皇室騎士、魔法士採用試験(11)闘技場の印(中編)
漆黒の騎士団長ジェド・クランバルと純白の剣士ブレイド・ダリアは、パンツ一枚にブーツという恥ずかしい格好で闘技場の試験を受ける羽目になっていた。
陛下は遠くから温かい目で傍観している。逃げた訳では無い、陛下は別に試験を受けている訳ではないからだ……恥ずかしい格好が嫌だから逃げたとか、決してそういう訳では無い。
ブレイドはもう諦めの境地に居た。ここに至るまでにもう散々恥ずかしい格好をして来たから慣れたのだろうか? 慣れは良い事だ。その調子だブレイド。
「で、コレは一体何で戦えば良い闘技なんだ……?」
「これは私がトラックに轢かれて転生する前に観に行ってハマった『プロレス』というもので、あちらのリングで戦う姿を魅せる事を目的としたエンターテイメント・パフォーマンス・スポーツです!」
「ちょっとイマイチぴんと来ないが……つまり、具体的にはどういうルールなんだ? 剣や拳は使ってはいけないのだろう?」
「剣なんて以ての外です! プロレスで使えるのは投げ技や絞め技、関節技、蹴り技、あと拳を使わない打撃ですね。凶器の使用や急所への攻撃とか拳による突きやつま先蹴りなどは反則なんですよ」
「うーむ……まぁ、剣を使うには防具が不十分というか恥ずかしさも加味すると防御力マイナスというかだからな……しかしルールが結構厳しいな」
「それで、勝敗はどうつけるのだ? そのルール内で一撃で沈めるのは中々に難易度が高いと思うのだが……」
「それは、ああして両肩が床……リングについた状態になるとレフリーが床を叩きながら3カウントを取りますので、その間に返されなければ勝ちとなります」
そのリングで既に始まっている試合を見ると、確かに取り押さえて床に伏せられた者の横で何か床をバシバシ叩いているオッサンがいた。あれがレフリーさんですか……闘っている近くに邪魔そうなオッサンが居ると思っていたんだよね。巻き込まれないのか……?
「何だか分からないがルールはほんのり分かった。よし、じゃあとりあえず戦って勝てば良いんだな……行こうか」
試合が終わったみたいなので俺とブレイドも次の試合で戦おうとロープを潜って上がろうとした時、メアリーが俺の足にしがみついて止めたので俺は顔面を思いっきし床にぶつけた。
「……何なんだよ……試験を受けるんだが……?」
「ダメですジェド様!! ちゃんとあちらから入場して頂かないと!!! 段取りがあるんですよ段取りが!!!」
そう言ってメアリーが指差す方を見ると、銀の枠に囲まれ赤い幕の垂れ下がった門のようなものが見えた。反対側には青い幕の門もある。
「……意図が全然分からないのだが……とりあえずあちらから入場すれば良いのだな……」
ブレイドは諦めの境地でスタスタと赤い門に向かった……最早突っ込む気力も無いのだろう。そうだ、一々突っ込んでるとキリが無いんだよなぁコイツら異世界人は。
何の意味があるのか分からないが、とりあえず赤い幕の方に行くと、急に軽快で派手な音楽が鳴り響き、威勢の良い声が聞こえて来た。
『赤コーナー!!! 漆黒とは名ばかりでは無い、黒いコートの下に隠されたバキバキボディ、その身体に令嬢達は群がる!! 今宵はどんな技を見せてくれるのか??! 漆黒の騎士団長ジェド・クルルルルァァァンバルゥゥゥ!!!!』
何かメアリーがとんでもないテンションかつとんでもない紹介の仕方で呼び込んで来た。それを聞いた観衆もワーーーー!! っと盛り上がっている。
いや、どんな紹介だよ!! というか語弊がありすぎるだろ……どんな技って、意味違くなって来ない……? そんな技は持ってませんが??? こちとら彼女居ない歴イコール歳なのよ言わせんなよ。あと名前の呼び方の癖凄くない……?
突っ込んでいてはキリがないと言った側から突っ込み不可避なんだが、そんな事はお構いなしにメアリーは続けた。
『同じく赤コーナー!!! 純白とはどういう意味??! 確かに肉体はもやしの様に白い!! 出来れば少しくらい焼いて欲しい、だが、身体は仕上がっている!! そのムキムキもやしから繰り出される戦いは私達を熱く燃やせるのか??! ブレイド・ダッダッダッドァアアアリーーアアアア!!!!』
「煩い!!! 誰がムキムキもやしだ!!!」
俺以上のとんでもない言われ様には流石に突っ込むブレイド。紹介なんだか煽ってんのか最早よく分からないコールである。
「おい、何か意味あるのかそれは」
「意味は大いに有ります!! やっぱり派手に入場してこそプロレスっぽいというか」
「元がよう分からん俺達にはポイもポくないも分からないのだが……」
だが、四の五の言っていても延々とパンツ一枚&ブーツ姿を晒しているだけなので大人しく舞台に上がることにした。
そうこうしている間に反対側から怒りがどうのとか神がどうのとかいう激しい歌と共に2人組が現れる。
よく見ると2人は布の面により顔を覆っていた。
「なぁ……パンツとブーツ姿は必須なんだよな……? あの覆面は有りなのか……?」
「アレは有りです。顔は隠しても良いのですが、隠しますか?」
「……派手に素顔で恥ずかしい紹介をさせられる前に聞きたかったな……」
今更顔を隠そうと時既に遅しなのである。まぁ、あの覆面にパンツとブーツというのも中々に恥ずかしいのでプライバシーを守るか守らないかの2択であり、恥ずかしい事には変わりない。
「おい……あれは許されるのか……?」
ブレイドが呆れ顔で指差す方向……覆面達が審判であるレフリーさんに堂々と賄賂を渡していた。おいコラ、何してん。
「あれは……有りです」
「いや有るなよ! どんなルールなんだよ!!??」
「どこの世界に不正に賄賂を受け取るのが許される試合があるのだ……?」
「どこの世界にと言われましても……実際によく見るので。まぁでも安心してください、アレはフリというかブラフといいますか、冗談の一種でして。ちょっと賄賂に乗ってみました、みたいな感じなので実際にはレフリーもちゃんと審判してくれると思いますよ」
それが本当だとすると賄賂を受け取っといて忖度しないレフリー悪すぎん……? そんな人が審判で本当に大丈夫なのか……?
