最終決戦……はそう簡単に終わらない(3)
スノーマンの王城は氷の様に白銀に美しく輝くグラス大陸の象徴でもあった。
天候が良いと遠くからでも良く見える。
かなり遠くまで吹っ飛ばされた純白の騎士ブレイド・ダリアは象徴たる王城を目指して歩いていた。
雪は足取りを重くする――いや、ブレイドの足を重くしているのはそのせいだけでは無かった。
ナーガにワンパンで吹っ飛ばされた事はブレイドのプライドを深く傷つけていた。
元より勝てるとは思っていなかったが、ここまで何一つ攻撃する事も出来ずにあしらわれる等とは思っていなかったのだ。
ブレイドの心を慰めるかの様に握ると暖かい白い剣が余計に悲しかった。
「哀れと思うな……余計惨めだ」
「ヤダー、落ち込んじゃダメよぉ! アタシ達だってワンパンで吹っ飛ばされたんだからぁ」
「そうそう、イケメンに悲しい顔は似合わないわよ! あ、でも影のあるイケメンはそれはそれでス・キ」
「あんたイケメンなら何でも好物なんじゃないー! アタシもよ! アハハハハ!!!」
ブレイドの足取りを重くしているもう一つの理由があった。それは後ろから付いてくるこの性別不詳軍団である。
ナーガに吹っ飛ばされたブレイドは直ぐに城に向かおうとした。だが、雪に埋もれるブレイドに追撃するかの様に次々と何かが飛んで来たのだ。
そのせいでブレイドは地中深くまで埋もれた。
やっとの思いで這い上がると、追撃に思えたそれの正体が分かった。ブレイドの周りには大量のガタイの良い男達(?)が居たのだ。
その者達には見覚えがあった。テルメでジェドを拘束した時に二丁目にいた者達である。
ナーガから、テルメには未だ侵食出来ない程の生命力があり、手を伸ばすには時間がかかると言われていたのを思い出した。その言葉に納得出来る程にこの集団は活気がある……というか煩かった。
「ええい!! 煩いわ!! というか何故私の後ろを付いてくる!!!」
「え? だって向かってる方向一緒だし」
「アタシ達もスノーマンの王城に用があるのよ」
「マリリンちゃん1人置いて帰れないわよぉ。アナタもあっちの方向って事は同じ所に向かってるんでしょ? 良いじゃない賑やかな方が」
「そうよぉ、そんな暗い顔してるより少し笑った方がいいわよぉ。『笑う角にはフク来たる』って、何処かの偉い人が言ってたらしいわよ」
「え? アタシは服は無い方が良いわぁ」
「ヤダー、それじゃあ偉い人じゃなくてエロい人じゃないバカー!」
「ギャハハハハ!!!」
――ブレイドはこの会話を道中ずっと聞かされていた。苛々としんどさで足取りはどんどん重くなっていく。
このアホみたいな会話を聞いていると、自分が何の為に戦っているのか、何の為に生きているのかさえ分からなくなって来るのだ。
ジェドとの再戦を思い出し、幻影に見る程執着しているその男と会う為に何とか踏ん張りながら城に向かっていた。
「……ん? あれ? 王城ってあんな形してたかしら?」
「何か火吹いてない? 黒いけど……」
煩かった者達が急に違う意味でザワザワし始めたので、ブレイドは俯いていた顔を上げ、目を細めて目的地を見た。
「な……何だ?」
確かに王城は形が変わっていた。
それも、王城の一角が激しく抉れ、そこが正に戦禍に陥っているのだ。
その上空に浮かぶのは巨大な黒い竜。
ブレイドはジェドが目を覚まし、ナーガと戦っているのだと思ったのだが、目を凝らしてよく見ると様子がおかしかった。
竜は一方的に激しく打ちつけられていたが、それは1人によるものではなかった。
巨大な魔法陣、黒い獅子……そして竜を素手で殴っているのは太陽の色に輝く髪。どう見ても皇帝ルーカスだった。
「な、何がどうなって……」
ブレイドは訳の分からぬまま、その状況を確かめようと渦中の王城へ急いだ。
★★★
一方その渦中の王城では、正に大魔法使いと皇帝と黒い獅子が闇の竜の分体と戦っていた。
――正確には黒い獅子の方は戦っている訳じゃなく、巻き込まれないように逃げていた。黒い獅子なのは戦いやすいからではない、獅子の身体の方が素早くて逃げやすいからだ。
魔王アークは困惑していた。
先程ナーガと戦っていた時はノエルの身体だから手加減をしているとは思っていた。
だが、ノエルの身体からその竜の分体が完全に切り離された存在だとわかるや否や、ルーカスとシルバーは容赦を捨てた。
アークはそんな2人に加わるつもりは無かったのだが、主人を失って暴れ始めた闇の竜は何故かアークをロックオンして暴走していた。吐き出す炎、鋭い爪――その全てはアークの方へと向かって放たれた。
それをいち早く察知したルーカスはアークの腕を掴んで皆の眠る部屋から離れた所まで投げ飛ばした。
「ちょ?!! おま!! ルーカス!!!」
