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不都合だらけの悪役令嬢(中編)

 


 断首台をノリノリで囲むイスピリの民衆、呆然とする俺とナスカ。


「……なぁ、何があったんだっけ……?」


「んー? 何っつってもなぁ」


 ナスカは持っていたコインを手で遊びながら、んーと考え思い出していた。

 無理もない。俺も余りに突然過ぎて全然思い出せないし……



 ★★★



 あの後、飯を食う為に宿を出た俺達は街中をブラブラと歩いた。イスピリの街は相変わらず貧しさを前面に押し出していたが、最近は空の魔石の収入や支援により豊かにはなってきたようだ。


 だが、つい最近まで貧乏だったやつらが急に金を貰った所で贅沢の仕方が分からない、豊かな暮らしというものがイメージ出来ない……それが今のイスピリである。

 街を歩くとそれがよく分かる……何か優雅に壊れかけの椅子に腰かけながら猫を膝に乗せ、コップをオサレ持ちしながら水を飲む男。壊れかけのテーブルを優雅風に囲んでお茶会を開く女達……見た目はお茶会っぽいがコップの中身は水なので、それはお水会である。そっちのテーブルではナイフとフォークで水を切っていた。水を切るな水を。あと、ここ水以外に何も無いの? 猫を膝にのせてオサレ持ちで水を飲んでるヤツ他にも沢山いるし。お前らが考える金持ちのイメージはそうなのか……? ちなみにうちでは猫は飼っていないしオサレ持ちで飲み物も飲みません。


「心意気だけは貴族っぽいな」


「気持ちに余裕が出てきたのはいい事さね。食べる物が何も無く貧しく、明日への生きる気力が無いというものはただ腐り行き朽ち果てる事だから。今は物も少しずつ増え、あの様に形から入ろうとするのは生きようとする証さ」


「形からねぇ……所で、なんでジェドっちはシル嬢の手を掴んでエスコートしてんの? 軽く気持ち悪いんだけど」


「……は?」


 ナスカに突っ込まれるまで気が付かなかったが、俺は無意識のうちにシルバーをエスコ―トしていた。手を取り段差に長いドレスが引っかからないように気を遣っていたのだ。

 気付いた俺は瞬時に振り払うとシルバーが首を傾げた。


「何かジェドにしては気が利くと思っていましたわよねぇ」


「俺が自然に令嬢をエスコート出来るほど紳士に見えるか? 自慢じゃないがそんな事をしたのは一度も……無いわけでは無いが殆ど無い」


 最近は変な事件に巻き込まれて貴族らしい事もしてないしな……てかそれより何か心なしかシルバーの口調もおかしい気がする。


「もしかしてだけど、ジェドっちも変な影響受けやしない?」


「……勝手にエスコートしてしまったのが、シルバーが悪役令嬢風だからという事か……?」


「まぁ、そう考えるのが妥当ですわねぇ。という事は、この街の下々の者達も単純に心意気だけが貴族なんじゃなくて、影響を受けて貴族化していると考えられますわ」


 俺は周りを見渡した。確かに、うっすら貴族っぽい。つまり、あいつらは心意気だけ金持ちになっているのでは無くシルバーが『悪役令嬢』という存在になっている、その影響で貴族っぽい行動を取っているのだ……――は?


「いや、全然意味はわからんぞ」


「思い出して欲しいわねぇ、ジェド。悪役令嬢に出会って間もない頃を。貴方は中々信じなかったけど、悪役令嬢という存在は……もうそこに存在していただけで運命どおりに断罪もされるし処刑もされる。だから悪役令嬢に憑依したり転生したりした女性達は必死に貴方に助けを求めに来るのではなくって?」


 俺は1話頃を思い出した……言われてみれば確かに。信じられない話だが、悪役令嬢と名乗った者達は口々に断罪、追放、処刑されると言っていた。そんな法律の無いこの国で、だ。そして実際にその通りになっている。

 考えてみればアークの家臣のベルだってそうだ。アークの性格や生い立ちを考えるとベルの言っていたような未来は来ないはずなのに、何かを間違えて未来がそうなってしまうのだ。恐ろしいな悪役令嬢……てか、悪役令嬢って何なのマジで。あとそろそろシルバーの口調がヤバイ。かなり令嬢化してきているので、声劇ならばともかく文章では最早誰だか判別出来ないレベルになりつつある。


「だからって不都合があるのか……?」


 と、言いつつ俺は嫌な予感がひしひしとした。今までだってそうだ……悪役令嬢が絡んで不都合じゃなかった事は無い。それに加えてこの段々とおかしくなる様子……

 そう思いかけた時、俺達の前に何か騎士団っぽい奴らが現れた。


「そこのご令嬢! 止まれ!」


「ん?」


 騎士団っぽい奴らは俺達の周りをぐるっと取り囲む。っぽいとは何かって言うと、雰囲気だけは騎士っぽいのだが……その、騎士の制服とか何かこうね。ツギハギとかあり物を組み合わせたような感じがすごい。腰に帯刀している剣も木の棒だし、肩の飾りとかモップだし、マントもシーツかな? って位薄い。いや、シーツだなそれ。


 まぁ、ビジュアルはどっちでも良いんだが……問題は何故そんな何ちゃって騎士団に囲まれているかという事だ。


「そちらのご令嬢に嫌疑がかけられている。即刻引き渡して頂こうか」


「嫌疑……?」


 俺はシルバーを見た。シルバーは首を傾げている。

 嫌疑か……何かやらかしてそうというのは否定出来ない。でも、どちらかというと捕まりそうなのはチャラ男で女遊びの激しいナスカの方である。


「何かの間違いではなくて? わたくしは何もした覚えは無いのだけれど……」


 口調がもう完全に令嬢になっている。もしかして夜までこのままなのか……?

