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テルメの2丁目は地獄の釜(前編)

 


「あで!!!」


 柔らかい雪を踏んだかと思いきや、その粉のようにサラサラとした雪に隠れて氷のような地面が俺の靴を弾く。思いがけない北国の洗礼に、俺は顔面から雪の山に突っ込んだ。


「あー、お客さん達グラス大陸は初めてだべー? 雪のグラス大陸はなぁ、こうして踏ん張って歩かないとさー」


「雪国舐めたらおっかないべさー。ほら、こういう靴につけられるスパイクあるからこれつけたらいっしょー」


「……どうも」


「なーんもなんもー」


 すっ転んだ俺を取り囲んだのはテルメの国の人々だった。

 ……いや、まぁ、人と言うよりは何というか……熊。


 固めの毛の胸元には月を横にした様な白い模様が入っていた。

 獣人というよりは熊成分が強く、服を着て喋る熊と言った方が正しい。見た目に人成分は殆ど無い。知能を持った熊である。


「テルメはなー、元々熊族が住んでいた土地でしてなー。スノーマンから流れてきた商人達が国にしたいっつーから協力して開拓したんだべやー」


「そうそう、ここは前は熊牧場とかよばれてたんだべやー」


「大昔になぁ、悪い熊の雌がこの地を征していて恐れられてたんだべやー。こちらとしても温泉掘ってくれたり宿を沢山作ってくれて嬉しいなー」


「そうさー、熊の悪女ってなんだべやー。悪いやつなんかいねーよー。どんな人でもでっかい心で迎えるのが俺達熊族だべやー」


 なるほど……ベアベア言っている熊成分80%位の方がこの地に元々住んでいて、商人達に開拓されたのがテルメの国なのか。

 しかもさらっと悪女とか何とか言っていたけど……熊の悪役令嬢とか誰も喜ばないからマジやめてほしい。



 ―――――――――――――――――――



 漆黒の騎士団長ジェド・クランバルと遊び人ナスカ、あと何かやっと概念悪役令嬢から普通の子供に戻ったシルバーはテルメの中心部に来ていた。


 観光の国テルメの中心部は先ほど浸かっていた川床温泉とかいう天然の温泉川を中心に街を形成する。もうすっかり日も暮れた温泉街は灯篭に彩られ雪と宵闇と明かりのコントラストが美しい。

 街の中央を流れる川からは湯気が上がり、川の近くはほのかに暖かい。真冬にも関わらず温泉の湯気のせいか小さな花が咲いていた。


「珍しい、あれは『クレイジーフラワー』と言って特別な環境でしか咲かない花なんだよ」


「……名前強くない?」


「ふふ、狂い咲きって事さ。こんなに寒いのに騙されて花を咲かせてしまう事をそう呼ぶんだけどね、あの花は極寒と暖かさを程よく共存させている狂いそうな状況下でしか育たないんだよ」


 結局強いんじゃないか。花にもマゾとかあるんだな……


「それで、スノーマンの情報を聞くにはどうしたらいいんだろうな」


「えー、まず宿探さない? こんな時間だし泊まる所くらい早く決めた方が良いと思うんだけど」


 出来るだけ目的地の情報を集めようと考える俺とは違い、ナスカは泊まれそうな宿をキョロキョロと探していた。

 確かにもう辺りは薄暗く、店も閉まりかけていた。ナスカは遊ぶ気満々なのだろう。ここに来るまでに時間がかかりすぎたので本当は少しでも情報を仕入れて早く行きたい気持ちなのだが……まぁナスカの言うことも一理ある。


「……それもそうだな。とりあえず宿を決めてから酒場にでも繰り出すとするか」


「わーい!」



 そうして俺達は温泉川の両脇に並ぶ宿を訪ねてみた――のだが。


「すみませんねー、うち今日は予約がいっぱいで」

「こんな時間ですので満員なんですよ」

「あー、もうちょっと早かったらなー」


「……」


 ナスカの心配した通り宿はいっぱいで入る度に宿泊を断られてしまった。……ゲートも開いていないのに観光客は一体何処から来るのだろうか……?

 やっとの思いで俺達を受け入れてくれる宿があったのだが……


「宿空いてますよー! お客さんどうですかー!?」


 大通りから少し離れた薄暗い裏通り。熊のような……いや、熊かもしれない。毛むくじゃらの大男が手招きして案内しようとしたのはいかにも怪しい雰囲気をぷんぷんと醸し出す酒場兼宿だった。

 看板には『地獄の谷』って書かれてるんだけど。宿の名前で合ってる……?


