皇室騎士、魔法士採用試験(22)洗い出されたその理由(前編)
「名前の無い君がわしの名前を欲してくれた事には正直驚いたよ……君は、君が憧れた魔法に酷い目に遭わされても尚……魔法の未来の事を考えてくれるんだね」
年老いた魔法使いはベッドに沈む身体を少しも動かせずにいた。生き永らえる術は沢山あった、だが身体がそれを求めても心は頑なに拒んだ。
家族の元に行く為にやるべき事はやり、託す物は全てこれからを生きる者達に託したのだ。
もう残り僅かとなった彼の人生に出来た唯一の気掛かりは心細く笑う傍の青年の事だった。
「……それは貴方だって同じだろう、シルバー……」
「いいや、違うさ。わしを裏切ったのは魔法ではなくそれを使う自分自身さ。最期の最期になるまで自分を許す事は出来なかった……けれど魔法はこんな非道なわしにも優しい……いつだって見捨てる事なく側に居てくれた。魔力に蝕まれてる君には酷な話かもしれないがね」
「……私だって、愛している」
青年を蝕んでる魔力は、青年の運命を非道な物に変えたかもしれない……だが、青年を救い、新たな世界を見せてくれたのもまたその魔力があってのことだった。
シルバーはもう重くて持ち上げると震える手で、青年のメガネに手をかけた。
レンズの溝に薄らと走るステンドグラスのような模様は彼の魔力に蝕まれた少年の容姿を少しでも隠そうと特別に作らせた物だった。
魔塔も、世の中も……そして少年も。全てが変わったのだから、もう悪意から隠す必要も無くなったのだ。
「けれども……君はそろそろ自分の為に自分を生きた方がいい。魔法の為には十分すぎる程尽くしてくれたから……幼い君が空腹を満たす万能な魔法に憧れたように……君自身が本当に望む事を好きにしてくれればいいのだよ……?」
「私は……私にはまだ……」
消えかける命を少しずつ優しく燃やしながら伝えるシルバーの言葉が……青年には未だ理解が出来なかった。
魔法以上に楽しく夢中になれる物なんて無かったから……
「ゆっくり……探すといいさ……シルバー・サーペント……今日から君の名前だよ。おめでとう……そして、おやすみ……」
老いた魔法使いは心配事も無く、眠るように彼の前からいなくなった。
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シュパースの街道沿い――道から少し外れた林の中で魔法使いのシアンと皇帝ルーカスは対峙していた。
「君は……何故試験の妨害をしているんだ? そんな事をしなくとも、この試験に合格者の人数制限がある訳では無いし……何より君の様な聡明な者ならば簡単に皇室魔法士になれるはずだ。現に地図に載っている各地の合格者印はもう殆ど集められているのだろう?」
「……」
ルーカスの問いかけにシアンは無言で返した。妨害者を暴かれ皇帝に咎められても尚、シアンからは殺意や悪意は少しも感じられなかった。
何も言わないシアンが何故、何の為にこんな事をしているのか分からず……かと言って理由も聞かずに手荒な対応をするのを躊躇われたルーカスは困り果ててしまった。
次の言葉を発しようとした時――すぐ横の茂みがガサガサと荒れ、銀髪で半裸の男と派手な遊び人がルーカスの視界に飛び込んできた。
「ここか!! 襲撃者は!!! 今度こそ正体を暴いて――何、ルーカス陛下……と……」
「えっ……」
ブレイドはルーカスとシアンを見て驚き目を見開いた。だが、シアンが手を押さえているのを見て確信したのか難しそうに目を細め睨む。
ナスカも2人を指差し目を丸くしていた。
「え……つーか、アレ? 何でいるの???」
「ナスカ、ブレイドと一緒に居たのだね。私はジェドとブレイドと一緒に試験を回っていたのだが――」
言いかけたその時、空気が変わったような気がしてシアンを振り向いた。
