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皇室騎士、魔法士採用試験(5)魔法都市の印(前編)

 


 一方その頃、先に厄介な所から片付けてしまおうと移動魔法を使った皇室魔法士のストーンはゲート都市に居た。


「試験は自由大陸と言っていたが……違う大陸にまで行っているだろうが全く……」


 地図が指すゲート都市には『魔法士はアンデヴェロプト、騎士はシュパース』と書かれていた。サービスゾーンと赤丸がされているその場所は、魔塔を知るストーンにとっては厄介以外の何物でもない。何がサービスだと呆れ返った。


 地図を見た瞬間、絶対に1番疲れると踏んだストーンは真っ先にゲート都市にやって来た。流石にアンデヴェロプトまで一気に飛ぶほどの移動魔法をポンポン使う事は出来ない。そんな事をポンポンする程魔力が溢れ過ぎて困っているのは魔塔主位なのだ。


「魔塔主……シルバー……」


 ストーンは嫌な事を思い出した。

 先代魔塔主が可愛がっていた子供であり、先代が亡くなると共に名前と魔塔を引き継いだ魔力の子。

 才能は確かにあった。ストーン自身が不本意ながら剣よりも持たされた魔法の才能と、不本意ながら真面目に取り組んだ勉強も魔力の塊には敵わなかった。何より魔塔主は魔法が好きなのだ。マゾになるほどに。

 それを見たストーンは劣等感では無い何か別の複雑な感情を抱いた。

 本当に魔法が好きで魔法に生涯をかけたならば劣等感を感じたかもしれないが、ストーンは魔法が好きな訳では無かった。

 それでも剣の才能が無い悔しさを魔法にぶつけ、魔法に真剣に取り掛かっていたのだが……本物の魔力の前には誰も敵わない事を知った。

 騎士になりたいというのがまるで言い訳の様に感じてしまい落ち込んでいた所に親戚のロックの皇室騎士団入りである。


「あ、魔法士団長のストーン様! アンデヴェロプトに行かれるのは珍しいですね……もしかして、試験……ですか?」


 ゲート都市の職員が哀れな表情を見せたのがストーンには気になってしょうがなかった。


「……何かあるのか?」


「いやまぁ……シュパースも大変そうですから」


 ゲート都市の職員はストーンに試験用の許可書を出してちらりと違うゲートの方を見た。シュパースのゲートには未だ騎士志望の者達は見えてはいない。

 他の場所で苦戦しているのかシュパースが楽勝と踏んでいるのかは分からないが、皇室騎士団の試験がそう楽な所などある訳は無いだろうとため息を吐いた。


「おや、貴方も皇室魔法士志望ですか?」


「はい」


 許可書を受け取ってゲートに向かおうとした時、後ろから同じ様に魔法士採用試験を受ける青年の姿が見えた。

 年はストーンより若いだろうが、水色と紫のグラデーションのかかった不思議な髪色と魔術具の眼鏡をかけた容姿は中性的で年齢もよく分からない。

 ストーンは妙にその青年が気になり声をかけた。


「……君も試験を受けるのか」


「ええ。その服装は、もしかして皇室魔法士団長のストーン様ですか? 僕はシアンって言います」


 ニコニコと笑う青年はジャラジャラと飾りのついた眼鏡で表情が分かりづらいが、少しつり目の悪戯そうな顔をしていた。


「その眼鏡は魔術具か?」


「……ええ。ちょっと目が悪いもので」


 レンズにも柄が入っている魔術具の眼鏡からは目の色はよく見えなかったが、青よりはややピンク寄りの色合いをしていて件の魔塔主を思い出す。ストーンは少し不快になった。

 だが、初対面の……それももしかしたら部下になるかもしれない者に失礼な態度を取るのはいけないと思い、気にしない様にした。何よりそんな物は騎士では無いからだ。魔法士ストーン、心だけは騎士だった。


