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漆黒の騎士団長はこんな時にも夢を見てしまう(後編)

 


「うーむ……俺だな」


「そうだな……俺だね」


 漆黒の騎士団長ジェド・クランバルの目の前には漆黒の騎士団長ジェド・クランバルが居た。


 前に陛下が記憶喪失になった時に、記憶も見た目も薄い陛下のシャドウが生まれたが……目の前の俺はそれとは明らかに違う。俺なのだ。

 正直、今どっちの俺の独白なのか分からない。どちらも俺である。


「偽物……とかそういう感じじゃ無さそうだな」


「ああ。何か気持ち悪いのだが、さっきルビーと話をしていた記憶もあるからな」


「なるほどー。カードゲームの人がリアルに出てくるとこうなるんですねー。勉強になります」


 ルビーが俺と俺を見比べて感心していた。


「じゃ、どちらかのジェド様を強くする為に統合しましょうか」


「「やめてー!!」」


 俺は俺と抱き合いプルプルと首を振った。


「え? 何でですか?? 自分がもう1人いるの気持ち悪くないですか??」


「お前はダブってないからそんな事が言えるんだよ!!!」


「どっちかの俺は頭を打った瞬間に消えるんだぞ??! 怖すぎるだろ!!!」


「ええー……」


 何せどちらも俺なので俺の気持ちが分かる。だって消えるのは自分の方かもしれないんだもん、嫌だよ!


「とにかく、俺は強くなる必要は無いので統合しなくていい」


「まぁ、ジェド様が良いなら別に良いですけど」


 俺は俺と頷き合った。もしかしたら夢から覚めたら消えるかもしれないが、今は立派な相棒である。

 ああ……何か今まで変なヤツばかり見てきたので、考えも感覚も何もかも分かる相手は安心する。何ならあと数人増やしても良いかも。俺。


「じゃあ要らない人は素材にしたり売却したりしますね」


 俺達が頷き合っている間に、ルビーは非情にもダブっている男達を次々と統合(武力)し始めて行った。イケメン達の頭を鷲掴みにし打ち付ける様子は正に悪役令嬢……いや、悪役女ファイターである、怖すぎる。まぁ、このゲームでは悪役だから合ってるのか……


 ひとしきりレベルアップしたイケメン達はコブを作り地面に伏せていた。中には10人位ダブったイケメンもいて、コブの上に『スキルレベルMAX』という表示が出ているが、最早瀕死である。スキルを育てるのにそんなに犠牲を払わなくてはいけないのか……? 普通に修行するというのは平和な事だったんだな。


「よし、今度こそ大丈夫だと思いますので次に進みましょう!」


 準備が出来たであろうルビーはやっとリセマラとやらから脱出して進む気になったらしい。そうそう、早いところクリアして夢から覚めなくちゃいけないだろうしな。


「それではチュートリアルを始めます」


「……何だ? チュートリアルって……というかそもそもコレ、どういうゲームなんだ?」


「それを知るのがチュートリアルなんですよ。これだから初心者は」


「生憎玄人にはなりたくないな。それで、アレに進めば良いのか……?」


 俺の指差す先にはチュートリアルと書かれた場所があり、そこは闘技場のようだが全体的に発行していた。何か変な手が浮いていて、場所を指差している。


『ようこそ! イケメン奪い合いバトルフィールド【メンバト☆】の世界へ! チュートリアルから始めるよ!』


 指が喋った。というかこのゲーム、そんな名前なのか……毎回思うが異世界人のネーミングセンスどうなってんの。


「イケメン奪い合い、とか言っているが……」


「はい! イケメン奪い合いバトルフィールド【メンバト☆】は、戦いながら相手のイケメンカードを奪い合うという単純なゲームです。何でラスボスのはずの私の方にもチュートリアルが付いているのかは謎ですが、恐らく主人公側も今頃チュートリアルしてるんじゃないですかね」