先程ルーカスと対峙していた時とは違い、明らかに敵視した目をルーカスの先に向けていた……その目線の先にはやはりブレイドが居る。
「……君は何者だ? 何故私をそのような目で見る。まさか一連の襲撃は試験に紛れた個人的な復讐か……?」
「……」
「だが、私は何も――」
そう言いかけたブレイドだが、人に恨まれるような事は沢山してきた。どの口が何もしていないだのと言えたものか……と口を噤んだ。
だが、そんなブレイドの止まった言葉に心中を察し言葉を繋げたのはルーカスだった。
「ブレイド、何の理由が有るのかは分からないが私は復讐だの断罪だのを許した事は無い。君がどんな罪を冒そうと、不当に罰を受ける必要は無いんだよ。そんな物はただ負の連鎖を作るだけだ……それは絶対に、ダメだよ」
「ルーカス……陛下」
ブレイドにはルーカスが何故ナーガに加担した自身に重い罰を与えないのか、何故ジェドと行動をさせた上に自分の騎士にまで成らせようとするのか……何もピンとは来てなかった。ただ言われるがままに行動してみても、本当に何も考えていないジェドとは違いルーカスには何か思惑があると思ってはいたが、その行動はブレイドを試している訳でも罰を与えようとしているのでも無く……ただ気遣っているだけなのだ。
何故、敵だった自身にそこまでするのか……何故ジェドがウッカリブレイドを大変な目に遭わせてもフォローするのか、何故助けるのか……思い起こせば何一つ分からなかったが、ルーカスにはルーカスの信念がありそれに基づき行動しているのだと悟った。
ナーガが争いを起こし闇が生むならば、その闇を生まない世界を創るのがこの皇帝なのだと……
ブレイドが呆然とルーカスを見ていると、シアンの作り出した幾つものアースランスが地面から突出しブレイド目がけて襲いかかった。
「危ない!!」
ルーカスが背面蹴りでブレイドを突き飛ばすと、豪速の鉄球を打ち込まれたかの様な衝撃が走りブレイドの体は茂みを越えて街道の遥か先まで吹っ飛んだ。
吹っ飛ぶ直前に掠ったランスがブレイドのズボンを少しだけ裂いた。
「ルーカスさぁ、言ってる事よりやってる事の方が酷いって自覚あるのかなぁ……」
ナスカが呆れながらブレイドの落とした服を拾う。
そのすぐ横をすり抜ける様に魔法使いが走り抜けて行った。
「あ、おい……」
「待て!!」
魔法で加速しブレイドを追いかけるシアン。それを追いかけてルーカスも駆け出した。
街路樹の下にめり込み、痛む身体を起こすブレイドは迫り来るシアンとルーカスの姿が見えて半分埋まった身体を起こす。
「なっ?!」
シアンがブレイド目がけて魔法をぶっ放すが、それより先にルーカスがブレイドを掴み遠くへ吹っ飛ばす。
「?!!!!」
訳も分からず風を切りながら投げられたブレイドをシアンは逃さなかった。そのシアンをルーカスも逃さなかった……
かくして、サッカーボールを追いかけるかのように……3人の姿はナスカの前から遠ざかり、湿り気味で土に踏まれてドロドロになってしまったブレイドの服だけがナスカの手に残った。
「えー……何してんのあいつら。ちょっと全然意味分かんないんだけど、皇室騎士とか魔法士の採用試験だよね? コレ」
言いながらも、訳が分からなすぎて面白くなってしまいナスカは吹き出した。
いつの間にか酷い扱いを受けるようになってしまったブレイド。ナスカはブレイドと話をしながらもスノーマンの王城で起きた出来事を思い出していたのだが、その時の自身の嫌な思い出はボールの様に蹴られ行く彼の姿で打ち消されてしまった。
鼻歌を歌いながら、せめて可哀想なブレイドのドロドロな服を何とかしておいてあげようと思い立った。
「あ……そういや今何処の洗い場も改装中なんだよなぁー。空いてるのってあそこだけなんだっけ……」
ナスカはウーンと考えながら心当たりのある営業中の水場へと歩き出した。




