皇室騎士、魔法士採用試験(15)人魚の印(後編)★
「――はっ……ここは……」
「ストーン、やっと目が覚めたんだね」
ストーンは大きな海草が折り重なる洞窟の休憩所で目を覚ました。
ここは人魚の国……俺達が謎の妨害蛸と闘ったそのすぐ下が人魚の国の入り口だったらしい。そりゃアクアもすぐにかけつけますわ……
陛下の悶絶気絶する程痛い当て身で気を失ったストーンは、暫くすると目を覚ました。目覚めた後に暴れる可能性もあるので警戒していたが、気がついたストーンの瞳からはあの謎の発光は消えていた。
「陛下……え? 何故……」
起き上がり海草を退けて状況を確認しようとしたストーンを陛下が止めた。
「いや、まだ起き上がらない方がいい。そのままで」
「……陛下、これは一体どういう……というかここは何処なのでしょうか……」
「ここは人魚の国だよ。ストーン、君は何をしていたか覚えているのかい?」
「覚えて……?」
ストーンは記憶が曖昧な様子だった。俺達を海上で攻撃したことや、それにその前の闘技場での襲撃すらも記憶に無いらしい。陛下が説明するもストーンは頭を押さえて必死で記憶を思い起こそうとしていた。
「襲撃……申し訳ありません、分からない……というか、記憶がありません。魔法を使って思い出そうにも、何も出てこないのです……こんな事は初めてで……」
ストーンは自身の記憶や空白の時間の様子を思い出す為に魔法を使おうとした。その魔法は知っている、よく飲み会で記憶を無くして朝帰りをした時に使うやつである。ベロンベロンに酔って記憶が無くなった後に何が起こったのか映像で見れるのが便利なのだが、時折知らない方が良かったものまで知ってしまうので使うかどうかは本人次第な、便利すぎるが故に時に使うのを躊躇う魔法である。
だが、ストーンの描いた魔法陣は円を描ききれても発動せずに空気に溶けてしまった。
「どういう事だ? 記憶が無いなんて事あるのか? さっきだって実際にお前がやっていたんだろうし……」
「考えられるとすれば記憶ごと消されたとしか……」
「うーん……ストーンをそう簡単に操ったり記憶を消したりする者が居るなんて、考えたくは無いけれど……」
魔法士団長のストーンは魔法に関してはかなりの実力者だった。魔塔に入るくらいだからな。
だが、ナーガやオペラのように通常の魔法とは異なる種類の魔法を使う者たちも居るし、なんならシルバーの魔法すら効かないアンバーみたいな不可思議筋肉男だっている……そうなってくると一体誰が敵なのか、どんな方法を使ったのか特定するのは難しい。
「何処まで覚えているんだい?」
「……魔法都市からゲートへと戻り、次の目的地を目指して歩き出した所までは覚えているのですが……そこから次第に記憶に靄がかかったように薄くなっていきました」
「そうか……分かった。あとは私たちが何とかするから君は城に戻りなさい」
「?! 陛下、勿論私も犯人探しをします!」
立ち上がろうとするストーンを陛下が手で制した。
「……それは出来ないよ」
「何故?!」
やはり立ち上がろうと海草を跳ね除けようとするもその肩をブレイドが押さえ、俺は海草を押さえた。
「何故止めるジェド! 私は、魔法士団長としての立場は不本意でも誇りを持って仕事をしている! 何故なら魔法使いでも心は騎士だから!」
「……心が騎士だと言うならあえて伝えるが、お前は失格だ」
「なっ……何?! 私の何処が……」
「何処って……なぁ」
同意を求めるとブレイドは悲しそうに頷いた。陛下も悲しそうにストーンを見つめる。
「何と説明して良いものか。つまりその……君は今、資格を失っているというか……資格がビリビリに破けてしまったというか……」
陛下は言い辛そうに目を逸らした。そんな陛下の様子にストーンは怒り、布団のような海草を跳ね除けて立ち上がった。
「ハッキリ言ってください陛下!! 私は確かに得体の知れない襲撃者にいい様に操られ、魔法士団長としての資格が無いかもしれません……でも、私はこのまま引っ込んでいられる程惨めな者に成り下がりたくありません!」
「あーいや……何というか引っ込めて欲しいというか……」
「惨めなのはどちらかというと貴方の格好とパンツの方よ」
ヒートアップするストーンの言葉を止めたのは真顔で話を聞いていた人魚の女王アクアであった。
大きな貝の椅子に座り、立ち上がったストーンを指差して指摘した。ストーンは言葉を失って自身に視線を移す。
あの後一応みんなの海パンを回収したのだが、ストーンの氷柱で貫かれたもの、俺の魚剣で切り裂いちゃったもの、アクアのトライデントが切り裂いたストーンの海パン……かなりの数のパンツが犠牲になってしまった。無事だったのは俺達3人と奇跡的にストーンの氷柱攻撃から逃れた一部のパンツだけで、後の者たちのパンツは駄目だったのだ。海の藻屑となったのだ……
「この試験、どういうものだったか知ってる? 人魚の国に無事たどり着けた者が合格印を貰えるのだけど、パンツが無事じゃない貴方たちは失格なのよ」
アクアは俺達3人や数人の地図には印鑑を押したが、残りの者たちに印を押すことはなかった。
そして、パンツを失った者たちは収納魔法やら荷物から着替えを出して泣く泣く服を着ていたのだが、ストーンはそのまま運んで来たのでNO服のままである。海草を跳ね除けたので光が眩しい……
「こ……これは……」
ストーンは服を一糸も纏っていないという自身の事実に気付いて驚愕していた。驚愕してないではよ引っ込めろし。
「という訳なので残念だけど君はここで失格だから……いや、魔法士団の団長は君しか居ないから他の者に代わることは無いと思うし、緊急事態だったからね、うん……私が責任もって説明しておくからそう気落ちしないで城に戻って休んでくれ」
陛下が悲しそうにストーンの肩に手を置いた。まぁ、普通に試験を受けていれば別にストーンだってこんなの楽勝だったのだろうけど、今回はストーン自体が被害を受けていたのだからしょうがないよな……うん、どんまい。
「……いえ、魔法士団の見習いとして掃除から出直してきます……」
色々と余程ショックだったのか、ストーンはふらふらと立ち上がり移動魔法を作って消えてしまった。せめて服を着てから使った方が良かったんじゃないのかなぁ……
「しかし、あのストーンを操る事が出来る手練れなんて……一体どんなヤツなのでしょうね」
「分からない。だが、どうもこの頻度……狙いは我々のうちの誰かに集中しているのではないか?」
「まぁ……他の様子が分かりませんが、ずっと続いてはいますね」
魔王領から立て続けに俺達に襲いかかる妨害は、どう考えても偶然とは思えなかった。とすると、俺達の誰かを狙っていると思えるのだが……一体何の為に……?
