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漆黒の騎士団長の最期(前編)

 


 白いローブを羽織った者達が意識の無い2人を暗い部屋へと運び込む。

 運ばれて来た者のうち1人は茶色のフードを被った藍色の髪の男の子。もう1人は服も髪も黒い騎士。


 2人を下ろす白いローブの従者達の袖の隙間からは指にしては細く白いものが見えていた。汚らしい黒さの欠片も残っていないそのどこまでも白い白骨。その者達を見てブレイドは満足そうに微笑んだ。

 運び込まれた者はブレイドの1番忌むべき相手であり1番会いたい人物。早く始末したいのだ。

 目の上のタンコブ、部屋の角の埃……心に住まう少しの黒い蟠りは早く消してしまいたいというのがブレイドのここ最近の心境だった。

 ジェドに味合わされた数々の屈辱はブレイドの夢にまで出て彼を苦しめた。純白で高潔な彼がおちょくられ、茶化され、何度も裸になってまで闘わなくてはいけない屈辱……


 負ける事を黒い星、勝つ事を白い星に例える地が存在すると聞いたことがあったブレイドは、その白い星という言葉が大好きだった。

 自分の大好きな白は良い意味で必ず使われる。だが、彼の宿命の男がブレイドに与えるのはいつも黒ばかり。

 漆黒の騎士とは見た目や名ばかりではないのだと侮った自分を反省し戒めた。


「邪魔な子が2人もこんな無防備な状態で来てくれるなんてね」


 少女の姿をした悪女――邪竜ナーガ・ニーズヘッグは横たわる2人を見下ろした。


「……ジェド・クランバル……何度も私を邪魔してくれた忌々しい男。貴方さえいなければ全ては上手く行くはずだったの。アーク様の残した肉体も手に入れ、アーク様を消し去った憎き皇帝だって簡単に屠る事が出来た。お前さえ邪魔をしなければ……」


 元の少女は穏やかな顔で笑う花のような子供であった。だが、その表情は新たな持ち主の闇の感情に支配され花の面影は無く、憎悪に目を血走らせ顔を歪ませていた。

 この女の醜い真っ黒な感情はいつ全て叶えられ解放されるのだ……とブレイドはため息を吐いた。


「それで、この2人をどうするのだ? 少なくとも、ジェドを始末するつもりならば私の手でさせて頂きたいのだがね」


「くす……貴方の手に負えるのかしら」


「……何が言いたい」


 嘲るようなナーガの目にブレイドは苛立ちを覚えた。ナーガは直ぐに興味が失せたかの様に目を伏せ逸らす。


「まぁ、貴方がそうしたいなら気の済むまで好きにすれば良いわ」


「……」


「魔法使いの方は夜が明けるまで放っておけば勝手に死んでくれる……ジャックプリズンにでも放り込んでおけば良いわ。あの場所はどんな衝撃や魔法にも耐えられる監獄ですもの」


 ナーガは手元にじゃらりとシルバーの着けていた魔術具を取り出した。手の中で弄ばれる大きな魔石の嵌った装飾……それはシルバーの魔力が意思を持たないように眠らせる為の魔術具だった。


「この装飾が無いと魔力を正義出来ないのね……大魔法使いって不便で可哀想」


 ナーガが白く可愛らしい指で黒い魔法陣を描くと、シルバーの体から黒い泡の様なものが吸い取られて行く。

 泡が消えるとシルバーの目がゆっくりと開いた。


「ここは……っ!! ジェド!」


 目を擦りながら状況を把握しようと辺りを見回すシルバーの目に床に伏せるジェドの姿が写った。

 駆け寄ろうとするその身体を誰かが踏みつける。


「ぐっ!」


 シルバーがその人物を見上げると、それは見覚えのある赤い髪に派手な服。

 意識を失う前に和かに飲み物を手渡した悪戯な目は、今は笑ってはいなかった。いや、最初から笑ってなどいなかったのだ。

 口元から笑みが消えると分かる、ナスカの目はいつも闇のように暗かった。


「ナスカ、君は……なぜ」


「シルバーは知らないかもしれないけど、俺って嘘ばっかなんだ。ジョークにしては笑えないでしょ?」


 ジェドから聞いていた話ではナスカは掴み所が無く、最初は名前すら偽り揶揄われていたらしい。笑えない事が嫌いだと、楽しい事が好きな男だと……そう聞いていたナスカの現状は凡そ話とは程遠かった。

