プレリ大陸の通過儀礼(前編)
「久々に行くなぁ、竜の国ラヴィーン」
スノーマンのゲートは凍結が解除され直ぐに使えるようになっていた。
国の中心部から少し離れた真っ白なドーム状の……あれだ、かまくらとかいうヤツに似ている。そんな場所にワープゲートはあった。壊滅状態の知らせが届いているのか、こんな時期だからなのか、復活したゲート近辺に人は然程居なかった。
アークやオペラもここからそれぞれの国に帰っていったらしい。あいつらは誤解が解けた後も仲が良いのか悪いのか分からないが、帰りも始終喧嘩をしていたとか。早く仲良くなってほしいものである……聞いた話では魔族と聖国民の方がすでに仲良くなりかけているらしいとか……君たち、王として恥ずかしくないの?
ワープゲートを抜けると帝国のゲート都市の景色へと変わる。雪が解けず春の来る予兆も無いスノーマンと違って定刻はもう暖かな風が吹いていた。温度差のせいか暑いくらいに感じる……
「ラヴィーンと言えばプレリ大陸か。私はあまり足を踏み入れたことが無いのだが……確か獣人の国セリオンの端の草原にワープゲートがあると聞いていたが」
「ああ。前はナーガが国交を拒んでいたからな。今はラヴィーンにもゲートを建設中で、完成すれば直接竜の国に行く事も出来る……ま、完成はまだ先だけどな」
以前あんなに苦労して行っていたラヴィーンではあったが、竜の国の強い希望によりラヴィーンの中心部近くにゲート都市と繋がるワープゲートが建設されている。
交流目的……というよりは古竜達の個人的な希望らしいが、何が目的なのかはあまり深く考えない方が良いだろう。
「そうか……では地道にラヴィーンに向かうしか無いという事か」
「そんな手枷を嵌めていて申し訳ないがそうだな。というか、別に帝国に残っていてくれて良かったんだが……?」
ブレイドはスノーマンから帝国に戻って来た後も俺と共について来た。
陛下からはスノーマンの案内をさせる事しかブレイドに頼んではいなかったはずなので、テルメに戻った時も帝国に戻った時も他の奴に引き渡そうとしたが、ブレイドは頑なに俺について来た。
下手に連れ歩いて逃走の危険もあるのでは? と一瞬思ったが、ブレイドが着けている拘束はそう簡単に逃走を許すものでは無いらしい。
拘束自体の解除は魔塔の魔法使いクラスの者で無いと無理だし、何処にいてもその居場所はバレてしまうので直ぐに捕まえる事も出来るそうだ。
まぁ、今の所ブレイドに逃走の意思があるようには見えないが……
俺が何をしようとしているのか、眉を寄せて逐一監視している。これじゃどっちが囚人なのだか分からない。
「皇帝からの許可は得ている。何処に逃げる場所もある訳でも無い、面倒ならば無視して貰っても構わないが」
「……いや、面倒でも無視出来んだろ」
「ふっ……貴様はそうだろうな」
ブレイドはこの短い付き合いで俺の何を知ったのか分からんが揶揄うように嘲笑した。はい、まぁその通りですが……?
どんなに面倒臭くても一度関わってしまうと気になって無視出来んのだ。ぐぬぬ……
「ま、俺としては下手な事さえしてくれなければ別に構わないさ。ラヴィーンへはセリオンの草原を抜けなくてはいけない。1日で抜けられる距離では無いから途中で――」
そこまで言って俺はふとある事を思い出した。
「……何だ?」
「いや、何でもない」
俺はブレイドに見えないようにほくそ笑んだ。ふっ……ブレイドよ、お前も草原の悪女の洗礼を受けるが良い。
ターミナルから大型動物に乗ってセリオンの広大な草原を移動する。
前回来た時は動物不足で乗る事は出来なかったのだが、今は多少解消されているらしい。
とは言えセリオンやラヴィーンに行く観光客は多くかなりの時間待たされたが。
俺達が乗ったのはハムの倍以上はある大きなゾウの背中に乗り合い馬車のような屋根と座席が付いている物だった。
数人いっぺんに運ぶ事が出来るらしいが……ゾウに乗って移動するならば歩いた方が早いのでは? という心配をする必要も無い位ゾウの足は早かった。
そもそもこんな巨大なゾウが通常のゾウと同じだと考えるのがおかしいのだ……いい加減自分の常識で考えるのを止めた方が良いと思いつつも、ついつい常識が出てしまう。常識人だから仕方が無い。
「……セリオンとは摩訶不思議な国だな」
ブレイドはセリオンの動物達を見て頭を押さえていた。巨大な犬猫に高速で走るゾウやナマケモノ。自身の常識と感覚の範囲を超えた乗り物達に頭が痛いらしい。気持ちは分かるがこんな事で驚いていては先に進めないぞ?
「ブレイドはあまり諸外国には行った事が無いのか?」
「ウィルダーネスや他の大陸に行った事は多少あるが……そう言えばあまりその国の事に興味を持った事は無かったな。盲信するかの様に好きな物しか目に入らなかったから、食事も白い食器に白いパン、白いスープに――」
「……白しか目に入らなかったんだな」
「そういう事だ」
ブレイドは長くナーガの影響下にあったせいか大好きな白いものしか目に入らず他の物を気にする隙が無かったらしい。
ナーガの闇の影響こわ……俺もナーガとずっと一緒に居たら黒い物を盲信するようになるのだろうか……?
いや、俺はかわいいもふもふの動物もスイーツも好きだしそんな事にはならないか。
妙に足の速いゾウが風の吹き抜ける草原を駆けていく。次第に日も落ち草原は赤く染まって行った。
「今日の目的地はセリオンの首都では無いのか?」
「いや、首都には寄らない。この先に宿が集まる村があってな、そこで一泊すれば明日はラヴィーンに辿り着けるはずだ」
「あれか」
草原の途中にポツポツと灯りが見えてきた。
「この広い草原の中間地点にあるからか、宿だけの村にしてはやけに賑わっているな」
「まぁ、立地が良いんじゃないですかね……」
見覚えのある村は前よりも更に賑わっていた。昼に泊まっていたであろう者達が帰って行き、入れ替わりに今夜の宿泊客が続々と乗り物動物を降りて入って行く。
「あー、お客さん! 大丈夫でしたか??」
宿の受付に向かうといつもの犬のお姉さんが迎えてくれた。
「その節は迷惑をかけて済まなかったな。シルバーも無事に元に戻る事が出来たよ」
俺は余った茸を収納魔法から出しカウンターへ下ろした。残り少なくなっていたのであと数日続いていたら危なかったかも……
「それは良かったですー」
「ジェド、その茸は何だ? そう言えばナーガも茸がどうのこうのと言っていたが……」
「あれ? お客さん、また説明無しに連れてこられたのですか?」
「ああ。今夜も、頼む」
「ふふ、お客さんも悪ですなぁ」
「……?」
ブレイドだけが訳の分からない顔をしていた。俺とお姉さんは悪戯な笑みを浮かべて笑い合う。ふっ、ブレイド……これはセリオンの通過儀礼なのだ……すまんな。
ブレイドの疑問に答える事もなく宿に入り、夕食に出されたホワイトシチューを食べて寝た。ブレイドが夕食を食べてくれないと困るので念の為食事は白いメニューにして貰ったが、予想通り嬉しそうに食べていた。やっぱ白が好きなのは素なのね。
――そして数時間後、自身の身体の変化に焦るブレイドと、それを見て楽しむ俺の笑い声が宿に響いた。




