悪役令嬢は知らず知らずのうちに(後編)
「確かにさっき……来ていたはずなのだが」
皇帝ルーカスは城内を探し回った。
ノエル・フォルティスがジェドに会う為に執務室に来るという連絡は受けていた。
猫のジェドは気付かなかったのだが、ルーカスは確かにドアの向こうにノエルの微かな気配を感じたのだ。
だが、扉を開けるこてなくどこかに行ってしまったので、ジェド達を見送った後すぐに城内を探しに出た。しかし……ノエルの姿は何処にも無かった。
庭園を見下ろした時、木陰にうずくまるノエルとソラの姿を見つけた。何かあったのだろうかと焦り、窓から飛び降りてノエルの元に駆けつける。
「ノエル嬢、何処か具合でも……」
ノエルはソラを抱きしめながら泣いていた。ルーカスは驚きのあまり一瞬言葉を失う。
「へいか……わたくし……わた……大変なことを……」
ノエルが抱きしめているソラの魔石がノエルの悲しみの色に澱んでいた。
「だめ、ソラ……わたくしは……泣いちゃいけないのに……でも、でも……」
「落ち着いて、大丈夫だから、ソラはその位で凶悪な魔獣になる事はないんだ。泣いても大丈夫だから。それよりも、何があったのかちゃんとお話してくれないと分からないよ」
「……ルーカスへいか……」
困った顔をしたルーカスは、ノエルを抱きしめた。
「私は、凶悪な魔獣に襲われる事よりも、君がどうして泣いているのかの方が重要なんだよ……?」
その言葉を聞き、少し落ち着いたノエルはルーカスの胸の中で静かに話し始めた。
「陛下……ジェド様を猫にしたのは……私かもしれないの……」
時折思い出す……異世界の勇者に言われた「ノエルは悪い闇の魔女ではないか」という言葉。
ノエルの頭の中をぐるぐると回り続けた。
★★★
一方その頃、黒猫のジェドと副団長ロックは、城内の魔力の痕跡を辿っていた。
前に「死なないけど地味に痛い電撃の呪い」を受けた時も微かに術師に繋がる魔力の痕跡があったので、何か手がかりは無いかと探っているのだ。
「うーん……微かにあるような……無いような……何だろう? 城内の結界が邪魔しているような……」
「結界が? ならば相手は魔族という事か? ジェド、お前何か魔族に恨まれるような事をしたのか?」
「恨まれる覚えは無いし、つい最近魔族の1番偉いヤツに迷惑をかけられたばかりなんだが……」
何か恨まれる事と言われてもピンとは来ないが、世の中には知らず知らずのうちに呪ってくる悪役令嬢もいる位だ。知らず知らずのうちに恨みを買ってる可能性も無くはない……
どうせならば知らず知らずのうちに素敵な令嬢の素敵な恋の花を咲かせたいものである。
「……」
ロックは俺の尻尾を見つめながら何か言いたげだった。
「おい、どうしたんだ?」
「ジェド……実は――……いや、何でもない」
副団長ロックの思い悩む態度を見て不安になった。何か自分に隠しているのではないか……もしや、こいつが呪いを……?!
……そんな訳無いだろうが、もし仮にそうだとすると……何の為に???
まさか……お前、悪役令嬢なのか??
「ロック、何か言いたい事があるなら言ってくれ。怒らないから……いや、場合によっては怒るかもしれないけど」
その言葉を聞いたロックは、急に俺を抱き上げ誰もいない応接間へと連れて行った。
え? 何……?
「ジェド……俺は……お前が好きなのかもしれない」
………????
は??? BL……???
「……お前……男が好きなそういう感じだったのか??? ……いや、うん、俺はそういうヤツを変な目で見るような男ではないが、完全にあの、なんていうか、ノーマルだから……俺を巻き込まないでくれ」
俺は必死で気を遣って言っているのに、ロックは心外そうな顔をした。
「気色悪い事言うな」
「いや気色悪い事を言ってるのはお前だ」
全く話が噛み合わない。なんなの?