 少なくともシルバーにはナスカのこの行動に笑える事など一つも無い。


「あらあら、あの時の坊やが平気で仲間を売るような子に育っちゃったとはね」


「そりゃどうも。アンタのおかげでこんな子に育っちゃいましたよ。久しぶりだね、お姉さん」


「ふふ……やっぱり、気付いていたのね。私の事……」


「悲しいかな、目がいいもんで」


 ナーガに対するナスカの受け答え……2人は知り合いだったのだとシルバーは初めて気が付いた。魔法学園で出会った時、ナスカは何の反応も無かった。だが、その時からずっと機会を伺っていたのだと……グラス大陸に行きたいと言い出したのもナスカだったと思い出した。


「ジェド……」


 シルバーには2人の事などどうでも良かった。それよりも目を開けない友人が心配だった。

 今まで幾度となくジェドがピンチに陥る事はあった。彼が危ない時には真っ先に駆けつけられるように魔術具の指輪を渡したが、魔力が制御出来ず止むなく子供の姿でいる自分は無力だと悔しくて悲しくなった。

 今の無力な自分が魔力火山に落とされた子供の時と重なり、そしてジェドの姿が結晶化した子供達と重なった。


「そんなのは……絶対にダメだ……」


 シルバーの胸の奥に眠っている魔力がゾワゾワと動きかけた。だが、伸ばそうとしたその手から魔力が込み上げる前に黒い蛇がシルバーの小さな身体を拘束した。

 ナーガの影が本体の竜の形になり、その影から蛇が召喚されシルバーを縛り付け締め上げる。


「うっ……」


「焦らなくても大丈夫よ、貴方の大切な友人はゆっくりいたぶって始末してあげる。貴方もその後を追うように朝を待って爆発するんでしょう? 大事な者を失った悲しみを味わって消えるがいいわ。散々邪魔して弄んでくれた貴方達にはいい末路よ」


「ジェド……」


 蛇に締め付けられ呻きながらも友人に手を伸ばすその姿を見て、ナーガは溜飲が下がった。

 友人の死を知った時、ナーガの愛する者を屠った忌まわしき皇帝も同じ顔をするだろうと、想像して堪えきれず笑いを溢した。

 皇帝は最後だと、大切な者を1人ずつ奪って最後に八つ裂きにするのだとナーガはノエルの身体全身が震える程笑った。


「……ノエルたんの顔でそういう笑い方するの、やめてくれる……?」


「!? ジェド!!」


 ナーガの後ろに伏せて倒れていたジェドがよろめきながらゆっくりと身体を起こした。


「あら、思ったより目覚めるのが早いわね」


「まぁ……こちとら騎士団長ですから」


 ナスカがブレイドから手渡され、酒に混ぜたのは闇の魔法毒だった。全身を襲う眠気と痺れは常人ならば数日は昏睡状態だが、ジェドは悪夢から覚めるように目を開けたのだ。


「ジェド……」


「シルバー、大丈夫だ……多分…………んーちょっとコレ、分からんね」


 ジェドはふらつきながらも腰に手を当てたが腰に有るべきものが無く、空の鞘をスカスカと握った。川を脱出する為にマゾ剣を捨ててきた事を今更ながら後悔したのだ。


「立て、ジェド・クランバル。貴様の相手はこの俺だ」


 ふらふらと揺れるジェドの鼻先にブレイドは白い剣を突きつけた。見覚えのある目がギョロリとジェドを見る。黒から白へとお色直ししたそれはジェドの手に馴染まなかった呪いの剣であった。