「ははは、看板の名前で引いてます?? これはこの辺りの温泉が悪魔の棲んでいるような燃え盛るマグマに似ているところからそう形容されたのを付けただけで特に意味は無いのですよ。全然、天国天国」


 呼び込みの大男は怪しい笑顔で俺達の肩を掴んだ。何だろう、大丈夫と言われると余計怖くなる……


「良いじゃん、丁度酒場もあるみたいだし他に泊まる所も無さそうだからここにしたら?」


 ナスカは早く宿に入りたいのかあまり気にしない様子で地獄の門を潜って行った。

 うーむ、確かにそれはそうなのだが……何だろう。こう、嫌な予感がしてしょうがない。


「……? ジェド?」


「ん? あ、いや、何でもない」


 どうも、いつもサラッと事件に絡まれているせいか謎の流れに流されているような……そんな嫌な予感が俺をゾワゾワと追い立てた。気のせいであってほしいと祈るばかりだが……こういう予感は大体当たるのだ……



 案内された宿の部屋は案外普通の部屋だった。酒場に併設されている宿と聞くととりあえず寝泊まり出来るだけのあまり綺麗じゃない所を想像したのだが、内装は綺麗だった。

 むしろ何かピンクのヒラヒラのフリルとか薔薇とかでデコレーションされているような、過剰な華美さがある。

 ……いや、前言撤回。普通じゃねえわ。


「……ここって本当に大丈夫な宿か?」


「ぶっ――まぁ、泊まるだけならいいんじゃない」


 ナスカは何か察したのかまた吹いていた。おま……。コイツはいつも分かっていてやっているような節があるので心底殴りたい時がある。


「まぁ、いかがわしそうな宿かどうかはさておき、早い所酒場に行ってみようよ。あんまり遅いと聞けるものも聞けない程出来あがっちゃうだろうし、シル子だって朝にはまた茸食べないといけないんだろ?」


「さておきたくは無いがそうだな……」


 ナスカにしてはマトモな事を言うと思ったが、どうせ早く呑みたいだけだろうしいかがわしそうな宿にも慣れているからだろう。この不純な遊び人め。


 鼻歌を歌いながら上機嫌なナスカの先導について行き酒場に入ると、やはり日も落ちてきていい頃合いだからかこんな路地裏の店でもそこそこ賑わってはいた。


 客層は何だかこう……ゴツいというか。熊みたいな大男が多い。熊も混じっている。

 酒場の店員も何だかこう……何だろう。形容し難い感じの男性陣であった。

 というか以前どこかで見た事あるような……


「あら? アナタいつぞやのイケメン騎士じゃなーい?」


 嫌な声を聞いて振り返ると、見覚えのあるオカ――性別不詳な方がそこに居た。


 覚えているだろうか? 俺は忘れていた。忘れたいから。

 ショコラティエ領に行く途中で立ち寄った喫茶店『お菓子の家』の店主マリリンであった。


「おま……貴方は何時ぞやの。何故ここに? 自由大陸で喫茶店を経営していたはずでは?」


「ヤダー、覚えていてくれてウ・レ・シ・イ☆」


 マリリンは相変わらずの何かそんな感じでガタイのいい身体をクネクネと捩らせていた。こちとら忘れたいんですがね、ビジュアルが強すぎるのよマリリン。


「実はアタシ、スノーマンの生まれでね。店がアナタの出した黒い炎で半壊したじゃない? なので一旦地元に戻って来ていたんだけど、スノーマンは今あんな感じでしょう? テルメの方が商売するのに向いているみたいだからこっちで働いているってワケよ」


 なるほど。マリリンはグラス大陸出身だったのか……何だろう、グラス大陸出身の男が今の所ことごとく変なヤツしか居ないんだが。この大陸、男を狂わす呪いでもかかってんの?


「そうだったのか……――ん? あんな感じ、とは?」


「え? ヤダ知らないの? スノーマンは今、国として機能してないのよぉ。アタシも暫く居なかったから何があったのか分かんないんだゲドぉ、マトモじゃないのよ」


「そのマトモじゃないをもう少し詳しく……」


「だからアタシもマトモな店を開こうとね、こうしてテルメの路地裏に宿と酒場を構えているの。ウフフ、今じゃこの辺りは大通りを1丁目と見立てて『地獄の2丁目』と恐れられているのヨ」


 いや恐れられちゃいかんだろ。


「あっ、これからダンスタイムとかチークタイムとか色々始まるけどアナタもどおン?」


「……遠慮します」


「そぉ? 楽しいのに」


「スゲー、ジェドっち顔拾いねー。そういう知り合いもいるんだー」


「知っているだけで知り合いではないんだが?」


「確かに、旅の途中で立ち寄った店の店主だったから『しり』位だねぇ」


 シルバーが嫌な言い方をして来た。てか何でお前マリリンの事知ってんの……?


 ガシャアアアン!!!


「?!!」


 軽快な音楽と共にダンスタイムを楽しんでいたむさ苦しい男達が突然の音と共に動きを止めた。

 音のする方を見ると、熊みたいに毛むくじゃらのむさ苦しい男がナヨナヨした性別不詳の店員にナイフを突きつけてテーブルをひっくり返していた。


「何だ?」


「動くなアアアア!! 俺は俺の運命を変える為に、こうするしか、こうするしか無いんだあアアアア!!!」


 ……人質を取り威嚇する男が何か言うとりますが。何か始まった。

 悪役……何なん君?

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