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皇室騎士、魔法士採用試験(12)闘技場の印(後編)

 


「漆黒の騎士団長ジェド・クランバル選手は悪役令嬢メアリーから皇室騎士、魔法士採用試験のポイント印を貰うため、輝くリングの上に立っていた! 対抗するは覆面のレスラー達。賄賂で買収されるレフリー、汚いヒールの覆面達……果たして、ジェド・クランバル選手は彼らをマットに沈め栄光を勝ち取る事が出来るのか!! 実況は私、悪役令嬢メアリーと皇帝ルーカス様でお送りしております」


「丁寧な説明ありがとう。私は未だ全然この異世界のプロレスというものが理解できてはいないんだけどね……」


 メアリーの横で陛下がげんなりしていた。

 そう、実況のメアリーの説明通り、俺はリングに立っていた。正直剣以外はからっきしなので、ブレイドに代わりに戦って貰っていたのだが……そのブレイドは毒霧を受けて顔を洗っている。見た目通り潔癖症なので擦り切れる程ゴシゴシと顔を拭いていた。

 俺は肉弾戦はマジでダメというか、投げ技や寝技締め技なんて知らない。

 でも、ブレイドが顔を拭いている時間を稼ぐ位なら出来るのだ……避ける事はまぁ。あと無駄に頑丈だから攻撃を受ける事もまぁ。

 迫り来るパンイチ覆面を避けながら時間を稼ぐ。所でアイツは何で攻撃するのにいちいちロープの反動を使うのだろうか……パンイチは微妙に弾力があるロープの反動を使ってラリアットをかまして来た。いや、勿論避けるんですが。


「ジェド様、少しは食らってください!!」


「何でだよ!!!」


「そういう物なのです!!」


 観客からも防戦一方な俺にブーイングが飛んでくる。そういう物って何?? 何でわざわざラリアット食らわないかんのだ……頑丈だから痛くないと思うけど、何か妙に汗ばんでるガチムチ覆面の生ラリアットなんか食らいたくもないわ……


 メアリーに何と言われようとパンイチの覆面と肌と肌のぶつかり合いをしたくない俺はロープの反動を使って四方からラリアットで迫ってくる覆面Aを避けていたのだが、覆面Aが急にピタリと止まった。


「……ん?」


 難だか覆面Aの様子がおかしい……覆面から覗く目が薄っすら発光したような気がした。


「ジェド!」


 陛下が声を上げたので振り返ると、ロープの向こうに居た覆面Bが交代でも無いのに乱入して来た。そちらの覆面も明らかに様子がおかしい。


「おい! 2人がかりは流石に反則だろう!!」


 これにはレフリーのちゃんとしたジャッジが必要だろうとレフリーを振り返ると、何故かレフリーが俺にラリアット攻撃を仕掛けてきた。何でや?!!

 と、思ったらレフリーの目も薄っすら発光している……


「これは……まさか、例の妨害か……?」


 流石に中止だろうとメアリーを見るが、実況解説のメアリーは白熱した実況を続けた。


「おーっと、覆面2人が乱入だ!! これはジェド・クランバル選手ピンチ!!! しかもレフリーまで味方につけているー!!」


「……いや、おかしいでしょう。試合として」


「え? いえ、時としてあります。プロレスでは」


 いや、え? これアリなの??? ルールどうなってんの????

 俺が驚いている隙に覆面Bはリングの下にあった折りたたみ式の椅子を取り出した。いや、武器ーー!


「流石にアレは反則でしょう」


「え? いえ、時としてあります。プロレスならば」


「いや、どんなルールなの……」


 おかしい。おかしいのは突如暴走した覆面男たちではない、異世界のプロレスとかいう試合のルールである。剣はダメだけど折りたたみ椅子は時としてアリとか、タッチしてないのに2人がかりも時としてアリとか、レフリー買収とか色々ルールがおかしいだろ!!! 所見殺しか!!


「ジェド、危ない!!!」


 俺が折りたたみ椅子の猛攻撃を避けつつメアリーに心から突っ込みを入れている隙に、覆面Aがリングの柱に上って飛び上がった。……というか跳躍が凄すぎるし人間技では無い……明らかに魔法で身体が操られているようだった。

 空中に飛び上がった覆面は背中から円弧を描くように回転しながらボディアタックを決め込んで来る……こわ!! 俺はあまりにトリッキーすぎる動きに驚いて一瞬固まってしまったが、ガチムチの生ボディアタックが嫌過ぎるのですんでで避けた。


「おーーっとこれはムーンサルトプレス!!!! ジェド選手直前で避けて決まらず!!!!」


「……明らかに魔法で操られているような動きをしているんだけど、あれも有るの……?」


「大有りです、むしろああいうのが見せ場というか本来のヤツですね」


「異世界どうなってるの」


 メアリーと陛下の実況解説が本当ならば異世界のスポーツ物騒すぎる。おかしい……普通、異世界ってこういう世界より文明も進んでいて平和なはずでは……?

