閑話・執務室の土産物
「うーん……悩むな……」
漆黒の騎士団長ジェド・クランバルは真剣に悩んでいた。
砂漠の船着場、観光地として栄えてるだけあって土産の露店が多く並ぶ。その中でもとりわけ変な置物や訳の分からない民族の仮面、呪いみたいな人形を手に取っていた。
「……前々から思っていたのだが、ルーカスの質素な執務室にある変な土産物はお前の趣味か?」
「趣味だと思われるのは心外だが、より変なものを探して買って行ってはいる」
「……嫌がらせか?」
「うーん……嫌がらせって程でも無いんだが……」
手に取った赤くて首が動く牛の置物を見ながら、あの頃の事を思い起こした。
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それはまだジェドもルーカスも少年だった頃の話。
いつも笑顔で余裕のある風のルーカスだが、その日だけは暗く疲れた目をしていた。
幼い頃から皇帝になるべく頑張っていた。どんなに辛い剣の修行も勉強も、ルーカスは笑顔でこなしていた。
だから魔の国に行き、あっさり魔王を倒してその跡を継ぐ者と盟約を結んだと聞いた時も、ジェドは驚く事もなく『まぁ、ルーカス殿下だもんな』と、思った。
だが、どんな事にもへこたれないと思っていた出来る友人が、悪逆非道と噂される魔王の討伐で珍しく疲れていたのだ。
(凹んでるなぁ……)
ルーカスはたまにこうして人知れず凹んでいる事も実はジェドは知っていた。だが、凹んでる理由を全く言わないので何でなのかは分からなかったのだが、今回はジェドの目に見ても相当重症だった。
珍しく休暇をとって、ルーカスはずっと考え事をしていた。
「なぁルーカスでん……」
「ん?」
何故か『魔王の討伐大変だったのか?』とは聞けなかった。聞いてはいけない気がしたから。
「俺さ、今度父上と遠方に行くんだ! 何か欲しいものとかある?」
「欲しいものかぁ……考えた事はあまり無いな」
いつもなら「何でも嬉しいよ」などと誤魔化すルーカスは、余程疲れていたのか普段なら言わないような事を漏らした。
ジェドが心配をする程、ルーカスには物欲が無い。
ルーカスの部屋には装飾も何も無いのだ……小さい頃から国の事しか考えてない男だった。
「分かった。何か面白いもの買ってきてやる」
★★★
ジェドは考えた。
友人は、人生を重く考えすぎであると。
(いや、皇帝になる男だもんなぁ。そりゃあ重くはなるよな……)
自分は落ち込んだ時は誰かに愚痴ったり、殴っても起き上がる人形をひたすら殴ったり、動物ものの小説を見て思いっきり泣いたりして発散するが、皇帝はそんな事はしないのだ。
ルーカスには圧倒的に遊び心が……ユーモラスが足りないと思った。
ジェドは異国の地の土産物屋で真剣に悩んだ。
「ジェド、何を選んでいるのだ?」
「ルーカス殿下へのお土産」
「……そうか」
公爵は、息子が変わったものを選んでいて心配になったが……殿下の事だ、そう驚きはしないだろうと好きに選ばせた。
★★★
「……???」
数日後、ルーカスがジェドから土産として受け取ったのは水に浮く緑の丸い草と変な木彫りの像であった。像は熊を模したもので魚をくわえている勇ましいものだった。
「ジェド、こっちの熊は分からなくもないが……こっちの緑の草は何なんだ?」
「それはマリモというらしい。よく分からないが、愛情を持って育てるといいらしいぞ!」
「育て……生きているのか?」
「らしいぞ」
(マリモ……見た事の無い植物だと思っていたが、育つのか)
ルーカスは、いつもよく分からない物は鑑定のスキルを使って調べたりするのだが、何となくこの不思議な丸い草を何も考えずに育ててみようと思った。
最初はルーカスも自分が何をやっているのかよく分からなかったのだが、何だか分からずふよふよ浮いている物を育てているのは何とも言えない気持ちになった。よく見るとほっこりする熊の置物にも段々愛着が湧いてきた。
「今度は西に行って来たぞ!!」
次にジェドが買って来たのは呪われそうな人形と三角形のタペストリーだった。
呪われそうな人形が部屋にあると、何だか見られているような気がして最初は怖かった。かわいいマリモが呪われるんじゃないかと心配だったが、大丈夫だった。
見慣れるとその人形もまあまあ可愛く思えて来た。
「ジェド。私は……マリモやこの人形など……よく分からない君のチョイスを見ていると、時として深く考えない時間も必要なんだという事を思い知らされるよ……」
「?? だろ?」
やはり友人のジェドは、自分にとってなくてはならない存在だとルーカスは改めて思った。
★★★
「……とまぁ、そんな時もあってな。以来、ルーカス陛下が土産が欲しいと言ってくる時には、こうして深く考えたら負け、みたいな物を買って行くので執務室には変なものが増えるんだ」
ジェドは音楽を聞くと踊る変な花を持ちながら真顔で答えた。
「そっか……なぁジェド、俺にも何か1つ選んでくれないか」
「ん? いいけど、誰に買って行くんだ?」
「生前、ユーモラスが足りなかった先代の墓に供えてやるんだよ」




