最終決戦……はそう簡単に終わらない(2)
意識の奥深く……眠る少女……
あれからどの位の時間が経っているのかも知らず……少女はゆらゆらと深い眠りに揺れていた。
(……、……)
少女は自身の名前をずっと呼び続ける声が聞こえてはいた。
だが、その瞼は重く呼びかけに応える事が出来なかった……
しかし、ある時少女は気付いた。少女を押さえつける何かは、時折少しだけ緩む時間があるのだと。
少女の身体を乗っ取ている邪竜ナーガは、愛する者を想いながら眠るその僅かな時間だけ……少女の拘束から意識を離していた。
花弁のような瞼が少し開く。
『やっと……起きたのね』
「……お姉さんは……」
少女にずっと呼びかけ続けていた声は……何処か自分自身の声に似ていた。
それも目を開けた瞬間に納得した。それは、確かに自分なのだ。
だが、自分ではない……10年位後の自分の姿にも見えたがそうでは無い。
まるで違う世界線の、違う運命の――違う未来の自分の姿を見ているような、そんな不思議な感覚だった。
『そう……その通りよ』
「え……あっ……」
起き上がりその意味を問いかけようとした時、また瞼が重くなり力が抜けた。本体の目覚めを感じて少女は意識を手放しそうになったが、寸前で落ちゆくその手を掴まれた。
『それは、貴女の運命じゃないから。闇に堕ちる運命は私だけで十分……彼女が、せっかく助けてくれたのだから……』
瞼が落ちる寸前に手を掴んだ彼女が、少しだけ悲しく笑ったような気がした。だが……その声もすぐに聞こえなくなってしまった。
★★★
漆黒の騎士団長ジェド・クランバルは妙な感覚の中で目を開けた。
この感覚はもう何度目かであり、つい最近……数時間前にも味わったのだからよく覚えている。
――そう、これは夢であり……見ちゃいけないタイプの夢なのだ。
「ジェド・クランバルーーー!!! 貴方は何でいつもいつもーー!!!」
前回と違う所と言えば、俺の首を激おこのオペラが締めながら揺さぶっている所だ。
ガクガクと揺れる視界の端にはナスカもいる。
「……なるほど、みんなで見ている夢なのかコレは……」
「だから、どういう事なのよーーー!!!」
「ジェドっちはココが何処なのか分かるの? え、てかコレ夢なの?」
ナスカはファンシーな空間をキョロキョロと見回していた。オペラも恐らく状況が分からないのだろう……俺を激しく揺さぶりながらも動揺していた。本当、いつも変に巻き込んですまんね……
「巻き込んで申し訳ない……が、ココは夢の中だ」
「夢……? 確かに、さっき悪夢に落とす神聖魔法を使ったけれど……」
「そう、正に悪夢だな。俺はよく見るから分かる」
「え? つまりコレって俺の夢ってコト……?」
「夢の中の人が何言っているのよ、これは私の夢でしてよ」
「いや、多分皆の夢なんだと思う……」
俺には分かるのだ……前に竜族に悪夢を見せていた時も皆同じ夢を見ていたしな。
「皆さんあまり気付いていないかもしれませんがねー、この世界には『夢の国』という立派な空間がありまして、寝るとそこに迷い込んで来るのですよ。大概の方は起きると忘れてしまいますがね」
「そういう事らしい」
「……普通に話に入って来ているけれど、その方誰ですの」
ナスカとオペラが俺の隣で普通に話に入って来ている急に現れたルビーの存在に驚いている。すまんな、コイツもいつも突然現れるタイプの奴なのだ。
「ああ、こちら夢の中の悪役令嬢、ルビーだ」
「ジェド様とは長い付き合いになりますわね。というか、こんなに直ぐに会うとは思っていませんでしたよ……」
そう。ついさっきぶりだ。何かもうしばらく会わないような別れの言葉だったし、俺の生死に関わる重要な出来事だったからね……この頻度はおかしいやろ。話のバランスどうなってんの。
「何か夢に関する魔法でも使いました? ジェド様が来やすいのはともかく、こんなに何人もの方が一斉に来るなんて普通の眠りではないでしょう……」
「ああ。正にそういう魔法を使いましたね。所で、俺達の他にも少女とオカマと裸のオッサンか、もしくは光る剣が来てるはずなんだが、見なかったか?」
「……何ですかそのラインナップは」
何ですかと言われても俺がチョイスしてる訳じゃ無いんですが。
「ギャーーーー!!!!」
ルビーと話をしている途中で急に女子の悲鳴が聞こえたので振り向くと、オペラが青い顔をして息を切らせていた。その足元にはオペラに殴られたのだろうか、頭に大きなコブを作って伸びている女性が居た。
悲鳴はオペラのものではなく足元の女性のものだったらしい。
「な、な、な、何ですの??? 急に抱きついてきましてよ」
オペラの足元で伸びている女性を見てルビーが頷く。
「ああ、それは攻略キャラのヒロインですね」
「攻略キャラ……って事はやはりこれはゲームなのか……?」
ヒロインの女子がいきなり抱きついて来るゲームとはこれ如何に……
「はい『トキメキが止まらない〜ハートがキュンする夢の恋愛都市』という格闘恋愛シュミレーションゲームですね」
「格闘恋愛シュミレーションゲーム……? 恋愛に格闘要素入れる必要ある……?」
相変わらず異世界のゲームは俺達の理解の範疇を超えていた。恋愛は普通に出会ってデートしながら育てて行けば良いんだから男同士の友情みたいに拳で語り合わないで欲しい。
「まぁ、需要はそんなにありませんでしたが。このゲームは主人公が幼なじみや生徒会長や転校生など、ありとあらゆる女ファイターと戦い、勝つと恋愛展開に行けるという格ゲーでして――そうこうしている間にヒロイン達が襲って来ますよ」
「なるほど。ちなみに負けるとどうなるんだ?」
「わーーー!!!」
またしても悲鳴が聞こえた。振り向くと今度はオペラの悲鳴だったが、振り向いた瞬間オペラの二本指が俺の目に刺さった。痛い。
俺は古のギャグのような目潰しを食らった……おま、これがギャグ小説だから良いけど、シリアスだったら目が大変な事になってるぞコラ。良い子は真似しちゃいけません。
「ジェドっち大丈夫?」
「ああ……つか何が起きた……?」
まだ痛む目を押さえながらナスカに聞くと、ナスカも説明し辛そうに答えた。
「ウーン、何かオペラちゃんに倒された女の子の服が一瞬の内に破れて下着姿になった……?」
「……何それ」
視界がやっと通常に戻って来たが、もうその女性は居なくなっていた。オペラがぜーぜーと息を切らせているので何処か遠くに捨てて来たのだろうか?
