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皇室騎士、魔法士採用試験(14)人魚の印(中編)

 


 どこまでも深くて広い海……人魚の国の近くの海は透明度が高く、珊瑚や海の生物が濁りの一片も無いクリアーな視界で見えて美しい。

 そう、悲しい事に透明度が高いのだ……もうちょっと汚くても良かったのに。

 不幸な俺の視界は本当にクリアーで、美しい海の魚達とゆらゆら揺れる光の屈折に混じって野郎共の足と股間に光る謎の光りが無数に見えていた。視界がしんどい。しんどすぎる……


 俺は心を無くして水面にスーっと上がっていった。海上では陛下がぜーぜーと息を切らせている。


「はー……危なかった」


「本当に危なかったですね。流石陛下、得体の知れない攻撃を回避されたようで」


「……あの蛸のような足の狙いはどう考えてもパンツだった。それに、もみ合っている途中でチラッと見えた皆の様子……他の者達も攻撃を受けて奪われたんだね?」


「……そのようです」


 俺達は周りを見渡した。ブレイドや他の者達は青い顔をして黙り込んでいた。

 無事な者も何人かいるようだが、この近辺で泳いでいる殆どの試験参加者達が被害を受けたようだ。


「何者の仕業か分からないが……まさか、これが試験という事は無いだろうな」


「まぁ、確かに……パンツの無い状態で人魚の国に行くことで失格になるのだとすると試験とも言えなくも無いけど……」


「……ならば、あの謎の蛸足から取り戻すのが試練ということか……」


 ブレイドはわなわなと怒りに震えながら目を伏せ、勢いよく水中に潜った。


「あ、ちょっと、まだアレがちゃんとした試験内容だって決まった訳じゃ――」


 陛下が止めに潜ろうとしたその時、ザバーンと勢いよく水しぶきが跳ねた。

 海の水をぶち破り現れたのは、長い足に大きな吸盤を貼り付けた巨大な蛸の魔獣だった。

 海中で見た通り、その足の吸盤には失われたパンツが吸い付きひらひらと揺れていた。……そして――


「ブレイド!!!」


 蛸の足が捉えるように巻きついて絡まっていたのはブレイドだった。なんだろう、何故か頭の中で「薄い本みたいに、薄い本みたいに」という言葉が響く。

 蛸の魔獣との白熱した戦いが繰り広げられた末なのだろう……だが、何かちょっと見たくない感じなので目を背けてしまった。他の参加者達も嫌そうな顔をしている。ここには常識を持った男たちしかいないのだ……ここに変な竜族や占い師が居たら薄い本が厚くなるところであった……危ない危ない。


「ジェド、やはりあの蛸の魔獣……おかしい」


「え?」


 俺が蛸と関係ない所に気を取られていると、陛下が蛸の目を見て声を上げた。……というか陛下もよくあのブレイドの嫌なビジュアルに目が行かないよな。俺を始め他の参加者もブレイドに釘付けなんだが。

 見たくないのに目を奪われてしまうブレイドの様子から何とか目を離して蛸の目を見ると、この間の覆面達と同じように目が淡く光っていた。


「あれって、やはり例の妨害野郎です……よね?」


「ああ。目的は分からないけど……いや、妨害自体が目的ならばこの蛸の行動も納得がいく。どうしても先方は我々に合格印を押させたくないらしいな。やはり、海パンを奪って人魚の女王の所に行かせないのが蛸の狙いだろう……」


 ブレイドを縛りつけながらも蛸は長い足を伸ばして来た。未だパンツが足りない、この海にあるパンツを全て狩ってやろうという蛸の強い意志を感じた……いや、違うか、パンツを狩ろうとしているのは操っているやつか。

 妨害するにしてももうちょっとやりようあったやろ……何でよりによってこんな方法だったのだろうか……

 この間からただでさえ布面積が少ないのに、ついに無くなってしまったのだ。海中で見た大量の男たちの光……俺至上一番の裸率である。タオルすら許されないのは酷い。

 こちとら健全、全年齢を守る男……


「蛸、お前に罪は無いのかもしれないが……とりあえずパンツは返したってくれ……」


「あっ、ジェド! 剣もまともに使えそうにない海でどうやって」


 蛸魔獣がまたしても勢いよくブレイドごと海に飛び込む。俺もその後を追いかけた。陛下も続いて来る。


 海の中はやはり謎の光に照らされて輝いていた。まるで誕生祭の夜のようだが……一緒にしちゃダメだよね、ごめんなさい。

 無数の光の間を縫うように蛸魔獣は動き回っていた。残りのパンツ達も次々と奪われていく。

 蛸も光を放っていた。ブレイドの光である。

 奪われた者達も光を放っているので海の中がより眩しい。目が眩みそうな程……


(うっ……海中は光が強すぎる……このまま海中で戦うのは不利なんじゃないか?)


(俺に任せてください)


 謎の光の眩しさに目を細める陛下に俺は頷いた。どうする気だ? と見守る……俺は目の前を泳ぐ魚をムンズっと掴んだ。


(……ハァァァァアアアア!!!!)


 ありったけの剣気を魚に送ると魚が薄く発光し始めた。陛下が目を丸くする。

 陛下、見ていて下さい! これが俺の、数々の難事件によって鍛えられ編み出された剣技です!


 海を斬るように魚をぶん回すと、海中に水刃の波動が幾つも起きる。水の抵抗を無視して放たれた水刃は蛸の足を切り刻み、吸盤を引き剥がした。海中に囚われのパンツとブレイドが自由になる。


(ジェド、君が魚を剣にするのは全然意味が分からないのだけど、そのまま未だパンツが無事な者を攻撃してくれ!)


