竜の国は腐って危険(中編)
「ははぁ、帝国から来たのですか。いや~イケメンですねー。ささ、こちらでお待ちください」
商人のおじさんに言われた通り、面接の人は大行列を無視してすんなりと竜の国に入ることが出来た。面接の人用ルートを通り別ゲートから竜の国のどこかの室内に直接案内される。
「……ジェド、一体どういう事なのだ。潜入捜査でもするつもりなのか……?」
ブレイドは辺りを警戒しながら案内された部屋の椅子に座った。部屋にはテーブルを挟んで椅子が用意されていた。
個々の椅子に横並びに座り案内係が扉から出るのをじっと見送っている。
「潜入捜査……してもなぁ。適当に流して早いところ女王達の所に行こうと思っていたんだが」
「適当……? 君は余程の自信があるのかバカなのか……この国全体が腐っているという話を聞いたばかりなのに随分と余裕だな」
「まぁ、その話には驚いたさ。てっきり腐っているのは女王や幹部達だけかと思っていたのだが……そんなに広まっていたとは、手遅れかもしれないな……」
「手遅れか……ならばここも次期にスノーマンの二の舞だ。こんな事はしていられない、ここは強行突破した方がいいのではないか?」
そう言ってブレイドは白い呪われた剣を抜こうとした。白い呪われた剣を使っているのって世界広しと言えどお前だけだよな……って、そうじゃなくて――
「おいブレイド、何をするつもりだ???」
「決まっているだろう。もう手遅れであり、腐食が竜の国に留まらず人を集めて増殖しようとしているのだ、止めなくてはいけないんじゃないのか? この潔白にかけて――」
「いや待て待て待て。お前何で急にそんな感じなの??」
俺が剣を掴んで止めるとブレイドは目を伏せて神妙な顔をした。尚、白い呪いの剣さんは俺に噛み付いている。歯、あったんすね。痛い痛い。
「闇に取り憑かれていた償いというつもりは無いが……今度こそ自身で納得のいく白き心を、行動をしたいと思ったからだ……そして、君に再び決闘を申し込む。ジェド、私は君に勝ちたい」
「……?? 色々全然分からないが、とりあえず一旦剣を仕舞え。早まるな。お前が武力で納得したいのは分からんが分かった。だが、武力で解決するものではない……」
「なに……?」
ブレイドは目を見開いた。逆に何で武力で解決しようとした……?
「帝国は平和主義とは聞いていたが……君は騎士だよな? 武力を使わずして騎士のアイデンティティが保たれるのか?」
「確かにうちは平和主義で、騎士団も騎士という名の雑用みたいなものだけど……その問題と今の状況はまた別の話だ。お前は剣を向ける相手を間違っている……」
「なに……? じゃあ一体誰に剣を向けるというのだ」
「……俺は染まりたい訳では無いのだが、数々の経験上把握しているんだ。色々。お前が剣を向ける相手はこの場合――俺だ」
「??? な、何故だ……? 君の言っている意味が全く理解出来ない」
「しかも向けるべき剣はそういう剣じゃない」
「何だと?!」
ブレイドは剣を落としかけた。俺の言う意味が一つも理解出来ないのだろう……わかる。普通は分からんだろう。俺だってこんなこと言いたくもない。
「ま、竜の国に入る為のフェイクだ。お前はとりあえず俺の言うとおりに頷いて話を合わせてくれればいい」
「……分かった。私の理解できぬ高い次元での計画が君にはあるのだな……言う通りにしよう」
ブレイドは納得して剣を白い鞘に納めた。高い次元って何だろう……高いとか低いとかいう観念で考える話だったのだろうか。前とか後とか言う話なら聞いた事があるんだが……とりあえず分かってくれたみたいなのでよしとしよう。ブレイドには分からんだろうから黙っていてくれた方が穏便に済ませられるだろうし……
そんな問答をしている頃、扉を開けて2人の面接官らしき人物が入ってきた。男女ではあるが、女性は分かるけど男性の面接官で大丈夫なのだろうか……?