「それで君は何故最初にゲート都市というかアンデヴェロプトへ行こうと思ったのかね? 他の者達は近い場所から攻めているみたいだが」


「まぁ、近くの場所は帰りにでも行けますし……試験を受ける魔法士にアンデヴェロプトへ行けなんて、絶対に面倒に決まっていますから。そういう所は先に回った方が良いかなと思って」


 ニコニコと答えるシアンのその意見にはストーンも賛成だった。

 話をしながらゲートを通るとアンデヴェロプトの懐かしい匂いが香って来た。

 大気にまで魔力火山のが魔力が溶け込むアンデヴェロプトは独特な香りがするのだが、その空気を何処かで求めている自分が居るのも嫌でしょうがなかった。


「何かアンデヴェロプトって魔法使いは落ち着くって言いますが、それは魔法使いの血の中に魔力が多いから身体中が魔力火山に帰りたがっているって本当ですかね?」


「……知らん」


 その話は魔法使いの間で実しやかに囁かれている都市伝説の類だが、それを確かめる方法も根拠も何処にも無いので都市伝説の域を出る事は永遠に無かった。

 魔力と話でも出来れば別だが、魔力が火山に帰たがっているだの魔法使いの身体中の血の中に魔力が流れてるだのなんて事は気味が悪すぎてそもそも考えたくもなかったのだ。

 魔法使いがその話を定期的に持ち出す度にストーンは嫌な顔をした。アンデヴェロプトに来る魔法使い達の鉄板の話なのだ……


「こういう話はお嫌いですか?」


「ああ、嫌いだ。私は――」


(魔法使いになりたくてなった訳では無いからな)と言いかけて止めた。魔法士を目指す者にその魔法士団の団長が言う話ではない。

 不思議な事にシアンと話をしていると、自分は魔法があまり好きでは無い事や嫌だと感じている事を素直に吐いてしまいそうになるのだ。

 ストーンはぶんぶん首を振った。


 アンデヴェロプト大陸のゲートを出て暫く歩くと魔法都市と、その先に薄らと伸びる魔塔が見えた。

 渡された地図には何処に行き何をしろとは書いてはいなかった。どの場所に関してもそうらしく、その近辺で起きる明らかな不穏や事件を察して印を集めるようだった。

 各地の視察や不審事件の解決を担当する第二部隊の騎士が考えたとなれば頷ける内容だったが、それにしてもアンデヴェロプトの広い土地でいつ何処で起きるか分からない異変を探せというのも中々に酷い話だとストーンは鼻で笑った。


「うむ……騎士にしても魔法士にしても……やはり困難でなくては――」


「あ、何か魔法都市に行けばいいみたいですね」


 シアンが暢気な声で指差す先を見ると、建て看板に『帝国の皇室魔法士試験の方はこちら』と、ご丁寧に書いてあった。


「……アンデヴェロプトの何処で起きているのか分からない異変を探すのでは無いのか……?」


「ですよねー。幾ら日程が決められてはいないとは言え、何日もここの大陸に張り込んで彷徨っている訳にもいきませんからね。まぁ、求められているのはそういうものじゃなくて対応力なんでしょうね」


 ストーンは肩透かしを食らった……シアンの暢気な声が難しく考えるストーンにグサグサ刺さる。


「試験って位だから実際に誰かも分からない人が起こしている訳では無いでしょうし、とりあえず信じて行ってみますか?」


「……まぁ、どの道手がかりのような物は何も無いからな……」


 ストーンとシアンは看板の通りに魔法都市へと歩き出した。



 看板は至る所に点在し、魔法都市の一点を目指して進むように配置されていた。

 そこは魔法都市でも有名なデートスポットである七色の湖。


 魔法都市に訪れる客層は大きく分けて二種類いた。魔法使いや魔法系の魔術具を扱う商人と、観光客……主にカップルである。

 カップル達のお目当ては魔法旅行や魔法遊具。魔法都市は魔法でロマンス演出を補う観光地として最近人気があり、その中心となっているのが七色に光る湖だった。

 ボートは常にカップルで賑わっていた。自然が作る特殊な反射は魔法が一切かかっていない、にも関わらずこの魔法都市でありながら自然で作られた幻想が乙なのかカップル達がボートでイチャイチャイチャイチャしているのだ……ストーンの最も嫌いな場所である。


