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皇室騎士、魔法士採用試験(2)

 


「陛下、ブレイドさんにその採用試験を受けていただくのであれば拘束をどうにかされた方が良くありませんか?」


「うーん……やっぱそうだよね」


 執務室に残る漆黒の騎士団長ジェド・クランバルと純白の騎士ブレイド・ダリア。

 机に座る皇帝ルーカスは宰相エースの真っ当な意見にうーむと考えていた。


「ジェドはどう思う?」


「どうって……まぁ、ブレイドに騎士団の試験を受ける気があるのでしたら外された方が宜しいかと思いますが。今更暴れる意思も無さそうというか……暴れる意味も無いですしね」


 元々ナーガの支配下にあったブレイド。念の為にとシルバーが拘束の魔術具を着けたものの、様子を見る限りでは再びナーガの元に戻る気配は無い。

 今のブレイドには目的も目標も無く……強いてあるとすれば俺との再戦だろうか? まぁ、その辺りは俺が頑張れば……


「いや、そうではなく。ブレイドが君よりマトモで逃走の意思も暴れる意思も無いのは分かっているんだよ。だから皇室騎士を受けてもらおうと思っているんだからね。そうじゃなくて、その拘束具……どうやったら取れると思う?」


「どうって……」


 俺は面倒な事を思い出した。この拘束具を着けたのは魔塔の最高責任者であり、去り際に相当不貞腐れていたシルバーなのだ。

 実は拘束具を着けるよう提案したのもシルバーだった。本人の意思では無いにせよ俺を殺したブレイドに対して思うところがあるのだろう。ブレイド自体も俺と戦う事を諦めていないからこそナーガの影響下から逃れた位だからな……その辺りがシルバーにとっては警戒の解けぬところであり、こうして皇室魔法士の誰が外そうとしても絶対に外れぬ拘束ともなっている。


「……やっぱ、俺がお願いに行った方がいいですよね」


「そうだね。彼だって今頃魔塔で仕事に追われているはずだ。魔塔を滅茶苦茶に破壊して来た上にずっと不在にしていたからね……彼はナスカと同じで面倒な事や嫌な仕事はしたくない部類の人間だ。君に帰って仕事しろって突き放されたのも相まって相当期限が悪いとチラホラ漏れ伝わって来ている。他の誰が頼みに行っても取り合ってくれはしないだろう」


「やっぱそうかぁ……」


 まぁ、シルバーが今まで俺のお願いを断った事は……何回かあるけど。いざとなったら土下座でもすれば流石のシルバーも聞いてくれるだろう。何せ友人の土下座なのだ。とりあえず一回「一生のお願いだから頼む」って言って頼んでみようかな。一生に何回か使える便利なフレーズであり、程ほどに絶対に聞いて欲しい感が出る便利なフレーズ。それが一生のお願い。


「騎士採用試験までに少し日数がかかるからね。それまでに戻ってきてくれればいいよ」


 国内外に張り出された募集のお達し。更に今回は以前とは方法を変える為準備に時間がかかるらしい。

 とは言えブレイドの為だけに皇城を何日も空ける訳にもいかない……いよいよ騎士団長のアイデンティティが疑われそうだし。

 という訳で俺とブレイドは足早にゲート都市へと向かった。



 ★★★



 ゲート都市はワープゲートの集まる町。各地大陸は帝国からのゲートで結ばれており、ウィルダーネス大陸のように帝国との国交が微妙な地を除き殆どの大陸や国がここから行き来できる。

 大陸間を船や長路飛竜便で地道に越えていくのんびりとした旅程を取る者も居なくは無いが、物流含めこの世界でゲートを使わない旅人はほぼ居ない。今日も今日とて冒険者や商人……様々な旅人がゲート都市を通じて各地へと行き交うのだ。


