皇室騎士、魔法士採用試験(10)闘技場の印(前編)
「はぁ……はぁ……」
「完走お疲れ様でしたー! いや〜、やっぱり皇室騎士を受けられる方ともなりますとこんな距離もチョチョイのチョイですよねー」
「……まぁな。というか俺は騎士だからこのくらいヘノカッパだ」
『ゴール』とデカデカ書かれた横断幕の下には印鑑を持つ係員が居た。汗だくの俺達を見てニコニコと嬉しそうに微笑み地図に印を押してくれる……
あ、陛下は涼しい顔をしていた。汗臭さとは無縁の男……さす帝である。
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漆黒の騎士団長ジェド・クランバルと皇帝ルーカス、ただの純白の剣士ブレイド・ダリアは皇室騎士・魔法士採用試験を受ける為、帝国から東側の領地をひたすら走っていた。
謎に酷い目に遭った(主にブレイドが……)魔王領では結局のところ誰が邪魔をしていたのかまでは全然掴めなかった。
あれが魔法なら魔法使いが近くに居るのでは無いかと思っていたのだが、魔王にはその主までは分からなかったらしい。
魔法使いは思考を遮る魔法が使えたりするので、読めない事が多いそうだ。
あの後魔王領では何も動きが無かった所を見ると、もしかしたらもう他の場所に移動しているかもしれないしな……
という訳で俺達も用心しながら次へ進む事にした。
帝国から南側の魔王領、その先にはゲート都市や海も広がる。
地図を広げたブレイドが東側に嫌なものを見つけた。
「……この近くから東をぐるりと回るこれは何だ……?」
魔王領の近くから東側を大きく迂回して海まで伸びる謎のコースが地図に書かれていた。
そこには『マラソン。徒歩、移動魔法禁止』と書かれていた。マラソン……?
「……マラソンってなんなのかはともかく、徒歩移動魔法禁止か……俺達騎士はともかく、魔法使いに移動魔法禁止は酷じゃないか……?」
「まぁ、箒とか乗り物がダメとは書いていないからね。そういう魔法ならば良いんじゃない?」
「だとすると普通に走るしか無い俺達の方が不利なのか……」
「……いや、そうとも言えないぞ。距離を見てみろ」
ブレイドが指差す地図の距離はかなりの長さだった。何か42.195って書いてあるが……何だその中途半端な距離は。
「我々が走るのも大変だが、そんな距離で魔法を使い続けるのも中々に大変なのではないだろうか」
「何で急に体力削って来るんだよ……」
「まぁ、体力は無いと困るからね。とりあえず言われた通りに走ろうか」
という訳で、俺達は東側の整備された道を延々と走り続けた。
道の途中では魔力が切れた魔法使いや体力が無くなった騎士希望者が倒れ込んでいた。
「徒歩や移動魔法が禁止なだけで力尽きてその場に倒れ込むのは禁止されていないけど……直ぐに回復出来るとも思えないね。まぁ、このくらいで倒れるようなら資格が無いだろうし、私としてはこういう試験の方が分かりやすくてありがたいけどね」
陛下が脱落しそうになっている者達をニコニコと見回していた。その中にはスタート地点で楽勝楽勝と笑っていた傭兵崩れ達もいる。まぁ、普通に旅するにもこんな距離走り続ける事はまず無いだろう……俺達騎士の訓練だって流石に途中で休むわ。
ゴールに辿り着くと、それでも走り切った者達が倒れ込んでいた。中には根性のある参加者も居るんだなぁ……にしても走らされたり休まされたり、一個一個の温度差がエグすぎである。この中でちゃんと残ってくれる奴いるのか……?
