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竜の国は腐って危険(後編)

 


「では、お2人にはこちらを」


 竜の国ラヴーンのメイデンロード。漆黒の騎士団長ジェド・クランバルと純白の騎士ブレイドはその裏通りから案内されるがまま地下の小部屋に入った。


 薄暗い小部屋は窓が一つ。鍵はかかっていないようだ……と、ブレイドが警戒しながら辺りを伺う。


「……ジェド、私は聞いたことがある。異国の処刑道具に鉄の処女――『アイアン・メイデン』なるものがあると。ここはメイデンロードとか言ったな……まさか、メイデンとはそういう事か?」


 いやどういう事だよ。多分違うと思うから落ち着け。

 ――というか何でブレイドはそんなに警戒しているのだろうか……? まぁ、処女がピンチとかいう話ならばある意味そうかもしれませんが、そういう意味で警戒しているってコト……?


「何を勘違いしているかわからないが、メイデンロードの謂れは確か違ったはずだ。何だっけ……えーと、汚れた乙女がどうのこうのとか……」


「……それは、卑猥な方の話か……?」


「いや、そこに出てくる乙女自体は卑猥では無い……いや、有る意味卑猥か……?」


 ブレイドとは話がかみ合っている気が全くしない。それもそうだろう、俺だって数々の変なご令嬢から得た知識でギリギリ分かるようなものだ。そんな俺でさえ分からない事はまだまだ沢山あるんだから、ブレイドなぞ生まれたての赤ちゃん。この世の穢れを全く知らぬ純白純真の男……

 そう思い始めると、俺はこの男を汚れた世界から守ってあげなくてはいけないのではないかと思い始めた。


「……何で急に私をそんな哀れな目で見るんだ?」


「心配するなブレイド。お前の純潔は俺が守る」


「何で私の純潔の話になるんだ……? 乙女達の話では無いのか?」


 ブレイドの肩に手を置いて首を振った。お前は何も知らないまま、穢れぬ純白の騎士でいてくれ。



 案内人から渡された箱には服が入っていた。布を取り出す俺の様子にブレイドは顔を強張らせる。


「囚人服か何かか……」


「まぁ、囚人服と言えなくもないが」


 手に拘束具を付けている君は囚人服を着るまでもなく囚人なんですがね。


「どういう潜入か作戦なのかは分からないが……君を信じる事にしたのだから文句は無い。白い服じゃなくても我慢しよう……ただ、私はこんな手だからな。済まないが着替えを手伝ってはくれないか」


「着替えを……ですか。まぁ、別に構わないが」


 俺は箱の中身を見ているのでげんなりとした。こちとら男を着替えさせるのにはまぁ、抵抗があるわけでは無いんだが……流石にコレを着せるのはなぁ……ブレイドが良いなら別に良いんだが……


「お前が何故か納得してくれているなら話はスムーズなのだが、念の為に目閉じてて貰ってもいいか?」


「何故だ?」


「いや……まぁ、何と言いますか……」


 俺はもう一度箱の中身を確認した。これは見たら絶対拒否られるやつなので、着てから後悔してもらった方が良いだろう。ここまで来て引き返すのもなんだし。


「……まぁいい。君を信じると決めたのだから仕方ない」


 そう言ってブレイドは目を閉じた。物分りのいいブレイドが俺の事を嫌いにならないといいのだが……俺は箱から面積の小さめな布を取り出してブレイドに着せてあげた。尚、両手の拘束が邪魔で上着が脱がせないのでとりあえず上の服は白い呪いの剣さんにお願いして切り裂いて貰った。剣さんもそういうお願いについては素直に聞いてくれるのね。

 ブレイドの白い服はビリビリに破れてしまったが、服の替えくらいいい加減持ち歩いておるやろ……あんなに服汚し事件があったくらいだし。



「さぁ、お2人とも準備出来ましたか――うぉぉ……」


 案内人の竜族の男が俺とブレイドを見て声を上げた。


「こ、これは……見立てどおり素晴らしいですね。ささ、こちらにお願いします」


 俺達2人は案内されるままに地下通路を歩き出した。


「……ジェド……」


 後からブレイドの何とも言えぬ声が聞こえてくる。


「どうしたブレイド? お腹痛いか? 布面積少ないしな……」


「これは……何だ……?」


 蒼白としているブレイドも俺も、布面積が異様に少ない服を纏っていた。いや、コレはアレだわ。服っていうか、下着かな?

