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皇室騎士、魔法士採用試験(17)海上の障害(中編)

 


 海上に現れた無数の手。その手が列を成し、順番に魔術具のペンを持って海に魔法文字を書き込んでいた。

 手は等間隔で間を開けて規則正しく、時折折り返しながら綺麗に並んでいる。綺麗な列を率先して形成する手に聞いてみたら、異世界では等間隔で間を空ける風習が世界のあちこちで行われていたそうだ。等間隔で間を空ける世界ってどんな世界なんだろう……


「ええと、君は生前は家でずっと引きこもりながらもぷろげーまーとして働いていた成人男性なんだね。死因は熱中症……それはご愁傷様です。で、お次はふつうのおーえるで世界が急に忙しくなって急性過労死……? まぁ、急に忙しくなると身体が慣れないからね。それにしても過労死の多いこと……私も気をつけなくてはね」


 陛下が列の手1人ひとりに事情を聞いていた。手達の言うとおり同じ魂を持つ手は1人(?)もおらず、海上に浮かぶ沢山の手がそれぞれが一度死に、転生してきた手だという。

 中には断罪処刑された悪役令嬢だことの、暴君として断首された王だことの志半ばで倒れた勇者など、異世界人だけではなくこの世界で生を終えた者たちもいた。

 シアンがメモを取っていき、話を聞いた手に番号をつけていく。シアンはとにかく気が利くというかかゆいところに手が届くような奴で、もう既に俺よりだいぶ陛下のお役に立っていた。出来る魔法使いである。素晴らしい……こういう奴が試験に残って欲しいものだな。


「ふう、これで全て聞き終えたが……確かに一つとして同じ手は無いようだし、ここに居る者たち皆が転生者……いや、転生手だね。それにしても、何故こんなにも沢山の異世界人が手に転生してしまったのだろうね……」


「うーん……どうなんでしょうね。そもそも死んだものがその先の生を選ぶなんて事は出来ないと思われますからね。たまたまここに大量の命が生まれ、転生を待つ者たちがここに大量に流れてきたというのが正しいのかもしれませんね」


 確かに……今まで見てきた転生者の中でも、何でこんな姿に生まれてしまったんだよって嘆いている人は数々居た。この間の白骨令嬢だってそうだ……

 とは言え、人間誰しも望みの姿に転生出来たら苦労しない。俺だって望めるならばキュートで可愛くて皆から愛されるゆるふわの女の子に生まれたいものだ。だが、来世に期待してもそうなれる保証が無いからこそ今の自分で頑張れるのだ。仮に来世でまたゴツイ男になったとしても、悪役令嬢になったとしてもそれがその時の自分だからこそ強く生きて行かねばならない……

 これまで話をしてきたそういった転生者も同様の考えの者たちが殆どだ。仮に魔剣に生まれ変わろうが、呪いの人形に生まれ変わろうが、非業の悪役令嬢に生まれ変わろうが、その人生の中で自分なりに生きていこうと足掻いていた。

 ……たまに足掻いた末に絶望して死のうとした可哀想な令嬢もいたけど。


 手の1人が魔術具のペンでカキカキし始めた。


「えーとなになに……手に生まれ変わった事についてはしょうがないので文句はありません。慣れると意外にもスローライフというか快適なので」


 快適なのか。海に浮かぶだけの手の気持ちなんて考えた事は無いが、確かに野に咲く花のように風に吹かれたいって思うことはたまにあるからそんな感じなのだろうか。


「ですが一つ困ったことがありまして、今日の今日までお互い意思疎通が出来ないというかある程度のハンドサインは出来ても細かい趣味や相性、ましてや男か女かすらもお互いに語り合う事は出来なかったのです。ここであなた方に逢ったのもこうして意思が疎通出来たのも何かの縁かお導き。我々のパートナー探しに付き合っては頂けませんでしょうか……だそうですが、どうされますか?」


 シアンが手の書いた魔法文字を読み上げて陛下に首を傾げて問いかけた。

 陛下ははぁとため息を吐き手の方を見る。


「我々が早く目的地に行きたいからと言っても、ここに困っている者が居るならば放っておく訳にはいかないだろう。この手の者達がどこの民に属するのかは分からないが……頼って来るからには帝国の民と一緒だ。いいだろう」


 流石陛下。俺はそんなに献身的にだれ彼助けるような事は言えないのだが、陛下ならばこうするだろうと思うと放ってはおけないのだ。俺が数々の頼ってくる悪役令嬢達を助ける理由の一部がそこにある。いや、断っても結局はやらざるを得ないっていうのもあるけど……


「では、先ずは選別せねばならないな……手に性別があるのか甚だ微妙なのだが、もし女性や男性という意思があるのであればこの鯨からこちらに女性、こちらに男性と分かれてくれ」


 陛下がテキパキと手を仕分けて行き、沢山居た手は二手に分かれた。

 そういわれて見れば女性側に行った手は微妙に華奢だし、男側に行った手はゴツゴツしているような気もした。


「では、一列に並んでもらってそれぞれ好みの相手を選んでいただくと言うことで……」


「陛下、それではお見合い……どこから見ているのか疑問ですが、難しくないですか? 手ですし、意思の疎通が出来ないって言っていたくらいですから。ある程度好みを事前に聞いておく必要があるというか」


