最終決戦……はそう簡単に終わらない(4)
「キャアアアア!!!!!!」
響き渡るオペラの悲鳴と破壊音。夢の世界はナーガの闇の魔法によりどんどんと破壊されていた。
俺達に気付いたナーガは問答無用とばかりに猛攻撃を仕掛けてきたのである。
最初に当たったのはオペラだった。辛うじて神聖魔法を展開して防御するも、耐えきれずに被弾した。そして、服が少し破けた。
「キャアアアア!!!! 無理無理無理ーーー!!!!」
オペラは堪らず逃げ出した。俺達もその後に続く。
確かにナーガの魔法の威力は想像以上に強かった……が、オペラが無理な理由は他にもあった。
額に闇の刻印が浮かぶクレストとマリリン。……そう、ナーガに負けてしまった2人はなんとナーガの奴隷になってしまったのだ。OH……
「すまない……ジェドくん。何とか抵抗しているのだが、身体がいう事を聞かないのだ……くっ」
「アタシもよ……! これからは真っ当に生きていくって決めたのに……」
光のオッサンと光のオカマは闇の刻印に抵抗していた。意識は辛うじて保っているみたいだが、ゲームのシステムなのか何だか分からない奴隷契約により2人はナーガの手先となって一糸纏わぬ状態で俺達を追いかけて来る。
謎の光が集まっていて何とは言えぬ所を辛うじて隠してはいたが、服を着ていない敵というのは恐ろしい。
そして、俺とナスカもまぁまぁ服がヤバいのである。
その中に居るオペラは精神が死にそうで違う意味でヤバい。
オペラは前にもブレイドの裸姿により記憶を消していたが……
「オペラ、お前って本当こういう系の災難多いな」
「え?! こんな事が何度も――うっ! 頭が……」
オペラは走りながら頭を押さえた。もしかしたら何かを思い出しかけているのかもしれない……
「ちょっとジェド様! 余計な事考えている場合じゃないですよ!! 敵が迫って来ていますが!」
ルビーが叫ぶ。ナーガの猛攻撃と奴隷達は俺達との距離を徐々に縮めていた。
いかん……このままでは負けて奴隷に……いや、その前に服がヤバいかも。
「俺は武器が無いからなぁ……オペラ、もっと魔法使えないのか?」
「無茶を言わないでくださいます?! 発動中のこの夢の魔法のせいで暫くは大きな魔法は無理でしてよ!! 使い所の分からない物が多い上に聖気の消耗が激しい古代の魔法はこれだから使いたくないのよ……」
どうやらこの悪夢の魔法のせいで他の魔法はあまり使えないらしい。剣が無いと無力な俺と大差ない……うーむ、割とだいぶピンチ。
「ウーン……」
ナスカが逃げながらも攻撃の手を止めないナーガをじっと見て考えていた。
「どうしたナスカ」
「ねぇジェドっち、アレって本当にノエルちゃんとか言う子?」
「ん? そうだろ……? 何か大きいけど」
「んー……何か寝る前に見た子とちょっと違う気がする……」
どういう事だろうか? ナーガが入っているみたいだからてっきりノエルたんが成長した姿なだけだと思っていたのだが……どうもナスカには違う人に見えるらしい。
「キャア!」
先頭を飛んでいたオペラが何かにぶつかって止まっていた。空中に浮かぶ障害物を避けきれずにぶつかったらしく鼻の頭を押さえている。
「お、おい、大丈夫か?」
「何とか……――え?」
オペラの目の前にあった障害物はふわふわと浮かぶ少女だった。
……それは、見覚えのある優しいピンク色の髪……さっきまでナーガ・ニーズヘッグとして俺達の前で邪悪な笑みを浮かべていた少女、ノエルたんだった。
ノエルたんは眠るように空中にふわふわと浮いている。
「……へ? これって、ノエルたん……だよな?」
