閑話・花咲く頃、嘘に包まれる(前編)
帝国――そこは自由の国。
ある程度の秩序が守られていれば他国の文化・風習は広く受け入れる事を許されている国である。
皇帝もその辺りは民心に任せているので、争いが深刻化しそうになった時だけ騎士団が止めに入る程度だった。
他国の文化と言っても、勝手に他の国に広める厄介な文化は大体が異世界由来のものである。
皇帝の予想の斜め上を行く謎の風習は、発生する度に許可して良い物か禁止すべきかの判断に悩まされていた。
尚、禁止しても勝手に広まるものは広まるのだが。
皇帝ルーカスを悩ませてせいた新たな風習の一つ――それが『開花の嘘』である。
誕生の月が終わり、暖かな陽射しが花を開花させる月――その月初めに何故か嘘をつく日というのが存在していた。
その1日だけは嘘を吐いても良い……という馬鹿げた風習であるが、またしてもルーカスの知らぬ間に流行り出していたのだ。
帝国民はこの日ばかりはここぞと嘘を吐く。
とは言え流石に人を傷つける嘘を吐くような帝国民は居ないので、皆が皆笑える他愛も無い嘘を吐いていた。
たまに空気を読まずにとんでもない嘘を吐いてしまう者も居るが。
「はぁ……」
皇帝ルーカスは、城下のカフェでお茶を飲みながら憂鬱になっていた。
「知ってるか? ついに獣人の国の王が美女になったらしいぞ」
「日照りが続いて人魚の国が干上がって――」
「薄い本の新刊が――」
帝国民の噂話が花咲く街中では、本当なのか嘘なのか判断つきにくい話題があちこちに飛び交っていた。
「陛下、今日は何だか城下町が賑やかですね。何かあるのですか?」
「ああ……シャドウは知らないよね。今日は『開花の嘘』の日なんだ」
「開花の嘘……ですか? 春は開花の月とは聞いておりましたが、嘘とは? 一体何を表しているのでしょうか?」
意味の分からない日の名前にシャドウが首を傾げると、ルーカスは頭を押さえながら深く息を吐いた。
「嘘はそのままの嘘だよ。何でか知らないけど、今日1日は嘘を吐いても良い日なんだ」
「……嘘は良くないと思うのですが何でそんな日になったのですか?」
「私も同感だよ。この間の変な祭りと同様、異世界人が勝手に広めたんだ……」
「ああ……あの」
シャドウは嫌な事を思い出した。血の雨が降ったブラッディレイン。平和を愛する帝国民が何故か争う闇の1日。
そのせいで最愛のオペラは勘違いをし、更に最悪な事に目の前でイチャつく2人を見せられたのだ。
オペラの幸せを願うシャドウであっても、流石に目の前でイチャイチャされると少し傷付くものである。
先の祭りも意味の分からない物であったが、この風習も相当理解に苦しむ物だった。
「吐かなくても良い嘘を吐いて楽しいのでしょうか?」
「シャドウ、嘘には止むを得ず吐いたり悪意を持って吐くものの他にも『嘘を楽しむ嘘』というのが存在するらしいよが
「嘘を楽しむ嘘……ですか?」
「ああ。かくいう私も最初は理解に苦しんだのだが、そういう事に関してはジェドが詳しいからね」
「騎士団長は何と仰られていたのですか?」
「まぁ、つまりね……この『開花の日』に吐く嘘は皆嘘だと分かっていて吐く嘘だから、よりあり得ない嘘を考えるのが楽しいそうだ。凝り性の者なんかは何日も前から周到に準備するらしい」
「あり得ない嘘……ですか。私には難しくてよく分からないです」
「私も完全には理解していないけど……」
ルーカスが見渡した街中はほぼ仮装祭りである。夏にはまだ早いのに水着姿で日光浴をしている者や猫の被り物、点在するバナナの皮など……一体何が何の嘘なのか一つ一つ問いただしたい気持ちでいっぱいだった。
