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皇室騎士、魔法士採用試験(7)魔王領の印(前編)

 


「あー……中々来ねぇな」


「魔王領にいの一番に来る人も居ないでしょう。試験は始まったばかりですし」


「いやー、まぁ……それはそうなんだが……」


 魔王アークは魔王城から魔王領を見渡して退屈そうにため息を吐いた。


 帝国で開催されている皇室騎士、魔法士採用試験のコースには魔王領も含まれていた。

 だが、待てど暮らせど試験を受ける者達は現れなかった。


 騎士の試験を受ける有象無象の者達は他国者が大半を占めていた。

 帝国の騎士団がどんな人達かも、実際は雑用多めなのも帝国民達は知っていた。陛下と戦う以外の方法で、しかも大陸中を回る試験方法が普通でない……という事は帝国民には想像がついた。安易に考えている傭兵崩れは帝国の事を噂でしかよく知らない者達なのだ。

 同様に、魔王領がそのコースに入っている事を知り、後回しにしているのもそんな国外の人々である。

 実際の魔王領はただの観光地であり、魔王は先代と違って平和とモフモフを愛する男なのだが、帝国外には未だ魔王領を恐れている者も多かった。

 観光地としてガイドブックに載っているとしても、試験会場となれば帝国最強の皇帝と戦った魔王の息子が立ち憚る……ならばただでは済まないだろうと、自然と足は遠のいた。

 実際の魔王は最強の皇帝と戦った先代魔王の爪の垢程も戦う意志は無いが。


「しかし……印を持って逃げ回る訳でも無いのに……誰も来ないとはな」


 アークは手の中で遊んでいる印鑑を見た。

 魔王領での試験は魔王領温泉に入り、温泉内の全ての娯楽を満喫する事であった。

 ……ところが、これがかなりの罠であり、他を回ってヘトヘトになった者達は天国のような至れり尽くせりの魔王領温泉からは絶対に出て来られぬだろう。と、いうのが魔王領での対応力を試す試験らしく、それを聞いたアークは余りの性格の悪さに身震いをした。


「確かにウチの温泉は一度入ると中毒性あるっつーか帰りたく無いほど良いけどさぁ……それが試験って、どんな試験だよ。ったく……魔王領を何だと思ってんだか……」


 頬杖をつきながら眺める領内から、アークが二番目位に聞きたくない声が聞こえてきた。


「……やっぱ一番に来るのはジェドかぁ……」


 重い腰を上げ、窓から飛び降りて温泉に向かおうとしたアークの手元を何かが掠めていった。


「……ん?」


「アーク様、手元の印鑑……盗られましたよ」


「は……はぁ?!!!」


 アークが手を確認すると、確かに持っていた筈の印鑑は消えていた。バッと振り返ると大型烏の魔獣がキラリと光る印鑑を咥えて飛び去っていた。


「あー、魔獣オオワタリガラスですね。あいつら光物を集める修正がありますから……あれほど人の物は盗るなって注意しておいたのですけど、渡りカラスなので新参者ですかね。にしても烏に物を盗られる魔王様って……」


「うるせーー!! ちょ、待てーー!!!!」


 不覚にも大事な印鑑を取られたアークはカラスを追いかけた。が、何せこのカラス、意外と早いのだ。

 大抵の魔獣は魔王への信仰度が高いのだが、野良魔獣くずれや流れ者には全く言う事を聞かない者もちらほらといて魔王や幹部達は躾に苦労をしていた。


 アークは黒いライオンに姿を変え、カラスの後を追いかけた……



 ―――――――――――――――――――



「次は魔王領か……まさか、騎士の試験で魔の国へ来る事になろうとはな……」


「……そうですね」


 漆黒の騎士団長ジェド・クランバルと皇帝ルーカス、騎士試験を真面目に受けている真面目の申し子ブレイド・ダリアは魔王領に来ていた。


 ブレイドは魔王領は初めてであり、魔王ともそんなに面識は無い。

 ナーガが一体魔王領の事をブレイドにどう説明していたのかは分からないが、かなり警戒していた。いや、実際の魔王領はただの緩い観光地なんですが……?


