漆黒の騎士団長の幻影(後編)
それは少し前……ジェドとシルバーが白ローブに連れて行かれた様子を不安げな顔をして見送るテルメのオカ――性別不詳の方々。
「ねぇマリリン、あのイケメンと子供……ヤバイんじゃないの?」
「そうよぉ、あの白騎士ってスノーマンのヤツでしょ? アタシ、タイプだからよく覚えているわぁ」
「今のスノーマンに連れて行かれたら人間でいる保証も無いって言うじゃない……」
「ま、言うてアタシ達も人間かどうか怪しいゲドね」
「アッハッハ、ヤダもー! オカマだって立派な人間ヨー!!」
背中を叩きながら笑う性別不詳の方々の中で、マリリンだけは深刻そうな顔で考えていた。
「やっぱ、アタシ……放っておけない」
「マリリン、助けに行くの??」
「ええ。だって、アタシ達知り合っちゃったんだもの! アタシの事に親身になってくれた男は初めてだったの……だから、アタシも返す番よ」
「アンタ、イケメンには本当弱いわね……アタシ達もよ!」
「いいわ。手伝ってアゲル! 一度はスノーマンから逃げた身だけど……みんなで行けば怖くないわ!」
マリリンの決意に皆が賛同した。立ち上がるオカ……性別不詳の方々。上がる咆哮。頼もしい仲間達は心なしか輝いていた。
「みんな……ん?」
感動しているマリリンのすぐ近く、テルメの二丁目近辺に湯気を立てながら流れる川に何か光っているものが通り過ぎるのを感じた。
「何かしらアレ」
二丁目近辺は川の流れが穏やかなのでマリリンはすぐに追いついた。川を流れていたのは輝く剣だった。
何故そんな物が川を流れて来るのかは分からないが、なんとなく拾わなくてはいけないような気がしてマリリンは膝丈迄の深さの川に入り流れる剣を拾い上げた。
「なーにー? それ」
「ま! ヤダー、綺麗な剣じゃなーい」
川から上がって来たマリリンに仲間達が集まる。その手にあった剣は水を弾いてキラキラと輝いていた。
最初は水滴が反射して光っているかと思われた剣だったが、そうではなかった。布で水滴を拭いても未だ輝きを失わず、それどころか輝きは増していくようだった。
「何かしら……キャッ!!」
光が一際強くなり、一瞬皆の目を眩ます程の閃光が走った。
チカチカと視界が眩み、ようやく見える頃になった時――マリリンの手には剣が無くなっていた。
そして、代わりに見えたのは壮年の男性。
ダンディな顔が第一に目に入るが、視界を下に移すとそこには一糸も無かった。
彼は裸だったのだ……
「キャーーー!!!! 何よーーー!!!」
「裸のダンディが現れたわよーーーー!!!」
「服はどうしたのよ!!! キャーーー!!!!!」
一斉に喜ぶ者達を前に裸のオッサン……こと、光の剣士クレストは騒ぎを制するように声を上げた。
「えーい、うるさーい!!! 確かに俺は裸だが、今はそんな事を気にしている場合ではないのだ!! 彼を助けなくては!」
「そんな事じゃないわよ大事な事よー」
「そうよそうよ、アタシ達これでも乙女なのよ!」
一向に鎮まる事の無い乙女達を押し止めて、マリリンがクレストに向き直った。
「ねぇ、彼ってもしかして漆黒の騎士ジェド様の事じゃないの……?」
マリリンから出た名前を聞いたクレストは目を見開いた。