「確かに」


「では、事前のチェックが必要という事ですね。では、僕が女性陣のお話をお聞きしてくるので、ジェド様は男性陣の方をお願いします」


「うーん……分かった」


 俺は鯨便から男性陣らしき手の方へと覗き込んだ。


「将来の伴侶を待ち望んでいる手の諸君、オーケーオーケー! お前達を待ってるお嬢さん方はあちらにいる!」


 俺がノリノリで男性陣に呼びかけると、手の男達は「オーーー!」と拳を上げた。手もノリノリである。


「しかーし! お前達が女性陣を見る前に、騎士団長チェッーーーク!」


「……ジェド、なんでそんなノリノリなんだ……」


「え? 何か町の酒場とかで合コンやるときってこんなノリでやってたりするので……なんでも異世界から伝わるお見合いの常套句らしいですよ。他にも『ひと目あったその日から、恋の花咲く事もある』とかいうバージョンもあるみたいですが」


「……何で異世界はそんなノリでお見合いをするんだ……恋人探しってもっとロマンとか雰囲気を求めるものじゃないのか?」


「まぁ、ノリが良い方がいいんじゃないですかね」


 手の反応を見るとノリノリである。中には陰キャみたいな手も沢山居たが、陽気な手が見つけて一緒に盛り上がろうと試みている。話を聞いていくと手の性格や好みは様々だったが、仲間はずれ等は一切無いらしい。生まれや育ちが前世は違ったかもしれないが、今は同じ手なのだ。広い海で同じ仲間としての手達は妙な一体感と仲間意識が生まれていた。

 ……そういう所を見ると、来世は海に生える手でも良いような気がしてきた……手なら黒髪イケメンだからって変な事に巻き込まれないだろうし。しかも何か合コンとかして楽しそうなんだけど。


「ジェド様、こちらもある程度お話は聞けましたよ」


「そうか。ならばご対面ー」


 俺が掛け声を上げると鯨便がスーッと進んで塞いでいた手と手の間の障害を無くした。

 対面する手……で、対面した所で同じ手だと思うじゃん?

 女子の手は何故かそれぞれ爪にオシャレをしていた。ネイルをデコっている。


「おお……凄いな、いつの間に」


「僕、丁度装飾品というか、魔石のカケラを沢山持っていたので好みを聞いてデコりました。中には家庭的な手をアピールする為に敢えてネイルをしない方ですとか、前世で好きだったあにめきゃらくたーの絵を描いて欲しいっていう依頼もあったので望み通りにして差し上げました」


 見ると爪に良く分からん絵が描かれている手も居た。爪に絵ってどういう発想……? それで何かアピール出来るのか……?


「まぁ、戦略は様々だからな。というかシアン、お前器用すぎない?」


「え? 魔法って便利なんですよ。魔法都市では結構こういう系のサービスが盛んですし」


 行動や話を聞く限り、シアンはかなり優秀な魔法使いなのでは……? 何で皇室魔法士なんて受けたのか疑問に思えてきた……憧れの人って誰だ? ストーンか? 残念ながらストーンは失格になって裸で帰って行ったが……本当に憧れがストーンだったらガッカリして試験を辞めてしまうかもしれないので黙っておこう。


 対面した手達はフリータイムやそれぞれカップルタイムを過ごした末に、ついに告白タイムまでやって来た。

 手が手とイチャイチャしているのを見せつけられている俺達は、分かっていても何とも言えぬ気持ちになっていた。陛下は早く帰りたいって何度か呟いているし……


「それじゃあ先ずは男性陣が好みの手の所に行き、握手が成立したらカップル誕生という事で」


 番号の付いた手が1人ずつ前に出て女性陣の方へと行く。

 ごく稀に人気の高い女性の元に向かった男の手に対し「ちょっと待ったコール」をする手が現れたりもした。尚、1番人気は変な絵のネイルをしている女子手だった。好みや趣味ってやつは分からんものである……


「……ジェド、これは一体どういう状況なんだ?」


 船酔いのブレイドは鯨便が止まっていたので回復したみたいだ。次々と握手を交わす手達を見て、まだ開けきれぬ目を擦りながらヨロヨロと起き上がり問いかけて来た。


「手の合コンだ」


「……ちょっと何言っているのか分からないが、君の周りで頻発する事象については今更だったな……」


「手が合コンをしている事については俺は何も関係無いし巻き込まれただけなんだが……?」


「それはいつもそうだろう――ん?」


 ブレイドが心外な事を言い、手の方は手の方で殆どのカップルが成立した頃だった。ブレイドがピタリと止まりすぐ下を見た。


「……揺れている……うっ」


「え?」


 確かに揺れていた。海が荒れ始めたのかと思ったが、揺れの原因は直ぐに分かった。


『あのー』


「鯨か? 今度はどうした」


『自分、限界かもというか暴れ出しちゃうかもしれません……』


「何で?」


 暴れ出しちゃうってどういう事だろうか……まぁ、確かに自分の周りでリア充達が合コンとかしていたら腹立つかもしれんが。鯨便君も合コンしたいのだろうか?


「ジェド、鯨便の目が……!」


 陛下が叫ぶと同時に俺達は海に放り出された。鯨便が突然暴れ始めたのである。

 海に投げられた俺達を手が引き上げてくれる。手達ナイスぅ。


「ぶはっ、鯨便、おまっ幾らリア充が羨ましいからって急に暴れ出すのは――」


「違う! 鯨便の目、あれは……」


「目……?」


 巨大な波のように海に頭を出す鯨便の目……怪しく光るその感じには見覚えがあった。

 あれですやん……操られたストーンと同じやーつ……え? 鯨便、このタイミングでお前もなの……?

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