 ピチピチのブーメランパンツは何故かフリフリのフリルがついていた。そこから足はアレだ、網タイツとかいう奴。上半身も何とも言えぬ露出度の服で殆ど布面積が無い。さっきから布面積が無いしか言ってないわ……表現力が麻痺してる。いや、でもそれ以上に形容しがたいんだよなぁ……


「何って言われてもなぁ……着れって言うんだから着るべきなんじゃないのか?」


「……お前は着れと言われれば何でも着るのか……? 騎士としてのプライドは無いのか??」


 ブレイドがまともな事を言ってくる。だが、俺は過去着れと言われて様々な恥かしいものを着てきた男。これしきの恥かしいものでは何の感情も沸かなくなってしまったのだ。


「ブレイド。お前はそういう所に拘り過ぎるからいけない。着れと言われれば着るのが騎士だ。騎士は服で騎士になるんじゃない。心がそうさせる……お前は白だの汚れだのと拘って本当の自分が見えているのか? 今大切なのは格好ではない。目的を達成させる事だ」


「なっ……そうなのか……」


 ブレイドは俺の妙な説得力に納得した。いや、お前俺が言うのもなんだがもう少し考えた方が良いぞ。こんなに簡単に説得されてしまうブレイドはそのうち誰かに騙されて大変な目に遭うんじゃないかと、気が気で無かった。安心しろ、お前の事は俺が守ってやるからな。


 案内人が扉を開けるとそこは豪奢なバーだった。給仕するのは布面積の少ない服を纏う竜族のイケメン達。

 客は男女様々だったがやはり女性の方が多めだった。


「という訳で、こちらはそういうお店ですのでその様にお願いします」


「分かった」


「何がだ?」


 俺と案内人は頷き合う。ブレイドだけは置いていかれたかのように眉を寄せていた。


「大丈夫だ、心配するな。お前の事は俺が責任持ってサポートするから」


「ジェド……貴様さっきからずっと大丈夫だの心配するなだのと言っているが、一つも大丈夫なように見えないし私の心配は一向に減らないのだが……?」


「いや……この場合は詳しく説明した方がお前の心配や不安が増えるだけだから何も考えず、心を無にした方がお前の為なんだが?」


「だから何が?!」


「新人さん、こちら3番テーブルに持って行ってくれ」


 言い合いをしている俺達の後ろ、カウンターから飲み物の乗ったトレーが差し出された。ブレイドは怒りながらトレーを受け取る。


「おい、お前その腕で大丈夫か……?」


「腕が拘束されてようと給仕くらい出来るわ!! ジェド、絶対に大丈夫なのだな?? 君の言う事を信用しているからな??」


 そう言ってブレイドはトレーを持ってずんずんと進んだ。布面積が小さい服はケツが半分見えている。ブレイドに関しては最初も次も脱ぎまくっていたからもう大分見慣れた感がある。こんなに裸の男を見慣れたのはクレストのおっさんかお前位だ。


「大丈夫かって聞いたんだけどなぁ……やっぱ大丈夫じゃないよな」


 俺は急いでブレイドの後を追った。



 ガシャーーン


 グラスの割れる音がしてそちらを見ると、案の定ブレイドがグラスのトレーを落としていた。


「貴様……」


 怒りの形相のブレイドは辛うじて腰に差している呪いの剣を抜こうとしていた。


「サービス悪いな兄ちゃんよぉ!!」


 ブレイドが剣を向けようとしている相手はいかにもな柄の悪い男だった。

 ……俺は確信した。布面積の少ない男が給仕するバーに柄の悪い男――これもう間違いないだろう。


「お客様……」


 俺は怒り収まらぬブレイドの前に立った。


「何だテメェ」


「ジェド……邪魔をするな」


 無言でブレイドを制した俺は柄の悪い男に殴りかかった。正直素手に自信は全く無かったが、男は予想以上に派手に吹っ飛んで先のテーブルを薙ぎ倒した。……やはり。


「ジェド……? そこまでしなくとも……」


 俺の急な暴挙を見たブレイドは呆気に取られて混乱していた。どうやら剣も威嚇の為に出す程度だったらしい……が、この場合はこうなのだよブレイド。


「安心しろ、お前より大事なものなんて無いさ。全て俺が責任を取る……お前に手を出す奴は許さない」


「……は?」


 俺の気持ち悪いセリフにひいているブレイドを、俺は軽く抱きしめた。布面積が少ないので正直重くは抱きしめたくない。


「なっ……き、貴様、何のつもりで――」


 ブレイドが俺を引き剥がそうとした時、店中から「ギャーーーー」という女子の悲鳴が響き渡った。


「な?!」


 訳の分からないブレイドを放し、俺はウンウンと頷いた。殴られた男もウンウンと頷いている。


 ――そう、ここは腐女子御用達の男子サービスが楽しめる、そういう場所なのだろう。

 もう、かれこれ腐女子には散々振り回されているので分かるのだ……伊達に数々の変な女の面倒を見ていないのだよ。


「素晴らしい!!! 新人が居ると聞いて楽しみにしていましたがここまでとは……」


「これは良いもの見させて頂きましたね」


「ええ。やはりBLは良いわ……ん? あら? 貴方……ジェド様……?」


 一際盛り上がっている一団の1人が俺に気付いて拍手の手を止めた。やはり……そういう店ならば必ず会えると思っていたのだ。なまじ謁見を求めるよりも早く……な。


「全く、お前らに遭うのにも一苦労すぎて一肌脱いでしまったよ……久しぶりだな、議長達」


 目を丸く見開いて俺達を凝視していたのは11人の古竜――探し求めていた竜族の幹部達だった。


「……だから、一体どういう事なのだ……」


 ブレイドだけ状況が飲み込めず米神を押さえて苦悶の表情をしていた。

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