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閑話・幼き2人の少年

 


 話はまだ帝国に希代の善政を摂る皇帝が即位する前の、その彼が幼き頃――


 世界は平和とは程遠く、渦巻く陰謀や欲望……その陰には愛憎から闇に堕ちた竜が潜み、皺が更なる皺を作るようにグシャグシャと世界が歪みかけていた。


 皇太子であるルーカスはその皺一つ一つを伸ばすように各地で抱える問題に向き合い考えながら、この皺は根本的な事を解決せねばただ他の場所に皺を寄せているだけだと感じ取っていた。

 表面上を綺麗にする事は簡単だ。だがそれでは意味がないのだ。


 先日ルーカスが訪れた魔王領もそうだった。人から恐れられ破壊の限りを尽くしていた魔王は悲しみに暮れ、自ら死を望んでいた。そもそもが魔族や魔物が人間に素材として狩られていた事をルーカスは知っていたから。


 そしてその問題は魔族に留まらなかった。

 狩られ利用されるのは魔物だけではない。竜や精霊、時に同じ人間ですら利用され踏み躙られていた。

 そんな事を言い始めると食事や衣服のために狩が出来なくなると屁理屈を言う人間がルーカスの前に何人も現れたが、それでは文明を持つ人としての意味が無いのだ。

 問題視しているのは不必要な犠牲者がいる事であり、それによって新たな争いが生まれる事……善い国を作る答えがそこに見えた様な気がした。

 魔王の最後の言葉……魔王がルーカスに向けた約束をちゃんと実行するには先が長すぎた。何せ何をと断言して交わした約束では無いからだ。

 何処までも先の長い約束であり、終わりの無い約束だった。元よりそれは、ルーカスの希望であり一生を尽くして成し遂げていかねばならぬものだった。



 犠牲になっている者達のその一つが奴隷であるが、特に魔塔の魔法使いが利己の為に貧しい地域から子供を集めては魔法の素材にしていたという話が問題視されていた。

 その問題の根本的な話として、魔法使いの働き口が少ない事や質に問題があった。

 魔法使いはルーカスが大人になった時こそ引く手数多に様々な魔法を利用した仕事や便利魔術具の開発に駆り出されているが、当時は戦争の為に野心国が集める兵士としての役割が主流だった。

 他国に強い魔法使いが居れば、それを超える大魔法を持つ魔法使いが高い報酬を手にする。

 その為魔法使い達はどんな方法を使ってでも魔力を得ようとした。

 魔石は根刮ぎ狩り荒らされ、少ない資源は高値で取り引きされた。それらは全て争いに使われて行った。


 そんな魔法使いの未来を憂いていたのが当時の魔塔の主である。

 年寄りの大魔法使いであるシルバー・サーペントはその昔はかなりの実力を持ち魔王とも渡り合う程だったが……慢心が故に大切な家族を全て失い、それからは魔法の未来について考える様になったとルーカスは聞いていた。

 年老いたその身体を自然の摂理から魔法で切り離す事はせず、時が来れば家族の元へ行く。その日まで魔法使いの未来に尽くすような人だった。


 新たな家族を持たぬというその大魔法使いシルバーが、ルーカスと同じ年の頃合いの子供を連れてきた。ルーカスが急逝する父の後を継ぎ皇帝になる少し前だった。


「未来の……皇帝にお目にかかります」


 年寄りの魔法使いはそう言って突然現れた。

 まだ存命の皇帝が在りながら皇太子にそう言うなどと、何て失礼なとルーカスは思ったが……柔和な笑みを浮かべる魔塔主には何かの思惑や野心がある様にも見えなかった。何処か直ぐ先の未来を見ている気さえした。


「貴方は魔塔主シルバー・サーペント様ですね。一体どうされたのですか?」


 ニコニコと笑う魔塔主の直ぐ後ろには、同じようにローブを被った少年が居た。

 ジャラジャラと全身に付けたアクセサリーが重そうで、顔も魔術具の眼鏡をかけていてよく見えなかった。


「いえね、わしもそろそろ老い先が短いので。今のうちに連れてこようと思いましてねぇ……」


「……貴方は家族を持たないと伺っておりましたが。その子は次代の魔塔を受け継ぐ程の者だという事でしょうか?」


「ああ、そういう話では無いのじゃよ。まぁ、この子がその気になってくれれば良いのだがねぇ……今は未だ我々どころか、人に対する不信感も払拭しきれてなくてのぅ」


 そう言われてルーカスが改めて少年を見ると、薄っすら光る髪は明らからに栄養が足りずボサボサとしていて、目は何処か虚ろ。人見知りというよりは話をするのが嫌そうだった。