「そうか。つまり、戦って敵のイケメンを倒して仲間に引き込むという訳か」


「え? 戦わないです」


「――え?」


 いや、バトル言うとるやん。


「戦わないってどういう事だ? どうやって相手のイケメンを奪い合うんだよ」


「イケメン力です」


「イケメン……力……?」


 何言ってんの? 俺と俺はルビーの言う事が1ミリも理解出来なくて訝しんで見た。


「だから説明が必要でしょう? その為のチュートリアルなんですよ」


 ルビーが宙に浮かぶ謎の指に触れると『チュートリアルを始めるよ! イケメンをセットしてね』という声と共にモブイケメンの上に指が出てきた。ルビーが指を押して動かすと指さされたイケメンが光出す。


「チュートリアルだしこのイケメンでいいか」


 適当に選ばれたイケメンが3人ほど闘技場に放たれると『チュートリアルバトルスタート』の声と共に軽快な音楽が流れる。


 選ばれたイケメン側もルールが分かっていない様子で右往左往していた。もしかして全員何処かの知らん所から召還……いや、夢を見ているのであろうか。可哀想に。


『イケメン力を上げるよ!』


 と、指がイケメンの服の上で止まった。


「指の通りに服をはだけてくださーい」


「は?」


 何か言うとる。


「早くはだけないとイケメン力で負けちゃいますよ!!」


「え? え?」


 服に指を指されたイケメンが混乱している間に、敵のイケメンが迫って来た。

 敵イケメンが味方イケメンの前で服をはだけさせると敵イケメンの頭の上に【1000イケメン】と数字が出て、その数字が味方イケメンを襲う。数字に当たった味方イケメンは思いっきり吹っ飛んで倒れた……


「……何コレ」


「そういう事です」


「いや、何も分からんわ」

「ちゃんと説明しろ」


 俺達がルビーにダブルツッコミをすると、ルビーはため息を吐いて丁寧に説明し始めた。ため息を吐きたいのはこちらなんですが。


「つまり、この【メンバト☆】はフィールド上でイケメン力を競うゲームで、よりイケメン力が高い方が勝ち、負けると相手にカードを奪われるというカードバトルなんですね。イケメン力を上げる為に服をはだけさせて露出を上げたり、ちょっと水に濡れてみたりポージングしてみたりします」


「なるほど……」

「誰だよ開発者は……」


 いや、言わなくても分かるが。どうせあのセイサクガイシャとやらだろう。


「それで、主人公の場合は持ちイケメンが無くなるとフィールドから追い出されますが、私の場合はラスボスの悪役令嬢なのでイケメン集団によって断罪処刑されますね」


「それまでイケメン力とかいう変なシステムだったのに何で急に物騒になるんだよ」

「開発者は何が何でも悪役令嬢を断罪処刑したいんだな」


「そうなんですよ。何も無理矢理イケメンとか悪役令嬢とか出さなくても良いですよね。どうも制作側のトップがチートとか貴族とかイケメンとか出しておけば流行るんだろ? という何も分かっていない側のオッサンだったみたいで……でも、この無茶苦茶システムとビジュアルの美しさとCVの良さで何故か流行っています」


「オッサン大勝利だな」

「で、コレはどうなれば終わるんだ?」


 俺と俺のダブルツッコミで話がサクサクと進む。流石、俺が2人居ると楽で良い。もう、目が覚めてもこのままでいいんじゃね?


「そういう訳なので、主人公側に勝てば終了ですね。イケメン力をフルに発揮して相手のイケメンを全員魅了しましょう」


 そうこうしている間にチュートリアルに出されていたイケメンがチュートリアルを終えていた。

 服ははだけて胸元が全開になり、びちゃびちゃに濡れて何か花とか眼鏡とか変な飾りとか着けているイケメン達……本当にあれでイケメン力が上がっているのだろうか?