いや、商人のおじさんは竜の国全体が腐食されていると言っていた。ここは気を抜かない方がいい。
俺はブレイドを止める時に乱れた服を整えた。ブレイドも胸元を正す。
その様子を見た女性の面接官がコホンと咳払いをした。
「……失礼ですが我々が来る前に何かありましたか?」
「ええ、まぁ……」
ハイ、早速来ましたね。ブレイドが俺の目を不安そうに見るが、俺は問題ないと頷いた。
「彼と少々行き違いがあったと言いますか……まぁ、その、安心してください。剣は鞘に収まっています」
「……収まっているのですか。出してくれて構わなかったのですが……まぁ、いいでしょう」
「良くは無いのでは? ここはハッキリとさせておかねば、後でトラブルになりかねませんので」
「後でトラブル……そうだな」
面接官2人はふーっと天井を仰いだ。
「それで……貴方達2人はどちらが上でどちらが下なのでしょう?」
面接官の質問にブレイドがピクリと眉を寄せた。俺は動揺せずにすぐに質問を返す。
「それは、前とか後とかいう話ですかね」
「そうです」
俺の質問返しに強張ったブレイドの顔がまた「?」の飛び交う微妙な顔へと変わった。いいから君は座っていなさい。
「ならば、俺の方が上です」
「?!」
面接官の1人が落胆し、もう1人が拳を握るのが見えた。何故かブレイドは眉を寄せて俺を見る……不服なの? まぁ、不服でしょうが……
「……今はね」
「?!!」
「!!!?」
今度は逆の面接官が拳を握る。あ、ちなみに今落胆している方が男の面接官である。やはり男だからと言って腐らないって事は無いのか……あなどれん。ブレイドは何故か目を見開いていた。お前もさっきから何やねん。
「どちらも……と言いたい訳ですか……?」
「……いえ。人の関係など分からないものです。これでも彼と自分はつい最近まで敵対関係にありました。彼は自分を死ぬほど嫌っておりましたが、ある時……彼に殺されかけたのです」
「ほ、ほほう???」
俺の話に面接官は食いついた。いい食いつきだ。唸れ俺の説得力。
「俺の身体を彼の剣が貫いた時……彼は悟ったのです、本当は……俺に何よりも執着していたという事に。そして、本当は剣を交えたかったのです。当然俺の方が実力は上でした。ですが、彼は必ず俺を超えて見せると、身も心も清く正しくなりえた時……俺ともう一度勝負し勝つと決めているらしいのです」
「おお……」
「……っ」
ブレイドは恥ずかしさからか顔を赤くしていた。いいぞ、その赤さ良いねぇ。説得力ありますよ。何で恥ずかしがっとるのかは全然わからんが……言っておくが、さっきお前が言ったんだからな……?
「だから、今は私が上でも前でも、未来は下か後ろになるかもしれないと言う事です」
「ジェド……」
「素晴らしい!!!!」
面接官2人はスタンディングオベーション、手が痛くなる程の拍手と涙で立ち上がった。
「イケメンという時点で既に100点満点でしたが、そんなエピソードがあるなんて……もう1億点満点ですよ!!」
「これは腐女子の皆さんも大喜びですね!!! ようこそ、竜の国へ! 歓迎しますよ。丁度大人気の貴腐人御用達BLカフェが人手不足でして困っていたんですよ。特に竜族だけでは満足出来ないといいますか……やっぱ帝国のイケメン騎士様の方が説得力ありますよね」
「議長……あ、いや女王達が竜族ではまだまだ追いつけぬと言った意味が本当良く分かりました。ささ、お2人とも、すぐにでも働いていただきたいです」
面接官2人のマシンガントークに俺は頷いた。良かった、無事合格のようだ。長い行列を待つよりも数段早くラヴィーンに入れそうだ。募集面接ってのも思った通りのものだし……これはそもすると議長達にも直ぐに会えるような気がする。
「良いだろう、案内してくれ」
「はい!」
「ではこちらへ!」
張り切る面接官達が扉を開ける。
「さ、行くぞ」
振り返るとブレイドだけがぽかんとして置いて行かれていた。
「どうした? 早く行くぞ。俺達には時間が無いんだ」
「……ジェド、えーと……ん? ちょっと一ついいか」
「? 何だ?」
ブレイドは頭を押さえて考え始めた。
「この国は腐っているんだよな?」
「ああ。そうだ。大腐りだ。ヤバイな」
俺の返答に少し安心したかの様に顔を上げた。
「やばいのだよな。合っているんだよな」
「ああ、合ってる」
「早く何とかしなくてはいけないのだよな……?」
「? ……いや、何ともならないんじゃないか?」
「え……?」
ブレイドはまた混乱して米神を押さえた。だから、考えない方がいいんだよお前は……
「ブレイド、考えるんじゃない。感じるんだ。空気を。とりあえず時間が無いから黙って付いてきてくれ」
混乱から回復せぬブレイドの手を引き、俺は面接官の後に続いて扉を出た。
扉の向こうは見覚えのある景色、ラヴィーンの山頂に広がる町並み……竜が飛び交う城下町は人でごったがえしていた。これが全部……腐っているのかぁ……ヤバ。
彼女らの向かう目当ては商業区画。その手の客向けの店が立ち並ぶ――通称『メイデンロード』だった。