まさか悪役令嬢とか言わないよな……パンツを狙ってくるご令嬢は流石に居なかったと思うが。
「となれば、このまま警戒しながら次のポイントに行くしか無いようだな……」
「ですね」
俺達は海パンからいつもの制服に着替えて地図を広げた。
「もうそんなに試験ポイントは無いが……ここからゲート都市まで戻るというのはことだな……」
「あら、ゲート都市ってことは騎士だからシュパースに行くのよね? だったらゲートを越えるよりも普通に海を渡って行った方が早いわよ」
アクアが地図の海上を指し示した。
「人魚の国がこの辺りで、ここから真っ直ぐ南下するとシュパースなの。ゲートを使って良いならば鯨便でも良いでしょう? シュパースとはつい最近国交が開けたばかりだから定期便が出ているの。1日掛からずに行けるはずよ」
島国のリゾートであるシュパースは最近人魚の国と国交を繋ぎ、ウオーターリゾート開発の協力や観光提携を結んでいるらしい。素もぐりや海釣りなどの海の整備を人魚や魚の魔獣に依頼してシュパース島の周りの海はかなり綺麗になっているとか。楽しむ為には努力を惜しまない遊び人達は本当凄い。
「ならばそちらを利用させて貰おう。ここから自由大陸に戻り更にゲート都市に行くよりは早いだろうし」
という訳で俺達3人と何人かのパンツが生き残った試験参加者達は鯨便でシュパース大陸へと向かう事にした。
パンツが犠牲となり悲しくも失格となってしまったノーパン達は、折角だから暫く人魚の国でゆっくりしていくそうだ。俺も一部のパンツを斬ってしまったので済まないと思っていたのだが、パンツを失った殆どの者たちは一連の試験に疲れていてそろそろ辞めたいと思っていたそうだ……この調子で本当に騎士、魔法士志願者が残ってくれるのかは謎である……
鯨便は人魚の国の洞窟の端から出発する。鯨が並ぶターミナルには旅人が幾人も集まっていた。砂漠の国や他の島々の小国へと行ける鯨便が人魚の国からは沢山出ていて、海の旅の中継地や休憩地にもなっているのだとか。
「アクアが我々の為に用意してくれた鯨便はあちらだね」
陛下が示した鯨の方に歩き出した時、俺はすれ違う何人かの人の中にふと目が合った青年が気になった。
そちらも俺を見てニコリと微笑んだ……その手には見覚えのある地図が開かれている。
「その地図……其方も試験の参加者ですか?」
「ええ。丁度これからシュパースに行こうと思っていた所なんです」
薄い水色と紫のグラデーションがかった髪は水が滴り未だ濡れていた所を見ると人魚の国に辿り着いたばかりだろうか?
飾りや模様の複雑についた不思議な眼鏡をかけていたので表情はよく見えなかったが、何故か同じような雰囲気を何処かで味わった事があるような気がした。
「ならばあちらの鯨に乗ればいい。丁度シュパースに行く所なんだ」
「そうですか、でしたら是非ご一緒させていただければと思います」
ニコニコと微笑むこの感じ……何だろう……?
「……ええと、何処かで会った事ありましたっけ? もしくは、兄弟とか……皇城に関係者とかいたり……?」
俺が首を捻って青年を見ると、一瞬止まってからニコリと微笑んだ。
「うーん、僕の家系は魔法使いですから……もしかしたら親戚が居たかもしれませんね」
「そうかぁ……」
「ジェド、どうしたんだい? そちらは?」
何時までも来ない俺を心配した陛下が隣にいる青年を見た。
「ああ、何か試験を受けている者らしいのですが……えーっと……」
「初めまして陛下、僕はシアンと申します。皇室魔法士に憧れて試験を受けに来ました」
シアンは陛下に丁寧にお辞儀した。頭を下げた時に眼鏡の隙間からちらりとシアンの瞳が見えた。キラリと光の入った青い瞳は少しピンク色に光り、丁寧で礼儀正しそうな印象とは異なり何故か悪戯っぽく見えた。




