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最終決戦……はそう簡単に終わらない(1)

 


 途中まで、全てがナーガの思い通りに進んでいたのだ。


 グラス大陸……北の果てスノーマン。天候荒れ狂うその地はワープゲート無しでは容易に来られる所では無かった。

 邪魔な大魔法使いは無力化し、更に厄介過ぎる騎士は心の臓を貫き黒い炎で灰になるまで焼き尽くした。

 帝国の邪魔者達はロストが足止めしているので直ぐに来ることは出来なかったはず――ゆっくりと、後は余裕の笑みを浮かべながら哀れな少女の身体を侵食するだけだった。


 ところがどうしたことか、魔塔主シルバーは元の姿を取り戻し、殺したはずの騎士も何事も無かったかのようにそこに存在している。果ては足止めしていたはずの帝国の邪魔者たちがジェドの周りに集まっていた。

 ナーガは悪夢を見ているようだった……一体何処で狂ってしまったのか?

 可愛らしい少女の顔を歪ませてギリギリと歯を食いしばった。


(おのれ……おのれ……)


 ナーガはナスカが逃げた後に残っていた本を思い出した。ナーガの企みは全て失敗するのだ――とナーガの運命を告げる本が囁いていた。

 そんなモノになど左右されない、邪竜ナーガ・ニーズヘッグは最後に笑うのだと……負ける訳にはいかないと思うその執念だけが彼女を動かしていた。


「だーーー!!! 重いんですが!!!!」


 ジェドが山のように圧し掛かる者達を跳ね飛ばした。ばらばらと下りるその1人が青い顔をして勢い良くナーガの方に振り向いた。

 それは、ナーガが1番欲していた者だった。忌々しき者達に紛れてナーガの元に連れてこられたその男――魔王アークはノエルの中にいるナーガを凝視していた。


「……ベリル様……」


 ナーガは口元を緩ませてアークに微笑んだ。



 ―――――――――――――――――――



「ジェド……ちょっと色々説明して欲しいんだけど……」


 漆黒の騎士団長ジェド・クランバルは困惑していた。

 何故か? 説明ならば俺が受けたいからである。


 先程まで仲間に置いて行かれた上に丸腰でラスボスと対峙していた俺だったのだが、急に現れたオカマと光の剣の援軍に圧倒されていた矢先、更に陛下と魔塔主と魔王と聖国の女王と遊び人の援軍も追加されたから……何これ、形勢逆転するにしてももうちょっと自重した方がいいと思うんだ。

 流石にナーガが可哀想になってきた……だが、今のナーガはノエルたんの身体を勝手に借りているので同情の余地は無い。


 尚、ラスボスと全員で対峙する展開に最終回を予期しそうになるが、終わる予定は無いんだよ予定は。やめてよね。


「説明については俺もよく分からない部分が多すぎるんですが……分かる範囲で良ければ」


「君は死んだと聞いたんだが」


「そこからですか……」


 そこかー。そこについては説明がし辛い。何故なら俺が何故2人居たかについてから遡らなくてはいけないのだが……話すと長いのだ……


「心配したんだよジェド……」


「俺も死んだかと……騙しててごめん……」


 ナスカが何か申し訳無さそうに謝って来たけど色々一部始終見ていたから大丈夫だ。俺は心が海よりも広い漆黒の騎士。


「話せば長くなるのですが、今はそんな話をしている状況では無いので……」


 俺は可哀想なナーガを見た。正直この人数、この戦力……余裕である。

 当のナーガはさぞ悔しそうな顔をしているのだろうと思いきや、嬉しそうな笑顔を浮かべてこちらを凝視していた。

 正確には俺の後ろにいた人物――魔王アークを凝視していた。おま……何で来た。


「てか何でみんな此処にいるの?」


「ジェド、私はいつでも名前を呼べば駆けつけるっていったよね? こうして元に戻って魔法が使えるようになったからねぇ、君のピンチに駆けつけたのさ」


「なるほど……」


 シルバーの言葉で全てを察した。恐らく元に戻ったシルバーは1回帝国の皇城に行ってから俺の言葉を聞きつけて、再度俺の元に戻ったのだろう……皆をワープで巻き込んで……

 シルバー以外の人は完全に巻き込まれて来たのである。特にアークに関してはいいとばっちりだろう……何かごめん。悪いのはシルバーです。


 ナーガはアークを見て微笑んでいた。そうよね、ずっと欲してたもんね。ラヴィーンぶりかな? 

