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皇室騎士、魔法士採用試験(6)魔法都市の印(後編)

 


(何で君まで来た?!)


 ストーンの視界に写るシアン。だが、湖の中で魔法が描けない事を知っているストーンは、湖上で魔法を使うでもなく飛び込んで来たシアンに驚き、此方へ来るなともがいて抵抗した。


 そんなストーンをニコニコと見るシアンは助ける様子も無く、ストーンを落ち着かせるように違う方向をクイクイと指差した。

 最大級のピンチに訳の分からぬシアンの行動……ストーンは口から出そうになる息を押さえ込みながらも、シアンの指差す方向を見た。


 そこに居たのは自身と同じ様に足を取られてもがいている女性の姿。


(?!!)


 早く助けねばともがこうとするも、ストーンの肩を触って来たシアンは、今度はまた違う方向を指差した。

 そこに見えたのは、やはりさっきの女性と同じ様に足を取られている女性……にしては体格がちょっと良い性別がやや不詳な人だった。


(???)


 またシアンが違う方向を指す。そちらにはかなり年配の女性が居た。

 先程は焦り過ぎて気付かなかったが、よく見ると湖の中には沢山の女性達が湖の藻に足を取られていたのだ。

 こんな大規模事件は採用試験にしては度が過ぎていると怒りかけた直後、足を取られた女性の上の方から彼氏らしき男性がやって来て女性の足に絡まる藻を切って助け出した。

 同じタイミングで年配の女性はご主人らしき男性が、やや性別不詳の方は同じようにガチムチした男性が助けに来ていたのでストーンは目を逸らした。


 そうこうしている間にシアンは、取り出したナイフで普通にストーンの足に絡まる藻を切って湖面へと引っ張り上げた。


「ぶはっ!! げほっ……何なんだ……」


 やっと息を吸う事が出来たストーンは状況を確認しようと辺りを見渡した。

 湖面に見えた光景は――命からがら助け出された女性達。抱き合うカップル、人工呼吸という名のキスをしているカップル、イチャつくカップル……カップルカップル。


「??……?????」


 ストーンは状況が飲み込めず辺りを見回しながら恐ろしくなった。幾らなんでも一斉に襲われるのも非常事態だが、一斉に助かり一斉にイチャイチャし始めるのはどう考えてもおかしい。おかしいどころの話ではない。これが何かの陰謀だとすれば目的も意味も何も分からない。


「ぷはっ!」


 呆然とするストーンの後からシオンが水面に顔を出した。


「シオン、大丈夫か?」


「ストーン様、大丈夫も何も……何かそういうイベントみたいですよ」


「は……?」


 ちょいちょいと指差すシオンの指先は看板へと向いていた。湖のボート乗り場にある看板には『カップルイベント中! 湖に引き込まれた彼女を救ってラブラブ☆作戦! ※ナイフをご準備下さい。また、服が濡れますのでご注意下さい』と書かれていた。


「……何だ、それは」


「ですから、カップル向けのイベントでしょう? 湖の中に藻の魔獣がいるみたいですね」


「……何でそんなイベントがあるんだ……」


「この湖が恋人達の聖地だからですかね」


「……」


 ストーンは無言でひっくり返っているボートを元に戻し這い上がった。ずぶ濡れの服は魔法で直ぐに乾くが、釈然としないストーンの心は濡れたまま全然乾いてはくれなかった……



 ひとしきりボートで湖を探すも一向に異変は現れず、ただただ湖デートをしただけになってしまった2人は諦めて船着場へと戻った。


「……結局、ここでは無いのか……? 試験は――」


「はーいお疲れ様、魔法士試験の方はね、ハンコどうぞ」


 カップルに混じって出口を出ようとした2人に係員が声をかける。その手には皇室騎士、魔法士試験の印鑑があった。


「……ええと……どういう趣旨なんだ? まさか、さっきのイベントが試験だとでも言うのか? 確かに湖の中では魔法は使えなかったが――」


「え、湖の中って魔法使えなかったんですか??」


「えっ」


 船着場の係員は驚き目を丸くした。


「……試験ではないのか……? というか知らないのか……?」


「まぁ、この湖は魔法関係ありませんからね。ただの光の屈折が魔法のように綺麗だってだけでカップルの聖地になっているので魔法使いの方は殆ど来ないんですよね。だから全然知りませんでした……というか、アレはただのイベントですので全然関係ありませんが」


