁ平和だった……はずなのだが、謎の事件の連続や怪しい竜の暗躍……それによって被害を受けた国内外の再建支援……

 流石のさす帝も身体が一つでは足りなくなって来た。いや、既に分身みたいなシャドウや有能すぎる宰相が居ても追いつかないのだ。

 更に、陛下にはめでたく最愛の彼女も出来た。紆余曲折ありすぎて気の毒になるくらいの困難を乗り越えて、である。

 何かもう流石に色々ありすぎたのもそうだが、ここまで国の為に尽くしてくれている陛下にこれ以上負担をかける訳にはいかない。ただでさえ恋人であるオペラは非常に面倒くさい子なのに、これでまた逃げられてしまったら陛下が立ち直れなくなるどころか闇堕ちしかねない……


 という訳で、有能な家臣を増やすべく試験を行っているのである。

 いつもは陛下が直接手合わせして選出して来たのだが、もうそういう時代では無いとの提案を受けてこの謎の試験ラリーが始まったのだ。各地で行われる試練を乗り越えて印鑑を集める物なのだが……何故か関係無い騎士団長である俺や魔法士団長のストーンも参加させられ、そして参加者を見極める為に陛下も参加させられている。……えと、本末転倒どころか何処行った。


 各地の試験は試験それ自体は然程難しい訳では無いのだが、謎の襲撃者のせいでバタバタと脱落者が増えていた。尚、魔法士団長のストーンも脱落した模様……

 そして、どうも襲撃者の1番の狙いはブレイドらしく……海上で行方が分からなくなって、恐らくシュパースに流れ着いたであろう彼を探しに俺と陛下は手分けして島内を回っていたのだが――何故か俺はサウナとやらに入っていた。

 いや、今はサウナから出てる。出て、何故か物凄く冷たい冷気漂う風呂の前にいた。……水じゃないのコレ?


「おい。何でだよ……さっきの流れだとあの謎に熱風を巻き起こしていた彼女の話を聞く流れだったよな……? いや、全然聞きたい訳じゃないんだが」


「いやだって、流石に暑いじゃないですか。大丈夫、水風呂に入ったらまた戻るんで」


「戻る……? 戻るなら何故出た……いや、今入るって言ったよな? めちゃくちゃ冷たそうなんだが……? 確かに身体は限界超えて暑いが、こんなキンッキンに冷えた水に入る程ではなくないか?」


「いいや、コレが大事なんです。3週はしないと」


 セージは俺をグイグイと水風呂に押しやる。何でそんな熱い冷たいを繰り返さないといけないんだ……??? 甘い物の後にしょっぱい物食べたいのとは訳が違うぞ。何の拷問なのコレ?


「というか、俺は人を探しに来ただけなのだが」


「いやいや、いいものなので騙されたと思って入ってください……ヨッ!」


 セージが思いっきり力を込めて俺を水風呂に突き飛ばし、突き刺さるような冷たさの中に思いっきりダイブした。


「ギャアアアアア!!!」


 スノーマンの冬の川だってこんなに冷たく無いぞ?! いや、あれは温泉だったが……

 正直鍛え過ぎた俺の鋼の身体にはあまり攻撃の類は効かないのだが、味わった事のない痛みが身体中を突き刺す。水痛え!!


「何すんだよ!! お前、騙しているのか俺を! というか何の意味があるんだこんな拷問みたいな水風呂!! 冷た過ぎて死ぬわ!!!」


「いやいや、そのままじっとして待ってて下さいよ。時期に水のカーテン着てるような感じで何ともなくなりますから」


「そんな訳あるか――ん? 確かに」


 あんなに冷たかった水が一枚布を羽織ったかのように何ともない。ほんまや……


「言った通りでしょう? これで数分経ったらまた戻るんですよ」


「だからその謎の儀式になんの意味が……」


 俺の身体が極寒の氷水のように冷たい水風呂に慣れ始めた矢先、突然水風呂に何かが投げ込まれて俺の身体の周りに出来た水のカーテンのような膜がスポーンと飛んで行った。ギャアアアアア!


