悪役令嬢は犯人だが犯人じゃない(後編)
「この船舶という舞台が、君の前世でプレイしていた『人魚姫伝説〜海の上の殺人鬼』とかいう推理ゲームだという事はよく分かった。だが……」
悪役令嬢と俺は自室に戻ってきた。相変わらず魔王は船酔いで寝ているが、少し顔色が良くなって来たみたいでちょっと安心した。
「サーベラ嬢はずっと俺と一緒だったから、その潔白は保証出来るとして……君が犯人じゃないとすると、一体何が起こっているんだ?」
俺の疑問を受け、サーベラは震えながら話し出す。
「実は……一つ気になることがあって……」
「気になること?」
「……私……先程あの従者に、商人の方と口論になったと言われましたが……私はゲームの展開を避ける為にずっと自室に篭っていたので、口論になどはなっていないのです!」
……どういう事だ? 従者が嘘を言ってサーベラを陥れようとしていたということなのか?
「その……口論があったのはゲームの中での話です。だから私驚いて……それと……あの死亡フラグの人を最初に発見するのは主人公のはずなのです。でも、メイドと医者が発見していて……しかも主人公まで襲われて……ゲームの展開と大きく変わっているのです!!」
何それ全然わけわからん……そういう頭使うヤツは陛下の得意分野なんだけど……何で陛下の居る時じゃないんだよ。助けて。
――キャアアアアア
話をしているとまた外から悲鳴が聞こえた。そうこうしている間に次々と事件起こってますがな……
船員が青い顔をして俺達を呼びに来た。
「た、大変だ! 食堂で医者とメイドと商人の従者が……血の海の中、倒れている!!」
……最早、雑に殺しに来ている。犯人誰だよ……
すると、話を聞いていた魔王が、まだ少し青い顔をしながら起き上がった。
「……おい。お前ら本当に煩い……頭に響く……」
呑気なものである。そりゃ魔王には殺人事件など関係無いのであろう。
「はぁ……ジェド、お前は本当にアホだな……俺を食堂に連れて行け」
船酔い魔王を背負って食堂に行くと、そこは血の海で医者とメイドと従者が倒れていた。うわー……
討伐とか物騒な戦地にも行った事はあるけどさぁ……自分、平和を愛する男なので好き好んでこういうのは見たくないのよね。
「……お前ら、起きろ」
魔王が言葉を発すると、血の海の中にいる3人はゆっくりと起き上がった。えっ、何これ怖い。ネクロマンサー的なやつ???
「俺には人の心が読める。欺こうとしても無駄だ。コイツらに分かりやすいように全て話せ」
えっ?? どういう事???
サーベラと2人、何一つ分からず呆然としていると、唐突に奥のドアも開いた。
そこには血だらけの商人と、血だらけの死亡フラグ君と、主人公さんもいた。何これ??? 死者が一斉に蘇った?? 何???
「その女が……その女が悪いんだ!!!」
従者が突然泣き始めた。その従者を慰めながら商人が語り始める。
「実は……私達全員、前世の記憶があります。皆、『人魚姫伝説〜海の上の殺人鬼』の大ファンであり、転生した時は喜びました。いの一番に殺されるのは確かに怖かったのですが……ゲームのいちファンとして今世は華々しく散ろうと思いました」
「元々、前の生でもパッとしなかった人生だしな……前世があるなら来世もあるだろうし。ゲームは選択肢のマルチエンディングで、めちゃくちゃプレイしたからどんな展開になろうとも一言一句間違えないよう死ねる自信はあったんだ!! ……だが、肝心の……犯人役のそいつが全く犯人としての行動をしなかった!!」
「私達は全員驚きました……てっきりここで今世が終わると思っていたのに。死なずに済んで良かったと安心した反面、せっかく劇的に散ろうと思って気合いを入れて来た心が空回りし……皆、悲しくなりました」
「犯人の悪役令嬢が動かない今、ストーリーは大幅に変わってしまいました。だから……皆で相談したのです。我々で『人魚姫伝説〜海の上の殺人鬼』のもう1つのストーリーを作ろうと!!!」
「いやぁ、まさか心が読める乗客が混ざっているとは予想外でしたが……色々準備している時本当楽しかったですなぁ。予想した結末ではなかったのですが、こういうストーリーもアリですなぁ!」
「私なんて主人公でしょう? 推理する方でしか心の準備してなかったのに、まさか死ぬ方とはねー! ドキドキしたー!」
「私、ダイイングメッセージまで残しちゃったわよー」
血だらけの被害者達はお祭りのように盛り上がっていた。よく見ると血ではなくトマトソースであった。
「ええと……つまり、誰も死んでないという事なのですね。良かった」
悪役令嬢サーベラは安堵していたが、全然ちっとも良くない。とんだお騒がせ事件である……
サーベラと被害者達はその後、前世でプレイしたゲームの話で大盛り上がりしていた。皆で仲良くサハリを観光していくとの事だ。色々解決して良かったね。俺はモヤモヤだけどね!!
「全く……人間とは変な奴等ばかりだな。ジェド、サハリが見えて来たぞ。ハァ……早く船から降りたい……ゥェ……」
魔王は相変わらず絶望感で海を見下ろしていた。もう少しがんばれ。
その向こう、遠くの方を見ると黄金色の砂漠の島が見えて来た。