「ええと……単純にどうしたのか聞いてもいい……?」


「いえ、この子の生い立ちや我々の抱えるものにつきましては我々が解決すべき事なのでお話出来ませんなぁ。聞いてしまってはルーカス様が背負う羽目になりますし」


 深刻さを忘れ飄々と笑う魔塔主。だが、それを聞いただけで少年に何があったのかは何となく察する事が出来た。

 と同時に、そこについては背負う必要は無いと釘を刺された事も悟った。

 魔王を滅ぼした事からルーカスの背負う未来を案じたのかもしれない……自身をそんな風に見ている者がそう言うならばと、ルーカスはそれ以上触れなかった。


「では、何用で来られたのでしょう?」


「ですから、死んでからでは連れて来られませんので、今のうちに連れてきただけでして」


「……連れて来ただけ……?」


「ええ。そうですが」


 ほほほほ、と笑う横でも相変わらず少年は一言も発しなかった。ただ、部屋の片隅をじっと見ていた。


「?」


 何を見ているのだろうとそちらを向くと、水槽で飼っていたマリモだった。

 ふよふよと浮くマリモが気になるのかじっと目を離さず見つめていた。


「……それは、私の友人からの土産物なのだが……気になるのかい?」


「……魔物でも無い、魔法でもないただの草を……何故水槽に入れて飼っているんだ?」


 ルーカスはマリモがただの雑草のような不当な扱いを受けてムッとした。


「そういう言い方は失礼だね。そう見えてマリモは光を吸収して育つので苦労して育てているのだぞ。綺麗な水を好み濁った水では弱まってしまう上に直接の陽の光が苦手で冷たい水を好むので、直接日光の当たらない明るい日陰で管理し……水の交換の際には丁寧に手洗いしてあげている。愛をもって接すれば長く一緒に居ることだって出来る」


 そこまで言って、ルーカスは友人の買って来た訳の分からない土産物を相当大事にしているのだと思い知った。


「……そこまでする価値がある物なのか?」


「価値は人それぞれだろう。そもそも私は価値がある無いで判断はしたくない。どんなに高貴だろうがどんな生まれだろうが、ただの草だろうが付き合ってみなければその成りが分からないだろう。私は君がただの草と言うそのマリモからも色んな事を学んだのだ」


 マリモは友人が買って来た土産物だった。ふよふよ揺れる丸い謎の草に対して愛情を持って育てれば良いと言われた時は同じ様な反応をしたが、何も考えずに育てて見てから愛着が湧き、そして気付く事が沢山あったのだ。

 何事も本当にやってみるまでは分からない。自身の見えている常識でさえ裏を返せば違った見方があった。魔族が際たる例だ。

 嫌な想いをする度にいつも忘れてしまいそうだが、このマリモを見る度にそうではないのだと戒めるきっかけとなった。


「……皇族様なのに変わった考えなんだね」


「そういう理由で私と話をしたくなかったのだったらそれは大きな誤解だ、私は君の思っている様な人じゃない。友人と町にも遊びに行くし……他人を身分で不当に蔑める事はした覚えは無い」


「……」


「ほっほっほ、だから言っただろう。未来の皇帝はお前の思っているような人じゃないって」


 黙り込む少年の頭をぽんぽんと魔塔主が優しく叩いた。


「すみませんなぁ。何せ詳しくは言えませんが元々の生い立ちが生い立ちなもので。いつまでもそうじゃ友人の1人すらも出来ないと心配しておりまして。気を悪くさせてしまいましたかな?」


「はぁ……別に構いません。というか、貴方に言われずとも信用は自らの行動で取って行きますので」


 言葉で言うよりも行動で見せた方が納得するだろうとルーカスは話をするのを諦めた。

 後にルーカスの治世になり、世が少しずつ変わって行く頃にその小さな魔法使いもまた少しずつ変わって行くのだが……それは未だ先の話だった。

 未だ信用しきれない目を向ける少年に、小さくため息を吐いて笑った。


「君にも私の友人を紹介してあげたいよ。今は親に連れられて旅に出ているのだが……彼と話をしていると真面目に考えている自分が馬鹿らしくなるような、そんな男なんだよ」


「……」


 呆れたような、嬉しそうな様子でするルーカスの話を……幼き少年は首を傾げながら聞いていた。

魔塔の少年の話は番外編の魔法使いを夢見る少年をご覧頂ければと思います

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