「そ、そうだ! まさに! ジェドくんを知っているのならば話は早い! 早くしないと彼が仲間に裏切られて連れて行かれてしまう!」
ジェドに踏み台にされて川に消えて行った光の剣クレストは、あっちの岩にぶつかりこっちの岩に挟まりを繰り返しながら温泉の川をどんぶらこと流れた。
その途中、見覚えのある白騎士とチャラ男が話し合うのを偶然聞いてしまっていたのだ。
だが、肝心のジェドの姿を探そうにも何処にいるか分からず、拾って貰えるまで川をゆらゆら仲流れて来てマリリンの所へ至ったのだった。
「もう遅いわ……連れて行かれた後よ。でも、アタシ決めたの! 助けに行くって! スノーマンがなんぼのもんじゃい! 行くなら一緒に来なさい!!」
「な……なんと。偶然にも同じ様にジェドくんを助けたい人に拾われるとは……これは運命! 光のお導き!!」
ガタイが良く逞しい腕、マリリンとクレストが固く握手を交わすと握った手が光出した。
「?!」
光に包まれたクレストはまた剣の姿に戻り、マリリンの手に収まり馴染む。
「これは……」
『君達からは光を感じる……純粋に戦いを求めた私やチェルシー様が光の意志に触れたのと同じ。男性や女性などという概念を捨て、気高く、そして誰かを助ける心を持つ君達こそ光の――」
「いや何言ってるか全然分からないけどイケメンを救いに行くぞ野郎どもー!!」
「「「おーー!!!」」」
テルメの二丁目を出発するマリリン達。雄叫びを上げながら一直線にスノーマンへと走り抜けて行った。
★★★
「あれ? この本……」
ジェドが大変な事になっているのかなっていないのか分からない頃……遠く離れた帝国の皇城図書館で、若き騎士のロイが一冊の本を発見した。
「確かいつの間にか無くなっていたはずなのになんで……」
禁書ともなっていた『ワンダー・ライター』という作者の本は以前、令嬢が大量に行方不明になった事件の近辺から姿を消していた。
未だ見ていない本もあったのに残念だ――と違う本を漁っていたロイだったが、その日何度も見ていたはずの本棚から見慣れぬ色の本を発見し手に取ったのだ。
何故か一冊だけ置いてあった禁書。
作者は指名手配されていた事もあり、その本を片手にロイは陛下の執務室へと急いだ。
「あっ、魔王様」
執務室の近くまで行くと魔王アークが扉の前で止まっていた。
ロイの姿を見るなり指を立てて静かにしろと目配せしてきたので、ロイは口を塞いだ。
皇帝ルーカスの元には今、聖国の女王でありルーカスの恋人でもあるオペラが来ていたのだ。
(あっ、ひょっとして今いい感じですか?)
ロイが思った事にアークは肩をすくめた。ルーカスとオペラは共に恋愛初心者で、どうも上手く行くのに時間がかかってしまう。
周りも気を遣ってはいるのだが、ラブがラブしようとするといつもキャンセルされるのだ。
騎士団長が悪役令嬢に絡まれるのと同じような呪いだろうか? とロイが首を捻ると、アークも同じ事を考えているのか頷いた。
――と、アークが「お?」という顔をして扉を見たのでロイも「お?」となる。
(何かありそうなんですか???)
神妙な顔をしながらアークは頷いた。
ロイもゴクリと扉を見つめた時……持っていた本が震えたような気がした。
(……え?)