「実は俺は……猫などの小動物には逃げられる為、猫には1度も触った事が無いんだ。この間の悪役令嬢と入れ替わった時もそう。長く女性と話をする機会が無かったが、中身がお前だった悪役令嬢には何故かときめいた。中身がお前な猫は触らせてくれる……今のお前の事は、正直凄く好ましい」
「…………つまり?? 何なんだ」
「このままお前が猫だと、喜んで引き取ってしまいそうで怖いから心底早く戻ってほしい。このままではお前を猫として愛してしまう」
……
早く戻らなければ。
★★★
「ルーカスお前、ついに妃でも迎えるのか? ずいぶん若いな」
「アーク……冗談を言っている場合じゃないんだよ?」
「分かった分かった。怒るな」
魔王アークは、皇帝ルーカスが珍しく焦るような声で「直ぐに来て欲しい」と移動魔法で魔王領まで呼びに来たので、そのまま帝国に移動して来ていた。
魔王領との間にゲートを開くようなルーカスの移動魔法は、かなりの魔力を消費するので滅多に使われない。
そこまでする程、一体何があったのだろうと帝国に来てみれば、ジェドに渡したはずの魔獣の猫を手渡されたのでアークは首を傾げた。
「ノエル嬢が言うには、ソラと名付けたこの子猫が彼女の願いを聞き入れて、ジェドを猫にしたかもしれないらしい」
「へぇ……」
アークは魔獣の子猫を見た。その猫は異世界から人間を呼び寄せる程の、伝説級の力を持つ事が出来る魔獣だった。
しかし、アークの見立てでは今は魔気の暴走する気配も無く、悪戯に人に危害を加えるような様子も無かった。
「にゃ、にゃ」
「ん? 何なに……」
ソラはアークに何か伝えているようだった。ルーカスとノエルは固唾を飲んでアークの言葉を待った。
「なるほど……コイツが言うには、いつもノエルには優しくして貰ってるし、ジェドにもお礼がしたいのでのんびり出来る様に猫の姿になって貰ったらしいぞ」
「え……」
「だが自身の魔力はそんなに強くないので、すぐに元に戻るから安心しろと言っている。ビックリさせて泣かせてすまないとも。ずっとそれを伝えたくて喋りかけていたそうだ」
ノエルは驚いた。思っていた以上にソラは聡明だったのだ。
泣いてばかりでソラが何かを伝えたかったなんて、ノエルは思ってもみなかった。
「ノエルだったか? お前は確かに魔力が高いな。こいつはお前の魔力を少し借りて願いを叶えたらしい。まぁ、悪戯に魔法を使いまくる事は無いが、ちゃんと話をしてやってくれ」
自分を見つめる空色の瞳の黒猫。ノエルは優しく抱きしめた。
「ごめんなさい……ごめんなさいソラ。あなたにはちゃんと伝わるようにお話をしなければいけなかったのに……人を勝手に猫に変えるのはいけない事だったの。でも、お願いを叶えてくれてありがとう。今度魔法を使う時はちゃんと相談してね。私もあなたの言葉がわかるように頑張るから」
「にゃ……」
その様子を見て、やっとルーカスは安堵した。解決して良かったと心底思った。正直なところ小さなレディの悲しんでいる姿は心臓に悪かったから。
「陛下も魔王様もご迷惑をおかけしてごめんなさい。それと……騎士様にも謝らないと……」
「ああ、そろそろジェドも元に戻ってる頃だろう」
★★★
私の名はパティ。この皇城でメイドとして働いている。
が、実は遠い異国で没落した貴族である。
我が家門は悪逆非道を働き、国外追放となった。逃げ延びた私は心機一転、ここで真面目に働いているのだ。
あの頃のような煌びやかな……悪役令嬢のような生活ではないが、生きてこそ人生。1度死に生まれ変わったつもりで働き、今度こそ幸せを掴みたい……
そんな私は誰もいないはずの応接間の掃除をする為にドアを開けかけたのだが、誰か先客が居るようなので様子を伺った。
あれ? ここは今日は使わないはずでは……
よく見るとそこに居たのは副騎士団長のロック様だった。
ロック様はあまり女性と話をされないが、そんな所が密かにメイドの中で人気の騎士である。
ロック様は黒猫と会話をしているようだった。
「俺は……お前が好きなのかもしれない」
?????
私は耳を疑った。え? 猫に?? 告白?? どういう状況???
これは何か変な夢ではないのかと思って一旦外を見たり頬をつねったりしたが、至って正気である。
もう一度中を様子見る。
「このままではお前を猫として愛してしまう」
???? 益々分からない。ロック様はどうされたのか……
目を離した瞬間、中から人が倒れる音が聞こえ、驚いて見るとそこには……裸の騎士団長ジェド様がロック様を押し倒していた。
??????!!!?????!
ナニコレ?????
「何だか知らないが元に戻ったようだな……良かった」
「ハァ……猫のお前は可愛かった。気持ち悪いから早くどいてくれ……」
「いや言い方よ。しかし、服着てないとはなぁ……誰にも見られなくて良かった」