「そんなに警戒しなくても、魔王領は先代魔王の頃とは違うから急に魔獣が襲ってきたりとかもしないよ」


 苦笑いする陛下の言葉にもブレイドは警戒心を中々解けずにいた。

 まぁ、俺も魔王領で実際アークを見るまでは魔王や魔獣は怖いものだと思っていたんだよな。最近はガイドブックでも紹介されるようになってはいるみたいだけど、中々イメージを良くするのには時間がかかりそうだ。つーか、魔王領が温泉地でこんなにフレンドリーだなんて信じられんよなぁ……騙されているのか罠かと思うのが普通だろう。

 帝国民には魔王領の緩さはかなり広まってはいるのだが、未だ他国では昔の魔王のイメージが残っているらしい。そりゃあオペラも中々受け入れられない訳だな。


「で、魔王領の何処に試験会場があるというのだ? まさか精霊国みたいにあちこちで異変が起きているからその中から探せとか言わないだろうな……」


 ブレイドは地図をバサリと広げた。

 特殊な紙で作られている試験用の地図は大きな地図の一部分に微弱な魔力をかけると拡大されて、その場所の説明が出るようになっていた。微弱な魔力は乾燥魔法位のもので殆どの大人が持っているものだ。

 前回行った精霊国ではほぼ説明が無かった。精霊が暴れているからその中から印鑑を持っている精霊を探せという中々に荒々しい試験内容だった。場所によっては一切説明の無い所もある……サービスゾーンって書いてあるゲート都市は何なん……逆に怖いわ。


「ん? 今度はちゃんと行き先書いてあるみたいだよ」


 陛下が指差す地図の場所――そこは魔王領温泉だった。


「……魔王領温泉で何の試験をするんだ? まさか、また温泉で戦えとか言わないよな?」


「また……温泉で戦った事があるのか?」


「ああ。暴走した聖国人を止めた時も大変だったけど、もっと大変だったのは武器を禁止されて温泉のお湯だけで相手のタオルを落とせとかいう訳のわからん勝負をさせられた時だったなぁ……」


「???? 何の勝負だそれは……」


 ブレイドが訝しげな目で俺を見る。あれが一体何の勝負だったのかは本当に分からない。だが、平和になった魔王領では勝負の類はご法度なのだ。なので時折勘違いした異世界召還勇者とかが来たりする時には武器を使わない勝負をするとか何とか……


「まぁ、平和って大変なんだよね。とにかく君が考えているような事は魔王領では絶対に起きないから安心して」


 魔王領温泉の入り口に近づくと見覚えのあるはっぴ姿の男が立っていた。

 もう完全に温泉の従業員が板についてしまった異世界人、勇者・十六夜白夜こと高橋である。


「あ、陛下に騎士団長! 旅行……なわけは無いだろうし、え、まさか騎士試験に参加されているとか言わないですよね……?」


 俺達の姿を発見した高橋は目を丸くしていた。何でか知らんがそのまさかなんだよなぁ……


「ああ、そうだ。陛下は参加者の力量を見る為に、俺は団長の資質を試され感じで参加しているんだよ。なので普通の参加者と同じように扱ってくれ」


「そちらの方は参加者なのですね。既に騎士の貫禄ですが……」


「既に騎士だった男だ。陛下の提案で皇室騎士になるべく試験を受けている」


 高橋は陛下とブレイドを見比べて可哀想な人を見るような目でブレイドを見た。何その目……と、騎士団長の立場上言いたい所だが、本当に可哀想だから仕方が無い。実際、ブレイドは処罰の意味合いもあるからな。騎士団って何……?


