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閑話・帝国に血の雨が降る日(中編)

 


「相変わらず空に対しては何の警戒もしていない国ですこと」


 聖国の女王オペラ・ヴァルキュリアは慣れたようにルーカスの部屋の窓に降り立った。

 以前の反省を思い出して部屋の主が居ないか慎重に伺いながら足を踏み入れたが、心配の必要も無い位皇城は静かだった。

 ルーカスが仕事で部屋に居ないのは分かるが、部屋を出ても場内にはいつもより人の気配が少ない。

 様子のおかしい場内に首を傾げながらも、目的は皇城の様子を探る事ではないのでオペラはルーカスを探した。コソコソと歩き回ったものの、ふと気付く。もう以前の自分とは違い、堂々とルーカスに会いに来ても良い立場ではなかったのかと。

 コソ泥のような自分の姿に恥ずかしくなり、オペラは咳払いを1つしてスッっと澄まして歩き出した。


「え……オペラ様?」


 歩き出した直後、廊下で声をかけられた。振り向くとそこには宰相の男が居た。

――確か名はエースだったか? とオペラは思い出そうと目を細める。今まであまり外交をしていなかったせいか、人を覚えるのが苦手だったのでモブ顔のエースの事はなかなか覚えられなかった。


「確か、エース……?」


「あ、はい。いや、そうじゃなくて……何で今日ここにいらっしゃるのですか??」


「え?」


 何でと聞かれれば意中の相手にお菓子を渡す帝国の風習に則って会いに来ただけなのだが、恥ずかしいので言わせないで欲しいと思って赤くなりながらエースを見るも、どうも歓迎されているような様子ではなかった。


「???」


 前回来た時はオペラの方が恥ずかしくなるくらい歓迎されていると思っていたのに、今日は何だか違う。どちらかというと来ないで欲しいような顔をしていたのでオペラは急に不安になった。


「今日はその……女性が意中の方にお菓子をお渡しする日なのでしょう……?」


「そ、それはそうなのですが……」


 やはり合っているはずなのに何故か目を逸らすエースにオペラは青くなる。まさか自分が居ない間に状況は一転し、ルーカスに違う女性が出来たのでは? ルーカスは既にその女性から愛の証を貰っていて、それを見せないようにしようと気を使っているのでは――と。だが、流石にオペラもそんなバカなと首を振った。想いが通じたと確信したのはつい先日の話である。他の女に乗り換えるなどとあの優しく誠実なルーカスがする訳も無い。

 だが、更にハッとした。もしや、先日のアレやコレも色々勘違いだったのではと思い始めた。

 あの夜、唇を重ねた事も想いが強すぎて白昼夢を見たのでは……とあり得ない方向に悪い想像は膨らむばかり。

 流石にエースもオペラが真っ青になっている事に気付いて手をぶんぶんと振った。


「あ、いや、何か変な想像されていませんか?? 違いますからね、というか今日は――」


 エースが説明しようとした時、廊下を歩いてきた騎士のロイがバサリと本を落とした。


「……【勇者】だ」


「ま、まずいです」


「え??」


 エースが慌ててオペラを隠そうとするも、ロイは懐から笛を取り出してピーーーーーと吹いて叫んだ。


「勇者だーーーー! オペラ様がお菓子を持っているぞーーーーーー!」


「何?!!」

「オペラ様だと?!」

「陛下のか!!」

「リア充ね!」


 ロイの声を聞きつけた騎士や皇室魔法士、メイド達が窓や扉を開けてなだれ込んでくる。

 オペラを見つけると殺気立ち襲い掛かって来たのでオペラは慌てて飛び避けた。


「な、何ですの?? 一体何??!」


 あの暖かく迎えてくれていた皇城の家臣達の変貌ぶりにオペラは戸惑った。まさか、本当にルーカスに新しい女性が出来たので邪魔者を消そうとしているのか? とオペラは絶望と怒りに青やら赤やら紫やら分からない顔色になっていた。それを見たエースもサーッと青くなる。


