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皇室騎士、魔法士採用試験(9)魔王領の印(後編)

 


 純白の騎士受験者……今は騎士の格好すらしていないのでただの純白である、ブレイド・ダリアは困惑していた。


(これは……一体何がどうなっているんだ!!? というかこの女性達は誰なんだ)


 印鑑を盗んだカラスと共に湖に飛び込んだブレイドは、何故か見ず知らずの……しかもタオル一枚の女性達と黒い獅子(雌)に促されカラスを追いかけ走っていた。

 試験の対象である印鑑は確かに大事だった……だが、それよりもブレイドには耐えられぬ事があるのだ。


 目の前の半裸の女性達……

 薄い布面積……タオル一枚の下はお互い何も無いのだ。ただでさえ危うい装備品は森を走り抜ける度に風にゆれ、ブレイドの精神を抉り取っていった。

 女性は清楚可憐が望ましいブレイドは、このような破廉恥な女性達が苦痛で仕方なかった。いつしかに見た眠りにつく真っ白な女王の様に、静かで美しい女性が好みなのだ……ひらひらと移る視界の端に耐えかねたブレイドは目を閉じて気配と空間探知のみで森を走り抜けていた。


「器用な事するなお前は……というかお前の想像している奴は言うほど清楚可憐では無いと思うぞ」


 黒い獅子が呆れ顔でブレイドに向かって言うと、漆黒の女騎士ジェラが驚いた声を上げる。


「え?! 何で目瞑ったまま走ってんだ?? 何かの修行か?」


「君達が破廉恥にもそんな格好で走っているからだろう! というかカラスも印も大事だが先ず以って君達が誰なのか説明してくれないか……それと、何でその獅子は普通に私の考えを読んでいるんだ」


 困惑に困惑を重ねるブレイドにジェラとルークは顔を見合わせた。


「言っておくが破廉恥な格好はお互い様だし、お前と全く同じ理由だし、何ならお前と同じ奴が一番破廉恥晒してるんですけど……?」


「は?? 何を言って……」


 ジェラの乱暴な説明に皇帝ルークはため息を吐いた。


「ジェラ、それじゃあブレイズ――じゃないけど、彼には通じないよ。ええと、何と説明したら良いものか……とりあえず、君の名前を教えてくれないかい?」


 皇帝ルークが足を止めて優しく問いかける。ブレイドも立ち止まり目を開けた。その目に皇帝ルークの優しい微笑みが写ると、何故か急に羞恥心が襲って頬が赤くなるのを感じた。


「……ブレイドだ」


「ブレイズ……じゃない、ブレイド、陛下に惚れても無駄だぞ。陛下は彼氏持ちだ」


「そんな意味は無い、変な事を言うな! 君は何処か見覚えのあるタイプのイラつく事を言う女性だな!!」


「ああ……うん、同じような人を見たならその人だよ」


「は……?」


 ルークは頭を押さえ苦笑いを浮かべた。


「残念ながら君の知っている者たちはこの世界には居ない。……いや、目の前の我々がそうだというか……ここは君の居た世界の平行世界なんだ」


「は? 平行世界……??? 何を言って……」


「お前が信じられないのも分からなくもないが、魔王領の湖はそういう世界と繋がってんだよ。居たんだろ? 私達とよく似た男が。こっちにもお前とよく似た女が居るんだよ」


「つまり、君が……いや、全ての者が性別が逆転する世界線から君は来たんだ。……うーん、君からするとそういう世界に来てしまったと言った方が正しいのか……」


「なっ……つまり、君は……ジェドなのか……???」


 ブレイドはよく感じるイライラを発生させる黒髪の女騎士を見た。言われてみれば確かにその女性はジェドだった。よく似た黒髪と瞳の色は漆黒で、上辺だけのクールさを装ったキリッとした表情。だが……その顔や身体はどう見ても女性のもの――


「……っ!!!!」


 と、下に目が行きかけてブレイドはまた慌てて目を手で覆った。


「いや、ちょっと待て、世界がどうのとかは分かった。全然分からないし、何で魔王領の湖がそんな世界の繋がっているのかも意味不明だがこの際どうでもいい! だが、君達が例え私の知っている世界の者たちと同じであったとしても同じ様に接する事は不可能だ!!! というか服を何とかしてくれ!!!」