 アンデヴェロプト大陸は魔塔を中心とした魔法大国。とは言え国では無いので大国ってよりは魔法自由自治領。

 主に魔法使いや魔術具を扱う商人、それに魔法学園に入学し様々な分野で活躍する魔法使いを目指して学ぶ魔法使いの卵がここに来る。

 ノエルたんも魔法学園で学んでいる途中だったのだが、早く目覚めてまた元気に学園に通って欲しい。

 幸いか分からんが、ノエルたんがナーガに乗っ取られた事件で魔法学園は暫く休校になったらしい。闇の影響を受けた生徒の回復や壊れた建物の修繕に時間がかかっていたのだ。

 そんなに時間がかかったのも、肝心の魔塔自体が暴走したシルバーのせいで壊滅状態にあり魔塔の魔法使いはそれに追われていたからだ。ナーガの作戦は地味に効いていて、脛を打つような痛さだと陛下が頭を抱えていた。


「いやー、最近はすんなりゲートを通れるようになったので良かったですねージェド様」


「本当になぁ。俺も毎回毎回投獄されるのは簡便だよ」


「仮にも騎士団長ですからね」


「……仮じゃねーんだわ」


 俺が書類を渡しながら顔見知りの職員と談笑をしている横でブレイドは眉間に指を当てて考えていた。


「どうしたブレイド?」


「……今の話で行くと、君は毎回投獄されているという事になるのだが……」


 ブレイドの様子を見て俺と職員は顔を見合わせた。


「ジェド様、彼は騎士団の新人の方か何かでしょうか?」


「まぁ、そうだな。これから騎士団を受けるから、まだ新人では無いが」


「もしかして遠くの方から来られたとか……? ジェド様の奇行は自由大陸中に知れ渡っていますから、知らないとするとこの大陸の方じゃないですよね」


「ちょっと待て、心外なんだが」


 何で俺が奇行を行った事になっている。奇行を行っているのは俺じゃなくて変な悪役令嬢とか厄介な異世界人とかそっちだろ。

 まぁ、確かに半裸でゲートを抜けたりスライムを胸に潜ませてゲートを越えようとしたり――奇行行っておるわ。よく騎士や公爵家の身分剥奪されないな俺。


「何と言いますか、歩く厄介スポナーと言いますか巻き込まれ奇行子と言いますか。そうはならんだろうっていう事件によく遭う方なのです。我々も毎回ジェド様が通る度に変な事件が起き、普段滅多に使わない地下牢に貴族をお連れするのには心が痛みました」


 痛んでいたのか。毎回手馴れた様子で連れて行かれるので痛んでいるとは思いませんでしたね。


「とにかく、ジェド様はそういう御方ですので一々突っ込んでいると身が持ちませんよ? はい、こちら書類問題ありませんのでどうぞアンデヴェロプトへお通り下さい」


 散々な事を言われて書類を渡された。幾ら何でも言い過ぎでは……ゲート職員の皆さんにそう思われていたのを知って軽くショックである。


「アンデヴェロプトは前に来たときは混んでいたのだが今は通常の人手に戻っているのだな」


「ええ。魔力火山の噴火で祭りが行われていた頃は混みあっておりましたが、つい最近まで魔塔と魔法学園の修復作業の為に規制が入っておりましたので。ですが先日、行方不明だった魔塔主様が戻られたようで修復も急ピッチで終わったらしいですよ」


 シルバーがちゃんと仕事をすればこうなのだ。魔塔の皆さんも泣いて陛下の所に連絡を寄越す訳である。そんな重要人物を連れまわして申し訳ない……いや、半分アイツが勝手について来ていたので俺が謝る必要は全然ありませんがね。


「そうか、ありがとう」


「あ、そう言えばさっき騎士団を受けるってお話されていましたけど、魔法士も募集されるのですよね?」


 職員がアンデヴェロプトのゲート近辺に貼ってある張り紙を指した。そこには皇城から発行された皇室騎士と魔法士の募集要項が書かれている。


「ああ、魔法士の募集もあるからこの辺りにも配られているんだな」


「今回はルーカス陛下直々の手合わせで決めるのでは無く違う方法を取られるのですね。ルーカス陛下と戦うのならば無理だろうと諦めていた方々も違う方法ならばワンチャンあるのではと張り切っていましたよ」