「あ、こんな所にいらしたんスねー」
ルーカスとシャドウの元に三つ子の3人が走ってやって来た。
「どうした、ガトー?」
「魔王様がいらしてんスよ。ドレス姿で、パーティに呼ばれたとかで」
「……それは、何処までが嘘だ?」
「うーん、ドレスからパーティに呼ばれてまでですかね? 魔王様が来たのは本当っス」
この様に嘘と嘘じゃない事が入り混じっているので一々確認しなくてはいけないのが大変だった。
「微妙に本当の事を混ぜるな。何の用事だろうか……」
「やはりナーガの事ですかね?」
「そうだな……それで、アークは何処に居るんだ?」
「魔王様も街中に陛下を探しに行かれましたが……」
「あ、こんな所に居たんスねー」
ルーカスが声の方を振り向くと、三つ子の1人が走って来るのが見えた。全く同じフォルムで走って来るのにデジャヴを感じつつ。
「どうした、ザッハ?」
ルーカスとシャドウの元に来たザッハは、やはり先程のガトーと同じ様にルーカスに報告を持って来た。
「オペラ様がいらしてんスよ。水着姿で、海水浴に来られたそうで」
「……何処までが本当だ?」
「うーん、水着姿で海水浴は嘘ですね」
「……そうか」
そうだろうと思ってはいたものの、一瞬水着姿を想像してしまったルーカスは落胆した。
「それで、オペラは何処に?」
「それが街中のカフェにいるかもって言ったら探しに出ちゃいました」
「……まずいな」
オペラはタイミング悪く勘違いして、事態を大事にする常習犯である。
オペラは全く悪くないのだが、外見がクール美女なのと反比例して中身は激しい性格であり、一度暴走し始めると正すのは大変だった。
まぁ、手がかかるそんな所も可愛いのだとルーカスは照れて鼻を擦った。
「陛下……?」
「あ、いや。そうだな、オペラを探しに――あ、アークも探さないとか……」
「あ、こんな所に居たんスねー」
またしてもデジャヴのように三つ子の1人が同じフォルムで走って来た。
「どうしたトルテ? また誰か来客か?」
「え? いや、俺は魔塔主様からの連絡を伝えに来たんスけど。執務室の通信魔術具に連絡が入っていたんですけど陛下居ないから……」
「シルバーが? 今はグラス大陸にいるはずだが……スノーマンの魔術具が直ったのか? それとも魔法が使えるようになったのだろうか……」
「ウーン、いつもの魔塔主様の声だったんで多分戻ったんじゃないスかね。それより陛下、大変なんスよー」
「何だ?」
「何か騎士団長死んだみたいっス」
トルテがあまり大変そうじゃないテンションで大変な事をぶちまけた。
内容の酷さにルーカスは頭を押さえた。
「……流石に嘘だな」
「え? 嘘なんスかね。嘘にしては結構深刻そうだったんスけど……」
「あのジェドが死ぬ訳無いだろう。それに今日この日だぞ? そんな話、真に受けるヤツが何処に居る」
「まぁ……そうっスよねー。あー、何だ開花の嘘かー。めっちゃ心配して損した」
「魔塔主様も悪趣味っスねー。そんな嘘は吐いちゃダメだよなぁ」
「騎士団長が死ぬ訳ないかー。死んでも悪役令嬢お得意のタイムリープとかでやり直してそうですしねー。あ、それより陛下! 探さなくて良いんスか?」
「そうだった……えーと、とりあえずシャドウとガトーはアークを探してくれ。私達はオペラを探しに行く。何かトラブルがあったら直ぐに知らせるように」
「承知しました」
開花の嘘に紛れてサラリと無かった事にされた本当の訃報を忘れ、ルーカス達は嘘に塗れた城下町の中にアークとオペラを探しに走った。




