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皇室騎士、魔法士採用試験(3)公爵家の印



 晴れ渡る青空――自由大陸は今日も晴れていた。

 帝国のある自由大陸では、大事な日に天気が悪くなる……という事は一切無い。何せ大陸内に精霊国があるから。

 異国では坊主を生贄に捧げて吊るしてまでも希望の天候を祈るような恐ろしい風習まであるらしい……どこからそんな物騒な風習が発生したのか知らんが、そういう変なものは大方異世界からだろう。


「皇城で働きたい者は意外と多いのだな」


 拘束されたままのブレイドが集められた騎士や魔法士候補を見渡す。

 皇城の入り口に集められた者達はかなりの人数だった。騎士希望であろう傭兵のような者達から魔法使いまで……前に行ったときはせいぜい数人程度だったのだが、今回は倍以上いる。騎士と魔法士合同だからにしても多い……


「まぁ、いつもは陛下を相手にするってだけでみんな遠慮するというか……」


「だからと言って簡単に採用するとは限らないのだけどね」


「ですなぁ」


 俺の横には陛下も居て、そんでもって何故か魔法士団長のストーンも居た。いつも顔を合わせないから久々に見たなぁ。


「……所で、何で君達もここに居るんだい……?」


「それは我々が聞きたいです」


 集められた希望者に混ざって城門の前に俺達も居るのだ……何故か? ここに居ろって言われたからである。何せ陛下も何故ここに居るのか全く聞いていないのだから、俺とストーンに分かるわけも無い。


『お集まり頂きありがとうございます』


 城壁の方から聞こえたエースの声。城門の上のベランダには宰相エースが拡声の魔術具を持って立っていた。


『これより皇室騎士、魔法士採用試験を開催致しますが……概要につきましては提案者から説明頂きます』


 エースから魔術具を受け取った騎士はニコニコと笑いながら説明し始めた。


『本日は沢山の方にお集まり頂きありがとうございます。我が皇室は昨今の情勢により多忙に多忙を極め、その人手不足たるや戦乱の世以上。ですが、戦乱の世と違って近年求められている人材とは対応力なのでは無いかと思い、この試験方法を提案させて頂きました。騎士にしても魔法士にしても、ただ強いだけというのは古い発想。強い上に対応力に優れているというのが新たな採用基準であると私は思う』


 ……何か遠まわしに陛下ディスられとらん? 確かに今までの方法は若干脳筋っぽい所ありましたが。陛下も何とも言えぬ目で騎士を見ていた。忠誠を誓った皇帝ディスんなし。


「君の言いたい事は分かったが……それで、どういう方法でその対応力とやらを見極めるんだい?」


 陛下が城門の方へと問いかけると、騎士は城下町の入り口の方を指差した。


『この日の為に各地にご協力頂き、自由大陸全体を回るコースを整備しました。それぞれのチェックポイントには各ルールがあり、それに従ってチェックポイントにいる係員に印を貰って来て頂きます。順路は特にありませんが、最後にここにお戻り頂きます。単純なルールでしょう?』


 参加者には騎士や魔法士から紙が手渡された。


『時間制限はありません。何日かかってでも戻ってきて頂ければ良いので。受け取った方からどうぞお進み下さい』


「何だ、簡単じゃねえか」

「自由大陸全体なんて何回も冒険しているから余裕だな」


 紙を受け取った者からぞろぞろと城下町の外へと進んで行った。俺達は紙を眺めながら一番の疑問を投げかける。


「……所で、我々にも手渡されたと言う事は……私達も参加するって事だよね……?」


『そうですが?』


「……何で?」


 騎士は困ったように微笑みながら首を傾げた。


『ですから、陛下は人となりを確かめたいのですよね? 採用者の。でしたら一緒に参加するのが一番ではなのでは?』


「一理……無くもないけど……内容は教えてくれないのだね」


『対応力テストですので。内容を最初に知っていては意味は無いでしょう』


「……そう……なの?」


 陛下も首を傾げるが、任せたからには仕方が無いかと諦めて言うとおりにする事にしたらしい。……でも、俺達にも疑問がある。


「……俺達は何でなんだ?」


『騎士団長と魔法士団長が対応力で劣っては説得力が無いと思いませんか?』


「……それは、つまり我々もテストされるという事なのか……?」


『そうです』


 俺とストーンは顔を見合わせた。俺はともかくストーンは対応力で劣ってると言われる程の事は無いんじゃないかなぁ……


「ちなみに脱落したらどうなるんだ?」


 騎士はうーんと考えて答えた。


『しょうがないので団長交代ですかね。ああ、誰も適職が居なければ私が代わりに――』


「ジェド、ストーン。私は君達がそんな不甲斐ない団長だとは思ってはいない。絶対に、何としてでも脱落するな。絶対に」


 陛下は騎士の言葉を遮るように俺達に向き直り凄んだ。俺は騎士をチラリと見る……夜の様な紫色の髪を揺らす金色の目は知的だったので、俺なんかより余程騎士団長に向いているような気もするんだけどなぁ……何で陛下そんなに嫌がってるん?