「ここはヨーギ子爵領だね。東側は実は最近開拓された土地でね。走る道も真新しく整備されていただろう?」
陛下に言われて見渡すと確かに見慣れない道や建物が沢山建っていた。前に来た時は何も無くてあまり手入れの行き届いていない牧草地だった気もする。
「ヨーギ子爵家は元々軍用訓練所だった所なんだけどね、土地が勿体無いからちゃんと整備させたんだよね。流石に今のご時世、ただ荒れ放題に土地を遊ばせておく訳にはいかないからね。あと荒れた土地は野良魔獣が溜まっちゃうし」
「確かに。修行ならば近場でも出来ますが、どうせ訓練するならばちゃんと整備さている所がいいですしね」
騎士達の修行に人気なのは樽洞窟である。アレは謎の中毒性があるんだよなぁ……マリア達の作った竜の修行道もそろそろ完成しているだろうし、今度遠征に行ってみたいものだ。
「なるほどな……それで、この近くに次の試験ポイントがあるらしいのだが――」
「私はヨーギ子爵家令嬢メアリー。この世界は私が前世でプレイした乙女ゲーム『ハート奪い合い恋愛舞踏会〜ブンドリ』の世界で間違い無いでしょう……そして私はそのゲームの中に出てくる当て馬の悪役令嬢……」
俺達が地図を見ながらキョロキョロしていると突然近くに居た女性が喋り出した。
「……? ジェド……」
令嬢を指差して不安気に俺を見るブレイド。俺は肩に手を置きぶんぶんと首を振った。
「気にするな。あれは野生の悪役令嬢だ」
「野生の……何???」
「ブレイド、帝国では良くある話なんだよ。帝国っていうかジェドの周りだけなんだけど……」
「悪役の令嬢って小説や転生前の記憶のある者だよな……? ナーガが集めていた……それってこんな害獣みたいな頻度で現れるものなのか……???」
害獣みたいな頻度で現れるものなんだよ。むしろ帝国は平和だから害獣の方が少ないんじゃないのか?
ブレイドの動揺を無視してメアリーは話を続けた。急に喋り始める奴は大体こうなのである。
「このまま破滅の未来を待つ訳にもいかず……何とか前世の知識を生かして破滅ルートの回避を目論みました。つーても、私はごく普通の女の子でありチート能力も無い。趣味と言えばごく最近観に行ってハマったあの――そこまで思い出して私は思いつきました。そうだ、恋愛舞踏会をいっそアレにしてしまえば良いのでは? と。私の目論見は当たり、舞踏会の代わりに開催したアレに攻略対象もヒロインすらも大ハマり……私は晴れて断罪処刑を回避しました」
おお……何かこの悪役令嬢、自己解決しとるぞ。まぁ、回避も何も帝国には処刑とかいうシステムは元々無いんですがね……?
「という訳でその、私が考案したアレが次の試験会場ですわ。お待ちしておりました、さぁ、此方へお越しください」
そう言ってメアリーは真新しい建物へと歩き出した。
「……とんでもなく長い前置きだったが、とりあえずついて行けば良いのか……?」
「そのようだね。残念ながら試験だからやり過ごすパターンは無さそうだし」
自己解決しているなら『良かったな、幸せになれよお疲れ!』と言って帰りたい所なのだが、残念ながらそういう話ではなく試験会場がそちらなので強制的に関わらなくてはいけないのである。
思い出したようにタイトル回収を使命感にするのはいい加減やめて欲しい……
★★★
メアリーに案内された場所は屋内で闘技場のような形をしていた。
ただ、闘技場にしては戦うであろう場所がやけに狭い。ロープで区切られた四角形のその闘技場所は一段高くなっていた。
「あれじゃあ剣を振るには中々に狭すぎる気がするが……」
「武器は反則ですので使用禁止です」
「ならば拳……?」
「うーん……俺、拳は苦手なんだよなぁ……」
「拳も禁止です」
「は?」
「まぁ、話すより実際にやってみた方が宜しいかと思いますので、とりあえず専用の服装に着替えて頂いても宜しいでしょうか?」
俺達は顔を見合わせた。もう少し説明を受けたい所ではあるのだが……でもまぁ、試験を行う側がそう言うならば仕方ないか。
メアリーに連れられ俺達は指定された服装に着替えた。
……数刻後、俺とブレイドはパンツ一枚にブーツというとんでもなく恥ずかしい格好をさせられていた。
「……何だこの格好は……」
「この競技の正装です」
「……ブーツは必要なのか……? ブーツ残しが余計恥ずかしいのだが……」
「いえ、ブーツは無くてはいけません。何でかは分かりませんが私の記憶ではそうでしたので。私が転生する直前に観てハマった『プロレス』とはそういう闘技なのです!!」
メアリーが興奮気味に熱く拳を握りしめた。
プロレ……? 何?
異世界人は本当良く分からんものを次から次へと……




