久々の公爵家、ブレイドの理解はやはり追いつかぬ
「久々の公爵家だな……」
馬車に揺られ、帝国に着く頃にはもうすっかり日も落ちていた。
取り急ぎ緊急でせねばならぬ用事も無かろうと、俺とブレイドは城に戻らずにクランバル公爵家へと帰った。
陛下はブレイドを心配していたが、どうせこのまま城に帰っても陛下は休むようなお人ではないのだ。だから俺が家でブレイドの事を見張っているから少しでも休んでくださいと申し出た。
――が、陛下からは『私が心配しているのはブレイドが脱走したり暴れまわったりという事では無く、君がブレイドに変な事をしないかどうかなんだけど……』と言われた。
俺はいつの間にか陛下と長い付き合いで築き上げてきた信頼、信用を失っていたのだ……一体いつの間に……?
俺は信頼を回復すべく、ちゃんとブレイドのお世話をするからと陛下を説得した。あと、ブレイドも家に来たがっていたし……親戚だし……ね?
陛下はあまり信用していない目で馬車を降りる俺達を見送った。何なんですかねその目は……
「ジェド様! おかえりなさいませ、今回は長旅でしたね」
馬車の音を聞きつけ執事長が俺を出迎えてくれた。執事長は俺の隣にいるブレイドの様相を見て首を傾げた。
「そちらのお客様は……手を拘束されているようですが? また変な方を拾ってこられたのですか……?」
俺を何だと思っているのだろうか。そうそう変なヤツを拾ってきた覚えは――まぁ、何回か変なヤツを連れて帰っては来ていますが……言い方さぁ執事長。
「変か変じゃ無いかはともかくとして。彼はブレイド・ダリア、どうやら母さんの甥に当たるらしい」
「なんと、チェルシー様の?! これは失礼致しました」
「母さんに頼まれて実家にまで行って来たんだが……残念ながらダリア家は国ごと滅んでいた。スノーマンについてはこれから再建するところなんだが、彼は国に残る事を望んでいない上にちょと訳があってな……とりあえず家に来て頂く事にした」
「左様ですか……して、ブレイド様は何でそのような拘束をされているのでしょう……?」
「その辺りも話せば長くなるんだが……とりあえず何も聞かず今日は休ませてくれ」
「畏まりました。旦那様と奥様は相変わらずお戻りになってはおりませんし、ジュエリー様も既にお休みになられております。ブレイド様にもお部屋をご用意致しますのでお休みください」
「……済まないな」
ブレイドは困惑交じりの笑顔を執事長に向けた。ブレイドのそんな顔を見て執事長は口元を押さえる。
「チェルシー様によく似てらっしゃる……」
「そうなのか?」
「ええ。旦那様がチェルシー様を連れて帰られた時……あの時は驚きました。その記憶は今でも鮮明に覚えております……」
そう言って執事長は俺達を部屋へと案内しながら昔の思い出を語り始めた。
―――――――――――――――――――
――それはまだ執事長である私がクランバル公爵家で働き始めた若かりし頃の事でございます。
クランバル公爵家といえば、帝国でも代々剣の腕を認められ栄えてきた家門であり『帝国の剣』とまで言われる程。
歴代の当主は相当腕の立つ方でしたが、その中でもジャスミン様は桁外れの腕を持つ稀代の剣士でございました。
まだ当主となる前の修行時代からかの御方に適う者はおらず、お父上でさえ幼きジャスミン様の前に剣を落とした位です。
ジャスミン様はとにかく剣が好きで、戦う相手を常に探し旅に出ておりました。その頃には既に帝国にはジャスミン様の相手になる者はおりませんでしたし……
ですが、ある時を境にジャスミン様は変わりました。お見掛けした時は毎日つまらなそうに剣を磨いていたのですが、何時からか生傷も絶えず身体を引きずり、ひたすら剣の修練に没頭するようになったのです。
物静かな御方かと思っていたのですが、その顔は野心と復讐と邪悪と……とにかく悪い物が入り混じった顔になっておりました。夜中に見かけたら確実にチビる程の悪女顔……私は夜出歩く時にはジャスミン様が居ないかどうかだけ確認するようになりました。
そのうち、帝国に来た旅の女剣士がジャスミン様と毎度死闘を繰り広げる程の腕前である、という噂を聞きつけたのです。
あの邪悪顔はその御方との戦いを待ち望んでの表情だったのでしょう……女性ならばもっと優しい笑顔をして欲しいものだと思いました。と、同時にこの凶暴悪人面であるジャスミン様の笑顔を引き出す剣士とはどんな方なのかと不安になりました。
これが冒険物語ならばラスボスなのではないかと思わせるジャスミン様の笑顔……そんなものを引き出させる程の猛者は余程の剣士に違いありません。ジャスミン様は毎日のように筋骨隆々の騎士や冒険者をぶっとばしておいででしたから。
ましてやそれが女剣士……私は身震いが止まりませんでした。それからもジャスミン様はボロボロになって帰って来ることが多く……その女剣士の恐ろしい様相を想像して夜も眠れませんでした。
