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皇室騎士、魔法士採用試験(8)魔王領の印(中編)

 


 純白の騎士……いや、騎士採用試験受験者のブレイド・ダリアは魔王領にある湖に飛び込んだ。

 美しく濁りの無い水の中で揺れる魔獣のカラスを追いかける。カラスは不思議と水に濡れてはいなかった。

 よく見るとカラスの周りに薄っすら光が見える。

 ブレイドは確信した。やはり魔法であり、もしかしたらこれが対応力の試験なのかもしれない――いや、そうであるに違いない、と。

 これまで渡って来た公爵家や精霊国での試験もブレイドにはイマイチぴんと来るようなものではない……不可思議な試験だった。精霊国では服を脱いで水に飛び込んだだけなのだ。今回も同じように服に飛び込んではいるが、ちゃんと魔獣を追いかけるという目的があった。


 拘束されて水圧の中では少し重い手をカラスに向かって伸ばし、掴みかけた――


 ザバーーーーン


 カラスは水しぶきを上げて水面へと飛び出た。ブレイドも勢いよく飛び、岸へと着地する。


「ちっ……私から逃げ切れると思うな」


 ブレイドはしつこさには自信があった。ジェドを地獄の果てまで追いかけた時もそうだが、一度集中すると猪突猛進、それだけに熱中したり何時間も集中したりするような男だったから。

 森の方に飛び去ろうとするカラスを逃がさまいと追いかけようとしたその時――


「おいコラ、ちょっと待って! お前はとりあえず服を着ろ」


 後から声をかけられて止まった。口調はジェドに似ているようだったが、気のせいか声が高い。一瞬耳がおかしくなったのかと振り向いたブレイドの目に入ってきたのは――大きめのタオル一枚を身体に巻いただけの女性だった。


「……???? な、な、な」


 ブレイドに声をかけたのは長い黒髪を頭の高い位置で縛る女性と、その後には同じようにタオルを巻いた太陽のような金色の髪の女性……更に黒い獅子が座っていた。


「な、何故君たちはそんな姿でこんな場所に居るのだ?! 女性ならばもっと恥じらいを――」


「いや、言っておくがお前と全く同じ理由なんだからな」


「ジェラ、カラスが逃げてしまう……今はタオルを気にしている場合ではないのでは」


「うーん……そうか。そうですね……アレがこっちのカラスと同じ奴なのか判断つきにくいけど……とりあえず捕まえないとですね」


 黒髪の女騎士はタオルが落ちないようにしっかりきゅっと押さえ、ブレイドの手を引いた。


「は??!!! な、何なんだ?!!!」


 ブレイドだけが現状に付いていけぬまま、皆が走り出した。



 ★★★



 平行世界……それは魔王領の湖から何故か簡単に行き来出来る男女入れ替わった世界である。


 漆黒の騎士団長ジェド・クランバルが居る世界の人々は……その世界では男女が逆なのだ。

 細かい所が微妙に違えど、その状況は殆ど変わらなかった。


 湖に落ちたブレイドとカラスの代わりに湖から現れたのは……やはり似たようなカラスとブレイドによく似た女性であった。カラスは雌なのだろうか……いや、元のカラスが雄かは分からんが。


「な?! 何なんだ君たちは!!! 何でこんな所でタオル一枚で居るんだ?! 変態か?!!」


 バスタオル一枚で湖から出てきた女性に変態扱いされてしまった。いやね、言っておきますが君と全く同じ理由なんですけどね……?


「……変態でないとは言いがたい格好で済まないね。だが、私たちがこの格好なのは君と全く一緒なのだよ」


「え……? では、貴殿方も騎士や魔法士の試験を? いや、皇室騎士は女しか募集していなかったような……」


「ええと……なんて説明したら良いものか……」


 はは……と困惑げに笑う陛下の笑顔にブレイドの女版は頬を赤らめた。流石は安心感のあるイケメンである、先ほど俺達を変態呼ばわりしてぷんすこ怒っていた剣幕が恥ずかしげに黙りこむ。