「分かりました。陛下がそう仰るなら我々も最善を尽くしましょう」


 乗り気でなかったストーンも陛下のあまりの剣幕に仕方なく頷いた。

 もう既に先に出た者の姿は見えなかったが、日数も制限されている訳ではないのでのんびり――とはいかない俺達(特に陛下)は城下町の入り口の門を潜り町の外へと急いだ。



 ―――――――――――――――――――



「しかしこんな事をよく秘密裏に出来たよなぁ……本当彼のする事は読めないというか……絶対に先日話をする前から計画していたよね」


 陛下が顎に手を当てて地図を凝視していた。

 渡された地図にはチェックポイントが丁寧に書かれており、自由大陸全土――魔王領から果ては人魚の国、そして謎にゲート都市まで入っていた。本当に自由大陸全土だけなのかも怪しい。


「俺、あんまり第二部隊の事は詳しくないのですが、第二部隊って諸国を回っているんでしたっけ?」


「ああ。私が見て回れない帝国全土で問題が起きていないかどうかの調査がメインなんだが……彼は神出鬼没というか。自由に出歩く男でね」


「はー、雑務ばかりの俺達とは違う仕事なのですね」


 第一部隊はほぼ雑務である。何故か俺だけは違う国どころか違う大陸に飛ばされている気もするが……


「それで、最初のチェックポイントは結構近くにあるのだな」


 拘束された手で器用に地図を持つブレイドが皇城から1番近いポイントを指差した。


「……というか、私は騎士になる為の試験を受けに来ているので君達が一緒にいてはいけないのでは……?」


 ブレイドの言葉に俺と陛下は顔を見合わせた。ちなみに魔法士団長のストーンは早く帰りたいのか移動魔法を使って先に行ってしまった。


「いや、そういうルールは無いよブレイド。というか私は受けている者達を見極めなくてはいけないので一緒に居るのはむしろ主旨なのだけど」


「……それはそうだが……ジェド、君は何なんだ。魔法士団長のように早く先に進んだ方が良いのではないか……?」


「ウーン、まぁ別に早くゴールしたから勝ちとかそういう訳じゃなさそうだし……あと」


 あと、手を拘束されたままヤケクソのように参加しているブレイドが心配だというのもある。何せ対応力試験……実力は絶対に問題無いと思うのだが、対応力に関してはちょっと心配である。


「……あと何だ?」


「いや、まぁ頑張れ。俺はお前に帝国の騎士になって欲しい」


「……」


 ブレイドは微妙な顔をしていた。この一連で既に騎士とは? という疑問を抱き始めているから。まだだブレイド、疑問を抱くにはまだ早いぞ。


「それよりもさぁ……」


 俺は地図のチェックポイントを見て実は嫌な予感がしていた。


「ここは……」


「ここって……」


「まぁ、やっぱ俺ん家だよなぁ……」


 そう、地図の場所は明らかに俺の家を指していた。


「もしかして、親父達と戦えとか言わないよなぁ……」


「いや、それならば私と直接戦うよりまだ酷いだろう。誰が残るんだそんな試験」


 そう。陛下との手合わせは手加減してくれるが親父達は絶対に手加減しない。戦って最後まで立っていられるのなんて陛下位なんじゃないのか……?

 それに、確かに言われてみれば対応力とは違う気がするし。


「……?? 何だアレは」


 ブレイドが指差した先、見えてきた公爵家――黒い外観でよく見えなかったが、その壁に沿って黒い髪の毛がゴワゴワと張り付き伸びていた。

 ――さち子やん。


「今朝出てきた時にはあんな物無かったよな……?」


「いや……無くはないというか……窓際にあったというか」


 朝食を食べていた時、呪いの人形令嬢ことさち子は相変わらず不気味な笑顔を浮かべて窓際に居た気がする。

 もうさち子に見慣れすぎていて全然目に入ってはいなかったのだが……あんなに髪の毛伸びてたっけ?


