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皇室騎士、魔法士採用試験(13)人魚の印(前編)

 


「グラス大陸の凍りつくような荒れ狂う海には入った事はあるのだが……自由大陸の海は温かく穏やかなのだな」


「凍りつくような荒れ狂う海に何で入るんだよ……」


「修練以外に何で入るんだ?」


 何かおかしい事でもあるのかと首を傾げるブレイド。グラス大陸の人間は基本マゾだから話の感覚が合わないんだよなぁ……


「良い天気で海も穏やかだからといって呑気にしてないで君達もちゃんと泳いでよ。他の者達みたいにサボってないでさ」


 流れてくる受験者達を避けながら陛下が文句を言いに戻って来た。広い海を泳ぐのに疲れたのか、何人もの男達がプカプカ浮いて空を見つめている。


「あー……俺達なんでこんな事してんだろ……」

「皇帝と戦わないから楽勝と思ってたんだけどなぁ……」

「そこまでしてなりたいかって言われるとなぁ……」


 幾つかの試験ポイントを通過して来た者達は放心状態で蒼空を見つめていた。

 自由大陸の南に広がる広大な海は俺達を優しく包んでいた……この海の何処かに人魚の国があるんだよなぁ。



 ――――――――――――――――――――――



 漆黒の騎士団長ジェド・クランバルと皇帝ルーカス陛下、純白の騎士未満ブレイドは皇室騎士・魔法士試験である自由大陸試験会場巡りをしていた。

 各試験会場で試練を受けて合格すると合格印が貰え、それを全て集めてから皇城に戻るというのがこの試験である。

 何故騎士団長の俺や皇帝陛下までそんなもの受けなくてはいけないのかというと、陛下は一応騎士になるものを見極める為に参加しているだけであるし、俺と魔法士団長のストーンは団長であるからには見本を見せろという完全にとばっちりな理由である。

 受けなくても良い試験を受けさせられる羽目になっているし、見極めるだけのはずの陛下もこうして水泳の試験では一緒に泳がなくてはいけないので結局は一緒に受けているのと変わらないのだ……


 ただでさえずっと仕事で忙しくてクタクタの陛下に追い討ちをかけるような提案をした奴は相当な鬼畜なのではないかとさえ思えてきた……だが、陛下は文句を言うことも無く真面目に受けていた。流石この国の王の器。さす帝。



 海辺に辿り着いた俺達を待っていたのは見覚えのある海亀だった。

『試験会場→』と書かれた看板は海を示し、試験を受ける者達は亀から海パンを受け取っていたのだ。


「……まさか、泳げと?」


「人魚の国で印鑑を持った女王が待っておりますので。漏れ伝え聞く他の試験会場の試験よりマトモだとは思いますが」


「いや、それはそうなんだが」


 俺達は嫌々ながらも海パンを受け取った。別に服のまま泳いでも良いのだが、流石に広大な海を人魚の国まで泳ぐとなると服のままはしんどいし……

 しかし、この前のプロレスとかいう異世界の競技(?)といい、その前の温泉といいその前の精霊の国といい……ずっと脱いでる気がするのは気のせいか……?

 絵面がずっと肌色なんよ。とても騎士の試験の模様とは思えない位の半裸率である。いや、試験会場の順路は特に決まってはいないから俺達の回っているコースがたまたま裸被りしているだけなのかもしれないが……そんなに連続することある???

 ブレイドはもう慣れた様子で服を脱いでいた。アイツに関しては試験前から肌色多めだから、こっちはもう見慣れてしまっているんですがね。


 そんなこんなで俺達は自由大陸の南の海を延々と泳ぎ続けていた。

 人魚の国は人魚に誘拐されたか洞窟経由でしか行った事は無いのだが方向は合っていると思う……ただ、めちゃくちゃ遠いのだ。船だって相当時間かかりましたけどね。

 他の騎士や魔法士志望者も疲れ果てていた。魔法使いは途中まで水の中を歩ける魔法や加速を使っていたが、やはりこの長い距離魔法を持続して使うのは難しいらしく途中で死んだように浮いていた。魔力が無限に溢れ続けるシルバーと違って普通の魔法使いさん達は有限なのだ……