「呪いの剣子……おま、すっかりブレイドの色に染まりやがって……何か、おめでとう」


 心なしか赤く色づく剣を苛立ったようにジェドの眼前で一閃した。切れ味の良い呪いの剣は顔を引いて避けたはずの頬に切り込みを入れる。


「いつまでもふざけて居られると思うな。剣を抜け! ジェド!!」


「と、言われましても……」


 ジェドは腰に無い剣に頭を抱えてため息を吐きながらも、母から預かっていた馬鹿でかくて重い剣の存在を思い出した。

 急いで収納魔法から引き出すも――


「……重っ……」


 やはりデカさと重さが比例しているかの様にジェドの手には馴染まなかった。筋トレにしか使えないような剣ではブレイドに勝てるとは到底思えなかったが、他に剣が無いので仕方なく引き摺るように構えると剣を見たブレイドの驚愕したような表情が見えた。


「え……? 何??」


「お前……何故その剣を……? それは、我がダリア家に伝わる大剣。本来、当主が引き継ぐはずの家宝だったのに、父の姉が持ち去ったというそれを……何故貴様が持っている!!!」


 ジェドも驚愕した。懇切丁寧に説明してくれるその持ち逃げ犯は、どう考えても母・チェルシーであった。


「ダリア……チェルシー・ダリア……? えっ?? もしかしてブレイド・ダリアって――あー、そう」


「何が『そう』なんだ」


「俺達、従兄弟だわ。その持ち逃げ犯……母さんです」


「なっ――」


 ジェドから言われた驚愕の事実にブレイドは固まる。ジェドはフッと目を伏せてクソ重い剣を両手で持ち、ブレイドに差し出した。


「何だか俺達、勘違いがあったみたいだな。これはうちの母が若気の至りで勝手に持ち逃げしたみたいなのでお返しする。だから許し――」


 ガシャアアアン!!!


 怒り狂ったブレイドの白い剣がジェドの真っ向から一直線に落ちてくる。

 ジェドはそれを何とかクソ重家宝剣で受け止めた。


「貴様が父の恨んでいた者の息子ならば好都合だ!! お前達のせいで私は虐げられ、ブチブチ恨み言を聞かされてきたのだ!! そもそもダリア家はもう私しか居ないからな!!! 貴様とは赤の他人だ!!!」


「は??? ちょっと待て、お前ん家、つーか母さん家色々どうした!!!」


「ジェド、赤の他人の貴様が知る必要は無い!! 家宝諸共叩き切ってくれるわ!!」


 ブレイドの猛攻撃は止まらずにジェドを襲った。色々な恨みが込み上げているのか、白騎士とは思えぬ乱雑な切り口にジェドは母を思い出した。チェルシーもブチキレると顔に似合わず山姥のように襲いかかって来るのだ。


「待て待て、お前、純白の騎士とかなら清く正々堂々勝負しろよ!! こちとら体調が万全じゃない上に剣が重すぎるし不利にも程があるだろ!!」


「煩い煩い煩い!!!!」


 ブレイドの白い目の奥には闇が見えた。やはりブレイドの言うように幾ら闇を解放しようとも、人が白くなる事はないのだとジェドは思った。


「ふぅ……あの子は本当に仕方の無い子ね」


 すっかりジェドのペースに乗せられたブレイドに呆れたナーガは、自身の影を膨らませてジェドの足元にまで伸ばした。


「?! ジェドっち!!」


「は??」


 ジェドが気付いた時にはその足首が黒い蛇に締め付けられ、身動きが取れなくなっていた。

 その名を呼ぶ声に目を逸らしてしまった一瞬で、ブレイドの持つ白い剣がジェドの胸元に吸い込まれて行く。


「ーーーー」


 シルバーは目の前の光景に叫んだはずが声は出なかった……その差し込んだ場所は心臓を間違う事なく貫いていたから。


 一瞬ジェドとシルバーの目が合ったような気がするも、その瞳は直ぐに閉じられ開く事は無かった。


「あ……」


 ナーガ以外の誰しもが呆然とジェドを見た。

 確かにその男……漆黒の騎士ジェド・クランバルは、心の臓を一突きにされ――


 死んだのだ。

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