「え? そうなの?」


「帝国の皇城で働けるのですからねー、名誉な事でしょう。騎士にもなれるとその辺の傭兵崩れ達も湧いていましたし、今回は沢山の方が来られるのではないでしょうか」


「うーむ……」


 隣の芝は青いと言いますか……実際は雑用や変テコ事件の解決メインで働いている者達からは不満爆発なんですけどね。名誉はあれど全くモテないし。

 とは言え辞めるヤツが少ない所を見ると、皆陛下の下で働く事自体には文句は無さそうなんだが……そうかぁ、沢山来るのかー。沢山来てくれるのはいいけど、そういう烏合の衆まで来られちゃうと選出が大変そうだな。どんな方法かは全く分からんが。


「あと、試験には自由大陸全体を使用するみたいですので楽しみにしておりますね」


「ん?」


 確かに貼紙には募集要項に合わせて試験期間中の通行規制の案内があった。試験は自由大陸全土を使用って……それで準備に日数がかかるって言っていたのか。一体どんな規模で試験を行うつもりなんだ。


「それではお気をつけてー」


 話も終わりゲートの職員に案内されアンデヴェロプトへと進む。ブレイドは相変わらず難しい顔をしていた。「君の事はもう深く考えないようにする」と頭を押さえていたが……何でだよ、深く考えてくれよ。



 前に来たアンデヴェロプトは魔力火山の火山灰である魔力がキラキラと降り注いでいたが、もうすっかり火山も落ち着き空は青空と変な色のオーロラに輝く何時もの風景に戻っていた。噴火時期の最後の方は火山灰が粉っぽくてくしゃみが止まらなくなっていたからな……戻っていて良かった。


 ゲートのある高台からも見える一際変な造形の塔――魔塔は相変わらず前衛的な風体をしていた。


「……それで、これはどうやって入るんだ?」


 入り口の全く無いプルプルとした壁をつついてブレイドが首を傾げる。


「そこなんだよなぁ。前に来た時もシルバーに入れてもらったから実は良く分からんのだよ。シルバーじゃなくても良いから魔塔の魔法使いを呼び出せれば良いんだけどなぁ……」


 魔塔の皆さんも忙しいし、第一どうやって呼び出したら良いかも分からない。


「そう言えば君は魔塔主との独自の通信手段があるのでは無いのか?」


「あー、指輪のこと? あれならナーガと戦った時に壊れちゃったからなぁ」


 シルバーが俺の指に勝手に嵌めていった指輪は先日ナーガと戦った時にシルバーを呼び出して砕け散った。嵌めている時は本当に微妙過ぎる気持ちで早く外したかったのだが、こういう時に不便である。やっぱいざという時のために持っておいた方が良いというシルバーの言葉は間違いではないのか……