すると、勝手にバサバサと開いた本から手が生えて、ページから人がニュッ! と出て来たのである。
「ウワアアアア!!!!!!」
驚きのあまりロイは叫んで本を手放した。
「おま、静かに――」
ロイの大声に振り向いたアークも固まった。本から次々と出て来たのはシルバーとナスカ、それにジェドから黙っていて欲しいと頼まれていた元指名手配犯のワンダーだった。
「あっ、やば……」
ワンダーは目が合うなり青い顔をしていたのでアークは慌ててロイの目を隠した。ワンダーに早く行けと目配せすると、ワンダーは頷き本の中へと消えて行った。
「ま、魔王様! いきなり何するんですか?? あれ……」
ロイは一瞬見えた人物の幻を探す様にキョロキョロとしたが、そこに先程の人物の姿は無かった。
「あれ? 魔王様、さっき何かもう1人いませんでした……?」
「知らん」
アークら目を逸らし執務室のドアを見るが、ビクッと怖い物を見るような顔になったのでロイもそちらを見る。
バン!!! と蹴り開かれた扉からは不機嫌なルーカスが現れた。
「何の騒ぎ……? てかアーク……君もしかして聞いていたの……?」
ルーカスの恐ろしい形相にアークはぶんぶんと首を振った。ルーカスの後ろからは無表情のオペラも現れる。
「ルーカス様……」
オペラが指差す先をルーカスも見ると、片目を負傷したのか目を押さえているナスカと、元の大人の姿に戻っているシルバーがそこに居た。
「ナスカ?! 君が負傷したの?? え? それにシルバー、元に戻ってる……無事取り戻したのかい? あれ? ジェドは……」
問いかけるルーカスだったが、2人の様子がおかしい事に気が付き言葉を止めた。ナスカにしてもシルバーにしても、いつも笑っている顔しか見た事が無いのに、今の2人に笑顔は無かった。
「通信魔術具で連絡を入れたはずだけど……」
「通信魔術具……?」
何か聞いたような聞かなかったような気がしてルーカスは思い出すように米神を押さえた。
「……ジェドは……死んだよ」
「あ! そうだそうだ、そう言えば開花の嘘でトルテがそんな事言ってたっけ! そういう冗談はいけな――え?」
嘘祭りの最中に聞いた報告を思い出したルーカスは拳をポンと叩いたが、シルバーは深刻そうな顔を崩さない。嘘にしては熱演過ぎないかと思ったが、シルバーがポロポロと泣き始めたのでルーカスはギョッとした。
「え? 何……嘘なんだよね……?」
「ルーカス……こんな悪趣味な嘘、吐くわけ無いだろ……」
ルーカスはアークの方を振り返る。アークも驚いた顔を崩さなかった。嘘や冗談ならば心の読めるアークには分かるはずだった……だが、アークも驚き目を見開いたまま固まっていた。
「本当の事……ですの?」
「ああ……目の前で、刺されて……ナーガの炎で灰になった……ごめん、俺のせいで……こんなはずじゃ……」
ナスカは悔いるように片目を押さえて俯いた。シルバーも俯いたまま声すら発しない。震えたままポタポタと涙を下に落としていた。
「ええ……騎士団長が死ぬとか……いやそんな……」
「ジェドが……?」
ルーカスを始め皆信じる事が出来ずに固まっていた。だが、ナスカとシルバーの様子が真実味を増して空気を重くしている。重い空気に身体を縛られて、皆が思うように動けずにいた。
「あっ、でもほら、魔道主様やオペラ様の魔法で何とか生き返ったりしないのですかね???」
ロイだけがまだ諦めないように声を出すも、シルバーは首を振った。
出来るならばやっている……そんな魔法は存在しないのだと、この世で1番魔法に詳しい者が答えた。
皆がやるせなく、行き場の無い思いを何処にぶつけたら良いのか分からずにいた時――ふとシルバーが目を見開いて上を見た。
「――え?」
「どうした?」
皆が様子のおかしいシルバーを注視する。
「……聞こえる……」
「……は?」
「何が……」
皆が訳も分からずにシルバーを見ると、シルバーの足元から魔法陣がブワッと広がった。
「聞こ……えた!!!」
「えっ、ちょ、説明――」
「何ですの???」
「わっ!」