「所で、君はなんて名前なんだい? 私はルーカスだ。彼はジェド」


「え……私は……ブレイズ。というか……この辺りで同じような女騎士を見なかったか? 皇帝も居たはずなのだが……」


 ブレイズはきょろきょろと辺りを見渡した。


「残念ながらここには居ない。……というか、ここは君の居た世界とはちょっと違うんだけど……」


「……は?」


 混乱しているブレイズを尻目にアークが空を見上げて声をかける。


「おい、あのカラスが逃げるぞ。こっちのカラスと同じか分からんし、印鑑も同じものではないかも知れないが……逃げられたら困るだろう。追うぞ」


「あっ、ちょっと待って」


「ひえ?!」


 陛下はブレイズの身体を抱えて黒い獅子であるアークの背中に乗せた。少し長い毛が彼女の身体を申し訳程度に隠す。


「……何で俺の背中に乗せるんだよ」


「いや、だってタオル一枚の女性をタオル一枚の男たちが連れまわす訳にもいかないでしょう……せめて君のもふもふの毛で隠してあげてよ……」


「俺のもふもふはそんな事の為にあるわけじゃないんだがな……まぁいい。捕まっていろ」


 アークは女版ブレイドのブレイズを背負ったまま走り出した。俺達もその後に続く。

 アークの黒いもふもふの毛に阻まれてタオル一枚の身体は何とか隠れていたが、風を切って走るアークのスピードにちょっとだいぶはらはらした。あと、俺達もタオル一枚なのではらはらである。観光客の皆さん、申し訳ない……安心してください、履いてませんけど何とか見えないようには心がけますので。


「何が何やらさっぱり分からないのだが……ここは我々の世界とは違うと言っていたな。だとすると一体どういう世界なんだ?」


「うーん、何と言うか……平行世界? かな? 君が女性ではなく男性として生きている世界というか……」


「??? 平行世界?? 私は湖に入っただけだよな?? 何でそんな事に……というかその口ぶりだと簡単に行き来出来るような話方なのだが……」


「簡単に行けるんだよ。何故かうちの湖から」


「……魔王領は何でそんな所に繋がっているんだ……?」


「……それは俺も聞きたいわ……」


 アークは苦悶の表情を浮かべていた。実はこの湖の繋がり方は結構ガバガバらしく、時折観光客が間違って落ちたり、噂を聞きつけて興味本位や遊びや罰ゲームで勝手に落ちる客が多いそうだ。

 その度に魔王の元に連絡が行き、例の洞窟に連れて行って平行世界に帰して戻ってきて貰うらしい。

 ちなみに、皆が覚えているかどうか知らんが、平行世界に戻る為には湖の近くにある洞窟で伝承のように愛のあるキスをしなくてはいけないのだ。世の中、愛のあるキスで解決する話多くない……?


 だが、考えてみてほしい。遊び半分のノリで湖に落ちるような者たちに毎回愛のあるキスをする者がいると思うか……?

 毎回毎回アークはその問題にぶち当たり、仕方なく唇魔獣にお願いしてお帰り頂くか、中には男女逆転世界で生きる事を選ぶ強者もいるらしいとか。

 湖には飛び込み禁止の看板と柵が成されているのだが、平行世界事故は後を絶たない……


「まぁ、あの湖のせいでアークも色々大変だって聞いているけど……そっちの問題はおいおい解決していくとして、今の問題はあのカラスを捕まえる事だよね」


「ですね。しかし……こんなに捕まえられないカラスが試験なんて、魔王領だけ難易度高くないか?」


「いや、だからあのカラスは試験とは関係無いんだ。試験は単純に温泉を楽しんで魔王城に入浴証明書を持って来れば良いだけだったんだが」


「……それの何処が試験なんだよ」


「それを試験にした奴の考えは俺には分からんが、とりあえずヘトヘトになった体で温泉でゆっくりさせて中々出て来る事が出来ないという試験としか聞いていない。もしかしたら疑心暗鬼にさせるのが狙いかもしれないが……」


 温泉に入るだけが試験なんて、確かに誰が分かるんだよって話だが。しかも魔王の所に試験用紙を持って行くとか……魔王と顔馴染みの帝国民ならばともかく、帝国初見の知らん他国人なんか怖くて魔王領にすら近寄れないんじゃないのか?