「そう……ね」
「あーー!! お2人とも、後ろ後ろーー! 来てますってばー!!」
走り抜けて先を行くルビーとナスカ。ルビーの言葉で振り返ると、ナーガの攻撃と追いかける奴隷達はすぐ近くまで迫っていた。
「ウワアアアア!!!!」
「キャアアアア!!!!」
俺はノエルたんとオペラを両脇に抱えて一心不乱に走り出した。さっきまでいた場所にナーガの闇の炎が燃え、マリリンが持つクレスト剣が振り下ろされる。
「どういう事なんだよ! 何でノエルたんが2人居るんだ???」
「えっ、何だっけ……そんなような話……誰かが……」
ルビーが米神を押さえながら考え込んでいた。
俺の抱えるノエルたんと攻撃してくるノエルさんを見比べて、思い出したかのように手を叩く。
「あー! そうそう! 聖女の茜さんが迷い込んだ時にもこうやって戦っていたんですが、その時言ってたんですよ! 『未来は変わったのに何故居るの』かって! つまり、アレですよね?! こっちは過去のノエルで、あっちは未来のノエルって事では?!」
「確かに……ノエルたんの運命は聖女の茜によって悪役令嬢の運命から違う方へと進んだが……つまりアレは悪役令嬢になったノエルさんって事か……?」
「お、恐らく……」
「う……うん……」
俺に抱えられていたノエルたんが目を覚ました。状況が把握出来ていないのか辺りをキョロキョロ見回す。すまんね、目覚めて早々こんな状況で。
「え? え? ここは……?」
「ノエルた――嬢、詳しい説明は後でしよう。気がついて良かった」
「騎士様……騎士様なのですか?」
「今のジェドっちが騎士様かどうかは怪しいよね」
そう、その通りだ。剣は持ってないわ服もビリビリしてて半裸だわで、騎士としての概念が薄い。今の俺は精神騎士様である。騎士道が無くならないように行動しないとただの無力な裸の男に成り下がってしまう危うき存在。
「俺の概念はともかく、目を覚ましてくれて良かったよ」
俺の声を聞いた瞬間、ノエルたんはポロポロと泣き始めた。え? 俺、何か言った???
俺はオペラを手放しノエルたんを抱き上げた。
「大丈夫か? 何処か痛むのかい?」
「いえ……私……ずっと、何か恐ろしいものに……もう、会えないかと思って……」
ノエルたんが俺の身体に辛うじて張り付いている服の一部をギュッと握った。掴み辛い位ちょっとしか残ってなくてすまんね。
その震える小さな手をそっと取った。
「助けに来るのが遅くなって、君を不安にさせてしまって済まない。必ず……何とかするとは断言出来ないが、君を助ける為に全力を尽くすよ。だから泣かないで欲しい」
「騎士様……」
「ヒュー、カッコイイ。めっちゃ敵さん迫って来てるけど」
「どわーーー!!!」
そう……ゆっくりお話している隙など無いのだ。ナーガの猛攻撃は止まず、クレスト達も依然俺達を追いかけ続けていた。
「あっ、あの方……」
ノエルたんがナーガを指し示した。
「あの方、私に話しかけてくれた……『それは貴女の運命じゃない』って!」
「という事は、やはりあのノエルさんは悪役令嬢のノエルさんって事なのか……? それも、自分の運命を知っている……」
何故かは分からないが、無くなったはずの未来から来た悪役令嬢のノエルさんが悪役令嬢にならなかったノエルたんを助けに来たらしい……
「騎士様! お願いします、お姉さんはきっと自分ごと悪い竜の女の人を消して貰うつもりでいます! そんなの……そんなのダメ!! お姉さんを助けて!!」
「え……ええ??」
ちょっと待って、何かハードル上がってない?