王城の上空に投げ出されたアークは文句を言おうと振り返るも、その後ろからは闇の竜が迫っていたので慌てて黒い獅子の姿に変わり全力で逃げた。
自身が居なくなった空間に噛み付く闇の竜を見てアークはゾッとする。
「あ、アイツ、何で俺を狙っているんだ……???」
「そりゃあ、ナーガの目的が君だからだろうねぇ。しかも生死は問わない食らいつき方を見ると、欲しているのは君の肉片なんじゃないかなぁ」
いつの間にか近くまで来たシルバーの酷い言い草にアークは泣きたくなった。
「……酷すぎる……何で俺ばかりそんな目に……」
「魔王がする顔じゃないねぇ。でも大丈夫だよ。この私が、復活した『魔塔主』の私が付いているからね? 君の事はギリギリ囮を保ちつつ安全だけは保証するよ」
全然頼もしくない笑顔を見てアークは引いた。魔法を使えるようになった事が余程嬉しかったのだろう、シルバーはワクワクしながら楽しそうで悪戯な笑みをアークに向けた。
敵も怖いが味方も酷い。ルーカスも竜と戦いながら時折アークを掴んでは都合の良い方に投げ飛ばしていいように囮にしていた。
一瞬、竜の吐き出す黒い炎が当たりかけたが、魔塔主の言う通り全く当たらなかった。アークに向いた炎は何故か跳ね返り竜に返って行ったのだ。
本当に身の安全だけはちゃんと確保されていた。アークは泣きながら囮としての役割を果たすべく、ひたすら飛んで逃げた。
「それにしても、この竜……全然ダメージ受けないね」
闇の竜を殴り続けていたルーカスだが、ことごとく再生する不死身の身体に辟易としていた。
ルーカスの問いかけにシルバーも頬に手を当てて考える。
「闇の竜だからねぇ。無力化する事は簡単だけど、やはり完全に倒すには光の剣が必要だねぇ」
「光の剣か……でも、クレストって確か今寝てるよね。しかもオッさ――人間の姿で」
「そうだねぇ。でもまぁ、剣じゃなきゃいけないって道理は無いからね」
「……そういや、ジェドは素手で闇の竜を倒した事があるって言っていた気もする……直接ぶつけてみたらいいかな? クレストを」
「……お前らなぁ……」
これが魔塔の主人と帝国の皇帝の会話かと思うとアークは頭が痛くなった。
魔法変人の親玉はともかく、一方は善政で国民に愛されている皇帝である。いくら他国人とは言えクレストの扱いの酷さにアークは引いた。
だが同時にアークは思い出す。クレストはどM気質な所があるのだから、それはむしろご褒……喜んで協力するのでは無いかと……
何が良くて誰が悪いのか、常識とは何なのか段々分からなくなりアークは頭を抱えた。
「アーク、私達が闇の竜を押さえつけているからちょっとクレストの事連れてきて貰っていいかな?」
「ああもう! いよいよ人の扱いが雑になってきたなお前らは!!! もう俺は考えるのを止める!!」
魔王なのに人一倍の常識を捨てきれない哀しき存在のアークは、泣きながらも言われた通りにジェド達が眠る部屋へと獅子の姿で駆け込んだ。
オペラの発動した悪夢を見せる魔法陣は白く光っており、その中でジェドを始め数人の男女が倒れて寝息を立てていた。
アークの記憶では、最後に見たクレストは剣の状態から人に戻り、一糸纏わぬ状態でナーガ――の入っているノエルを押さえつけていたはずだった。
あまり考えたく無い光景だったが、クレストは善意で……しかもノエルを助けようとしての行動だった。そこに1ミリの変態性など存在しないのだ。余分な事を考えるのは止めようと、眠る肌色を無心で探した。
だが、ここでアークは違和感を覚えた。想定より肌色が多いのだ。
「……ん???」
よくよく見てみると、ノエルの近くに倒れるクレストも裸なら、その近くに居る見覚えの無い性別不詳の者も裸であり、なんなら近くにいたジェドとナスカも辛うじて服が残っている程度だった。
「???? アイツら、寝る前こんなに服が破ける程攻撃受けていたか……?」
「う……」
近くに横たわるオペラのうめき声が聞こえてアークは振り向いた。オペラが少し苦しそうに血を吐いていたので慌てて駆け寄る。
「お、おい! 何だ?! どうした?!」
オペラの身に何が起きているのか見当もつかず、人の姿に戻って抱き起こそうと近づいたアークの目の前で――
オペラの胸元やスカートが少し破けた。
「……は?」
一瞬、何が起きたのか分からず呆然としていると、服の裂け目はどんどん広がりそうになったのでアークは「ヒッ!」と声にならない悲鳴を上げた。
「アーク!!! まだー?!」
遠くの方でルーカスの問いかける声が聞こえたので、アークは慌てて上着を脱いだ。
「ま、まだ!!! いや、ちょ、何これ?!! え、ちょ、待っ!!! えーーー??? 何なんだよコレーーー!!!」
皆の夢の中ではもっと大変な事が起きていたのだが、アークの疑問に答える者は……その部屋には居なかった。