「ウワーー!! ちょ、皆さん! タンマ!! 何かオペラ様がヤバイ!!」


「は?」

「え?」

「ん?」


 皆がピタリと止まる中、オペラはプルプルと震え血管から血が吹き出ていた。


「わたくしを……邪魔なわたくしを、消そうとしていますのね」


「「「????」」」


 一同訳が分からずにポカンとしているも、オペラが目の前に描いた白い魔法陣を見て我に返る。

 魔法陣からはゆっくりと白い矢の先が幾つも現れた。以前襲撃を受けた時に見た神聖魔法の攻撃。


 悲しげ半分、ブチ切れ半分のオペラの指が魔法陣を繋げようとした時――辺りが一瞬で紫色の霧に包まれた。


「は?」


「な、何だ?? うわっ!!」

「ぎゃっ!!」


 視界が失われた騎士達を次々と、何かがはじき飛ばしている音がオペラの耳に聞こえた。一瞬横を通り過ぎたのは巨大なハムスターに見えた。


 呆気に取られているオペラの服を今度は黒い動物が咥えて走り出す。


「え?? な、な、な!!!」


「大人しくしていろ! お前は本当に……」


 有翼人を咥えて城の窓から飛び出す黒い獅子。アークは庭に着地するとそのまま出口へと走った。


「……」


 何で変な勘違いをしてすぐ手を出そうとするのか……もう少し状況を読み解けよと文句を言いたいアークであったが、そもそもこの祭り自体が意味の分からないものである。読み解けよというのも酷な話だった。

 そして、小刻みに震えていてポロポロ泣いているオペラに、困惑と苛つきでため息を吐いて足を止めた。

 アークにはオペラが何を考えているのかずっと入ってきていたのだ。

 咥えていた服を離し、庭園の真ん中にオペラをそっと下ろしてアークは元の姿に戻った。


「……おい、何か変な勘違いをしているみたいだがな――」


「わたくしは……要らなくなってしまったのですね。そうですわ、こんな半ば敵国のようだった国の女王が好きになって貰える訳……こんな悪女がルーカス様に愛されるなんて、そんな訳なかったのよ」


「いやだから、そんなジェド案件みたいな事は無いから。人の話をだな――」


「コレは……貴方に差し上げますわ」


「だから人の――え?」


 涙に瞳を潤ませたオペラからお菓子の袋を渡されてアークは一瞬固まった。


「わたくしのお渡ししたい方は……受け取って下さらないでしょうし」


「あ、えっと……」


 一瞬受け取りかけてハッと我に返り、アークは手を引っ込める。


「いや、違う違う、あっぶな、危ない危ない、いや何してんの、そうじゃない、そうじゃない!」


 アークは心臓がバクバクと早く打ち、いろんな意味で混乱した。そして青くなった。

 そんな物を受け取ったが最後、血の雨どころの話ではない。戦争だろう。以前ルーカスと戦った時もケチョンケチョンにやられたが、次は跡形も無く消されるだろう。冗談でも無く両親の元に送られる事を想像して恐怖に全身の毛が逆立つのを感じた。


「だから全部まるっと誤解なんだよ!!」


「誤解……? やはりわたくしが両想いだと思ったのも全て誤解なのですね」


「ああもうめんどくせえーー!!」


 オペラという女性は一度思い込んでしまうと軌道修正が難しい。だからずっと拗れていたのだとアークは今になって痛感した。


「面倒臭い? ええ、そうですわね。だからわたくし、嫌われてしまいますのよね。貴方に言われなくとも分かっておりますわ。元より神聖な国だの神のと奉られながらも実際には汚泥に塗れた様な者達ばかりでしたもの。その国の女王が光り輝く帝国の皇帝に恋心を抱くなどと最初から無謀な話でしたのよ――」


「そこを絡めてくるともっと面倒臭い! というか今もこれからも、その辺りは関係ないから!!」


「関係ありますわ! 想いが通じたと思った時に……ずっと考えていましたのよ!! でも、要らぬ心配でしたわね……どうせ勘違いだったのですから」


「全然勘違いじゃないし、お前達は両想いだし、誰も聖国の事をそんな風に思ってないし皆お前の事が好きなんだよ! 俺m――」


 アークは言いかけてハッとした。ちょっとだいぶ語弊がありすぎると口を塞ぐ。


「……何?」


「いや、違う違う違う、嫌いとか好きとか関係ない、とにかくお前は根本的に勘違いをしている! そもそも今日の祭りはお前の考えている物とは違うんだ」


「え……?」


「あー! 中庭にオペラ様いたー!」

「お菓子を奪えーー!」

「血祭りじゃーー!!」


「は?」


 遠くから虫取り網やらロープやらマジックハンド等を持って騎士達が走って来た。ポカンとするオペラの服を、黒い獅子に変わったアークが咥えて再び走り出す。


「アイツらが狙っているのはお前じゃなくてその菓子なんだよ」


「??? 嘘を仰らないで、そんなバカげた祭りに何の意味があるというの??」


「知らねーよ!! 信じられないなら許可している本人に直接聞けよ」


 アークにだってこんな祭りに何の意味が有るかなど分かるわけもない。そもそも広めた異世界人もビックリなくらい原型を留めていないこの祭りがいけないのだ。……責任は責任者に取らせようと、黒い獅子は怒号響く渦中へと走って行った。


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