「それで、人魚の国とはどういう所なのだ?」


「どういう……ウーン、海底洞窟の国で暮らす人魚達の国で意外と広くて綺麗なんだよな。国には人魚達が半分、もう半分は普通の人達も暮らしている」


「それは意外だな。そんな海底国での暮らしは普通の者達には不便そうだが……そんなに良い環境なのか?」


「まぁ、最初は近くの砂漠の国サハリから攫われてきた男達が住み着いたのが発端だったんだけどな。今はサハリとの婚活交流が盛んというか何というか。ちなみに人魚の国の男達はマイクロブーメランビキニに派手な装飾を着けるのがデフォだから見ても気にするな」


「……誰の趣味なんだそれは……」


 誰の趣味かと言われると、特に女王アクアの趣味では無いのだが……何故か最初に攫われた時に着せられた恥ずかしい服がそのまま人魚の国の男達のトレンドになっているらしい。まぁ、派手な格好って一回しちゃうと普通の服では物足りなくなるとか……そういうのあるよね。


「そういや陛下も人魚の国に行くのは初めてなのでしたっけ?」


「……」


「陛下?」


「……ん? あ、ああ、済まない。考え事をしていた」


 陛下は口数少なく真面目に人魚の国を目指して泳いでいた。時々話しかけてみても何処か上の空で、どうもこの間から様子がおかしい。


「何かあったのですか?」


「いや、まぁ……まだ確信が持てないというか……」


 陛下がそのまままた考え始めたので俺とブレイドは顔を見合わせた。何か心配事があるみたいだけど、陛下が何も言わない以上突っ込む事は出来ない。


(やはり、何度か行われている妨害の件か……?)


(まぁ……そう考えるのが妥当だろうなぁ。どうも陛下はこの間のプロレスの時に襲撃者を見たっぽいんだよなぁ)


(顔見知りの可能性があるという事か――っ?!)


 ボソボソと小声で会話している時だった。突然ブレイドが勢いよく引っ張られるように海の中に入って行ったのだ。


「?! ブレイド??!」


 俺は何かの異変を感じて潜ろうとしたが、ブレイドは直ぐにザバッと顔を出した。


「何だよ、ビビるじゃん。脅かすなよ……」


「……」


 ブレイドは何故か無言でワナワナと震えていた。


「……? ブレイド? どした?」


「……やられた……」


「は? 何が?」


 訳も分からず首を傾げると、周りから悲鳴が上がり始めた。驚き振り返ると他の受験者達が次々と海に沈んで行く様子が見えた。


「なっ、何だ??」


「襲撃者か!」


 俺と陛下が身構えるも、やはり沈んだ者達は次々と海面に顔を出した。


「これは……一体……」


「やられたーー!!」

「くそーー!!!」

「あのヤロウ!!!」


 沈んだ者達は口々にブレイドと同じ事を言い始めた。何が……?


「おいブレイド、一体何をやられたんだ……?」


「……」


「?!」


「陛下!!」


 そうこうしている間に陛下も勢いよく沈んで行った。俺は慌てて後を追うように潜る。


(陛下!!)


(!!!!)


 陛下は足に絡まる物を勢いよく引きちぎっていた。その手には吸盤のついた長いものが見え、引きちぎられた先には同じように無数の長い足が見えた……タコ?


 だが、巨大なタコの足には何かがヒラヒラと絡まっているようだった。巨大な吸盤に吸い付くように絡まる布のようなもの……それは一つではなく何枚も絡まっていて、それでいて見覚えのあるものだった。

 何処で見覚えあるってさぁ……


 俺はすぐ下を見た。その布が何ってさぁ、海亀が皆に配っていた海パンなんだよなぁ……


 俺はハッとして周りを見渡す。どこまでも深く遠い海中、水面近くには男達の足と、無数の謎の光が見えていた。


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