皇室騎士、魔法士採用試験(19)シュパースの探し物(前編)
「…………」
「それで、えーと……ブレイドだったっけ? 確かナーガに唆されたのか協力してたとかで拘束されてたんじゃなかったっけ。あ、その手枷はシルシルがつけたのだよね? え? ナウ拘束されてるみたいだけど、何でここにいるの?? しかも裸で――ぶふっ」
「……私が聞きたい」
シュパースの南先端……釣堀として整備されていた場所に、いつだって肌色多めの純白の騎士(仮)ブレイドと遊び人のナスカが座っていた。
ブレイドに着るもののストックなどあるわけも無く、辛うじて収納魔法に入れられていた地図と呪いの剣子だけが唯一の持ち物であった。
海で錆びてはいけないと収納魔法に入れていたのが幸いで、自身を本当に好いてくれる唯一の友である呪いの剣子があの荒波の中で行方知らずにならなかった事だけが救いではあったのだが……こんな事になるならば着替えか、せめて布かタオルの一枚でも収納魔法に入れておくべきだったとブレイドは後悔した。
(いや……誰がこんな事になると思うか……)
服が海で無くなるなど、誰が予想しただろうか。裸お色気回など1シーズンに1回あれば十分である。
ブレイドもこんなに服を紛失する機会が立て続けに起こるとは思ってもみなかったのだ……ジェドに関わってから、ブレイドの服は消失頻度が激しかった。
何かの呪いかとも思ったが、こんな呪いを誰がかけるのだと自身の考えを嘲笑った。使いどころの全く分からない古代の神聖魔法だってもっとマシな使い方があるのだ。
ブレイドはふと、異国の言葉で『二度あることは三度ある』というものを思い出した。
実際にブレイドに降りかかっているのは二度、三度どころの話では無いのだが……
皇帝の騎士になったあかつきには、先ず服のストックをこれでもかというくらい支給して貰わねばならないと目を伏せた。が――
「そもそも、何で私はこんなに意固地に頑張り、履きたくも無いパンツを履き、肉体では無く精神を削りながらも騎士にならねばいかんのだ……」
皇帝に処罰の一環として騎士になれと言われたものの、試験に不合格ならばそれまでと大手をふって他の処罰や何なら処刑だって受ければ良いだけの話だった。
帝国に来てどんな扱いを受けるのかと思えば騎士になれと言われ……何を言っているのだと混乱したものの、実際ジェドと行動してブレイドはその意味がよく分かった。処刑よりも辛いものがこの世にあるのだと。
屈辱と羞恥――ジェドから与えられたそれでブレイドは焦点を定める事が出来、忌々しきナーガの言葉から逃れる事が出来た。だが、そういう屈辱と羞恥は本来ここぞという時にあって然るものであり、頻繁に合って良いものではなかった。
ジェドと出会ってからと言うもの、ブレイドは純白の騎士だとか清廉潔白だとかそういう次元の話ではなくなっていたのだ……
「まー、ブレイドが難しく考える性格だってのは良く分かった。けどジェドっち相手にそれは疲れるからおススメしないよ」
突然脳内の自身との会話に割り込まれてブレイドは眉を顰めた。
「……君は心が読めるのか?」
「ん? いや、読めないけど。魔王じゃあるまいし」
「じゃあ何故読めた」
「俺さー、何か目の奥の考えにピンと来ちゃうっていうかさぁ。こうして見つめ合っていると何となく相手が考えてる事が見えちゃう訳よ。ただ、片目が見えづらいからこうして近くまで行かないといけないんだけどさ」
ナスカが至近距離まで顔を近づけたので背筋がぞわぞわとしブレイドは後ずさった。
「この方法で女の子と話をすると大体OKなんだ」
「……それはまた目的が違うだろう」
真面目に聞こうとしても冗談で返すようなナスカの態度にブレイドはため息を吐いた。だが、今はそれが何故かブレイドにとって心地よく、何処かで心が落ち着いていくのを感じていた。
ジェドという男は冗談から出来たような男だった。
ナーガの下にいた時も、共に行動した時も……ブレイドには一つもジェドの事が理解出来ないのだ。端から理解が追いつかない所に、更に次から次へと不可解な現象が襲い掛かり……
そしてそれらを帝国の人間達は慣れたように受け流していた。本人ですら「いちいち突っ込んでいたらキリが無い」と言っているのだ。それは本人が言う事では無いだろうと思わず突っ込んでしまう自分に更に腹が立った。
真面目に不可解が襲い掛かるジェドよりも、和ませる為に冗談を言っているのだと分かる目の前のチャラ男の方がまだブレイドには理解出来る範囲の人間だった。
「まーまー、ブレイドゥーも疲れてんだよ。スノーマンが何か大変な事になって自分も自分じゃ無くなって、そっから休んでないんでしょ? そういう時はパーッと遊ぶのが一番だって」
ナスカが笑いながら釣竿をブレイドに掴ませると海に釣り糸を垂らしてあげた。
「……変な呼び名で呼ぶな。それに、私には休息も必要無いし、そもそも試験中なんだが」
「あれ? やっぱ皇室騎士団に入るんだ」
「……」
ブレイドが答えあぐねていると、ナスカはにへらっと笑った。
「じゃあ賭けない? ブレイドゥーが本当に帝国の騎士になるのか、なりたくないのか……その理由がちゃんと見つけられるかどうか」
「……何?」
ブレイドが目を少し大きく見開きナスカを振り向くと、その手には試験の印鑑が弄ばれていた。
「ちゃんと見つかったら、押したげるよ。ちゃんと見つからなかったら、ルーカスから逃げる方法も考えてあげるけど」
「私は……」
犯した罪があるのならば償わなくてはいけないと思っていた。だが、皇帝ルーカスの元で罪が償えるのか……それも疑問ではあった。
ルーカスの真意も、ジェドの事も何もかもブレイドには理解し難かったのだ。ただ、流されるままにここまで何も考える暇も無く来てしまった自分に疑問を感じても居た。物理的にも流されてはいたのだが。
「ま、ここシュパースでの試験って俺を探す事だから、既に印を貰う権利はあるんだけどね。ブレイドゥーは遊び人もビックリの幸運だよ。あ、引いてる」
ナスカが指を指すのにつられてブレイドは竿を引き上げた。
「……ナニコレ、超引き良くない?」
「……」
釣り針の先にぶら下がっていたのは、洗濯したてのように真っ白で見覚えのあるパンツだった。
その後からも見覚えのある服が次々と流れて来た……




