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不都合だらけの悪役令嬢(前編)

 


 漆黒の騎士団長ジェド・クランバルと遊び人ナスカは開放感のある宿屋でやたらにふかふかの布団に包まる女性を凝視していた。


 いや、そいつは本来は女性ではないのですが……


 本来の姿では無いその男――シルバーは、貧乏過ぎる宿に似合わない様相の貴族女性になっていた。その姿は縦ロールドリル……


「シルバーお前その姿……まさか、悪役令嬢なのか……?」


「……そう、なのかい?」


 顔に全く似合わぬ縦ロールを揺らし、シルバーは不思議そうに首を傾げていた。



 ――――――――――――――――――――



 魔塔主シルバー・サーペントは多すぎる魔力が溢れ過ぎて、封印していないと爆発するというとんでも爆弾人間である。

 何をどうしてそんな風になってしまったのか多くは語ってくれないのだが、普段はその多すぎる魔力は身体中にジャラジャラと付いている封印の魔術具で抑えているので事なきを得ている。

 だが先日、一番力のある魔術具を奪われて爆発しそうになってしまった。

 爆発を防ぐ為に物理的にシルバーの姿を変える事が出来る『夜鳴き茸』と『陽当たり茸』という2種類の茸を駆使して何とか爆発しないで済んでいたのだが……


 ところが、あんなに上手くいっていた陽当たり茸では何ともならずにシルバーは爆発したり死んだりしてしまい、その都度タイムリープしていたのが前回のハイライトである。

 ハイライトだとこんなに簡単に説明出来てしまいますがね、実際には4話も使っているし俺には永遠に終わらない時間だった……


 そして、やっと抜け出せたタイムリープの先にいたシルバーは、縦ロールドリル、つり目、何なら服も何故かドレス……まごう事なき悪役令嬢になっていたのだ。どゆこと?


「……え? なぁ、悪役令嬢ってスライムやゴリラやこけしと同列の存在なの?」


「摩訶不思議だねぇ。だが、現実にこうなってしまっているのだからそうなんだろうね」


 ……知らなかった。悪役令嬢は『悪役令嬢』という生き物なのだ。


「人間目女子化悪役令嬢ってコト?」


「それを言うならばヒト化ヒト種悪役令嬢かねぇ」


「いやどっちでもいいわ。それよりシルバー、お前魔力は大丈夫なのか?」


 子供のシルバーに魔力は無かった。だが、目の前のドリルは女性とは言え大人である。魔力の暴走を心配したのだが、身体中を見回したシルバーは首を傾げた。


「多分……大丈夫だと思う。今のところ髪にも魔力が宿っている気配も無いしねぇ。魔法が使えないタイプの悪役令嬢なんじゃないかな?」


「まぁ、あんま魔法使えるヤツ居なかったしな」


「ねーねー、一つ疑問なんだけど、それって悪役令嬢なの? 俺達ジェドっちの近くに現れる令嬢って大体悪役令嬢だからそう思い込んでるけど……今の所悪役要素無くない?」


 ナスカがシルバーをマジマジと見ながら疑問を口にした。言われてみれば確かに……


「茸の効果としては普通の女子って事か……? でもこんな縦ロールでつり目でドレスの悪役令嬢みたいな存在にハッキリとなっているんだが……? というかドレス何処から出てきた……?」


 今まで子供になったりスライムやこけしになった時も特段服は着ていなかった。子供から戻る時には服も破れていたし……この不自然なドレスはどう考えても茸の効果である。


「まぁ、何にせよシルバーが無事で変なタイムリープから抜け出せただけでもありがたい。正直、チャックを何回も上げるだけで何話引っ張るんだよとは思っていた……このまま永遠にトイレと宿屋を往復して過ごすのかと不安だったんだ」


 日は既に朝と言得ないほど高く上がっていた。これは完全にタイムリープを抜け出せたと思って間違い無いだろう。


「ジェドはタイムリープしていたのかい?」


「俺もジェドっちが雑にしか説明してくれないから何となく察しただけで、全然分からないんだけど……」


 ナスカと悪役令嬢っぽいシルバーは首を傾げていた。雑ですまんな、途中からもう説明が面倒になってな……お前らも何回も同じ事してみれば分かるよ。


 仕方なく2人にはチャックの下りから丁寧に説明した。丁寧に説明するも何も同じ下りを何回も繰り返していただけなんですがね……


「なるほどねぇ。ジェドは本当に面白いね。転生や時間逆行系の悪役令嬢がホイホイされるだけじゃなくて、ついに自分が逆行してしまうとはね」


「悪役令嬢っぽいヤツになってしまったお前に言われたくないし、俺が逆行したのはお前が何回も死ぬからなんですが……? というか、お前が何か魔法や魔術具を発動させてる訳じゃないのか?」


「いや? 前にも説明したと思うんだけど時間を扱う魔法を自力で使おうとすると強い代償を支払わなければいけないからね。ましてや、今の安定していない魔力では移動魔法すら使えないしねぇ。あと、私は魔法で摩訶不思議な死に方をするなら本望だと思っているのでそんな発動魔法は使わないよ」


「なるほど……」


 今さらっと流したが最後の方不穏な事言っていたな。いや自分を大事にしろよそこは。これだから魔ゾは。


「ま、なんだかよく分からないけどシル嬢も死ななかったしタイムリープもしなくなったから良いんじゃないの? とりあえずお腹も空いたし何か食べに行かないー?」


 ナスカはもう飽きたのか布団から出て出かける準備をしていた。不可解現象にもあまり興味は無いらしい。確かに考えても原因に繋がる事が全然出て来なそうだけどさぁ……これだから遊び人は。


 とは言え、ナスカの言う事も一理ある。俺達は朝飯だってまだ食べていないのだ……朝ご飯は大事。タイムリープとかシルバーが何なのかとかは分からないからとりあえず置いておいて、部屋を出て宿の店員を探した。


「あ、お客さん。昨日はよく眠れましたか? 景色最高でしたでしょう?」


 景色は最高でしたね。だが、上に景色が最高な宿ってどうなの?

