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グラス大陸の海峡は寒すぎて渡れない(前編)

 


「……なぁナスカ。ここって雪に包まれたグラス大陸の境で、寒いはずだよな……?」


「んー、まぁまぁ寒いね」


 俺達は荒れ狂う海峡、グラス大陸から雪が漏れてウィルダーネス大陸を凍らせ始めている大陸の境目……その関門所で信じられない物を見ていた。


 凍った橋に並ぶのは……パンツ一枚の男達であった。



 ―――――――――――――――――――




 砂と岩の混じるウィルダーネスを歩く漆黒の騎士団長ジェド・クランバルと遊び人ナスカ、悪役令嬢(?)のシルバー

 俺達3人は、イスピリの街を離れて枯れた地を北に歩いていた。

 ウィルダーネス大陸の境目……遠くに薄っすら広がり始めた白い海とその遥か向こうに立ち込める暗雲を見て足を止める。


「あれがグラス大陸かー。めちゃくちゃ天気悪そうだけど、あれって雪雲?」


「そうですわねぇ。この時期のグラス大陸はかなり天気が荒れて近付くのすら大変みたいですのよ。あれだけ厚い雲が包んでいるのだから……今も相当降っているのでしょうね」


「へー。俺、雪ってあんま見たこと無いから楽しみー」


 ナスカは黒く分厚い雲を見て浮き足立っていた。あれだけ厚い雲が包んでいるのだから相当寒くて猛吹雪なはず。


 帝国はあまり雪は降らないのだが、俺は一度精霊のせいで大雪を体験している。あの雪被害を思い出すと好き好んであの分厚い雲の下に飛び込みたいという気持ちにはなれなかった。


「それで、グラス大陸にはどうやって渡るの?」


 シルバーは茶色い大地が切れて白に飲み込まれている部分を指差した。


「あそこに見えるでしょう? ウィルダーネス大陸の北の端はグラス大陸との海峡になっている部分がありましてね。そこには大きな橋がかかっておりますのよ。それが大陸を分ける場所であり国境の関門所になっていますの。その橋を渡ればグラス大陸でしてよ」


「へー、橋で繋がってるんだ」


「それが陛下が言っていた関門か。関門所は調査が追いついてなくて様子がよく分からないらしいな。よし、警戒しながら行ってみよう」


 ウィルダーネスは以前もナーガの手の者と思しき怪しい教団が入っていた。グラス大陸やスノーマンは通常は帝国と少なからず国交があるのだが、音信不通である今はどうなっているのか分からない。

 いきなり捕まったらどうしよう……そんな不安を感じながら俺達は海峡にかかる大橋へと進んだ。


 関門所に近づくにつれて気温がぐっと落ちるのを肌で感じた。

 俺は収納魔法から厚手の上着を取り出す。ナスカも何か小柄のファーの付いたコートを着ていた。チャラぁ。

 悪役令嬢シルバーは大丈夫なのだろうかとそちらを振り向くと、いつの間にかミンクのコートに包まれていた。


「……どっから出した?」


「ウーン、気がついたら生えておりまして」


「生え……えっ?」


 どゆこと?? 隣のナスカは微妙な顔をしていた。


「俺、見てたけど……マジで生えて来てたよ」


「生え……? えっ、て事はそれって……お前の体毛なのか?」


「まぁ、生え方から考えるとそうなりますわね」


 ビックリだ。そういえばドレスもどっから出て来たのかと思っていたが……もしかして服も勝手に生えてきたって事……? ドレス込みで悪役令嬢という生物……ってコト!?


「なるほどー。そういやシル嬢は悪役の令嬢なんじゃなくて『悪役令嬢』っていう生物なんだもんなー。そりゃあ寒けりゃ毛皮のコートみたいな毛も生えてくるわー」


「いや何納得してんだよ、全然分からんわ!! え? 毛皮のコートが体毛って事はさっきまで着ていたドレスも身体の一部って事だよな」


「そういう事ですわね」


「……つまりそれ、お前はずっと裸でいたって事じゃないのか……?」


「何言ってんのジェドっち。服は着てただろ」


「いや、でも体の一部なんだろ……?」


 気にするのソコ? と言われるかもしれないが、仮に服が生えてきた物だとすると裸って事じゃん……うら若き令嬢が裸で闊歩するのは良くないと思うんだよ……いや、中身男だが。


「服を脱いだ飼い犬みたいな論争ですわね。それならばこけしの時もスライムの時もずっと裸ですのよ? それともこの上に何か着れば宜しいのかしら?」


 シルバーは既に毛皮のコートを羽織っている風なのでその上に何か着せるのは難しいだろう。うーむ……何だか納得いかないが、このままでは何かがゲシュタルト崩壊しそうなので深く考えるのは止めた。コイツはそういう生物なのだ。