 まぁ、安心してくれたまえアークくん。いくらナーガと言えど、この人数相手に勝算があるわけ無いじゃない。君には指一本触れさせんよ。


 アークは俺の心を読んでこちらを不安げに見た。何その顔……信用してよ。


「邪魔な者達を1人ずつ排除しようと思っていたが……仕方ない。だが、いくら数を揃えた所でお前達はこの身体には傷ひとつつけられまい」


 ナーガがニタリと笑い浮き上がる。その足元がゆらりと揺れ、黒い竜が現れた。ナーガ本体に似た闇の竜――


「そうか……ナーガは今、ノエル嬢の身体を乗っ取っているのだったな。迂闊に手を出せないな」


 そうなんだよなぁ。

 あー、魔王と交換にノエルたんの身体返してくれないかな……とか思っていたらアークに睨まれた。嘘ですごめんなさい。


「それに、闇の竜は魔法攻撃や物理攻撃が効かないのでしょう? どうやって倒すの……」


「ああ、それは大丈夫だ。前回も光の剣がナーガを倒したからな」


 俺はマリリンの持っている光り輝く剣を指差した。オペラはその剣に見覚えがあったのかげんなりとした顔をする。そう……よく思い出したな、その剣の正体は裸のオッサンだ。


「とにかく、ナーガを捕まえる事が先決だね……でもどうするか――」


「いつまで無駄話をしているつもりだ?」


 ギャオオオオオオオ!!! とナーガの足元の黒い竜が咆哮を上げると、黒い炎が吐き出される。そして、ナーガの周りに沢山の黒い魔法陣が現れ、そこから黒い手が俺達に向かって延びて来た。


「うわっ、何か出た」


 炎と手を避けながら散り散りに逃げる俺達。シルバーが俺の横に来た。


「ジェド、黒い炎ならあの小瓶が吸い取ってくれるよ」


「あ、そうか」


 俺は収納魔法をまさぐるが、ぴたりと思いとどまる。


「それってドラゴンブレス跳ね返すヤツだよな……?」


「そう」


「いや跳ね返しちゃいかんやろ」


 そうなのだ……先にお伝えしたようにいくら俺達の戦力が多かろうと、相手はノエルたんの身体なのだ。その時点で下手に攻撃出来ないのだ。陛下もオペラも軽々避けているが、中々攻撃に至る事は出来なかった。

 シルバーは諦めて無数の魔法陣をナーガの周りに描く。その魔法陣からは光る鎖がナーガを拘束しようと飛び交うがどれもこれもナーガの闇の魔法で打ち消されていた。


「うーん、調整が難しいねぇ……どうせナーガは不死身なんだから無力化する為に1回ふっ飛ばしちゃ駄目かな……」


「駄目に決まってんだろ!!」


 そうなのだ……陛下も手加減しながら何とか捕まえようとしているのだが、どうも上手くいってない。そもそも闇の魔女に加減しながら立ち向かうって時点で結構な難易度なのだよ……

 今のナーガをノエルたんごと止め刺す訳にもいかんから光のオッサン剣も使えないし……何これ難しい。

 これがラスボス戦か? って位微妙な戦いは長く続いていた。これならばめちゃくちゃ強くて倒すだけの敵の方がマシである……なんでよりによってノエルたんの身体を奪ったし。


「うーん、やっぱアークを囮にすべきか……」


「何でだよ!!! 嫌に決まってるだろ!!」


「ジェド……魔王を囮に差し出そうとする騎士ってどうなのかな」


「最低ね」


「だからモテないんじゃないかなジェドっちは」


 酷い言われ様である。アークもめっちゃ怒っている……この場で味方なのはシルバーだけだった。


「私はジェドの意見に賛成だけどなぁ。このままじゃジリ貧じゃないかな? 確固たる攻撃方法も無ければ捕獲方法も無いし」


「……確かに……」


 皆が諦めてアークを見始めるが、見られたアークはぶんぶんと首を振った。


「お前らはあの女の怖さを知らないからそんな事が言えるんだ!!! アイツに捕まって迫られた光景は今でも夢に見るほど怖かったんだからな!!! 万が一にもそのまま連れ去られる可能性があるなら俺は絶対に嫌だ!!!」


 魔王の癖にこの情けなさである。しっかりせい、魔王だろお前。

 とは言え俺もナーガには一度捕まって血を飲まされそうになった身……確かに怖かった。キングオブ悪女とはアイツの事。アークは身体を物理的に狙われていたからなぁ……それは怖かろう。


 止まらないナーガの攻撃から逃げ惑いながらも俺達の心は次第にアークを犠牲にする方向に向いていた。


「アンタ達、そういうの良くないわよ!!! 仲間を犠牲にするなんて男のする事??」


 俺達がアークを囮にしようか悩んでいる最中、マリリンだけがアークの味方をして怒り出した。流石は光のオカマである。初対面で俺たちを眠らせて食べようとしてたとは思えないくらいの正義感を発揮している。何の心境の変化だろうか?