 それはともかく、確かにシルバーは元は魔ゾのヤベェ奴だが……この街に入ってから何かした覚えは無い。


「申し訳ないが、何の嫌疑なんだ?」


「さるご令嬢から告発があってな。其方に不当に貶められたらしい」


「さる……令嬢?」


 そんな令嬢いたか……?

 と、思い出そうと眉間を摘んで考えたが、何も思い出せない。強いて居たとすれば飛竜とか停留所の係員だが、どちらかというと貶められたのはこちらの方である。


「このご令嬢を見てもまだしらを切るつもりかな?」


 騎士団っぽい奴らの間から出てきたのは、見覚えのある男であった。

 頬を押さえたその男は何故か縦ロール。服は後ろ半分が無い……宿の店員じゃねえか。いや何でお前縦ロールになってん。


「わたくしは、そちらのご令嬢に虐められました。用意した水料理を貶められ、不当に暴力を振るわれました。こんな侮辱行為……許す訳にはいきませんわ」


 それは……まぁ、確かに覚えはあるが……頬叩いただけだよな? 引っ捕える程か……?

 すると騎士団っぽい奴らがザワザワと驚き口々に言い始めた。


「水を……??! 我らの貴重な食糧だぞ?!」

「許せん……水を何だと思ってるんだ」

「水はお腹いっぱいになるんだぞ!」


 そっちかい。いや、水は食糧じゃないしお腹いっぱいにもならないし、水は水なんだが……?


「これは斬首だな」

「間違いない。斬首だ」

「斬首にしてください」


「……は?」


 騎士団っぽい奴らと令嬢っぽい宿の店員が頷き始めた。


「よし、連れて行けー!」


 そして、あれよあれよという間にシルバーを担いで連れて行ったのである。

 余りにも展開が飛びすぎているので頭がついて行かず、俺とナスカはその光景をボーっと見送った。


「……行っちゃったね」


「お、追いかけるぞ!」


 我に返った俺はナスカを引っ張り、騎士団っぽい奴らがゾロゾロと行く方へ走り出した。


 追いついた先は街の中心部の広場だった。広場の真ん中にはオンボロの木で出来ていた斬首台が置かれ、シルバーがセットされていた所だった。


「何か、大変な事になりましたわねぇ」


 台から首だけ出したシルバーは呑気に笑っていた。


「呑気に言うとる場合か!」


 シルバーがふふふといつもの様に笑う横で、雰囲気だけは役人っぽい男が書面を読み始めた。


「悪役令嬢シルバー・サーペントは数々の悪行を告発され、その罪を暴かれて処刑となる!」


「ウォォーーー!!!」


 盛り上がる民衆。いよいよ雰囲気のおかしさがピークである。


「スゲー、悪役令嬢になったら何か処刑されちゃうの? 俺、生まれ変わっても悪役令嬢にだけはなりたくないわー……」


 ナスカが感心した様に言うが、悪役令嬢になんて早々なれる物じゃ無いだろう……いや、この頻度を見ていると早々なれるものかもしれないが。


「しかしあれ、本当に切れるのかなぁ?」


「……」


 ナスカが呑気に指を指す。その先、斬首台の上のギロチンの刃は……何だかとてもじゃないが切れる様には見えなかった。なまくらってレベルじゃないよなぁ。錆びてるし、刃こぼれしすぎてボロボロだし。逆に痛そう。

 というかそもそも斬首台自体もボロ過ぎて壊れそうだし。俺ならば多分ちょっと「ふん!」ってやれば脱出出来ちゃうんじゃないかな?


「何か、助け出そうと思えば助けられる気がするけど……どうする?」


 ナスカが棍棒を取り出した。釘が刺々しい棍棒はギロチンより殺傷能力が強そうである。

 ちなみに何故釘が刺々しているのかというと、その目も微妙に運を左右するらしいからだとか。それで殴るからじゃないのよ。


「まぁ、何れにせよ助けなくちゃいかんしなぁ」


 黙って見届けて万が一にも死んだら困る。またチャックからやり直しならばまだ良いが、前回とタイミングが違うからそうなるとも限らないし……


「よし、頼むわ」


「ん、じゃあ行くね」


 ナスカが辺りをキョロキョロ見てから明後日の方向にコインを打ち込んだ。

 いつもそうだが、そっち側に何かあるとは思えないんだけど何やかんやで戻って来るんだよなぁ……


 木や壁に跳ね返ったコインは人の間を跳ね返り民家の窓を割り入って行った。その家も元々ボロボロではあったが。

 次の瞬間その家から火の手が上がり、次々と燃え広がる。


「か、火事だー!!!」


 イスピリの城下町(城は無い)は元々ボロボロで枯れ葉やぼろ布があちこちにあり、更に冬で乾燥しているのも相まってかよく燃えた。民衆は大パニックに陥り、消火活動に走ったり逃げ惑ったりしている。


「……おい、何か酷い事になってないか……?」


「んー、でも何か空いたみたいだよ」


 ナスカが斬首台を指差す。確かに周りに居た騎士団っぽい奴らも役人っぽい奴も居ない。


「いや空いたけどさぁ」


 シルバーは割と冤罪だが、俺達は普通に重罪では……?

 ……後の事は後で考えよう。俺達は何も考えずにとりあえずシルバーを断首台から外して、火の手の回る阿鼻叫喚のイスピリの城下町を脱出した。

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