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やっと足を踏み入れたグラス大陸で早くも困難(中編)

 


「真っ白ね。ホワイトアウトってこういう事を言うのね」


 上も白、下も白、地面と空の境も分からない程真っ白な視界。山じゃ無いから遭難の心配は無いと思われたが、猛吹雪で荒れ狂う風が平野に降り積もる雪を巻き上げて空気さえ真っ白染め上げる。平地の大雪ヤバすぎるな……そりゃ通行止めにもなりますし、皆止める訳ですわ。


「真っ白な世界に漆黒の騎士か……とか言っている場合ではないな。何でこうなったんだっけ……」


「何でと言われましても……」


 シルバーはうーんと考えて先程の事を思い出していた。



 ★★★



 関門所を出てテルメに向かって歩く漆黒の騎士団長ジェド・クランバルと遊び人ナスカ、悪役令嬢概念のシルバー。


 俺達3人は街道らしき場所を雪をかき分けながら歩いていた。

 何が大変って、道はあるのだけど道がない。

 街道と思わしき標識の続く場所をひたすら歩こうとするも、次から次へと降り積もる雪は最早腰まで到達していた。

 しかもこの雪、新たに積もるので柔らかい。踏み固められるならまだしも、重たい波をかき分けながら海を進んでいる様な気にさえなる……


「おーい、お前ら大丈夫か?」


「何とかー」


「魔法を使えないというのは不便ですわねぇ。魔力がいつ制御出来なくなるかと不安になり、いっそ魔力なんて無い方がと思った時もありましたが……魔法は必要ですわね。早く元に戻りたいですわ」


 シルバーが頬に手を当ててため息を吐く。元々は魔力を持っていなかったみたいだが、人間一度便利を体験すると中々元の生活に戻る事は出来ないよな。

 俺も今更剣の腕も騎士団長の地位も無い一般市民になろうとは思わな……うーん、剣と騎士団長で便利だった事何かあったかな?


「やべー、何処まで行っても真っ白……飽きるかも」


 ナスカがげんなりした顔で足取りを重くし始めた。行きたいって言ったのお前やぞ。


「止まるな。埋まるぞ」


 足を止めると雪が積もって埋もれてしまいそうになる。歩きながら必死で払っているので何とか保っている位だった。


「ジェドっち、引っ張ってー」


 ナスカが吹き荒れる雪の中で寝転がった。仕方なく引っ張ると寝転がるナスカは雪の上を荷物の様にスイスイと滑って来る。意外にも海で人を引っ張る感覚と良く似ていた。

 こんな中でよくサボれるなと感心すら覚えたが、横殴りに吹き荒れる猛吹雪は寝ているナスカよりも立って歩いている俺達の方にダメージを与えていた。そう、コイツはいち早く楽で安全な方を見極めて選ぶのだ。……ズルくないお前。


「……何でお前だけ楽してんだよ。後で交代しろ」


「えー、俺とジェドっちじゃ力も体重も違うじゃん? 俺じゃ引っ張って行けなくてすぐ埋まるけどいい?」


「……」


 俺に楽する余地は無いのか。この余り役に立っていない無駄な筋肉が恨めしい。


「……ん? ねえ、ジェドっち」


「何だ?」


 ナスカが空を凝視して指差した。


「何か来る」


「……は?」


 俺もナスカの指差す方を見上げると、標識の上から誰かが降って来るのが薄らと見えた。

 光の反射も見えづらいが、明らかに剣を振り上げているシルエットが見えたので、俺は慌ててシルバーを跳ね除けナスカを引っ張る。

 俺達の居た場所に打ち込まれた剣は雪を勢いよく跳ね上げ、白いクレーターを作った。


「!!? 何だ??」


 もくもくと土煙ならぬ雪煙を巻き上げて現れたのは――現れたヤツは……正直よく見えなかった。


「久しぶりだね、待っていたよ」


「あ、ああ、久しぶりー」


 雪煙が晴れても一向に止まない横殴りの吹雪と地吹雪。相変わらず視界は真っ白過ぎる上に、多分襲撃者も白い服なのか? 全っ然見えない。声はすれども姿は見えず、なんですわ。