そんなある日の事です。前々から留守がちなジャスミン様が全く帰って来なくなりました。
我々クランバル家の従者一同は心配になりました……ジャスミン様の安否というよりは、ついに大変な事を仕出かして国でも滅ぼしているのではないかと……
そして……暫く経ったある日のこと、ジャスミン様は戻って来られたのです……あんな姿になって。
流石に男になっているとは思いませんでした……ですが、ジャスミン様ならばそんな事になっても可笑しくはないでしょう。
それよりも我々が驚いたのは、ジャスミン様が剣を持つ力すら失い……そして、同じく剣を持つ力を失った美しい女性を連れていた事でした。
そのお方が、ジャスミン様が死闘を繰り広げていた件の女剣士だという事が1番驚きましたね……だって、筋骨隆々でも、ゴリラのような猛者でもなく――雪の様に美しい女性だったのですから……
その時の少し困ったような笑顔は美しく……印象的でした。
★★★
「それがチェルシー様との初めての出会いでした。力を失ったらしき奥様はそれはとてもか弱そうに見えました……ですがその後、とんでもない修行の末にまたかつての剣士としての恐ろしい程の強さを取り戻しました。そこで初めてジャスミン様の同類の方だったのかと納得致しました」
「なるほどなー」
「ちょっと待て、色々待て」
俺と執事長の話を聞いてブレイドは眉間を押さえていた。
「色々と分からないのだが……さっきから話をしていたのは我がダリア家の女剣士チェルシー・ダリアと、クランバル家の女剣士ジャスミンの話だよな……?」
「そうだが? そうだっただろ……?」
俺と執事長は苦悩するブレイドを見て首を傾げた。今そういう話だったよね……? 何で苦悶してるんだ?
「何で急に男になっているんだ……? 何で力を失ったとか、そこではなく1番驚くのが美しい女性を連れ帰った事って……おかしくはないのか?」
「まぁ……そういう事もあるかなと思いまして。ジェド様、ブレイド様はもしや摩訶不思議現象に耐性がついておられないのではございませんか?」
執事長が心配そうに俺を見た。
「そうかも……スノーマンからあまり出た事が無いみたいだし」
「でしたらもう少し丁寧にご案内して差し上げないと大変ですよ。ブレイド様……帝国には変な御方が沢山おりますが、気を確かにお持ち下さい」
執事長は悲しげな表情を浮かべてブレイドの方に手を置いた。
「……何なんだその哀れんだ顔は」
「ま、何つーか、親父は令嬢だった頃に強い男を求めて旅に出ていたんだが、その時に神に神様を怒らせちゃったみたいでな。もう強い結婚相手を探しに神様の所に行かない様に性転換させられたらしい」
「……何……? ちょっと待て、理解が出来ん」
その辺りは話せば長くなるんだよなー。本になって纏まってでもしてくれたら、この部分読んでおいてで済むんだが……
「私はジャスミン様の頃から理解が追いつかない現象には慣れておりますので、ジェド様が持ち帰るものがことごとく変な物だったり、連れてくる数々の客人が変な方でしかも男性ばかりでいい感じの女性の形跡が一切無くとも、旦那様方に認められている婚約者が男性であったとしても、追いで男性を連れて来られようとも全く驚きはしません」
「色々と誤解と語弊のある事をブレイドに吹き込まないでくれる?」
間違ってはいないんだが合ってもないからな?
ブレイドは執事長の言葉に益々困惑して頭を抱えた。
「ジェドのアニキーー!!」
パタパタと可愛らしい足音が聞こえてくる。もう寝ているかと思っていた大輔が夜着姿で階段を駆け降りてきた。
「何だ大輔、起きていたのか? 子供があまり夜更かしは良くないぞ」
「またまたー、アニキだって俺が成人男子って知ってるくせに」
「いや、お前身体は幼女なんだから自重しろよな」
「……おい、ジェド……その子はお前の……妹か? まさか、その子まで性転換しているとか言わないよな」
俺と大輔は顔を見合わせた。
「いや、ジュエリーちゃんは前世の記憶を持つ異世界人で、大輔という成人男子らしい。性転換はしてない」
「性転換というか……TS転生? アニキ、この方どなた?」
「ああ、ブレイドという……俺達の従兄弟に当たるらしい。暫く家にいるから仲良くしてくれな」
「わー、アニキが黒騎士ならブレイドさんは白騎士?? 何かカッコイイー!」
テンションが上がっている大輔と違い、ブレイドは理解が追いつかず頭を抱えたままフリーズしていた。ブレイドよ、そんな事で一々固まっていては帝国で生きていけんぞ?
「あ、所でアニキ、騎士団の方に聞いたのだけど……皇城で騎士や魔法士を募集するんだってね。あーあ、俺も成人していたら応募したのになー」
え……? そうなの?
確かに人手不足だよなーとは思っていたんだが……流石エース、話が早いな。明日聞いてみよう。