 あとよく眠れた件についてもまぁ、眠りましたともね。かれこれ十数回も。


「ものは言いようだな……まぁ、それはもういい。それよりこの宿で朝飯は食べられるのか?」


 俺は期待せずに聞いてみる。店員は良い笑顔で答えた。


「もちろん大丈夫ですよー! イスピリ自慢の水をふんだんに使った水と、自然の恵みを最大限に生かした名水と、名水百選にも選ばれた水を低温でじっくり煮たお湯のコースなどいかがでしょう?」


 つまり全部水やないか。


「……水とお湯以外には無いのか?」


「味は保証しますよ?」


 保証されても水は水だろ。水が妙に美味しいのは知っているが、水はカロリーにはならない。減量中の奴ならいざ知らず、こちとら食い盛りの成人男子である。何なら我、鍛え過ぎているので朝は沢山食べたいタイプである。


「いや、普通に飯が食いたいのだが」


「そうですかー……美味しいのに」



 宿の店員が残念そうな顔をした時だった……突然、思いもよらぬ事が起きた。


 俺の横にいた縦ロールドリル、つり目、ドレス姿のシルバーが急に店員に平手打ちしたのだ。は?


「そんな粗末な物を私に食べさせる気かい?」


 平手打ちされた店員は頬を押さえながら床に倒れ込み、呆然とシルバーを見上げていた。


「いや、お前何してん……」


「……ん? あれ?」


 シルバーは自分で何をしたのか理解出来ず、目を見開いて叩いた手を訝しげに見た。


「私は今叩いたかい?」


「自覚無いのか……?」


「無いねぇ……私は物理攻撃はあまり好きではなくてねぇ」


 シルバーは嫌そうに手をぷらぷらとさせていた。確かにこいつは今は魔法は使えないが本来は生粋の魔法変態である。今の平手が攻撃かどうかは微妙だが、魔法以外で攻撃をするようには思えなかった。

 すると店員は涙を流し始めた。


「……ひ、酷い……わたくしが何をしたと仰るのですか?」


 ……? 何かがおかしい。お前、そんな口調だったか……?


 シルバーの様子もおかしければ、店員の様子もおかしかった。……というか、これ何だろう……何かこう、見覚えがあるのよ。

 ……これ、どう見てもアレじゃないか? あの、あれね。悪役令嬢が苛めるやつだわ。


「ナニコレ。もしかして、シル嬢やっぱ悪役令嬢になってるの?」


「……やっぱそう見える?」


 見える。何回も見た俺には分かる。コレはまごうことなき悪役令嬢が罪もなき他の貴族女性やメイドを苛めて次第に嫌われていくやーつ。あの描写である。何で急に。


 シルバーは「ふむ」と手を見て考えた。


「コレは引っ張られているねぇ」


「引っ張られてる? って、何に?」


「ふふ、例えば幼女に憑依したり身体が変わった際に心が引っ張られて行き、次第に身体と同一になろうとするだろう?」


「いや、幼女になった事が無いので知らんが」


「私が昨日そうだったと思わないかい? 私にしてはやけに可愛らしい態度を取ったり、行動が次第に引っ張られて行くのさ。こけしやスライムになった時もそう。こけしになった際は意識がずっと眠くて大変だったねぇ。石化の魔法を受けたまま死ぬ者はこういう気持ちでジワジワと石になっていくのだと知って良い機会だったよ」


 石化の魔法は数日位ならばまだ解除すれば生き返る事が出来るのだが、数年石のままで居ると魂が抜けてしまうという話はよく聞く。石化すると意志が石になってしまうのか……上手くはない、こええわ。


「ゴリラになった時はバナナを食べていたと言っていたね? 身体の存在が強い者には意志が引っ張られ易いんじゃないかな。子供というものは大人との境目がふわふわしていてイメージが明確では無い。が「これはこういう者である」と明確に判る存在に対しては、抗おうにも心が勝手に引っ張られるものさ。男児よりも女児の方が存在をイメージし易いと思わないかい?」


「なるほどー。じゃあつまり、自分が悪役令嬢だと認識したシル嬢は意識が勝手に引っ張られて行動に出ているってコト?」


「ああ、そういう事だねぇ」


 うーむ……何だかよく分からないが、ようは『っぽくなっちゃう』だけだよな……?


「それって何か困るのか?」


「まぁ、このくらいの影響ならば特に不都合は無い気もするけど。ふふ、その内『ジェド様、契約結婚してください』とか言い始めたら違う意味で不都合だとは思うけどねぇ」


「……それは勘弁してくれ……」


 揶揄うように笑う似合わない縦ロールドリルのシルバーを見て俺はため息を吐いた。まぁ、タイムリープも抜け出せたし、この結果が正解って事なんだろう。

 茸の効果で悪役令嬢になってしまうという状況が最高に意味不明だが、今まで意味不明な事なんて沢山あったし気にしないでおこう。


「じゃ、気を取り直して飯でも食って早いところ出発するか」


「あーあ、お腹すいたー。早く行こうよー」


 ナスカがぶーぶー文句を言うので宿を出て食堂を探す事にした。

 俺は最近悪役令嬢よりも違う厄介事の頻度が多いのですっかり忘れていたのである。


 そう……悪役令嬢という者達は存在が不都合なのだ……



 ★★★



 数時間後


 俺とナスカは断首台にセットされているシルバーを民衆と共に呆然と見つめていた。


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