閑話・巻き込まれ小説家ワンダー視点(後編)/皇城のため息
「ウワアアアア!!!!!!」
「あっ、やば……」
本に飛び込んだワンダーが目にしたのは、薄暗く立ち入り禁止とされた皇室図書館――ではなく、煌々と明るい廊下で扉に張り付く若き騎士ロイと魔王アークの姿だった。
ワンダーを青い顔で指差すロイ。その目を咄嗟にアークが覆った。
「へ?」
早よ行け! とアークが怖い顔で睨んだ。魔王の魔王らしからぬ態度にはいつも驚かされるが、考える間も無くワンダーはシルバー達と入れ替わるように本に飛び込んだ。
「ま、魔王様! いきなり何するんですか?? あれ……あれ? 魔王様、さっき何かもう1人いませんでした……?」
「知らん」
本に耳を当てて外の様子を伺うワンダー。幸いな事にロイは気のせいかと納得してくれたのでホッと安堵のため息を吐いた。
その騒ぎに扉を開けて皇帝ルーカスが扉から出てくる様子が聞こえた。
「……ジェドは……死んだよ」
ルーカスに告げるシルバーの悲痛な声……ワンダーは思わずギュッと本を握った。
「え? 何……嘘なんだよね……?」
「本当の事……ですの?」
「ええ……騎士団長が死ぬとか……いやそんな……」
「ジェドが……?」
その場に居た誰しもが信じられないと疑問の言葉を投げ合う。ワンダーだってそうだ……その目で確かに見たとしても嘘だったのでは無いかと、こんな気持ちは初めてだった。
あちらの世界で作家だった頃に、推しに死なれたファンからもう生きる希望が持てないと血文字のような強烈なファンレターを貰った事があった。ジェドを推している訳では全然全く無いのだが、茫然自失となったその子の気持ちがふと思い出される。人を簡単に殺すものでは無いのだなと自責した。
「――え?」
「どうした?」
ワンダーがボーっとしていると、本の外の様子が変わった。
本の隙間に目を凝らして見てみると、シルバーが明後日の方向を見て目を見開いていた。
「……聞こえる……」
シルバーの足元には魔法陣が広がっていた。
「聞こ……えた!!!」
振り返るシルバーの顔は嬉しそうだった。その顔、その見覚えのある移動の魔法陣、間違い無い……ワンダーは確信した。
「やっぱ生きてたんかーーい!!!!」
ジェドに対する色んな感情が爆発し、ワンダーは書斎の中で本を壁に投げ付けた。
「はぁ……はぁ……」
本の外がどうなっているのかはワンダーには分からない。恐らくジェドの声を指輪を通して聞きつけたシルバーが彼の元へ助けに向かったのだろう。
いや、最初から助けなんて要らなかったのかもしれない、とワンダーは笑った。
一体どうやってあの状況から生きていたのかはワンダーには想像もつかなかった。ジェドの行動はいつも予想外なのだ。
「……これ以上考えるのはやめよう」
またしてもジェドのせいで頭が痛くなったワンダーは暫くは誰の呼びかけにも応じないと心に誓い、皇城に残して来た本と対になる本を書斎の机の上に置き残す。
「……ま、そう来ないとジェドじゃないけどね……」
書斎に残した本を笑顔で見つめるワンダーは、また違う本の中へと消えて行った。
★★★
「え……ええー……??」
呆然と立ち尽くすロイの後ろから山ほど書類を持った宰相エースがやって来た。
「ロイ、陛下は執務室ですか?」
「ええと……」
ロイから話の顛末を聞いた宰相のエースは書類を落として頭を抱えた。
「ぐ、ぐはぁ……」
「エース、大丈夫??」
ただでさえ増えている仕事は、エースやルーカスがどんなに頑張っても効率化する事は無かった。何故なら次から次へと仕事が増えているから。
この時エースはまだ知らなかったが、スノーマンが壊滅していた事、新たな観光国テルメとの国交の事……ウィルダーネス大陸の事もまだまだ支援していかなくてはいけないのに。何故こんなに帝国が中心となって何とかしなくてはいけないのだとエースは不満に思っていたのだが、その何とかしなくてはいけない案件を持って来るのが自国の騎士であり、その騎士の尻拭いは皇帝と宰相である自身の役目だから仕方がない。と、エースは諦めてヨロヨロと立ち上がった。
「エース……どうしたのですか?」
よろめくエースの後ろから甲冑騎士のシャドウがお茶を持って現れた。
そうだ、皇城には陛下がもう1人居たのだ――と思い出し安堵の涙を浮かべてシャドウに縋りついた。
「シャドウ、助けて……また陛下が何か居なくなってしまいまして……」
「……またですか。て事はもしかしてオペラ様も……?」
「うん。何か団長が死んだとか死んでないとかで陛下と魔王様ごと魔塔主様が連れてっちゃいました」
「はぁ……」
シャドウは持って来た2人分のお茶が無用になったのでメイドに下げさせてため息を吐きながら主人の居ない執務室へと向かった。
ルーカスが居ない時はシャドウか代わりに仕事を引き継いでいる。勿論重要な案件までは勝手に決断は出来ないが、細々とした承認位ならばシャドウの判断で進めても良いとされていた。元は同じ人なのでその辺りの感覚を間違う事はないだろうとルーカスはシャドウを信用していた。
「とは言え絶対的に……」
人が足りないよなぁ。とシャドウは考えていた。
自身が皇帝の代わりに執務を行う事も、オペラの為にルーカスの自由時間を作る事もやぶさかではなかった。
問題は、それをするだけの人が圧倒的に少ないのだ。
元は平和だったし外交国も少なかったのだが、ここの所問題も外交も支援する国もどんどん増えていく。その上あり得なかった脅威までと来れば皇城の騎士や魔法士達もあちこち飛び回り人手不足に拍車がかかっていた。
最早ルーカスが1人増えただけでは追いつけない。
その上ルーカスに暇を与えるには、やはりルーカスを増やすか部下を増やすかしなくてはならない。
「エース、前に皇城で働く者を増やしたのはいつですか?」
「え?? そう言えば最後に騎士を募集したのもロイの時が最後だな……いつの間にか騎士も減っているし、確かにそろそろ募集しないといけないかもしれませんね」
「陛下が帰って来たら相談してみましょう。このままでは――」
このままでは、またオペラ様が寂しい思いをしてしまう。と、シャドウはため息を吐いて執務室の扉を閉めた。