「とにかく、私がこうしてルールのサポートをしますので安心してください! タッグマッチは2対2ではありますが、勝負は1人ずつで行います。コーナーでタッチしたら代わりに入る事が出来ますので」
「なるほどな……よしブレイド、頼んだぞ」
「……私からなのか……?」
「……俺は実は剣が無いとそんなに強くない」
「騎士団長なのに……?」
「済まんな、剣にステータス全振りなんだよ」
何度も説明をしているから知ってはいると思うのだが、俺は剣しか脳の無い男。素手の決闘は全然むり系男子。幻の左フックという隠し技も存在するのだが、拳が使えないのではルール違反である。投げ技とか寝技なんてやったこと無いわ……首トン位ならまぁ。
「……私が言うのもなんだが、もう少し考えて修練した方がいいと思うぞ。確かに君の剣の腕は認めよう。だが、不測の事態で剣が無い時に困らないのか?」
……それが散々困っているんだよなぁ。俺って奴は学習しない男である。
剣が無い時はまぁまぁ誰かが助けてくれて何とかなっているので懲りずに剣の修行しちゃうんだよなぁ……今度その寝技とやらも勉強してみよう。
カーン!!
ブレイドがやたらムチムチしてムキムキした覆面の前に立つと、突然鐘が鳴り響きビクッとそちらを振り向いた。
見るとメアリーが丸い鐘をハンマーで叩いていた。試合開始の合図らしい。
「さぁ! 始まりました! 帝国プロレスリング!! 実況は私メアリーと帝国一のイケメンにして最強の皇帝ルーカス陛下でお送りします」
「……ええと、勝手に帝国の冠をつけないで欲しいんだけど……」
長机に座るメアリーの横には陛下が座っていた。さらっと巻き込まれている……まぁ、陛下は見極め担当だからね……
「覆面レスラー・雷ライダーはかなりのガチムチ体型ですねー、対するブレイド・ダリアは鍛え抜かれた身体ながらも若干体格差的には不利かと思いますが……ルーカス陛下はどう思いますか?」
「うーん、体格差はあまり関係無いと思うけどねー。ブレイドはああ見えて結構動体視力も良いし繊細な技を持つからね。それにあの体つきは剣だけじゃないね……どこぞの騎士団長の様に剣ばっかり修練している訳じゃないんだろうね」
全くその通り過ぎて反論の余地も無い。
「おーーっと、これは雷ライダー選手毒霧を噴いたぞ!!!」
見るとメアリーの解説通り、覆面レスラーがブレイドに向かって何か黒い液体を噴出していた。
ブレイドは目にかかる前に手で防いでいたので目に入る事は無かったのだが……ブレイドの顔に黒い液体が点々とかかっている。ああ……
「実況のメアリー、あれは有りなのかい?」
「うーん、厳密には反則なのですが……レフリーが見てなかったので」
レフリーは毒霧のかかった瞬間明後日の方向というか、控えの覆面と世間話をして余所見をしていた。……おい。
「……あれは良いのかい?」
「良いんです。そういうものなので」
「……ちょっと私にはその異世界のプロレスとかいう試合が全然理解出来ないのだが……?」
「解説すると、さっきの賄賂がここで利いているって事ですね」
レフリー、賄賂通りにちゃんと仕事してんじゃねーか。ちゃんとって意味分からんけど……賄賂を受け取ったからにはちゃんと仕事をするのが筋ってもんだよな……いや、何かもう何が良くて何が悪いのかが分からなくなってきた。
「……貴様……」
ブレイドは黒い毒霧を手で拭いながらプルプルと怒りに震えていた。おお……純白の男・ブレイドの逆鱗に触れたらしい。パンイチブーツは許せても白が汚される事は許せぬ男……ブレイドがお怒りである。
「はぁ!!!!」
覆面の腕を掴んだブレイドは思いっきり背負って床に投げ落とし、その両肩を押し付けた。
「これで良いのだろう?」
直ぐにレフリーさんが駆けつけて床を叩く。
……ゆっくり目に。おい。
「おーっとレフリー、これはカウントがゆっくりだーー! さっきの賄賂が利いているのかー! レフリー賄賂に誠実だーーー!」
あまりにゆっくりなカウントにブレイドが脱力している間に覆面はブレイドの拘束を逃れた。
「おい、交代だ! その間に顔を拭け」
「ああ……」
ブレイドのタッチを受け取り俺はリングに上がった。あー……寝技とか投げ技とか、お互いにパンイチだから肌と肌が触れ合うんだよなぁ……すっごく嫌なんだけど……
★★★
リングで戦いに動きがある度に盛り上がる観客たち……
その中に1人の魔法使いが居た。
彼が他の人に見えぬよう小さく魔法陣を描く。その瞬間――リングの上に居た男たちの覆面から覗く目に……魔法陣と同じ模様が現れた。




