テルメの町でのそれぞれの話
「ジェド君……君との別れは惜しいが、俺はここに残るよ」
「アッ、ハイ、そうですか」
テルメに戻ると決意に満ちた顔でクレストのオッサンが俺に告げた。
オッサンとは長く浅い付き合いだが、何の未練も無いのでこちとらどうぞどうぞであるが……
「一応参考までに理由を聞いてもいいか?」
そう問うとクレストはチラリと二丁目軍団を見た。
そういやナーガの刻印の呪いを解くために光だか愛だかのKissを受けたんでしたっけ……?
「ああ、いや、勘違いしないでくれたまえ。真実の愛を見つけたとかそういう事じゃないんだよ。ただ……長い修行の末目的の人にも逢え、君と一緒に戦った日々も刺激的――楽しかったよ。だがそろそろ少し休む時があっても良いんじゃ無いかと思ってね。ここは活気があり光に溢れている。温泉もあり、彼ら……彼女ら? のように光に溢れた心優しき者達も居て居心地が良いんだ」
「クレストがそういう種類の居心地を求めていたのは知らなかったのだが、良かったな。俺は別に全然全く構わないので骨を埋めるのが良いと思うよ。うん」
「ナーガの脅威も無くなった事だしな……だが、俺の力が必要となったらいつでも言ってくれ」
クレストのオッサンはそう晴れやかに言って二丁目へと消えていった。ナーガの闇の脅威があろうが無かろうが、俺は変なマゾの剣の力を必要とした事は無かったと思うんだが……俺が望んで連れて行ったような雰囲気を出すのはやめて欲しい。
とは言え、オッサンが居なくなった俺の今の武器はクソでが重剣のみである。母さんの実家であるダリア家の家宝らしかったのでブレイドに返そうとしたのだが、剣子が嫉妬するからと突っ返されてしまった。
そっちの呪いの剣……俺のだったんだが。剣子と仲良くやっているのは意外だったが、返されても困る……俺、大剣使いの剣士じゃなくて騎士なんですが。こんなバカクソでかい剣持って皇室騎士が務まると思いますかね……?
誰からも望まれない悲しき家宝の剣は邪魔なので収納魔法に仕舞っておく事にした。こんなん筋トレくらいにしか使えんわ……
「いや~、それにしても何かもうどうなる事かと思ったけど、こうして無事に戻って来られて良かったねぇ」
湯気の煙る向こう、川の温泉に足を突っ込んで緩んでいるシルバーがほのぼのと安堵のため息を吐いた。
シルバーに関しては本当にずっと色々ありすぎたので、元に戻れて良かったとは俺も心底そう思う。
俺も靴を脱いで足を突っ込んでみる。グラス大陸の春は未だ遠いが、このテルメ近辺は温泉のおかげで人々も暖かく寒さに負けぬ活気を保っているようだ。
冷たく閉ざされかけたスノーマンとは大違いだ……
「ま、とは言えスノーマンの現状がどれだけナーガに荒らされたのか分からないから調査しないといけないので直ぐには帰れないんだけどな……まぁブレイドの話だとほぼ王家も貴族も残っていないらしいが」
「彼は罰せられるのかい?」
ブレイドはナーガの影響はほぼ解けているようだったが、ナーガと共謀していた事には変わりないので何らかの処罰は受けるだろう。その前にスノーマンで何があったのかも知る必要があるし、それに未だ見つかっていない奴も居る。
「ブレイドをどうするかは陛下にお任せしてあるからなぁ。それにずっとナーガと一緒に居たせいかちょっと不安定な所があるから、しばらくは監視対象だろうってさ」
「ふーん。それで、ナスカの方はどうなんだい?」
「ナスカなー」
テルメでナスカに盛られた時は本当に騙されたのかと思った。あいつもそれならそうと言ってくれれば良いのに危険な方法でナーガを油断させようとしたとか、ギャンブルじみた事するんだから危うく俺も死に掛けた……
本人曰く、絶対に上手く行く自信があってその道は見えていたらしいのだが、俺が死んだのは本当に誤算だったとか。
結果からすると死んで無かったので、ナスカの見たのは正しかったんだけど……つまりアイツが焦ってあんな怪我しちゃったのは俺のせいですかね?