「ジェド、彼とは親しいようだな……彼からは不思議なオーラを感じるのだが……」


「ん? あー、高橋は異世界人で勇者だからな。不思議なオーラが出ていてもおかしくないな」


「……異世界人で勇者? が、何故魔王領で、しかも温泉の入り口で掃除をしているんだ……?」


「何でと言われても、魔王が悪巧みをする程悪く無いので勇者の仕事が無いから……か?」


「マトモに高橋君に取り合ってくれたのがアークだけだったからじゃなかったっけ……? アークは面倒見がいいからね」


「あーそうかもですね」


 だいぶ前過ぎて記憶がもう曖昧だったが、さす帝。よく覚えていたなぁ。そうそう、騎士団と陛下で旅行に来た時にいきなり襲って来たんだよなぁ勇者高橋。


「……聞けば聞くほど本当に不可解な国だ」


「まぁ、帝国は基本平和だからな。ここから何か起こるとしたら不可解しか無いんだよ」


「いや、不可解も起きてほしくないんだけど……」


「お待たせしましたー」


 高橋は何かゴソゴソと箱を探して、出した物を俺達に手渡した。試験を受ける人には配っている物らしい。


「……これは……手ぬぐいと風呂桶か?」


「その風呂桶可愛いと思いません? 俺の居た世界でそういうデザインの桶がありましてねー、それを参考にまものん☆で作ってもらったんですよ。ちょっと小物入れるのにも便利なので魔王領温泉を回る時にはそれを持っていって下さいね」


「……普通の温泉セットじゃないのか?」


「ええと、普通の温泉セットですが?」


 高橋は不思議そうな顔で俺達を見た。その顔をしたいのはこちらである。


「試験……だよな?」


「試験ですよ……? というか俺は試験内容についてはあまり聞かされてないので、試験を受ける人たちが来たらコレを渡せって言われているだけなのですが」


「そうか……まぁ、とりあえず言われた通りにしようか」


「ううむ……」


 俺達は言われるがままにタオルとお風呂セットを受け取った。

 魔王領温泉は前に来たときよりも増設に増設を重ねられかなり賑わっていた。勿論来ているのは観光客ばかり。


「……魔王領は観光地なのか? 魔王領が……?」


 あまりにイメージとかけ離れた温泉内の状況にブレイドは眉を寄せていた。


「うーん、そこに至るまでには色々あったんだけどね……」


「魔王が暴れていたなんてのはもう大分前の話だ。今の魔王と陛下はお互い国民を守る為に平和を維持する事を選んだんだ。その結果、こうなった」


「平和って何もしない事で維持される訳じゃないからねー……だから有能な家臣が必要なんだけど」


「そうなのか……」


 ブレイドは首を傾げながら魔王領温泉の様子を見渡した。

 賑わう食事処は好きな物を好きなだけ食べられるスタイルでありながら、どんな種族でも安心して食べられるように食品表示には配慮されていた。魔族を嫌っていた聖国人の為のアレルギー表示がされているのには本当ビビる。魔王優しすぎん? と、思ったが、どうもアークの方はオペラの事を嫌っているようには見えないんだよなぁ。オペラ側は完全にツンだったが。

 食事処も良さそうだがマッサージ室も良いんだよなぁ……


「ジェド、君完全に観光客の目をしているけど……これ、試験なんだからね」


「んー、まぁ。ただ、試験内容が分からないからなぁ……とりあえず風呂に行ってみます? 温泉で試験ってくらいだからそっちでしょうし」


「そうだねー。結構歩いたから足も疲れてきたし、温泉にゆっくり浸かりたい気持ちもあるしね……」


「……陛下も観光客の思考なのですが?」


 ブレイドがずっと真面目な事を言ってくる……逆にお前はよくこんな緩い観光地でずっと真面目で居られるな。感心するわ。



 大浴場の方は丁度昼飯時らからだろうか、かなり空いていた。

 脱衣所で服を脱ぎ魔王領温泉のタオルを巻いて大浴場へ入る。あ、ちなみにブレイドは両手が拘束されていてもちゃんと脱ぎ着が出来る仕様の服に変えて貰っていた。拘束が取れない以上仕方が無いのだが、一体誰がそんな服を考えたのだろう。あまり深く追求したくない。


「はー、やっぱり温泉はいいよねー」


 陛下も久々にゆっくり温泉に浸かる事が出来たからか顔が緩んでいた。テルメに居た時も忙しくてそれどころじゃなかったからなぁ……とは言えゆっくりしている暇も無いんだが。


「そうですね。陛下はオペラとは来ないのですか?」


「えっ、早くない????」


「……最初に言っておくと、誰も一緒に入れとは言ってませんからね」


「……君は私を何だと思っているんだ」


「……君達、これは試験で合っているんだよな?」


 俺達の暢気な会話にブレイドはイライラし始めた。だってしょうがないじゃん……試験内容の何かが起きる気配も無いし――


 ガシャーーーーーン!!!!!