「うーん……気は乗らないがやらないと夢から覚める事が出来ないのならば仕方ないな」

「ま、これだけイケメンが居れば俺の出番も無さそうだし大丈夫だろう」


 そう。周りの味方イケメン達は、男の俺から見ても十分すぎる程の男前なのだ。それに何か初心者ボーナスブーストのおかげでやたら沢山いるし。これだけいれば楽勝なのではなかろうか。


「そうですね。では、ジェド様も乗り気になった所でさっさと主人公をやっつけちゃいましょう!」


 ルビーは拳を上に上げ、気合いを入れて本バトル会場のドアを開けた。



 ――数分後。



 バトルフィールド上には沢山のイケメン達。

 ――が、俺達ルビー側の味方イケメンは全て敵対する主人公側に寝返っていた。


「……何でや」

「数分やぞ」


 相手イケメンは最初からキラキラ輝く高そうな服や帽子、アイテムを沢山持っていた。何でアイツらあんなに輝いているの……?


「クソっ……主人公のヤツ、課金したわね……」


「課金……もしかして金で強くなれるのか」


「はい……課金勢には初心者ブーストでも太刀打ちなんて出来ません……」


 金さえあれば良いのかと思ったが、どうもこの場合の金は俺やルビーのような貴族がこの世界で使える金とは違うらしい。まぁ、夢の中だから仕方ないか。この夢の世界では俺はただのイケメンなのだ。


「でも! まだ行けます! こちらには騎士様が、しかも2枚……いえ、お2人もいるので!」


 ルビーはキラキラとした目で俺達を見て来るが、俺が2人いるだけであの大量の課金イケメンに対抗出来るのだろうか……?


「とりあえず脱げば良いのか……?」


「いえ、これを使って下さい!!」


 ルビーは俺と俺にアイテムを手渡してきた。

 短いロッドの先が丸くなっているもので、金色に光っている……あー、あれだ。地下アイドルとかアークが歌う時に使っていたやつ。


「……もしかして」

「歌えと……?」


「はい! 歌は世界を救う! 俺の歌を聞け! ですよ!! そのマイクは超SURのアイテムで持っているだけでイケメン力が倍増するというものです」


「それは中々にチートだな」

「最初からそれを誰かに持たせたれや」


「さぁ、ジェド様の歌唱力でイケメン達を魅了して逆転しましょう!」


 ルビーが燃えて大盛り上がりだが、俺達は不安げに顔を見合わせた。


 フィールドに降りるとイケメン達が俺達目がけて突進してきた。各々服をはだけさせたり水を被ったりしている。はだけさせるなら課金の服意味あるのか?


「さぁ、ジェド様! 今です!」


「……やっぱやんなきゃダメ……?」

「……まぁ、こうなったらやるしか無いよな……」


 俺達はため息を吐いてから息を吸い込み、マイクに向かって歌った。



 ――数分後。

 ……フィールド上に倒れるイケメン達。


 何で倒れているかというと、俺の歌が下手だからである。


「凄い……あの例のアニメのガキ大将の歌を聞いたかのような下手さです……」


 ルビーも耳を押さえてヨロヨロと立ち上がって来た。


 マイクが俺の下手な歌を吸い込んだ瞬間、とんでもない数字がマイクから飛び出た。下手なのにイケメン力は高いらしい。何で?


「まぁ、世の中にはギャップが可愛いとか、萌えるとかありますからね……超SURともなるとそこまでカバーしてくれたのでしょう……」


「もうこのマイク1つでいいじゃん」


「いいえ、騎士様だからこそあの課金イケメン達も平伏したのです。多分。ヨッ! 異世界一のイケメン! 漆黒の騎士団長!」


「バカにしてんのか」

「しばくぞコラ」


 調子に乗ったルビーをゲンコツしようとした時、世界全体が光出し端から消えて行く。


「どうやら全員倒したので私の勝利となり、夢が終わったようです」


「そうか。このゲームは二度とやりたくないから次は違うゲームにしてくれ……」


「ハイ。また私が悪役令嬢として夢でゲームの悪役にされていたら、助けてくださいね……」


 ルビーが笑いながら手を振って消えていった。

 光が俺達の足元にも広がって行く。


「短い間だったが、楽しかったよ。俺」

「ああ。どっちが目覚めた時の俺になるかは分からんが……じゃあな。頑張れよ、俺」


 俺と俺はどちらが現実で目を覚ましても頑張れるようにエールを送り合った……


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