「ジェド、私は君の事だけをずっと考えていたのだよ」


「ええ……(困惑)」


 何それこわい。誰だよ俺の事をずっと考えている男……しかも何か姿全然見えないし……怖すぎる。

 シルバー――は、そこで埋まっているし、クレストのおっさんは大人しく鞘に収まっている。

 何が悲しくて男にずっと考えて頂かねばいかんのだ。もっと有益な事を考えた方が良いと思う。


「関門所から黒い騎士と派手な男と何か悪役っぽい令嬢が通ったと連絡があり、私は君が来たのだと確信したね。忍んで来たつもりだろうが、残念ながらスノーマンはこの地の中枢首都だからね。怪しい通行人は全て管理しているのだよ」


「なるほど……」


 あの変態達に怪しいと思われたのは心外だが、実際変態達を凌ぐ程の変態だったのだから仕方がない。そりゃあ首都にも連絡行きますよね。怪しいのニュアンスが違うような気もしますが。


「だが、この猛吹雪の中でどうやって君達を発見出来たのだろうと、何故上から来たのだろうと思っているだろう?」


「まぁ……気にはなっていますね」


 グラス大陸はとんでもない猛吹雪でホワイトアウト状態である。その中、幾ら連絡を受けてテルメに向かっている事を知っていたとは言え、確かに発見が早すぎる。

 が、聞いてもいないのに疑問に先行して答えてくれるスタイル、好戦的な割にこの人親切過ぎない?


「ふっ……君達はグラス大陸に慣れていないから知らないだろうが、地面より高い位置の方が視界が開けているんだよ。だから看板が見えるだろう? 地面スレスレの君達は見えないが、このルート沿いに居ると分かれば見つけるのは容易いからね」


「なるほどー。だから上から降って来たのか」


 それにしてもこの猛吹雪の中で俺を探しに来たのだからとんでもない労力である。そもすると遭難しそうな大雪ですからね、余程俺に会いたかったのか……? 誰だよマジで。


 そうこう話をしている間にもお互い雪まみれである。俺の漆黒さも雪にかき消されようとしているが、謎の襲撃者さんもいよいよ見えない。

 ……というかナスカとシルバーの姿も見えない。


「お、おい2人とも! 居るのか? 全然見えないんだが」


「辛うじているよー」


「……」


 微かに2人の声が聞こえたが、ナスカはともかく今のシルバーは普通の男子どころかこの気候に不釣り合いのご令嬢である。

 声のする方に向かおうとするも、謎の襲撃者が声を上げて向かって来た。


「他の者に気を取られている場合か!! 漆黒の騎士ジェド・クランバル!! 貴様を真っ白な大地に沈めて浄化してやろう!!」


 剣撃を叩きつける襲撃者。その剣は俺を浄化……する事は無く明後日の方へと打ち付けられた。


「何?! 避けるとは卑怯な」


「いや、避けてはいないんだが」


「なんだと……くぅ、地吹雪のせいで上手く距離感が掴めない」


 お前……何でここで襲撃した。街に着いてからでいいだろ。

 まぁ、襲撃者が勝手に困っているのであれば好都合だ。今のうちにナスカとシルバーを探してこの場を離れよう。


 俺はナスカの声が聞こえた辺りに手探りで向かった。真っ白な視界の中、雪を掻き分けながら行くので……正直全然何処にいるのか検討もつかないが。


「あでっ」


 ……何か踏んだ。


「痛いんだけどー。なんだ、ジェドっちか」


 踏んだのは半分埋もれていたナスカだった。俺は声のする方に手を突っ込んでナスカを引き上げる。


「あー、アイツの攻撃の煽りでこっちまで埋まっちゃったんだけど。それに立ち止まってるだけでもどんどん埋まっちゃうから早いところ逃げた方がいいと思う」


「そうだな、その前にシルバーを探さないとな。おーい! シルバーいるか??」


「……」


 雪に掻き消えて微かにしか聞こえないが何とか埋まらずにいることは分かった。ただ、先ほどよりも離れた所から声が聞こえている……まずい、完全に見失わないうちに早く合流した方がいいような気がする。


