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グラス大陸の海峡は寒すぎて渡れない(中編)

 


 ウィルダーネス大陸とグラス大陸を分ける関門所の冷たい扉が開く。

 風圧で重くなっている扉を数人がかりで開けると海峡にかかる白く長い橋が見えた。


 ウィラス海峡と呼ばれる、大陸間の狭まった場所……そこは風が轟々と吹き海面が渦を巻く様に荒れていた。


「スゲー、何かシュパースのウォータースライダーみたい」


「ふふ、その渦はシュパースの流れるプールのように魔法で水流を作っているのではありませんのよ? 海中に棲むリヴァイアサンが暴れていると信じている人もいますが、こんなに四六時中暴れている訳は無いですものね。実際は橋のこちらとあちらで潮の干満差が大きくてこのような特殊な流れが出来ているのですわ」


「へー」


 橋の下の水流は魔法の様に綺麗に幾つも渦巻いていた。

 これが自然に起きているというのだから凄い……魔法や海獣と言われた方がまだ理解出来る。


 雪が舞う中、壮大な自然の神秘を感じていると……関門所の男達が一列に整列した。

 男達はこの風が轟々吹く中でも相変わらずパンツ一枚だった。

 しかもこの変わった形のパンツ、見覚えがある。布一枚を垂らした様なこのパンツ……そう、純白の変態・ブレイドが履いていたものと同じなのだ。寒い地方で流行っているのだろうか……? 

 ブレイドのパンツは白だったが、目の前に居る男達が履いているのは赤い物だった。


「このパンツが気になるか?」


「あ、いえ、全然気になりません」


「このパンツは寒さの厳しいグラス大陸にて、寒さに打ち勝つ意志を表す正装として伝わるものだ」


 俺は気になるとは一言も言ってないのに勝手に喋り始めた。そういう質問をしてくる奴は大体そうである。相手が特に興味が無くとも喋りたいだけなのだ。……正装なのそれ?


「大昔に異世界から伝わったもので、形も幾つか種類がある。我々が着けているものは『ロクシャク』と呼ばれるもので、着けた時にスパッ、キリッとしていて尻の辺りに緊張感が持てる為一番人気が高い。グラス大陸で最も着けられているポピュラーなものだな」


 へぇ。わからん。

 尻の辺りに緊張感……? ちょっと何言っているか分からない。


「まぁ、その服装が正装だという事は分かったが、貴殿達は一体何をしようとしているんだ? もうそのテストとやらが始まっているのか?」


「いや、試練を行う前に通例の事をしなくてはいけないのでな。グラス大陸における祈りのようなものだ。しばしお待ち頂きたい」


 そう言って男達は乾いた布を取り出した。何をするのだろうと見続けていると、男達は一斉に乾いた布でゴシゴシと身体を擦り始めたのだ。


「……何コレ」


「わからん」


「これは懐かしい……『乾布摩擦』ですわ」


 シルバーがパンイチでゴシゴシと身体を擦る男達を懐かしむように見た。


「……知っているのか?」


「ええ。先代魔塔主様がよく魔塔の外で早朝に行っていましたの。何でも異世界から伝わる健康法で、乾いた布で肌をあの様に擦る事で自律神経の鍛錬や体力の向上、免疫力を上げて風邪予防にも良いとされているらしいですわよ。先代もかなり古い時代に聞いた話で、異世界人でも一部の人間にしか伝わっていないマニアックな風習みたいですの」


「へー……」


 風の吹き荒れる橋の上、乾いた布は男達の肌を赤く上気させていた。なるほど、さっき出てきた一番偉そうな係員もそれを行って来た後なのね。

 程度が分からないのだが、やり過ぎは良くないのでは……?


 待てと言われても他に何も無い関門所では特にやることも無く、直ぐに終わるだろうと俺達はボーっとパンイチ男達の乾布摩擦とやらを眺めていた。

 寒い中で服を着ていなくて大丈夫なのだろうか? と心配したのだが、男達は汗だくでむしろ暑そうだった。逆に何もしていない俺達の方がつらい。寒すぎてガタガタ震えてきた。


