グラス大陸の海峡は寒すぎて渡れない(後編)
波と氷の矢が止み、リヴァイアサンは俺を橋の上へと下ろした。
橋に戻るとナスカが服を絞っていた。シルバーは何か犬のようにプルプルと水を弾いている。毛皮だもんね。
「もう氷の矢は止んでしまったのか」
「冷たい波も摩擦した身体に染み込んで良かったのだがな」
「矢に混じって飛んできたコインも気持ち良かったぞ」
「残念だ」
赤パンイチの男達が何か言うとるけど、俺は聞こえないフリをして上着の水を絞った。気持ち良かったとか感想がダイレクト過ぎるだろ。自重しろ。
「それで、リヴァイアサン……貴女の話を聞かせて頂こうか」
リヴァイアサンに向き直ると彼女(?)は目を細めて話し始めた。
『私は海獣・リヴァイアサン。この海峡に古くから棲んでいて、海峡を渡る人々に恐れられる存在。海の魔物として数々の伝承を残すの者よ』
威厳のある雰囲気でリヴァイアサンは語る。恐れられる存在とか伝承を残すとかって伝承側が自ら言うものだっけ……?
「そうなのか?」
パンイチ達を見ると揃って首を捻ってリヴァイアサンを見ていた。
「そんな話あったっけ?」
「あったような無かったような……」
「赴任したての時に聞いたような聞かないような……」
「何か海峡を邪魔する奴が居るとかいないとか?」
疑問を口々にするパンイチ達にリヴァイアサンがまたブチ切れた。
『あったのよーーー!!! この私の邪悪な伝承がーーー!!! 行き交う旅人の足を止め、見目の良い男を海に引き摺り込み、海獣のせいで交通の難所過ぎて親も子を省り見る事が出来ない事から【グラスの親不知子不知】と呼ばれる程に恐ろしい伝承があったんだわーーー!!!!』
リヴァイアサンは口からブリザードブレスを吐いた。凍てつく波動が身体中を凍らせる。
上着で身を隠すが、濡れた上着はバリッバリに凍っていた。
「うわ……カッチカチ」
俺の後ろに隠れていたナスカとシルバーも少し髪が凍っていた。服も所々固まっている。
服を着ている俺達でさえこんなんなのに、生肌で受けているパンイチ達は大丈夫なのだろうかと振り向くと……軽く凍っていた。大丈夫なん?
だが、直ぐに氷が割れて中からパンイチ達が姿を現した。全然平気そうである。……パンイチ強くない?
「いやー、今のは良い刺激だったなー!」
「直に凍るのも中々乙ですなー!」
「すんません、自分おかわりいいッスか??」
『あーーーー!!!! 苛つくーーー!!!!』
最初からそうなのだが、リヴァイアサンの攻撃は全くパンイチ達に効いてはいなかった。それがリヴァイアサンの怒りを買う。怒って攻撃を仕掛けるもパンイチ達には効かないどころか逆に喜んでいる。……嫌な悪循環が出来ているんだが。
リヴァイアサンもいい加減疲れたのか、ぜえぜえと息を切らせて俯いた。
『もう嫌!! こいつらいつもこうなのよーー! こちとら海峡に立ち入る人間共を屠り、イケメンを攫うような極悪海獣なのよ!! なのに毎日毎日居るのはこんなパンイチのイケてないむさ苦しい男達だし、しかも何か全然攻撃が効かないどころか試練とか言いながら喜んで波に打たれに来るし!! 気持ち悪過ぎるのよ!!!』
「えっ」
「アレって海獣が邪魔していたのか?」
「そういうものだって昔から聞いていたからなぁ……」
「心頭滅却すれば氷もまた気持ちいいって言葉があるくらいだしなぁ……」
リヴァイアサンが叫ぶとやはりパンイチ達が疑問を口にし出した。
何だろう……このパンイチ達の感じ、同じようなヤツを何処かで見たような……
『疑問に思っているようだね、ジェド君』
「ん?」
俺が死んだ目でパンイチ達を見ていると、持っていた剣が光出して人間へと変わった。
光のオッサン剣・クレストが実体化したのである。さっき抜いたの忘れていた。
「クレスト……何か知ってるのか?」
「ああ。俺はチェルシー様と同じスノーマンの出身でな。彼らの事は良く分かるのさ」
ああ……何か何処かでと思ったら、お前と同類だったな。
え? グラス大陸の奴らってマゾなの?
「グラス大陸は、冬には死人が出ると言われる程気候が厳しい。冬には魔物が棲んでいると言われる位なのだ。だからこの大陸に住む者達は、生きる為に自然の猛威に勝とうと常に鍛えているのだよ。心と身体を」
「心と身体を……」
「そうそう。特にこの関門所は自然の猛威が強いから、気持ちいい位のつもりじゃないとやっていられないって先輩から聞いたぞ」
「ああ、俺も赴任したての頃は辛かったなー。だいぶ慣れ過ぎたけど」
「今じゃ物足りない位だな。慣れって怖いなー」
なるほど。つまり海獣リヴァイアサンが自然の猛威に混じって嫌がらせをしていたのに、グラス大陸の厳しい気候と歴史の中で育った順応性マゾがいつの間にか勝ってしまい、それどころかおかわりを要求する程になっていたという事か……。そりゃあ伝承の海獣もビックリだわ。
『何なのよそれーー!!! もーーー腹立つーーー!!!』
クレストのオッサンやパンイチの話にリヴァイアサンは暴れて攻撃をするも、パンイチ達は喜ぶだけだった。被害を受けているのは俺達だけである。寒い。痛い。
「うーん、でもそこは逆にリヴァイアサンが悪いのではなくて?」
シルバーが俺の影に隠れながら吊り目で微笑みながら何か言い始めた。リヴァイアサンがシルバーを睨む。
『私の……? 何が悪いというの??』
「ふふ、仮に気持ち悪い程効いていないのであれば貴女の力不足だとは思いませんこと?」
『ち、力不足……』
「ええ。苛々している暇があるのでしたら、マゾ達が苦しむくらいに貴女自身の能力を高めれば宜しいのでは? そんな現状に駄々をこね、甘えているからいけないのですわよ」
シルバーがふふふと優雅に笑った。流石向上心の高い真性魔ゾは言う事が違いますな。この場所マゾ多くない?
『な……な……私の修行不足だというの……』
シルバーの言葉に衝撃を受けたリヴァイアサンは頭を抱えた。頭を抱えるリヴァイアサンにパンイチ達が優しく声をかける。
「そんなに深く考え込まなくても大丈夫だぞ、まぁ確かに段々物足りなくは思って来ていたが、もう少し刺激が強いとありがたいなー位の気持ちだからな。俺達は」
「うんうん、軽い気持ちで攻撃してくれれば良いから」
「頑張ろうぜ! 応援してるから!」
何の励みにもならないパンイチ達の励ましに、余計に肩を落としたリヴァイアサンは渦の中にすごすごと消えて行った。
きっと海の中で修行してくるのだろう……ん? これって余計この関門所通り難くなってしまうのでは……?
リヴァイアサンを見送った関門所の係員はくるりと俺達を振り返った。
「さぁ、気を取り直して試練を受けて頂こうか。寒中我慢大会だ」
「……ええと、代表一人でいいですか?」
びしょ濡れカッチコチになり疲れ果てた俺は、俺達随一のマゾであるクレストのオッサンを差し出した。
既にめちゃくちゃ冬の魔物からダメージ受けてるのに……まだやるのこいつら……