ノエルたんがナーガに乗っ取られるのは回避されたらしいが、今度は違うノエルさんを助けてくれとな……
しかもノエルたんよりも本体が強いせいか心なしかナーガの攻撃も寝る前より強力になってる気がしていたんだよね。うん、ハードモードになっただけだった……ノエルさんの良心(?)がつらい。
だが、必死なノエルたんの頼みを断る事も出来ず……俺は頷くしかなかった。
「か……可能な限り頑張ります」
「騎士様……ありがとうございます……」
ノエルたんが微笑んだ。この笑顔を壊すとか絶対無理だし、諦めよう……どの道俺は、この世の全ての悪役令嬢を救わなくちゃいけない運命なのだ……トホホ。
「簡単に約束するけどさー、ジェドっち。どうすんの? というか、アイツらも助けないとダメなんじゃない?」
ナスカがマリリン達を指差す。
「アタシ達の事は気にしないで!!」
「ああ! ナーガごと倒してくれても構わない!!」
辛うじて意識だけ抵抗している2人が叫ぶ。こちらもそうしたいのは山々だが、ノエルたんが首を振るのでその選択肢は無い。そのナーガもノエルさんから追い出さないといけないからなぁ……ハードモードが過ぎる。
「……悪いがその選択肢は無い。おいルビー、奴隷になっちゃったヤツって元に戻す方法は無いのか?」
「ええ?! そんな事言われてもこのゲームには……ああ、何か違うゲームというか初Kissイケパラでは闇の刻印に操られた攻略対象が愛を込めた光のキスで元に戻った描写があったような……」
「またキス……」
異世界の話キスで解決しがち問題。キスって普通隠れた所で愛する2人がするもんじゃないのですかね? こちとら恋人も未だ居ない身なので慣れて無いのだから安易にキスに奇跡乗せないで欲しい。
だが、言われてみればオペラが操られた時も陛下のキスで何とかなっていたな……
「よし、分かった。ここは百戦錬磨のナスカくん、頼んだよ」
「えー?! 俺??」
やはりそういう事は不慣れな俺より遊び人のナスカの方が適任だろうとお願いするも、ナスカは嫌そうに首を振った。
「いや、普通に嫌だし。てかそもそも俺から愛とか光のキスとかが出ると思うの?」
「……そうだな」
言われてみれば確かに。ナスカのキスなんぞ愛なんか1ミリも無さそう。
「そんな事言ったら誰から光のキスが生まれるんだよ……」
「「「そう言う話ならアタシ達に任せて!!!」」」
後ろから聞き慣れぬ声が聞こえてきた。
「ん……え?! お前ら……!!」
振り向くとそこには増援が居た。
マリリンと一緒に来ていたオカマ達……そしてその先頭には、純白の騎士、ブレイド・ダリアが居た。
……何でいるの?
★★★
数刻前の事。スノーマンの王城の渦中に向かい急いだブレイドと二丁目軍団はジェド達の眠る部屋へと辿り着いた。
部屋を見渡すと倒れている数人の男女、起きているのは魔王アークのみだった。
「これは……お前がやったのか?」
ブレイドに剣を向けられたアークはブンブンと首を振った。
「いや、違う違う! これはオペラの神聖魔法だ、皆眠っているだけだ」
「眠り……」
ブレイドは眠る者達を見た。うなされながらも傷が増えて行くのが分かる。
「つまり、夢の中で戦っているという事か……?」
「多分……」
「……ならば、私も行こう。この魔法陣に入れば良いのか?」
「え? 多分そうだが、行くのか??」
「当然だ。私はナーガにやり返し、ジェドと再び戦わねばならないからな」
「アタシ達も行くわ!!」
「マリリン!! 今助けるからね!!」
「え、おい……」
次々と白い魔法陣の中に入り眠る男達を止めようとアークは手を伸ばした。
その瞬間、アークの胸元にネックレスのようにかけていたチェーンが切れてペンダントトップにしていた指輪が転がった。
アークの母の形見であり、紫色と緑色の宝石が嵌まる黒い指輪……
「あ……」
コロンと跳ねて転がっていく指輪は、アークの近くで眠っていたオペラの指に嵌まってしまった。
「……え? あ、え?? ええ?!」
オペラの指には既に1つ指輪が嵌まっていたが、その隣に仲良く添うようにアークの指輪も収まっていた。