「そんな深刻そうな顔しなくても、ジェドを危険な目に遭わせたナスカが悪いのだから気にしない方が良いと私は思うよ。あと、本人も目を失った事に関しては然程気にしてないみたいだからねぇ」
「それはそうなんだよな」
ナスカの片目はシルバーが魔法で作り出した義眼になっている。失った目を見えるようにすることは出来るのだが……目を治す事も失った事にも未練が無く、むしろ見えない方が良い位の事をナスカは言っていた。
「というか本当に気にしてないんだよなぁ……」
ナスカはテルメの町で遊びつつスノーリゾートを楽しんでいた。騙された時はスノーリゾートを理由にナーガの居るグラス大陸に連れ出されたのかとも思ったのだが、そうではなくてアイツは本当にスノーリゾートを楽しんでいるらしい。シュパースは南国の島だから雪で遊べるのが楽しくてしょうがないのだろう。
俺がナスカのせいで死にかけた件も特に陛下からのお咎めは無かった。俺はいつも厄介ごとに巻き込まれて時に死掛けているので、そんなの今更だろうと陛下は言っていたのだが……自国の騎士に対する扱いさぁ。
陛下は彼女が出来てから俺にちょっと冷たい気がする。やはり女か……彼女が出来た奴は大体そうなのだ。
「そう言えばルーカスはどうしたんだい? 調査の件とか状況把握とか色々あるからこんなにゆっくりしている場合では無い気がするのだけど?」
「まぁ、状況については俺が大体説明したので陛下から何かしらのお達しがあるとは思うけど……何かその前に解決しなくちゃいけない事があるからちょっと待ってて欲しいってさ」
「ふーん……?」
シルバーは首を傾げているが、俺は知っている。陛下が仕事より優先してしなくちゃいけない事なぞ一つしかない。あの夢の世界でちら見えしたアレが本当なら多分直ぐには終わらんだろうなぁ……
俺はのんびりと川の温泉を素足でかき分けながら空を見た。
「それにノエルたんもまだ寝てるしなぁ……」
テルメに戻ってきてノエルたんを宿に寝かせたのだが、未だノエルたんは目覚めなかった。
「余程疲れたのだろう。闇の竜に支配されて彼女の容量異常の魔力を使っていたからねぇ。少なくとも数日は目覚めないかもしれないよ。命には別状なさそうだけど」
「それなら良いんだが……」
あんな事があった後だからだろうか、目覚めないノエルたんに少し不安を感じてしまう。……早く元の天使のノエルたんに戻ってマジ天使な姿を俺に見せて欲しい……
★★★
テルメは温泉宿が沢山ある観光と商業中心の国だ。
魔王アークは勝手に連れてこられたこの地ではあったが、それはそれとして魔王領運営の参考にしようと見学に出かけたかった。だが……それ所では無い別の問題があった。
スノーマンから移動してきて直ぐに状況報告の為に集められた時間もそこそこ、先に解決しなくてはいけない問題があるからと人払いをされた。
テルメの中でもきれい目な宿の一室にルーカスとアークが残るのみ。
遠くに行かなければ暫く自由にして良いという言葉を聞いて軽く解散になったものの、ぞろぞろと解散する中でアークだけはその言葉を正直に聞いていられない理由があった。
魔王アークは聞いてもいないのに人の心の声が聞こえてしまう……
これは生まれつきの事であり、もうずっと聞いているので慣れている現象だった。ただの人間が聞いている言葉が倍になり、少し素直になっているようなだけの事である。
が、その内容が自分に関係が無ければアークも無視して観光に行けたのだろう……
「で、アーク……どういう事なのか説明して貰おうか」
「どうといわれても……」
ちょっと良い目の宿の一室。皇帝陛下に居残りさせられているのはアークだった。
何故急に解散させられるのだろうかと皆が疑問に思っていたが、アークだけは神妙な顔をしていた。何故なら説明中にも皇帝ルーカスの機嫌はその表情とは裏腹にずっと悪く、その不機嫌の理由も全部聞こえていた。
「言っておくが俺は一切やましい事など無いしあの指輪だって勝手に嵌っていっただけなんだが」
オペラの指に嵌まった指輪は何をどうしても全然取れる気配が無かった。そんなものをルーカスの目から隠し通せる訳も無く、この居残り説教に繋がってしまったのだ。
アークとしては何の他意も無ければ何なら2人には精一杯の気を使っているつもりだった。
(まさか君までオペラの事を狙っている訳では無いよね……?)