「どうしたものか……」


 俺はふと、ブレイドの腰の白い剣が目に入った。


「……ちなみになんだが、ブレイドって魔法剣技とか使えたりしない?」


「魔法剣……まぁ、使えない事も無いが……」


 拘束された両手で器用に腰の剣をすらりと抜く。白い剣はブレイドの手に収まった瞬間瞑っていた目をパチリと開けてつぶらな瞳を見せた。


「この呪いの剣子は上手く魔法を吸い込んでくれる良い子でな……私はそんなに魔力がある方では無いが、低級魔法であれば剣に宿す事は可能だ」


 ブレイドが白い剣先で小さな魔法陣を描くと、魔法陣は剣の刀身を通り魔法文字が刻まれていく。


 魔法剣技を扱える人はそんなに居ない。剣と魔法陣を定着させるのが難しいからだ。

 多くの剣士は魔石の埋め込まれた魔術具としての剣を使うが、ごく稀にこんな風に魔法剣技を使える者も居たりする。

 剣との相性が相当良くないと成せる事では無いのだが……流石呪いの剣子に愛されし騎士。相性はばつぐんである。


「……だが、魔法剣技がどうした? 今関係あるのか?」


「ブレイド、何も聞かずにそれを塔に向かってぶっ放してみてくれ」


「……は??」


 ブレイドは訳の分からない顔をしている。が――


「ぶっ放してみれば分かる。大丈夫だ、魔法で塔を壊す分には全く怒られないから」


「???」


 ブレイドは首を傾げながらも魔塔に向かって剣子を振りかぶり、雷の飛び散る剣波を思いっきり解き放った。


「はあ!!!!…………っ??!!」


 塔に当たる瞬間……塔の壁からわらわらと虫のように魔法使いが現れた。雷の魔法剣技を食らって飛び散ったのは塔の壁――ではなく魔塔の魔法使い達だった。


「?!!! 何故、今のタイミングで出てきたんだ彼らは??? 身を挺して守る程の建造物な訳ではないのだろう??」


「何でってそりゃあ……魔法を受けたかったからだろ……?」


「????」


 ブレイドがまた思考がついて行けずに固まっていると、焦げた魔法使い達がむくりと起き上がった。


「いやぁ、珍しい魔法の匂いがして慌てて飛んできましたが……まさか滅多に使われない魔法剣技を浴びる事が出来るとは。魔術具の剣も良いのですが、天然物の魔法剣は水々しいですね!!」


 焦げた魔ゾが何か言うとる。魔法使い基準では魔法は新鮮なお魚と同等なのだろうか……?


「て、あれ? 魔塔主様とズッ友のジェド様じゃございませんか。こんな所で何しておいでですか?」


「何をしているのか分からん奴らに何をしているのか聞かれるのもアレですがね……そのシルバーに用事があってきたんだ。この拘束を解いて貰いたくてな」


 魔法使い達にブレイドの拘束具を見せると、焦げた魔法使い達がゾロゾロと集まって拘束具を観察した。


「うわー、流石魔塔主様。こりゃ複雑な魔法錠がかかっていますねー……これは確かに魔塔主様じゃ無いと解けませんわ」


「スゲー……こんな立派な拘束、解くの勿体無い」


「やはりそうなのか。で、シルバーは?」


 魔法使い達は顔を見合わせて目で会話し始めた。……何?


「えーと、魔塔主様は……何つーか忙しくて疲れているといいますか」


「まぁ……端的に言うとここには居ません」


「え?? 何処に行ったんだ??」


 魔法使い達は困った顔で魔塔を見た。


「魔塔主様、何か余程の事があったのか……落ち込んだ様子で戻って来られて……」


「珍しくちゃんと書類も終わらせて修繕関係も秒で終わらせて、とにかく仕事に没頭すると言うか何と言いますか。あんな魔塔主様初めて見ました」


「で、一通りやる事を終えた後……『暫く探さないで』という書き置きを残して消えてしまったのです。何かお疲れだったし、一人旅にでも出たのかなと思ってそっとしておく事にしたんですが……」


 ……そんなに落ち込んでたの?? そこまで何か言ったっけ……???

 まぁ、一連の旅で色々あったからシルバーも疲れているのだろう。何処に行ったか分からないがそっとしておくのが1番か……


「そうか……まぁ、アイツの事だから心配は要らんだろうが……」


「……ジェド、という事はもしかしてなのだが」


「ん?」


 ブレイドの方を見ると青ざめた顔で拘束を見せてきた。


「うん……まぁ、解くヤツが不在だからそのままって……事、かな?」


「……採用試験……辞退してもいいか……?」


 ブレイドはガックリと項垂れた。なんか……色々可哀想になってきた。

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