「どういう事なんだルビー」
「はいはい、このゲームはですね、普段モテない主人公が夢の中ではモテモテかつお色気シーン盛りだくさん――という男のロマン(?)から生み出されたゲームでして。なので、対戦して負けた方は服がビリビリに破け、奴隷になってしまうというゲームなのです」
「なるほど……わからん」
どの辺りにロマンが詰まっているのか謎である。モテない俺でもよく分からない……男のロマンも世界が違うと色々価値観が変わるんだな。
「前にも違う方が迷い込んだ時に説明したのですが、襲い来るヒロインをスルーするよりは勝って振る位のつもりで戦った方がいいと思いますけど……万が一にも負けたら奴隷になりますので」
「なるほどな……所でもう一つ聞いて良いか?」
「何でしょう」
「……俺、戦ってないのに何で既に服がビリビリなんすかね」
「……」
戻って来たオペラが俺の姿を見て硬直していた。そう、俺は何故か服がビリビリなのである。ついでにナスカもビリビリでよく見ると頭にコブを作っていた。
「キャーーー!!!!」
叫び出して俺達に攻撃魔法を仕掛けようとするのをルビーが慌てて止めた。
「あー! ストップストップ!!! これ以上攻撃すると余計服が無くなりますから!!!!」
「何なのよコレは!!!」
「貴女、さっきお2人に攻撃しましたでしょう?? だから、服がビリビリなんですよ!! 攻撃続けたらさっきのヒロインみたいに服全部無くなっちゃいますから!!!」
「ヒッ!!」
なるほど……分かった。この夢のゲーム内では攻撃を受けると比例して服が破けるらしい。異世界の男のロマンによって……
俺とナスカは先程のヒロインの下着姿を見せまいとするオペラの攻撃を食らってしまった為、服が破けてしまったのだ――なんて事でしょう。
「これってもしかして服が全部無くなったら負けで、オペラちゃんの奴隷になっちゃうの?」
ナスカがちょっと嬉しそうである。この女好きめ……
「いえ、勝った方には相手を手に入れるか捨てるか選ぶ権利がありますので。別にオペラ様が奴隷にする事を選ばなければ大丈夫ですが……服は戻りませんよ?」
「なるほど……捨てられた上に真っ裸で目覚める事になるのか……それはそれで何か嫌だな」
俺達の服は辛うじて大事な所と胸の辺りが守られている程度に残っていた。あとどの位でゲームオーバーなのかは見当がつかないが、ちょっと残す方が逆に恥ずかしいのでいっそ裸になりたい気持ちはある……
「捨てるとか人聞きの悪い事言わないで下さるかしら!! これ以上何もしませんから!!」
オペラが真っ赤な顔で怒り出した。そういうぷりぷり怒る所が相変わらずの可愛さで、ついついもっと怒らせたくなるのだが、これ以上は後で怖い人が出て来そうだから止めておこう……
ドオオオオン!!!!
突然、すぐ近くで爆発音が聞こえた。
「?! 何だ?」
「もしかしたら別の場所で誰かが戦っているのかも! お仲間かもしれません! 急ぎましょう!」
俺達は爆発音の場所へと走り出した。不思議な事にビリビリの服は風の抵抗を受けてもびくともしない。ふしぎ。
爆発の起きた場所へ辿り着くと、燃え盛る黒い炎の下に1人の女性が居た。その足元には裸の男が2人――
クレストのオッサンとオカマのマリリンだった。もしや既に負けたのか? と思ってはみたものの、クレストはデフォルトが裸だからちょっと分からない。
「あ……貴女……あの時の……」
ルビーが指差す女性は、何処か見覚えのあるような無いような不思議な感じだった。そう、例えるなら……こう、ノエルたんを大人にしたような……
「初Kissイケパラの悪役令嬢! 闇の魔法使いノエル・フォルティス!!!」
あー、そうね。聖女が運命を変えたノエルたんの未来の姿ってきっとこんな感じよね。
え? 何でここにいるの?? しかもマリリンとクレストのオッサン攻撃したのその子ですよね……? いや、ノエルたんが成長したの……? どっち??
「……ジェド・クランバル……ここは一体何処だというの……私に何をした……?」
「へ……」
その喋り方……その表情……もしかして……
俺を忌々しげに睨む顔、黒く光る目。闇の魔法使いノエル・フォルティスの中身は間違い無く邪竜ナーガ・ニーズヘッグだった。
え? どうなってんのコレ……
今回巻き込まれたゲームの話については番外編『聖女 茜様、夢の中でも戦う』をご覧頂けると嬉しいです( ̄▽ ̄;)