「ならば、一体アンデヴェロプトでの魔法士用の試験は何だと言うのだ」


 係員はここまで2人を案内した魔法士試験の看板を指した。


「ああ書いているじゃないですか? でも、実際の魔法使いの皆さんって頭が固いと言いますか、魔法士用の試験だから魔塔だろうって看板も見ないで魔塔に直行するか、見ても信じない人が殆どなんですよね。で、そこに来てここのカップル地獄でしょう? 魔法使いってまぁ、勉強だけずっとしていてモテない人の宝庫なのでここに辿り着いても耐え切れずリア充を爆発させようとしたりするんじゃないかって。考案された方は魔法使いのことよく知っていますよねー。この湖の仕様まで知っていてここを試験会場にしたのでしたら余程いい性格していますよ……ま、実際はサービスゾーンって書かれてある通り、ここに来てボートに乗っていただければそれで試験クリアなんですけどね。一体何人がここに辿り着けるのやら……はは」


 ストーンは湖をもう一度見た。ここには確かに魔法学園に居た頃も魔塔に居た頃も立ち寄った事は無かったのだ。

 魔法使い達にとっての娯楽は魔法の勉強……ストーンすらも魔法都市のこんな所でゆっくりするなどという頭は何処にも無かった。

 実際には係員の言っていた事が試験であるのだろうが、何も知らずに湖の入り口のイベント看板すら見落としていた魔法使いは、湖に引きずり込まれたまま魔法も使えず不甲斐なく気を失っていただろう。

 そこまで考えてストーンはナイフを持っていたシアンを驚き見た。

 魔法使いは武器を持たない。それは魔法に確固たる自信があるからだ。

 ストーンも本当は剣を装備したかった。だが、騎士の剣はストーンには重すぎて装備が出来ないので、仕方なく魔法の剣を使っているが、ナイフなど持とうとは思わない。ナイフで切らなくてはいけないものは魔法で切れるからだ。


「……君は何故ナイフを持っていたんだ……? 試験内容を知っていたのか?」


「そんな訳無いじゃないですか。僕、一度だけここに来たことがあったので、もしやと思ってさっき魔法都市で購入していたんですよ。あ、ここに来たのって全然、友達とですけど」


 ストーンはぶんぶんと手を振った。確かに魔法都市を通る途中で何かを考えながら買い物をしていたのはストーンも見たのでシアンは嘘を言っていない。


「そうか……済まない、助かった。だが、魔法士団長として君に助けられるとは……情けない」


「何か、ストーン様って変わってますよね。魔法使いってそんな固い性格の人あんまりいませんし……ふふ」


 ストーンが思いつめた顔をして頭を下げるので、シアンはクスクスと笑った。ストーンはその光景を何処かで見たような気がしたが、思い出そうとする前に係員が印をついた地図を手渡した。


「まぁ、試験の方は湖のイベントとは関係ないですからねー。ここに来ただけでハンコはつきますので大丈夫ですよ。魔法士団長さんも試験を受けられている魔法使いさんも頑張って下さいね」


「ありがとうございます」


 シアンはニコニコと笑って地図を受け取った。


「君はこの後何処に行くんだ?」


「うーん……魔王領ですかね。何か大変そうですし」


「そうか……私は、君みたいな有能な者には魔法士になって貰いたいよ。頑張ってくれ」


「ありがとうございます、またお会い出来る時は合格した時だと良いのですが」


 魔法都市を出てゲートに戻り、ゲート都市へと進む。シアンとストーンはそれぞれ違うルートを目指すようだったので挨拶をして分かれた。

 移動魔法を使い、違うルートへと進むストーンにシアンはニコニコと手を振った。


 地図を広げたシアンはメガネを外して地図をまじまじと見る。


「うーん、やっぱメガネをかけていると見辛いんだよなぁ」


 帝国の首都を指でなぞりながら、シアンは先ほどストーンに見せた笑顔とは違う……口を歪ませた笑みをニヤニヤと浮かべた。

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