ロイの手にあった本が一瞬震えて床に落ちた。それを拾おうと魔法陣から出るロイ……本を拾い振り返ると、そこにはルーカス始め魔王やオペラ――誰一人残ってはいなかった。
「え……ええー……??」
呆然と立ち尽くすロイの後ろから山ほど書類を持った宰相エースがやって来た。
「ロイ、陛下は執務室ですか?」
「ええと……」
ロイは今あった事を全て話し、一瞬の内に皆居なくなってしまった事をエースに告げると、持っていた書類をバサバサと落としエースは頭を抱えた。
★★★
ピンチに駆けつけたテルメの二丁目の住人達を目の前に、ジェドとナーガは呆然としていた。
「イケメン!! 助けに来たわよ!!」
「え……いや、マリリン……つか、何でクレストのオッサン剣まで……?」
二丁目軍団の先頭に居たマリリン、その手には一際輝く光のオッサン剣・クレストが有った。
「二丁目に流れ着いたのを拾ったのヨ!!」
「渋イケオジのクレストちゃんたら貴方の為に一肌脱いじゃってさー」
「だからアタシ達も一肌脱いだってワケなのよー! ヤダー! 脱ぐってそういう事じゃないのヨー!!」
性別不詳軍団が盛り上がっている。クレストが脱いでいるのはデフォなのだが、オカマを味方につけてよりパワーアップしてしまった。絵面が酷い。
「ジェド・クランバル……貴様、またしても訳の分からない援軍を用意していたとは……」
我に返ったナーガが忌々しそうに俺を睨む。確かにラヴィーンの決戦の時もクレストのオッサンが何か急に現れたよね。よく覚えていたね……
だが、勘違いしないで欲しい……前も今も、俺は何も用意してないし関与していない。
オッサン剣は川に捨てたはずなのに……まさかオカマ軍団が持って来て俺の元に戻って来るとかさ、誰が想像した?
ナスカのコイン以上のビックリだわ。光の剣は捨てても持ち主の元に戻って来るとか言っていたような気もするけど、ここまで来ると呪いである。
「だが、こんな者達が何になる? 烏合の衆じゃない。それに、今の私は前とは違う……光の剣では倒せないわ」
倒せるとか倒せないとかまで考えてなかったのだが、ナーガが丁寧に説明してくれる。当の俺は色々あり過ぎて頭が追いついていない……圧倒的ツッコミ不足の割に状況だけがどんどん進んでいく。
「オカマ舐めんじゃないわよー!」
「そうよ!! アタシ達だってグラス大陸を愛する有志なのよー!」
「アンタの好きにはさせないわ!!!」
勢いだけは凄い二丁目軍団がナーガに立ち向かって行く……あー、やめなさいて。邪竜で闇の魔法使いですよ?? 勝てる訳――
「ええい! やかましいわ!!!」
あまりの煩さにブチ切れたナーガが二丁目軍団を次々と魔法で外に吹っ飛ばした。あちらはブレイドが飛んで行った方角……
ギャグのようにちゅどーんと飛んで行くオカマ達……あんなに居たオカマ軍団はマリリンとオッサン剣を残すのみとなった。
「くっ……」
「ふふ……さっきまでの勢いは何処に行ったのかしら?」
マリリンと俺はナーガにじわじわと詰め寄られていた。あー……やっぱマリリン達でもダメだったか……
そりゃそうだよね……こんなラスボスみたいなヤツ、いくら俺とは言え俺1人とオカマ1人じゃ無理でしょうな……普通こういう決戦は今までの仲間が勢揃いする筈である。
いや、勢揃いとまではいかなくとも、主要人物とかさぁ。あー、乗り込むの陛下に報告してからにすれば良かった……
「大体さー……何で俺を置いてく訳よ……ナスカとかシルバーは……」
そこまで口にして、そう言えばシルバーは爆発した訳じゃないよなと急に不安になった。
――と、思い出した時、俺の目の前にシルバーが降って来た。
「……は?」
「ジェド!!!! 生きて……生きてたんだねぇ!!!」
泣いて抱きつくシルバーの後ろには巨大なピンクの魔法陣があり、そこから次々と俺の上に人が降ってきたのだ――ぎゃっ!! ぐはっ!! お、重い……
「なっ……何で……」
またしても呆然とするナーガの視界には……ジェドの上に折り重なって降って来たルーカス達の姿が写った。