「あれ?? ジェドっちじゃん。セージと洗濯場で何してんの??」


 水の膜を剥いだ追い剥ぎはナスカだった。投げ入れられたのはナスカに似つかわしくない白い服で、手には洗剤薬草が握られていた。


「お前こそ何をしているんだ……というかこの服……」


「あー!! ナスカさんダメですよー! ここ、洗い場じゃなくてサウナの水風呂に改装されたんですって」


「え? そうなの? つーかサウナって何?」


「何か異ブツらしいんですけど、俺も騙されたと思って入ってみたらヤバイんすよ。飛ぶぞって感じ」


「えー、何それヤバー! 何、俺より先に楽しんでんだよ、俺も入りたいー!」


 そう言ってナスカは服を脱ぎタオル一枚になった。


「おいコラ、この服はどうするんだよ……というか、この白い服……ブレイドのじゃん」


 ナスカが洗おうとしていた服に見覚えがあると思ったら、クジラさんがブレイドから分離したブレイドの魂より大事な白い服である。あいつは夜とか隠れてコソコソ丁寧に洗濯する程白く大事に着ているのだ。着替え用意してあげれば良かった。ブレイドは白以外は着たくないマンなのでその辺で買った服という訳にはいかないのだ……


「あー、何か海水で塩まみれな上に地面に落としたから汚れてベタベタなんだよな。ジェドっち、代わりに洗っといて」


「何でだよ……ったく」


 俺は冬の海より冷たい水風呂でゴシゴシと洗った服の泡を流してやる。服についた汚れは染みになる事なく白さを取り戻していた。


「丁度いい、さっきのサウナの暑さなら置いておけば乾くかな」


 サウナに戻ると先程より更に暑く篭った熱気がブワッと顔の前に吹いて来た。2回目でも全然慣れんわ……

 洗ったブレイドの上着やシャツやパンツの水を絞り叩いてシワを伸ばし、サウナの一角に干してやる。


 先に入っていた遊び人2人は既に汗だくになっていた。その2人の前にはやはり熱風を扇ぐ女性がいる。


「それで、貴女はその……悪役令嬢なのですか?」


「はい。私はさる国の子爵家令嬢ベネラ。いいえ……元、と言った方が正しいでしょう。何せ運命に抗うために逃げて来たのですから……」


 ベネラはまた熱々に熱された石に水をぶっかける。灼熱の蒸気が部屋中を漂い、ベネラが何か物凄いキレのある動きで扇ぐと体感温度が一気に増してとんでもなく暑い。暑いっつーか痛い。暑過ぎて息が出来ない。


「転生した時はビックリしました……何せ私が死ぬ間際に見ていた本の世界にソックリなのですから。そして私こそ、主人公であるヒロインをイジメ抜いて最後は処断されるらしい悪役令嬢ベネラそのものだったのです……」