「……分からんが分かった。とにかく、寒くは無いんだな」


「ええ。君に暖めて頂かなくても大丈夫な位にはね」


「暖めんわ!!!」


 何が悲しくて中身が男の謎生物を直に暖めにゃいかんのだ。

 ……そういえばいつの間にか悪役令嬢シルバーと愛を育もうとする気が無くなっていたのだが、あれは何だったのだろう。いや、無いに越した事はないんだが……


「関門所ですわね」


 話をしながら歩いていくと、白い海峡にかかる大きく長い橋と、その橋の袂に建つ門が現れた。

 凍りついた様に冷たい門には門番が1人居るだけだった。が――


「……なぁ、俺の見間違いでなければ……服、着てないよな?」


「んー? 辛うじてパンツは履いてるけど?」


 その門番は……パンツ一枚で槍を持って立っていたのだ。


 先に俺が言っていた話を覚えているだろうか? 関門所が近づくにつれて気温はぐっと下がり、俺達は厚手のコートや上着を着始めたんですよ? シルバーは何か毛が生えて来たのだけど。

 なので気温が上がっている訳じゃないんですよ? 下がっているんですよ? 寒いのよ。何なら雪が舞ってますからね……?

 だが、門の前で槍を持って立っているんだし……関門所の係員で間違いは無いのだろう。

 多少の様子のおかしさを覚えつつも、俺は意を決して話しかけてみた。


「えーと……済まないが、関門所を通りグラス大陸へ渡りたいのだが」


「旅人か? グラス大陸へ渡りたい……だと?」


 関門所の係員らしき男は俺達をマジマジと見た。そして鼻で笑い追い払うように手を振った。


「あー、ダメだダメだ。お前達の様な奴を通す訳にはいかん」


「えー? 何でだよ」


 関門所の係員は呆れた様に俺達を見てグラス大陸を指差した。


「グラス大陸が今の時期どうなっているかは分かるよな?」


「まぁ。物凄い雪で閉ざされているというのは聞いているが……それが何か関係あるのか?」


「ああ。大有りだな」


 そう言ったパンイチの係員は槍を置き、横に置いてあった凍りかけの水の入ったバケツを徐ろに掲げて頭から被った。え? 急に何??

 ただでさえ寒いのに、更に寒そうな物を見せられて俺達は鳥肌が立った。だが、そんな俺達をうんうんと頷きながら係員は見ている。


「うんうん。やはりそうだろう」


「……何が? 全然分からないから説明して欲しいのだが……?」


 本当に意味が分からない。寒い冬にパンイチで急に水をかぶる奴の言いたい事など誰が分かると言うのだろうか。


「なるほどー、まぁ、分からなくも無いかぁ」


 ……ここに1人、分かる奴がおった。ナスカは見るからに寒そうな係員の男の目を見て納得していた。男も頷き返していた。


「でも俺達もここを通りたいんだよね」


「なるほど……受けて立つ、と言いたい訳か」


「ま、そういう事だね」


 何が……?


「ならばそこで待っていろ」


「分かった」


 どういう訳かサッパリ分からないが、係員は門の中へ消えて行った。ナスカが空気や色々と読んでしまうせいで、俺や読者は置いてけぼりである。


「いや説明しろよ。何一つ分からんわ! 一体何だっていうんだよ」


「んー、まぁ……早い話が、この先は寒いですよーって事かな」


「……知っているんだが?」


「じゃあいいじゃん」


「いや、それだけじゃ何も分からんわ」


「だからぁ……」


 俺とナスカが噛み合わない問答をしていると、門から係員がずらりと出て来て並んだ。皆、やはりパンツ一枚である。


「お前達か! ここを通りたいという者達は!」


 係員の中で一番偉そうで屈強な男がずずいと前に出た。パンイチの素肌は何故か真っ赤に擦り切れ、湯気が立っていた。何してきたん?


「そうですが……」


「ならばその身体、試させて貰おう!!」


「……は?」


 一番偉そうな係員も近くに置いてある凍りかけの水の入った桶を頭から被った。だから何してん。


「この先のグラス大陸はこの時期、凍りつく様な寒さを有している! 脆弱な者などとても耐えられない!! そこでだ、我々はこの関門所を越える者達がちゃんとグラス大陸の凍てつく冬の試練に耐え得るかどうかテストをしているのだ!!! つまり!!」


「……つまり……?」


「我慢大会だーーー!!!!」


 パンイチの男は叫んだ。凍てつくような寒さが呆然とする俺達の頬を掠めていた……


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