「何とかっつってもねぇ……この場で気にしているのお前だけなんだけど……仕方ない」


 ジェラは収納魔法をごそごそと漁り、魔王領温泉と書かれているタオルを一枚取り出しブレイドの目に巻いた。


「な?!」


「だから、お前が見えなければいいんでしょ? 安心しろ、後は私達が何とかするから」


「そ、そういう問題ではない!! というか私が目を瞑ればいいだけの話で……」


「おい!!! あいつが戻ってきたぞ?!」


「?!」


 ブレイドが目隠しのタオルを取ろうとした時、魔王アースが声を上げた。追いかけていたはずのカラスは止まった彼女たちを笑うかのように翻弄し、一点を目指していた。


「あっ、危ない!!」


「何!? ぐっ!」


 視界の利かぬブレイドの身体をジェラが蹴り飛ばした。一瞬何をされたのか分からず慌てるブレイドは、近くを魔法の様な気配が通り抜けたのを感じた。


「あのカラス、何でなのか知らないがブレイドを狙っている!」


「いや、狙っているのはどちらかというとタオルだ!!」


 ジェラがまたブレイドの身体を掴んで引き寄せた。

 目隠しをしているブレイドには人の体温や気配と自然の匂い、そして魔力の通り抜ける感覚しか分からなかった。

 ジェラ達がカラスと言っている物はどう考えても魔法だったのだ。


「あれは本当に魔獣なのか? 今の感覚は魔法のようだが……」


「ん? そうなのか……? 言われてみれば確かにカラスにしては早すぎるというかおかしいと思っていたんだよなぁ」


「……というか離れてくれ」


 目隠しをされた上で攻撃を受けているブレイドは感覚を集中させていた。集中させるが故にタオル一枚の女子に腕を掴まれるのは相当キツすぎた。


「ああ、何かすまない。しかし……何であの魔獣なんだか魔法なんだか分からないカラスはブレイドのタオルを狙っているんだ……? カラスなら光り物を集めるからとか思っ――」


「ジェラ、それ以上はやめなさい。とにかく狙いが彼のタオルならば……色々な意味で守らなくてはいけないな」


「そう……ですね」


 女子3人は嫌な事を思い出した。皇帝ルークは特に頭を抱えていた。純白の騎士ブレイズによって記憶を吹っ飛ばしてしまった恋人の事を思い出したから……


「来る!!」


 魔王が叫ぶ。その方向からは勢いよくカラスが飛んで来たのだ。


「ジェラ!!」


 ジェラはブレイドを引っ張り投げ飛ばした。


「なっ!?」


 目標に向けて方向転換しようとするカラスの足をルークが捕まえる。


「カーーー!!!」


 カラスがルークの顔目がけて攻撃しようとするも、それをかわして拳骨を食らわせた。


「魔獣じゃないならば容赦しなくていいでしょう」


 この世で1番硬いとされる陛下の拳骨をモロに受けたカラスは光の粒となって拳の周りに飛散した。

 コロンと落ちた印鑑をルークが拾い上げる。


「陛下……」


「魔法って事は……誰かが試験を妨害しているって事かな。目的は分からないけど、ちゃんと見極めなくちゃいけないって事だね」


 ルークの神妙な声にブレイドは黙り込んだ。自身の世界と同じならば、やはり自分達が受けている試験も同じ様に妨害されているのだから。


「あ、いや、まぁ……それも大変だとは思うんですが……」


「ルーク、お前のタオル……」


「ん?」


 パサリと布片が落ちる音がブレイドの耳に入った。遅れてルークの悲鳴が木霊する。


「き、キャアアアア!!!」


「あー、さっきのカラスの攻撃当たってたんですね、陛下。陛下にそんな格好させる訳にはいかないので私のタオルを使って下さい」


 ブレイドの耳にタオルを外す音が聞こえて来たので、ブレイドは耳を塞いでうずくまった。


「馬鹿!! それは何の解決にもなってないんだよ!!!」


「ええ……じゃあブレイドの目を覆っているヤツ外します?」


「それはもっとダメだろう!!! ああ……もう、私は嫁には行けないかもしれない……」


「まぁ、貰ってくれる相手も大概……」


「……は? どういう事?」


 女性達の言い争う声に耳を塞ぎながらブレイドは頭が痛くなった。何処かに強い女性は居ないものかと願った時もあったが、こんな状況は余りにも騎士や純白から離れ過ぎていた。