「まぁ、対応力試験であって、誰も毎回戦えとは言ってないからね……だとすると、あのカラスは一体何なんだ?」


 カラスは物凄いスピードで森の木々の間を抜けて行く。


「?! 何だ?」


 カラスが急に木の周りをぐるっと回り方向転換して来た!

 俺達は急に襲って来たカラスに対応を決めかねて避けるが、カラスの狙いは俺達ではなく――


「アーク?! じゃない、ブレイズだ!」


 カラスはアークではなくアークの上に居るブレイズを狙い、そのタオルの端を掠めて行った。


「何だ……? 何で女版ブレイドを狙っているんだ?」


「カラスは光り物を集めるとは聞いた事あるけど……」


 光……まさか、タオルの下を露わにした時に現れる謎の光が狙い……? ……な訳ないか。


「まぁ、でも狙いがブレイズのタオルならば断固として守らなくてはいけないな……」


「そ、そうだね……」


 今はブレイドでは無く女版なのだ。いつものブレイドならば裸になろうが慣れているけど、流石に女版がマッ裸はだいぶヤバイ。男女がタオル一枚というのも十分にヤバいんですがね……


 カラスがもう一度Uターンしてブレイズに迫るのを陛下が見極め、嘴がタオルを掠める寸前でその足を掴んだ。


「カアーーー!!」


 カラスが一鳴きして陛下の頭を突くも、残念ながら嘴は陛下の頭に刺さる事なく折れて砕けた。


「……残念ながら君のその嘴の強度では私を突くには至らないよ」


 割れた嘴から落ちた印鑑をキャッチして陛下は微笑んだ。流石帝国最強の皇帝……陛下の石頭はこの世界で一番硬いと言われているからな。さす帝。タオル一枚でもカッコイイ。


「しかし一体……この魔獣カラスは……」


 陛下が言いかけて掴んだカラスを見た時、そのカラスの身体は魔法のように光の中に溶けて消えて行った。


「なっ……」


「やっぱ……魔獣じゃなかったのか……?」


「だとすると……一体……」


 陛下は難しい顔をして森の奥を見た。


「……誰かが、この採用試験を妨害している可能性があるって事だよね」


「妨害……一体何の為に……」


「さぁ。目的は分からないけど、益々ちゃんと参加者を見極めなくてはいけないようだね」


 ため息を吐きながら陛下は手の中の印鑑を見る。


「……ま、その前にコレとブレイズを何とかしなくてはいけないというか……私達もいつまでもこんな格好でいる訳にはいかないんだよね」


 そう……俺達は無駄にタオル一枚なのだ。試験じゃないならば服を着て来れば良かった。


「アーク、コレってやっぱこちらの印鑑とは違うのだよね?」


「ああ。俺が持っていた印鑑には雄のライオンが描かれていたが、それは雌のライオンだな」


 確かに印鑑の模様のライオンには立髪がなかった。そこまで男女逆転するんかい。


「ならば君はコレを持って早く元の世界に帰らなくてはいけないね」


 陛下がブレイズに印鑑を手渡すと彼女は顔を真っ赤に染めた。残念だったな女版ブレイド、陛下は彼女持ちだ。


「元の世界に戻るって事は、やっぱまたあの泉の洞窟で愛のあるキスしなくちゃいけないって事だよな?」


「うーん、そうなるね」


「あああ、愛のあるキス??!!!」


 ブレイズは顔を真っ赤にして陛下を見た。だから残念ながら陛下は彼女持ちなんだってば。羽の生えた鬼に殺されるぞ……?


「大丈夫だ、唇魔獣は男女共に居るからな。直ぐに呼ぶから待っていろ。ああ、心配するな。愛に溢れた優しい魔獣だから」


「くちび……は?」


 アークが魔獣に連絡を取り数刻後、顔全体が唇という魔獣が現れた。愛に溢れているかどうか表情が分からないから判断つかない。唇は何か手入れされていて綺麗だった。


 その後、泉の洞窟にてこの世の終わりのような女性の悲鳴と水に落ちる音が響いた。

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