「……その本って、どういう本なんだ?」


「主人公がベネラからの陰湿なイジメに耐え抜き、逞しく生きて報われイケメンで優しいベネラの婚約者と真実の愛を見つけるストーリーですね」


「わー、何か俺そういう話苦手。つーかアレじゃん、NTRじゃん。主人公さんさぁ」


「俺は別に全然アリだけど。良いじゃんあざと系女子でしょ? 最高。面倒くさく無さそうだし」


「ナスカさんそう言う事言ってっから刺されそうになるんですよ。本当、女子を見る目無いよなー」


 遊び人2人が何か爛れた事を言っているので無視した。お前ら、健全な話に不健全持ち込むなよ……しばくぞ。


「それで、その処断から逃れる為にここに逃げて来た……と?」


「……私、処断は特段どうでも良いのです」


「またか……いや、良くは無いが、それはこの際置いておこう。では君は一体何が嫌で逃げて来たんだ?」


「ベネラは陰湿なイジメを主人公に浴びせ、皆から愛される主人公の歪む顔に愉悦感を感じていました……が、私はそんな事をしたくは無かったのです」


 話が乗るにつれ、ベネラのタオル捌きがバッサバッサと強くなる。あー……暑過ぎて汗が滝のように流れるし、何かボーッとしてきた。


「そうか……まぁ、普通の感性なら人を好き好んで虐めたりしたくはないよな……」


「物を隠したり集団で囲んで罵倒を浴びせたり階段から突き落としたり……そんな物じゃなく……もっと、私がやりたい事は……見たい歪んだ顔は違う物なのです!!」


「……ん?」


 俺は一瞬考えた。だが、暑さでボーッとしてきて考えが纏まらない。ナスカ達も流石に暑過ぎて項垂れてる。


「知ってますか? これ、アウフグースって言います。私は世界大会に出る程のアウグフースマスターであり、温度の上昇と管理、分配やタオルテクニック……更にはテーマとショーの構成や 雰囲気までを突き詰めるほどハマっておりました。……ハマり過ぎました……いつしか私は私のタオル捌きで暑さに苦しむお客さんを見る事に快感を覚える程になってしまったのです」


「ははぁ……なるほど……?」


「私が見たいのはこっちなのです!! それを思い出してからというもの、必死に運命に抗いながら何とかサウナを作ることは出来ないかと奮闘しました……そしてこのシュパースでついに夢にまで見たロウリュが……サウナの暑さに茹だるお客さんの顔を見る事が実現出来たのです」


 ベネラはそれはもう嬉しそうだった。……なるほど? サウナサド……という事か? わからん……ダメだ。


「ちょっと、一旦話を待って貰っていいか……」


「あっ、ハイ。そろそろ水風呂に入らないといけませんね」


 いよいよ限界になった俺達はサウナを出て水風呂に向かった。……何でだろう、氷の様に冷たい水風呂は入るとアイスアローで刺される位に痛いのに、何故か求めている自分がいる……


 俺達3人はゆっくり水風呂に浸かった。ボーッとしていた頭が起きて来るような気がした。


「まぁ、悪役令嬢の事情は分かったな。いや、分からんが。それはそれとして……確かに裸の男に心当たりがありそうな場所には間違いないが……俺の探している裸の男はここでは無い気がするんだが……」


「え? そうなんですか? でもジェドっちさん、ナスカさんも探してたんじゃなかったっけ? 居ましたけど。普通に」


 ……言われてみれば確かに。ブレイドの事を探しに来ていたから全然普通にスルーしていたがナスカも探してたんや……


「そうだった。ナスカ、無事で良かった」


「無事? 何が?」


「いや、ここの所試験を邪魔する不穏な襲撃者の存在があってな。心配して探していたんだ」


 ナスカは思い出すようにンー? と天井を見た。


「襲撃者ってアイツの事だよなぁ……普通にブレイドゥーの事襲ってたけど。いや、どちらかと言うと襲撃者からブレイドゥーを庇っていたルーカスの方がブレイドゥーの扱い酷かったけど」


 ……いや、普通に遭遇してたんかい。

 ナスカの話っぷりだと、どうやら陛下とブレイドが応戦しているようだ……陛下がついてるなら多分大丈夫……かな?

 まぁ、ブレイドはああ見えて北の凍える大地と海が生んだサラブレッドだからな。鍛えられた身体は関門所のマゾ達に負けず劣らずの強靭な肉体なのだろう。

 今度陛下と手合わせさせてみたいものである。因みに世界で一番硬い聖石を割るほどの腕力を持つ陛下の武力はマジヤバい。蹴りなんぞ食らった日には俺でさえ肋骨が折れる。


「アーッ、そろそろ戻った方が良いんじゃないかな? ベネラの話も途中だし」


「そうだな……」


 俺達は無意識のうちに今度はあの茹だる暑さを求めていた。身体がサウナに依存し始めていないか……?

 というか、こんなにゆっくりしている場合なんだろうか……


 とは思っても身体が勝手にサウナのドアを開けて進んでいた。

 ムワッとした熱風を受けて中に入ろうとした時、客が1人増えてる事に気がついた。

 熱い木の椅子にタオル一枚で腰掛けるその男には、見覚えがあった。


 そいつは……この試験を提案した第二騎士団の騎士――紫の長い髪と金の目を持つ事から月光の騎士と呼ばれる男、ダイナー・ラ・ネイキッドだった。

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