「あ、ジェド様」


 公爵家の門の前では執事長が俺を出迎えた。


「なぁ、さち子のアレってどうしたんだ……まさか皇室騎士、魔法士試験とか言わないよな……?」


「いえ、そのまさかなのでございます」


 執事長が指し示す先――髪の毛に絡まって沢山の傭兵や魔法使い達が居た。それぞれ絡む髪の毛から這い出ながら何処かを目指していた。


「……皆何処を目指してるんだ?」


「それを探すのが試験でございますので」


「なるほど……」


 これまた厄介そうな試験である。ブレイドはただでさえ黒いものがあまり好きではないのに、こんなにうぞうぞと屋敷中這っているのが気持ち悪いのかでかなり嫌そうな顔だ。


「まぁ、こうして見ていても仕方がない。とりあえずあの髪の毛の中心に行けばさち子が居るだろうし、そこに行ってみるか」


「だが髪の毛が邪魔して先に進めんな……」


 家に入ろうにも増殖した髪の毛の毛量がかなり多く、皆泳ぐように髪の毛をかき分けていた。その様子を見たブレイドはウッと口元を押さえる。


「……」


 無言で白い剣を抜いたブレイドは髪の毛に剣を振り下ろした。――が、予想通り髪の毛はブレイドの剣では切れる事が無かった。


「……何故切れんのだ?」


「何故って……呪いの力を宿す髪の毛だからなぁ。さち子の髪を切れるのは聖剣だけなんだよ」


 そう、200話も前の話なんてお忘れかもしれませんが、さち子の髪はジュエリーちゃんこといも弟の大輔が持つ聖剣でしか切ることは出来ない。さち子の髪が伸びる度に大輔が定期的に聖剣で切っているのだ。


「呪いの剣子は呪いの剣だからなー……さち子とは相性が悪いんじゃないか?」


「そうか……というか何故君はそんな不気味な人形を家に置いているんだ……?」


「何故と言われても……」


 何で家に有るのかは俺も聞きたい。俺が好き好んで置いている訳では無いんですが……?


「ブレイド、ジェドに何でって一々聞いているとキリが無いよ……ん? ブレイド……剣どうしたの?」


「……え?」


 ブレイドが剣に目線を落とすと、鍔の部分にギョロリと光る剣子の目からは涙が溢れていた。


「な、剣子……どうしたんだ??」


 ブレイドが驚いて剣子を持ち上げるとプルプル震えて泣いていた。


「……もしかして剣子、ブレイドの役に立てなかった事が悲しくて泣いているのでは……?」


「……そうなのか……剣子?」


 剣子はブレイドの困ったような問いかけに瞬きをパチパチとした。おお……剣子、そんなにもブレイドが好きなのか。

 剣子の一途さに思う所があったのか、ブレイドはぎゅっと剣子を握った。


「気にするな……お前のせいではない。お前は十分に役割を果たしている、大事な剣だ。方法については別の道を考えよう……」


 髪の毛の束を嫌そうに見たブレイドは、目を瞑り意を決して飛び込もうとした……その時ーーー


「なっ?!」


 剣子の涙がブレイドの手に落ちた時……突然剣子が光出した。呆然と見守る俺達の前で、剣子は白い光を放ち刀身が発光し始める。

 ゾワゾワと伸びていた髪は光に触れるとジュッと溶け始めた。


「まさか……」


 ブレイドが試しに髪の毛に剣を入れる……すると、先程とは違い髪の毛はパサリと剣の刃に負けて地に落ちた。

 なんて事でしょう、呪いの剣子はブレイドへの愛により聖剣へと生まれ変わったのだ……え? 聖剣ってそんな簡単に……?


「剣子……」


 ブレイドは振りかぶり、屋敷中の髪の毛を切って回った。床中に散らばる髪の毛の残骸……伸びて這う髪の毛も気持ち悪いが床に散らばる髪の毛もまぁまぁ気持ち悪いな。

 ひとしきり切り終えた髪の毛の中心には大輔が居た。


「えっ?! アニキ??」


 大輔は可愛らしい形の印鑑を持っていた。どうやらさち子の中心に辿り着き、大輔から印鑑を貰うというのが最初のチェックポイントの試練だったらしい。


 大輔は俺達の地図のチェックポイント部分に印鑑を押していく。


「何かトライアスロンっつーかスタンプラリーだよなぁ。それにしてもアニキ、何で切っちゃうかなぁ……」


「ん? 邪魔だからだろ」


「いや、これさち子の髪の毛を何とか掻い潜って辿り着くっていう精神力と持久力を試すテストだったんだけど、切っちゃったら次の人達困るじゃん……おかしいな、俺の聖剣でしか切れないはずなのに」


「……」


 どうやらさち子の髪の毛は切っちゃいけないやつだったらしい。呪いの剣子の愛が強すぎるばかりに……あ、今は聖剣の剣子になったのか。


「しょうがないからこの後の人達の試験は父さん達に手合わせして貰うように頼んでみるかー。何かもうすぐ帰って来るみたいだし」


「……」


 大輔は髪が綺麗に整えられたさち子人形を窓辺に戻した。まだまだ続々と試験に挑む人達が来るだろうが、もしかしたらかなりここでの脱落者が出るんじゃなかろうか……


 ブレイドは責任を感じてか、困ったように眉を寄せて陛下を見た。


「いや、まぁ、うん……それが君なりの対応だったから仕方ないんじゃないかな……うん」


 ブレイドは何とも言えない顔でそっと剣を仕舞った。

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