そんな事を思われてしまうとためを吐くしかない。以前ルーカスが先代魔王と闘った時よりも圧が凄い気すらしてアークは頭を抱えた。
「本当にやめて……どこぞのお前の分身とかどこぞのアホの獣人と一緒にしないで欲しいんだが。俺がお前と争ってまで女を取り合うような力を持ち合わせてるように見えるか……?」
「……私と恋仲で無ければ問題は無いという事……? 君は少し誰かと争ってまでも奪うような恋をした方が良いと思う」
自分の情けなさを正当な理由にしようとするも逆に哀れな目で見られてしまい、アークは肩を落とした。
ルーカスの言わんとしている事が分からない訳では無い。これが魔王の言う事かと思うと泣けてくるのはアークも一緒だった。だが、運動不足でワンパンで沈みそうな位には弱体化しているのは事実であり、アークをそんな風に追いやったのもルーカスだったのでお互い何ともやるせない気持ちになった。
「そんな目で見られても俺をこんな風にしたのはお前なんだからな。とにかく、俺は誰とも争う気は無いし要らぬ心配をする必要は一切無い。というか、お前らを祝福してないのなんてオペラの兄位だろ。シャドウだってそうは言ってもちゃんと応援しているんだから自分の不甲斐なさを棚に上げて俺達を攻めるのはやめろ」
アークは諭すように言ったつもりだったが、ど直球火の玉ストレートな言葉がルーカスに刺さり、最強の皇帝とか呼ばれている男は顔を覆って落ち込んだ。
実力では一切勝てなかったルーカスを初めて負かせた瞬間であり、そんな勝ち方をしても全然嬉しくもなんともないとアークは微妙な気持ちになった。
「とにかく、俺はお前の考えているような事は絶対に無い。何か抜けなくなっている指輪の件に関しても責任もって何とかするから深く考えるな。お前はお前のやるべき事があるんだろう? あんまり余分な事を考えているとまた拗れるぞ」
「……君達も周りのみんなも何故私にそんなに気を使うんだい?」
覆う手を外したルーカスはアークに疑問を投げかけた。
「何でと言われてもなぁ。それだけお前は皆の為に頑張ったからじゃないのか? 俺だってそうだ。最初は割り切れない気持ちでいっぱいだったけど、お前が幼いながらも魔族の事を想って考えてくれていた事を知ったから、信じようって気持ちになったんだ。おかげで先代魔王がずっと抱いていたような悲しくてやるせない気持ちは抱きそうにも無いくらいに魔王領は平和になった。人間とも上手くやっていけている……そんな風に人の為に生きてきたお前と関わって来た奴で、応援しない者はいないだろう。少しは信頼されている自覚を持った方がいい」
「……そういう言われ方をすると、何だか照れる」
今までルーカスは皆の為に生きてきた。魔族すらも帝国民として愛してくれた皇帝を裏切る事などアークには出来ないのだ。
少し尖った心をアークに向けていたルーカスだったが、アークの言葉を聴いて納得したのかギスギスとした想いをため息と共に霧散させた。
「疑って悪かったね。何だか君がオペラの事を好きになってしまったのかと思って焦ったよ」
「仮にそうだとしてもお前と戦うのは簡便してくれ……」
「好きではあるのかい?」
「仮にっつってんだろ! 本当にお前はオペラの事になるとイラつくな」
納得したのかと思いきや未だしつこいルーカスだったが、今まで自分の事など一切考えて来なかった男が、よくここまで人間味を取り戻したものだと苦笑いをするアークだった。
ちなみにその間もずっと自室で取れない指輪と格闘し続ける女王オペラ・ヴァルキュリアはまた太って指輪が抜けなくなってしまったのではないかと落ち込み、夕飯を抜く決意を抱いていたとかなんとか。