 先ず以って魔塔の魔法使いはモテない。宮廷魔法士もモテない。つまり魔法使いがモテないのだ。

 この場所でカップルがイチャつきながら魔法色したファンキーなスイーツを食べているのを目撃する度にストーンは嫌な気持ちになった。

 決して女子にモテたいという気持ちは無い。女子と過ごす位ならば魔法でも勉強していた方がマシだったのだが、それが言い訳がましくて嫌なのだ……

 剣士になれない事、魔法の才能があるからと言っても魔塔主には勝てない事、モテない事……どれもこれも許せない程悔しい訳ではないのに、本意では無く何処かに逃げる理由が用意されているのがストーンには堪らなく悔しくてしょうがなかった。心意気だけが騎士なのだ。


「ボートに乗るみたいですね」


「ボートに乗るのか……」


 看板は湖のボートを示していた。周りを見渡すとカップルだらけで、何となく1人で乗るのは忍びなかった。勿論、看板で試験のお知らせを示しているので誰も明らかに魔法士団の格好のストーンを哀れに思う人は居ないのだが……ストーンは隣を見た。

 まだ出会ったばかりのシアンではあるが、1人で乗るよりは仲間内と仕事をしてます感を出した方が精神的に良いのだ。


「一緒に乗るか」


「え? 僕、試験受ける側の人ですが魔法士団長と一緒に乗ってもいいんですかね」


「別に構わないだろう。私が君の試験を遮らなければ良いのだから」


「それは確かに。まぁ、僕もこのカップルだらけの空気の中で1人はちょっと耐え切れなそうですし……」


 ストーンは別にカップルに耐え切れずにシアンに提案したとは一言も言っていないが、勝手にそう思われたのはちょっと心外だった。実際少なからず大いにそうだから余計に腹が立つ。


「……カップルを気にしているとは一言も言ってないがとっとと行くぞ」


 そう言ってしまうのは気にしている人のそれなのだが、シアンはニコニコとしながらストーンの後に続いてボートに乗った。



 ボートを漕いで湖の真ん中、周りを見渡せる場所へと進む。結局案内された場所に来たものの、一体何処が試験なのかは未だストーンには分からなかった。


「こんな所で試験を行うとは……全く。考えたヤツの嫌味か……」


 ボソリと漏れるのはやはりカップルへの不満だった。それもそのはず、ストーン達の周りのボートにはカップルしか居ないのだ。やたらに可愛くデコられた船でこれ見よがしにいちゃつくカップル達が気になって異変所では無かった。起こるならば早く起きろよ異変、とストーンはイライラとした。


「ふふ……ストーン様、周りのボートばかりに目が行くのは気にしている証拠ですよ。異変を探すならばこちらとか、あちらとか……?」


 シアンが指差すのは空と湖。

 確かに……と、ストーンはまたグサリと何かが刺さったような気がした。


 湖の中は屈折がキラキラと凄すぎてよく見えなかった。七色に光るようにも見えたが、この湖自体に魔法がかかっている訳は無い。


「ん……?」


 ストーンは正直この湖でボートに乗るのは初めてなのでこんなにもまじまじと見た事は無かった。が、明らかに湖の底には何かが動いているようにも見えたのだ。


「何だ……?」


 そう思い湖に手を伸ばした瞬間――ストーンの身体が湖に引き込まれた。


(なっ?!)


 突然の事に一瞬何が起きているのか判断出来ずにもがいたが、直ぐに魔法を描こうと手を伸ばした。


(魔法が……!)


 魔法に必要な魔法陣は魔力の光の文字で描くのである。だが、その魔力の文字が見えないのだ。


(屈折か?!)


 確かに魔力の文字は出ていた。だが、光の屈折が邪魔をして何を描いているのかストーンには判断がつかなかった。

 そうこうしている間にも下から引っ張られる力に抗えず、苦しくて息を吐いてしまう。


 そのストーンの視界に入ってきたのはシアンの笑顔だった。


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