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テルメの2丁目は地獄の釜(後編)

 


 騒然とする店内。騒然とする男達。

 酒場は男と熊と熊みたいな男ばかりで男臭く盛り上がっていたが、突然の乱入者の暴挙にピタリと静まった。


「な、何なのアンタ……」


「うるさい! 近付くな! 下手な真似をするとコイツの命が無いぞ!!」


 男は刃物を1人に突きつけて周りを威嚇していた。

 叫んでいる男はこの裏路地の雰囲気にそぐわぬ身綺麗で貴族のような様相の男だった。対して刃物を突きつけられているのはマリリンのようなオカ――性別不詳な方で、逞しいムッキムキの腕を困ったように震わせて身体をしならせている。

 本気出せば自力で解決出来そうじゃないのキミ?


「暴力はいけないわ。何か理由があるなら話し合いで解決しなさいよ」

「そうよそうよ、嫌だわこれだから男子って。アタシ達が弱いレディなのよ」

「やーん、ナイフとかこわーい。刺されるなら違うものが……」

「ヤダもうバカ言ってる場合じゃないのよアッハッハ」


 酒場中の男達がオネエ口調で話し始めた。ちょっと待て、マジでこの酒場そっち側の人しかいないのかよ……


「うるせえ!!! どの辺りがか弱いんだよ!!! もっと緊張感持てよ!!! お前らのお仲間がピンチなんだぞ??」


 呑気なオネエ達に耐えきれなかった男が突っ込みを入れ始めた。もうコレどっちがマトモなのか分からんな……アイツも何でこのヤバそうな酒場を襲おうと思ったん……


「まーまー、アンタも何か理由あんだろ? 運命を変えるとかどうのとか言うならまず経緯位話してみたら?」


 ナスカが呑気に酒を飲みながら男に話しかけた。お前もよくこの状況で呑んでいられるな……

 だが、ナスカの呑気な口調が男に届いたのか、人質を捕らえたままポツポツと話し始めた。


「良いだろう聞きたければ話をしてやる。俺の名はレスター、さる貴族の子息だ。俺はある日、とある高名な占い師の力で未来を見た。そこで見た未来の俺は悲しき結末を迎えていたのだ……貴族に生まれ甘やかされて育ち、その権力を盾に暴挙の数々を尽くした俺は近い未来に断罪され……」


 話を聞いたナスカとシルバーが俺の方を見たのでブンブンと首を振った。

 いやいやよく見て、男じゃん。令嬢じゃないから俺の管轄じゃないのよ。


「そういえば未来を変える為にとか言ってたわね」

「アンタの未来とアタシ達に何の関係があるのよ」


 そっちもそう。断罪の未来とオカ――性別不詳の方々が全く繋がらない。何の関係があるのよ? 本当。


「チッ、話を最後まで聞け。……断罪されたまでは良かったんだよ」


 良かったの……? 良くなくない?


「俺は何もかも失った。金も、地位も、そして何かアレも」


 何かアレ……? それを捨ててしまうなんてとんでもない。いや、どこの国だよそんな断罪するの。


「そこまでは良かった」


「いや、全く良くないんだが」


 君、悪役令息の割に心広くない……?


「問題はその後だ。何とは言えない何かを失った俺は、この街に辿り着きそこで生まれ変わった。第二の人生を送るのだ。レス子として!!! 生まれ変わった俺は輝いていた。トップダンサーとなり、新しい恋人が出来、真実の愛を知った……」


「ほほう、肉体が死んでないから転生と言って良いのかは甚だ疑問ではあるけれど、断罪して生まれ変わり女性となった訳なんだね」


 なるほど……これが噂で聞いたTS転生というヤツか……? いや、何か違う気がする。


「俺はその運命を見た時発狂した。こんな所に集うお前らには分からないかもしれないが、自分の未来が断罪され新たな性別に生まれ変わりトップダンサーとして真実の愛を知ってしまっていたんだぞ?!! 未来が酷すぎる!!!」