「そこか!!」


「おわっ!!!」


 俺がシルバーを呼びかけた声を頼りに襲撃者が剣撃を打ち込んできた。すんでで避けるも、地面に打ち付けた剣が舞い上げる雪のせいで埋もれそうになる。


「わー、もう、コイツ考えて攻撃しろよ!! どんどん埋まっていくんだけど!!」


「ナスカ! お前のいつものアレで何とかならないのかよ!!」


 襲撃者となるべく離れようとするが、最早どこが道なのかすら分からなくなっていた。これ以上こいつの相手をしていると本当に遭難する……


「えー? アレやるの?? こんな吹雪の中で?? ジェドっちもギャンブラーだね。別に良いけど知らないよ……」


 そう言ってナスカはごそごそとコインを取り出して周りを見極めながら棍棒で打ちつけた。


「あ」


「……あ、とか言うなよ。どした」


「やっぱ駄目かも」


「……何が……?」


 何だか分からないがやっぱ駄目らしい。何が?

 すると、ゴーっと吹き荒れる風の中で何かが壊れるような音が聞こえてきた。心なしか地面もぐらついている気がする……


「?! ジェド、貴様!! 何をした!! ――まさかここが橋の上だと分かって橋を壊したのか?!」


 え?! そうなの?? 全然知らないし俺じゃないんだけど、足元が崩れているからそれっぽいね。うん。

 急に抜けた地面、大量の雪と共に俺達は轟々と流れる大きな川へと落ちていった。そうか、白くて全然分からなかったが、雪の下にはこんな大きな川があったんですねー。


 雪の中でドリルロールがちらりと見えたような気がしたので俺はそちらに手を伸ばした。

 シルバーも俺の指に光る指輪が見えたらしく手を伸ばしてくる。


 うーん、これがマジのヒロインだったら良かったんだけどなぁ……


 仕方なく掴んだシルバーを庇いながら俺達は激しい流れの川へと落ち、流されていった……



「ぶはっ!!」


 なんとか激しい川の水面に顔を出し、どこかに上がれる場所が無いか探す。が、何処までも真っ白で先に上がれる場所の保障は無さそうだった。


「このまま闇雲に流されるよりは一旦上がった方がいいか……」


 俺は何とかオッサン剣を引き抜き、剣気を集中させて水面にぶっ刺した。

 剣の刺さった水面は剣気が走りそこだけ地面のように硬くなる。水面に刺さった剣を足場にし、岸に向かって思いっきりジャンプした。

 これはクランバル家に伝わる48の殺人剣技のひとつ――あ、いや、人は殺していないんですがね。

 剣気で水を自在に固める事が出来るのだ。この方法で水中から脱出すると、剣を1本犠牲にしなくてはいけないので使うことは絶対に無いと思っていたのだが……すまんなクレストのおっさん。さらばだ。


 岸に着地をすると、そのままズボっと埋まってしまいそうな位の深い雪地だった。いや、ずっとそうなんですがね。


「シルバー、大丈夫か?」


「げほっ……なんとか大丈夫ですわ。冬の川は意外と外より暖かいのですわね。外の方が寒すぎて風邪を引きそう――へくち」


「雪も更に酷くなってきたしな。……というか、ここ何処なんだ……」


 見渡す限り真っ白で、先ほどと違って幹線道路の標識も無く一体何処まで流されたのか検討もつかなかった。


「……とにかく、服も乾かさなくてはいけないしな……何か良い風除けでもあれば良いんだが」


「でしたら、掘れば良いのですわ」


「掘る……」


「ええ。雪国には『かまくら』とかいう雪で固めた家や祭壇を作る風習があるみたいですの」


「なるほど、確かに野営でも地面に穴を掘って寝床にするとかあるしな……やるか。俺がやるんだよな」


 シルバーは今はただの令嬢である。やっぱ魔法使えないの不便だよな……別に魔法に使えなくても友人付き合いはしますとは言ったが、便利なものがあるならばそれに越したことが無いときもあるんですよね。


 ……ああ、しかもオッサン剣を川に置き去りにしたから、掘るもの無いわ……


 そこまで考えて俺はふと収納魔法に入れてきたあるものを思い出した。

 母さんから預かってきた無駄に大きくて重い剣――ダリア家に伝わり勝手に持ってきてしまったとかいう家宝の剣だ。


「……これでいいか……」


 他に掘れそうなものも無いし、俺はそのクソ重剣を思いっきり雪にぶっ刺し穴を掘ってカマクラを作った。

 ……しかしこの剣、重……



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