「アタシは世界中のイケメンの味方だからね、貴方を犠牲にするなんて絶対にしないわ」


 マリリンはアークにウィンクをしてナーガに向かって走り出す。ウィンクされた本人は青くなっていたが、良かったなイケメンで。――って、マリリン何処行くねん。


「うおおおおおお!!!」


 マリリンは物凄い勢いで光の剣を振りかぶりながらナーガに突っ込んでいった。オカマの決死の突撃である。


「……あれ? 攻撃しちゃいけないんじゃなかったっけ……? それも光の剣だけど」


 マリリンの勢いの良さと正義感と決死の覚悟に一同関心している最中、陛下がいち早く我に返った。いや、そうじゃん、だから攻撃しちゃ駄目なんだってば!


「おいコラ! 話の流れちゃんと聞いとけよマリリン!!!」


「うおおおおおお!!!!」


 アカン。マリリンの勢いは止まらない。ナーガもマリリンの勢いに気付いて闇魔法を放つが、マリリンの無駄な正義感がナーガの闇魔法をすり抜けて行く。光のオカマつよ……

 これはもうマリリン1人でナーガを倒せそうな勢いだが、問題は倒しちゃいけないという事だった。


「ああああ……」


 皆でマリリンを止めに向かうも、無駄に速いマリリンの足と結構な時間ボーっと関心していたので……何かこれ間に合うのか?

 シルバーが魔法でマリリンの動きを止めようと魔法の鎖をマリリンの周りに出し拘束するも、光のオカマは簡単には止まらなかった。シルバーが持っていかれそうになっている……だからオカマつよ……


「おい、このままじゃマリリンがナーガ(本体ノエルたん)に止めを刺しかねないんだが」


「――ちょっとでいいから時間稼いでくださる!!」


 振り向くと、オペラが汗だくになりながら巨大な白い魔方陣を描いていた。それは見覚えのある魔法陣だった……ああ、あの何か皆寝るやつ……なるほど。


「ナーガごと眠らせるにはより大きな魔法陣にしないといけないのよ!! ナーガに気付かれる前に書ききらないと!」


「お、おう。分かった」


 とは言え俺も剣持ってないし、シルバーと陛下はマリリン止めてるし……

 ――と、俺の隣にいたナスカと目が合った。


「なぁ、お前のアレで何とかならない……?」


「え? 俺??」


 ナスカは困ったように押さえていた右目の手を外した。そういえばさっき消える寸前にナーガに攻撃されていたんだっけ……

 ナスカの外した手の下、顔の右側は少し煤けていたが傷は回復していた。シルバーに直してもらったのだろうか? だが、目の色が右側だけ薄くなっていた。


「お前……その目……」


「片側ちゃんと見えないから自信無いんだけど……ま、それもギャンブルってことで」


 ナスカは明後日の方角にコインを打ちつけた。

 そのコインは壁を変な軌道で跳ね返り、そのままオペラの頭へとぶち当たった。……何で?


「ぎゃん!!!」


 手元の狂ったオペラの白い魔法式は突如光り出す。ナーガに向けて作られていたはずが、オペラや俺達の足元で定着し発動しかけているのだ……おおう……


「な! 何てことしているのよ!!!!」


 オペラは頭を押さえてこちらを睨んだ。いや、悪いのは俺じゃなくてナスカなんですが……


「あー、ごめん。よく見えてなかったから」


 やっぱ片目じゃ駄目なのか……


「ちょ、ちょっと! そっちよりこっち何とかしてくれないかな?!」


 そうこうしている間にマリリンの光の剣がナーガに届きそうになって止めている陛下が叫んだ。ああ、剣がノエルたんに刺さっちゃう!!!


「?!」


 ――が、刺さる寸前に光のオッサン剣クレストは剣から元のオッサンの姿に戻ってナーガを抱きしめた。


「くっ?! 何だ貴様?!」


「安心してくれたまえジェドくん! 少女を傷つける訳にはいかないからな!」


 オッサンが俺に向かってサムズアップした。だが、裸のオッサンが幼女を抱きしめている光景はセーフかアウトかで言ったらアウトですけど?


「でかしたぞクレスト!! うおおおおおおお!!!」


 陛下が雄叫びを上げて魔法の鎖をシルバーから受け取りぶん回す。

 鎖に拘束されているマリリンと、マリリンが持つオッサンとナーガはその鎖ごと俺の方へと飛んできた。ややこしい……が、とんでもない物が勢い良く飛んでくる。


「あ、えと――なんとかなってーーー!!!」


 マリリンとクレストとナーガが俺に激突した瞬間にオペラが叫び、俺の足元の神聖魔法が発動した。


 そして、その魔法陣上にいた全員が……深い眠りについた。



 ★★★



「――何とか、なったのか……?」


 一部始終を離れて見ていたアークは眠る者達を前に呆然と呟く。

 だが、その場で起き残っているルーカスとシルバーが首を振った。


「ナーガは何とかなったけど……」


 ルーカスが指差す先――主を失った黒い竜はスノーマンの王城で暴走を始めていた。

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