「一緒くたにされたのは本当に心外だが……それは何か大変だったな……というか、まさかとは思うがその未来を変える為にここを襲っているのか……?」


「そうだ!! この『地獄の谷』が俺を地獄と言う名の天国の地に落としたんだ……あんな世界、見たくなかった……」


 いやそれ完全にお前の問題やないかい。しかもまだ断罪前なら断罪側を何とかしなさいよ。断されない方向にさぁ。


「分かるわぁ、アタシ。レスターちゃんの気持ち」


「やだー、アタシもよぉ。だってねぇ、一度足を踏み入れちゃうとこの世界、ノンケにはもう戻れないのよねぇ。ねぇ?」


「そうよそうよぉ。レスターちゃんもバカな事はおよしなさい。アタシ達が邪魔なら何処か行くからね?」


「うふふふ、何処に行ったって爪弾き者なんだからここじゃなくても良いのよぉ。アタシ達何処だって楽しくやって行けるわぁ」


 オカ――性別不詳の皆さんがレスターに同情し始め、慰め出した。性別不詳の皆さん優しすぎん? 流石、失うモノが無くなった皆さんは懐が違いすぎる。



 カシャンッ


 皆さんの優しい言葉が届いたのか、レスターが突きつけていたナイフを落とし、崩れて泣き始めた。


「だから……だから嫌だったんだ……! 俺は、断罪を免れる事だって出来たんだ……だが、あの占いを見て以来……あの未来を何処かで求めている自分がいる事に気付き……気が付けば断罪一直線の行動を取っていたんだ!! だから、ここを無くせばもう運命に惑わされないと思ったのに……」


 なるほど……何とかしようとしても心に逆らえず、何かを断される未来へと進んでしまう悪役令息の方でしたか。手遅れすぎる。悪役令嬢の話より運命が強い。


 泣き崩れるレスターを見て、性別不詳の皆さんが貰い泣きをし始めた。


「辛かったのねぇ。1人で悩んでいたのね」


「早く言ってくれれば良かったのにぃ。アタシ達は味方よ?」


「そうよ、断罪なんてされなくたっていつでも来たらいいじゃない」


「ほら、飲みなさいよ。嫌な事なんて忘れちゃうわよ」


 泣き崩れているレスターに皆さんがお酒やご飯を進めて呑み始めた。レスターも泣きながら悪役令息としての愚痴を言い始めてハンカチを濡らす。レスターは心なしかナヨナヨしていた。君、断罪されなくてもそっち側の人間になってますやん。


 ま、断罪もされなそうだし本人が納得したなら解決したという事にしよう。本当に、何の事件だったんだこれは……


「話終わったの? ジェドっちも飲めば?」


 ナスカは途中で飽きたのかもう酒をかなり開けていた。……良く見るとシルバーが隣で杯を持ったまま寝てるし。


「おま、シルバーに飲ませたのか? 今は子供だろ」


「んー? そんなに強いお酒を飲ませたつもりは無いんだけどなー。何か変なの渡しちゃったかな? あはは」


「ったく……」


 まぁ、シルバーも寝ているだけみたいだし後で運べば良いだろう。宿は酒場に併設しているんだし。


 俺は椅子に座り飲みかけの酒に手を伸ばした。


「ところでジェドっち、明日は朝からスノーマンに行くんだよね?」


「ああ。出来るだけ情報を集めて向かいたいな……そういやさっきマリリンが不穏な事言ってたな」


 先程は人質騒ぎがあり有耶無耶になってしまったが……確かにマリリンは言っていた。マリリン自体は良く分からないと言っていたが、国として機能していないとか。陛下もスノーマンとは連絡が取れないと心配していたが……やはり何らかの異変が起きているのだろうか?

 嫌な考えが過ぎり、心なしが酒も苦いような気がした。


「マリリンってジェドっちの知り合いの? 何か言ってたっけ?」


「ああ……マトモじゃないとか……なんとか……」


「ジェドっち?」


 マリリンのさっきの話を思い出している途中、急に記憶がガツンと重くなってマリリンの話が思い出せなくなった。……いや、重くなったのは俺の瞼の方であり、意識が沈みそうになる……


「なん……なん、……だ?」


 急に身体が重くなり、異様な雰囲気を感じた。シルバーは既に寝ていて様子がおかしいのか判断が出来ない。俺はナスカに異変を知らせようとそちらを向くと、ナスカは頬杖をついてこちらを見ていた。


「ナス……カ……」


「……おやすみ。ジェドっち」


「……は?」


 どういう表情をしていたのか分からない。ナスカのその言葉を何処か遠くで聞きながら……俺はそこで意識を手放してしまった。


 ……え? おま、どゆこと??

こんな所で眠らせてどうする気……?? まさか……違うよな??? やめてよね????

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