「ねー……まだかなぁ。暇なんだけど」


「もしかしたらこの待ち時間も試練なのかもしれないな」


「えー。そーいうの俺一番苦手……」


 ナスカはつまらなそうに橋にもたれ掛かり項垂れていた。基本的に遊び盛りの子供の様なナスカはもう既に飽きている。まだ海に飛び込めと言われた方がマシなのだろう。

 どうせ寒中我慢大会とか言ってるくらいだから後々に飛び込むのだろうが……


「ん?」


「どうした?」


 橋に項垂れるナスカが海面に何かを見つけた様でそちらを指差した。


「ねーねージェドっち、あれって何だと思う?」


「……どれだ?」


 ナスカは渦巻く海流を指差すが、目の良いナスカ基準で言われても俺には何処の何なのか全く分からない。


「あの渦に沿って何か泳いでるの、見えない?」


 渦の流れに沿ってナスカが指をなぞる。その指し示す海面には、確かに黒い影が泳いでいた。それは良く見ると尋常じゃ無いくらいでかい。最初は中型の魚かと思っていたが、深い所から浮上して来たのか見る見るうちに大型龍程の大きさの影となって行った。


「上がってくる!」


 ナスカが声を上げた瞬間、渦の中心から雪空に向かって海をかき分けその何かが飛び上がった。巨大な波が橋にザバーーーンとかかる。

 俺は欄干に足をかけてシルバーとナスカが波に持って行かれない様に掴んだ。凍てつく様な冬の海は想像以上に冷たく、巨大なアイスボールを食らったかのように重くて痛かった。


 関門所の係員達は大丈夫かと見ると、流石に関門を守るだけあって屈強な肉体で欄干にしがみついていた。

 だが、俺達と違ってあちらは刺すような波が直接肌にぶち当たっているのだが大丈夫だろうか……


「ああ〜! やっぱ摩擦後の海水効くぅーーー!!」


「冷た気持ちいいーーー!!!」


 ……何か物凄く嫌な事が聞こえた様な気がしたが、今はそれに突っ込んでいる場合では無いので無視しよう。

 とりあえず係員達も大丈夫らしいので、俺は波が過ぎ去るのを待った。


 水流が落ち着いて視界が晴れる。橋の向こう側、渦の中心から生える巨大な竜。

 全身が氷の様な鱗に覆われ、蛇の様に長い胴体には透明な羽を有していた。


「……あれは、リヴァイアサン。本当にウィラス海峡の海の中で暴れていたとは、興味深いですわ」


 ずぶ濡れのシルバーが目を輝かせて巨大な竜を仰ぎ見た。

 そのリヴァイアサンは目を細めてこちらを見ている。何だろう……何か心なしか怒っているような気がする。


『……アンタ達、いい加減にしなさいよ』


 未だ波が荒れている海にリヴァイアサンの声が響き渡った。……やっぱ怒ってる?


「あの、何か怒っていますか?」


『怒ってるに決まってんでしょーがーー!!! 毎朝毎朝気持ち悪いのよーーーー!!!』


 リヴァイアサンが叫び出した瞬間、身体中の鱗が氷の矢となって俺達の方に降り注いで来た。


「!!」


 俺はシルバーを地面に伏せて光の剣を抜く。ナスカもコインと棍棒を取り出した。

 巨大なリヴァイアサンの身体から嵐の様に放たれる氷の矢尻を光の剣とコインが割って避ける。

 被害が出ないように砕くつもりでいたのだが、取り零した氷の矢が係員達の身体に幾つか当たっていた。


「大丈夫か!!?」


「ああ!! 大丈夫だ!!!」

「俺達の事は心配しなくていい!! 寧ろもっと受けたい位だ!!!」

「この冷たさ、たまんねえな!!!」


 ……何か嫌な事が聞こえた様な気がしたが、無事ならば良いだろう。無視しよう。


「ナスカ!!」


 コクリと頷いたナスカがポケットからコインをジャラリと取り出しそれを全てリヴァイアサンの方向に向かって打ち付けた。

 コイン同士が跳ね返りながら氷の矢を打ち砕きリヴァイアサンへの道を開けて行く。


「いてっ!」

「ああっ! 氷も良いけどコインも良い!!」


 幾つかのコインが係員達に被弾している気がしたが聞こえないフリをした。俺は何も聞いてない。


 俺は橋の欄干を蹴ってリヴァイアサンの方へと跳び、その頭上へと乗った。騎士団長ジャンプは巨大な海獣の頭も飛び越える事が出来るのだ。


「リヴァイアサン、あなたが何に怒っているのかは……まぁまぁ見当が付くのだが、一旦落ち着いては頂けないだろうか?」


『何よアンタ!! 女性の頭にいきなり乗るなんて失礼じゃないの!!』


「他に乗る所が無かったもので。申し訳ない」


 頭上からリヴァイアサンの青く大きな瞳を覗き込むとリヴァイアサンはパチクリと目を見開き、鱗を飛ばすのを止めた。


『あら、よく見ると貴方、あのむさ苦しい変な下着の男達とは違ってイケメンね』


「……それはどうも」


 珍しく俺の無駄なイケメンが役に立ったようで、海獣リヴァイアサンは機嫌を直してくれた。


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