(? 分かりました! ハァァアア!!!!)


 陛下の目配せを受けて、俺はパンツを履いたまま無事である海中の下半身に向けて水刃を放った。無事なパンツは水刃を掠めるとビリビリに粉砕する。


「ぶはっ!!!」


 水面に顔を出す俺と陛下。陛下は方向を見定めたようにそちらに向かって泳ぎ出した。


「一体どういう事ですか?!」


「あの蛸を操っている者が近くに居るはずだ! そしてその者のパンツは無事なはず。攻撃されたパンツの中に1人だけ魔法陣で防いだ者が居た、間違い無くそれが操者だ!」


「なるほど……」


 陛下の目指す先に居た男は魔法陣を描き逃げようとする。


「させるか!!」


「陛下!!!」


 俺は魚を振りかぶり海を斬った。水面が荒々しく一刃に波打ち魔法使いへと向かう。


「!!!」


 迫りくる波を魔法で防御するも、その波を破って陛下が魔法使い目掛けて飛びついた。

 ザパーンと大きく水飛沫が立つ。皆が見守る中、飛沫が納まるその先には魔法使いを拘束する陛下の姿があった。


「陛下、操者を――え……? おま、ストーン??」


 陛下が捕まえていた者は見覚えのあり過ぎる顔というか……どう見ても魔法師団長のストーンだった。


「やはり……見間違いじゃなく君だったのだね」


「……」


 ストーンは拘束する陛下の腕から一瞬で消えると、そのすぐ近くの海上に降り立った。海の上に立っているようにも見えたがそうではない、ストーンの足元からビキビキと海面が凍りついているのだ。


「うお……もしかしてストーンに扮装した偽物かとも思いましたが……ご本人で間違いないようですかね……」


「……残念ながらそのようだよ」


 ストーンは蛸と同じように薄く目を光らせていた。その指が複雑な魔法陣を描き海に広がると、穏やかだった海から無数の氷柱が頭を覗かせる。


「皆、避けろ!!!」


 一瞬海から這い出た氷柱は、勢いをつけて海中へと潜り込んだ。カジキのように海中を泳ぎ回る氷柱が再び海上へとバウンドする。その幾つかには蛸に奪われたパンツが串刺しになっていた。


「……あくまで狙いはパンツなのか……?」


 いや、何で? 何でストーンは海パンをそんなに執拗に狙う訳??? 


「パンツ……というか、彼はどうやっても試験参加者の邪魔をしたいようだな」


 いつの間にか戻って来ていたブレイドの手にはブレイドの海パンが握られていた。どうやらブレイドは自分のパンツを救出していたらしい……良かった、無事で。


「どう思います……?」


「うーん……私もこの前に見た時はストーンの単独というか、彼が妨害犯かと思っていたのだが……もしかしたらあの蛸と同様に何らかの魔法か、もしくは操られているという可能性も出て来たね……」


 確かに、ストーンの目は蛸と同じ淡い光を発していた。


「でも、そんな事あるのですかね? あのストーンが??」


「……どちらにせよ、今は彼を止めて捕まえるしか無いけどね」


「捕まえるったって……」


 ストーンが操られた状態で何処まで本気なのか分からないが、本気だとするとこの海のど真ん中では明らかに不利だった。

 ストーンはあんな魔法使いより騎士になりたかったような男でも皇室魔法士団長だ。騎士採用試験の時に魔法の剣で戦うとかいうアホな戦い方で陛下に臨んでいても陛下が認める位の男であり、普通に魔法で戦ったら確実に強い。

 特に今のこの状況では陛下も俺も上手くストーンを拘束出来るかどうか……


「他の者達に被害が行くのも厄介だ。……今のストーンの状態では何処まで危害を加えるかどうかが未知数だからな……」


 今の所、被害が出ているのは皆の海パンだけなのだが、あちらの目的が分からない以上そこで終わる保証は無かった。

 他の者達も水中や水上から縦横無尽に迫り来る氷柱を必死で避けている。


 ザパーーーーン!!!!!


 俺達が戦いあぐねていると、突然海が大きく跳ねた。海中を泳いでいた氷柱が一斉に空に跳ね飛ばされる。


「何だ?!」


 新手の妨害者かと思い身構えたが、海を割って出て来たのは、手に長いトライデントを掲げた人魚だった。

 美しい瞳は海の色――人魚の国の女王アクアである。


「アクア!! 何故ここに」


「海が荒れているのを察知してね……これは試験に関係無い妨害者なのでしょう? ならば私に任せて」


 アクアがトライデントを回すと周りに幾つもの渦潮が現れて水柱と化す。


「帝国じゃ強者かもしれないけど……海で私に敵うと思わないでよね」


 アクアが水飛沫をあげて水柱に潜ると海中に無数の氷柱が現れる。その柱を高速移動しながらストーンの元へと迫っていった。

 アクアの居る水柱を次々と凍らせるも、違う柱から飛び出てストーンに迫る。

 太陽を背に大きく飛び跳ねたアクアは逆光で目を眩ませたストーン目掛けてトライデントを振り下ろした。

 お、おい! 過剰な暴力は良くないぞ! と思ったが、アクアのトライデントがビリビリに引き裂いたのはストーンの海パンだった。

 ……ああ、また光が一つ増えてしまった……


「はあ!!!」


 その隙をついてストーンに迫った陛下が当て身をかます。

 陛下の当て身って当て身っつーかめちゃくちゃ痛すぎて気絶するんですがね……ヒェ……


 ずるり……と力を失ったストーンの目から光が消え、無数の氷柱も水と化し解けて海に戻って行った。


 その海面には破れた海パンの破片が幾つも漂っていた……

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