 こんなやべえ物が普通に行われているわ、偏った知識でいきなり襲ったり求婚してきたりする奴もおるわ……異世界ヤバすぎるな。俺は絶対に行きたくない……


「おーっと、そうこうしている間に場外乱闘だーー!!」


 覆面Bが今度はロープの外に居たブレイドに向かって飛び蹴りを食らわせていた。もうめちゃくちゃである……だが、メアリーの解説っぷりを聞いているとこれもデフォルトなんだろう……分かった、把握した。ルールなんて有って無い物なのだな……スポーツマンシップはどうした。


「……いい加減に――しろーー!!!」


 場外で攻撃を受けていたブレイドがブチ切れる。再び空中からムーンサルトプレスとかいうヤツをブレイドにぶちかまそうとしていた覆面Bを空中で肩越しに逆さまにキャッチし、開脚した両足を掴んで尻から着地する。何か凄い技出た。


「あっ、アレは筋肉バスt……」


「あれも有るの……?」


「現実では初めて見ました」


 ブレイドの何か凄い技の衝撃で覆面Bは気絶した。

 だが、俺の後ろから折りたたみ椅子を持って迫り来る覆面Aがまだ残っていた。


「ジェド!!」


「いや、大丈夫だ」


 ブレイドが心配して声をかけるも、俺は折りたたみ椅子をキャッチして奪い取った。警戒して離れる覆面A……だが――


「武器がOKならば問題無い」


 俺は折りたたみ椅子を持ち半円形に構えた。ペンとか凍ったタオルも行けるから椅子も大丈夫だろう……


「はあああ!!!!」


 折りたたみ椅子に漲る剣気。良かった、剣気的には椅子も剣と認識されたようだ。クランバル家に伝わる48の殺人剣技……十文字斬りが覆面Aにヒットした。あ、尚殺人は犯してません。


「ジェド選手の技が決まったーー!!! だが、レフリーはっ!!?」


 リングに沈む覆面Aの横にはレフリーのオッサンを取り押さえたブレイドが立っていた。ガッチリ固めた肩ごとレフリーの手をリングに叩きつける。


「ワン、ツー……スリー!!! ジェド、ブレイドタッグの勝利ーーーー!!!!」


 高らかにメアリーの声が会場内に響き渡ると観客席からワーーーー!!! っと歓声が響いてきた。

 かくして……異世界由来の謎の試合、プロレスは俺達の勝利に終わった……二度とするか!!!



 ★★★



「……」


 盛り上がる観客席の中、自身の放った魔法の失敗を感じ席を立とうとする男が居た。


「待ちなよ」


「?!」


 魔法使いの男に後ろから声をかけたのは皇帝ルーカスであった。


「君は魔法士を受ける者? それとも全然関係ない何か? 魔王領の魔獣も君かい……? 何故私達の邪魔を――」


 ルーカスが言い終わる前に魔法使いは魔法陣を描き小爆発を起こしてルーカスの目を眩ませた。


「?! 待て!!」


 逃げられまいと目眩しの爆煙の中、気配を頼りに魔法使いの服を掴むルーカスの目に、パサリと降りたフード越しの顔が見えた。


「えっ……」


 それは、見覚えがありすぎる人だった。驚いたルーカスの一瞬の隙をついて魔法使いは移動魔法を使い、その姿を消した。


「……」


「あっ、陛下! こんな所に居たのですね!」


 佇むルーカスの後ろから元の姿に着替えたジェドとブレイドが声をかけて走り寄って来た。


「印鑑貰いましたよ、ひたすら走るのといいこのプロレスといい、試験内容どうなってんのか……ん? 陛下?」


「……」


「そう言えば、また魔王領の時のように怪しい妨害があったみたいだが……犯人は何処かに潜んでいるのだろうか」


「いや……逃げられた……」


「え? そうなのですか?」


 心配そうに見るブレイドとジェドにルーカスは首を振って微笑んだ。


「まぁ、ここにはもう来ないだろうから次に行こう。私とした事が逃げられてしまったけど、次こそは捕まえるよ」


 誤魔化すように笑うルーカスの様子にジェドとブレイドは顔を見合わせた。だが、それ以上ルーカスが何も話さなかったので気を取り直して次の場所へと向かう事にした。


(……どういう事だ……)


 ルーカスが見た男は……妨害などするような者では無い筈だった。そんな事をする理由が見つからないのだ。

 フードから見えた長い髪……彼は魔法使いでありながら騎士道を貫く様な変わった男だった。


(……ストーン……)

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