 視界の白いタオルの向こうには決して見えてはいけないものが広がっている……どうしてこうなったのかと、闇雲にカラスを追いかけて湖に飛び込んだ自分を呪った。


「……何でも良いから早く元の世界に帰らせてくれ……私は限界だ……」


 ブレイドの泣きそうな声に女性達は言い争うのを止めて顔を見合わせた。


「あー、大丈夫大丈夫、元の世界には直ぐに帰れるぞ。湖の近くの泉の洞窟で愛のあるキスをすれば良いだけだから」


 ブレイドの肩を叩いたのはジェラの声だった。


「愛のあ……る……だと???」


 正直、女性とキスなんぞした事も無ければ愛なんて受けた事も無い。ブレイドは血の気が引くような気持ちと共に、少しだけ誰かからキスをされるのかという期待が……無くは無かった。認めたくはなかったが、騎士も男子なのだ。


「それは……どういう……というか誰が……」


「安心しろ、唇魔獣は男女共に居るからな。直ぐに呼ぶから待っていろ。ああ心配するな、愛に溢れた優しい魔獣だから」


「ん……? くちび……は?」


 1人状況が分からないブレイドを含み、ルークは移動魔法を使った。一瞬で泉の元へ行く。

 森の匂いが洞窟へと変わり、そこがジェラの言う洞窟だという事がブレイドにも分かった。


「さ、頼んだぞ」


「ブリュリュィ!!!」


 聞いた事の無いような声が聞こえ、ブレイドの心の準備もする間も無く顔面全体に柔らかくて湿っぽい唇が吸い付いた。


 ……その唇は、ほんのり温かくてレモン味がした。



「ウワアアアア!!!!!」


 バシャーーーン!!!!


 叫ぶと同時に泉に突き落とされたブレイド……暫く水に揺られたかと思うと、誰かがその腕を引き上げた。


「おい、大丈夫か? ブレイド」


「……」


 ズレたタオルから見えたのは見慣れた漆黒の騎士だった。


「……ジェド……クランバル……」


「何か大変だったな、俺達の女版居なかった? あ、女陛下には惚れちゃダメだぞ? いや、俺にも惚れちゃダメだが……」


「……」


 呑気なジェドの声に応える気力も反論する気力も無くブレイドは黙り込んだ。


「あれ? どしたん?? ……というか、印鑑は?」


「……」


 ブレイドは空の手を見た。そして思い出したくも無い記憶を漁った。確かに皇帝ルークが持っていた所までは記憶にあったのだ。


「……忘れて来た……」


「ええ?? 持たせてくれなかったの?? ブレイド、悪いんだけど……もう一度行ってきて貰っても良い??」


「……」


 絶対に、心底嫌だったが、騎士の試験を受けているのは自分だったのだと思い出したブレイドはタオルをまた目にかけて泣いた。

 ……その数刻後、印鑑片手に二度目の愛のキスを受けて帰って来たブレイドは死んだ目をしていた。



 ★★★



 森の奥、魔法が消えるのを感じた魔法使いはため息を吐いた。


 撹乱か、試験を受ける者を落とすか、或いは目的の騎士を辞めさせる為に邪魔をするか……

 どの方向を攻めるべきかと悩んだ末に魔法のカラスは消えてしまったのだ。ならば最初から目的を定めれば良かったのだと後悔した。

 ついつい私怨が入ってしまったのだが……それでは意味が無いのだ。


「まぁ……まだチャンスはあるだろうし、良いか」


 魔法使いは諦め、受け取ったタオルと風呂桶を抱えながら鼻歌混じりに温泉へと消えて行った。

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