 と、思っていた矢先、窓ガラスが急に割れて何かが飛び込んできた。


「?! 何だ?!!」


 俺達や他の客が驚き見る。飛び込んできたのは大きな魔獣のカラスだった。


「何だ……何か咥えて――」


 素早く飛び暴れまわるカラスの後を追いかけているのは、これまた黒い大きな獅子である魔王アークだった。妙に素早いカラスは魔王の猛攻撃を嘲笑うように素早く避けている。


「いや、魔王なのに何逃げられてんだよ……というか、これが試験なのか?」


 俺は大きな魔獣のカラスの足を掴んだ。


「いや、違う……ソイツが印鑑を持って逃げたんだ……ぜーぜー……」


 魔王は何か疲れていた。また運動不足再燃していませんかね……?


 ぷすり


 魔王を呆れて見ていた俺の油断を感じたのか、カラスは俺の頭に思いっきりクチバシをぷすっと刺した。つむじはやめてくれ……


「ぐおおお!」


 頭を押さえて悶絶する俺の手からカラスは逃げ出した。何この子、魔獣にしては凶暴すぎん……?


「何やってんのジェド?! というかアーク、君魔獣の躾どうなってんの??!」


「いや、そんなはず無いのだが、渡りの野良魔獣かもしれない――あっ!」


 カラスは俺達の間を抜けて窓から飛び出してしまった。


「あっ! こら、待て!!!」


 アークが直ぐにその後を追いかける。


「……これが試験なのか??」


「うーん……ちょっとよく分からないけど、印鑑を持っていたくらいだからなぁ……」


「ならば、追いかけましょう!」


 タオルを巻いたブレイドはそのまま駆け出して行った。……え? 服は?


「ちょ、流石に服は着てもいいんじゃないのかな???」


「でも……確かに風呂に入ったタイミングで現れたって事はこのまま行けという事なのかもしれない……」


「え……」


 陛下は頭を押さえて考えた末に意を決してタオルを巻き、仕方なさげに頷いてブレイドの後を追いかけた。



 カラスを追いかけて辿り着いたのは温泉街から少し外れた魔王領の巨大な湖。アレである、例の。

 湖は観光地であり、初夏の天気の良いこの日は沢山の客で賑わっていた。

 流石に観光客が多い中でタオル一枚で走り抜けるのは本当に精神がしんどいんだけど。

 何これ、これが試験だとするとキツすぎん……?


「おい、何でアイツあんなに早いんだ?!! 俺達でも追いつけないのは流石におかしいだろ」


 カラスは妙に早かった。魔王が運動不足なせいだけかと思っていたが、そうでもない。何せ陛下でさえ追いつけないのだから……


「何か魔法を使っている可能性もある……魔獣じゃないんじゃないのか?」


 陛下の言葉にアークはぎょっとしてカラスを見た。目を凝らして魔獣を見て難しい顔をする。


「確かに……思考が入ってこない」


「あ!」


 そうこうしている間に、カラスは湖の中へと勢いよく飛び込んで行った。


「あ――」


 俺と陛下とアークは湖手前で急ブレーキをかけた。


「待て!!」


「え、ちょ、待てって……」


 ブレイドが後に続いて勢いよく湖に飛び込む……あー……


 こぽこぽと泡が消える湖を俺達3人は凝視した。


「……この湖って……アレだよな」


「……その通りだ」


 飛び込んだ先に注目していると勢いよくザバーンと水が跳ね、先ほどの魔獣カラスと違う色のカラスが印鑑を咥えて出てきた。


 そして、それを追いかけて出てきたのは――大き目のタオル一枚を身体に巻きつけた、ブレイドによく似た女性だった。


 お、おおう……

近況ノートでもお知らせしましたが、YouTubeにて121.122話お菓子の家の魔……女?の動画を公開しました


https://youtu.be/iGI2ynvKNvQ


他にもいくつか動画作っておりますので是非見てみてくださいね

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