漆黒の結末、繰り返すチャック(4)
もうかれこれ5回見た朝。5回目に見たシルバーはピンク色に輝き爆発するでもなく、魚になって塩水を泳ぐでもなく……ゴリラになっていた。
「な……何でだ??」
「ねージェドっちー、どーゆーこと? 魚じゃないじゃんゴリラじゃん」
「どういう事なのかは俺が聞きたい……確かに4回目は魚だったんだ」
そのゴリラは水桶から出て、俺を見てウホッと笑った。笑い方はシルバーの面影が無くも……わからん。でも水桶に入っているから多分そうなのだろう。
ゴリラはトコトコと俺の方に駆け寄って来た。と、俺とゴリラの間には何故かバナナの皮。何故か。
「あ」
ゴリラはバナナの皮で滑り、勢いよくすっ転んだ。そのままゴリラは転がり勢いを増す……そして俺に突っ込んで来た。
「は?」
俺とゴリラは激しくぶつかる……
★★★
「よし……じゃないんだよ」
次の瞬間、俺はチャックを閉めていて絶望した。
……いよいよ意味が分からない。え? 今のは完全にシルバーの死は回避していたよな?? 打ち所が悪かったとか??
「ジェドっち? どうしたの、そんな何回もやり直してるような顔して」
様子のおかしい俺をナスカが首を傾げて見る。いや、そうなんだけど本当お前も何が見えてんだよ。
「……全くもってその通りだ。やり直しているんだよ。なぁ……俺とシルバーに一体何が起きてんだ?? 一緒に考えてくれ……俺はもう疲れた」
死んだ目をしながら俺はナスカに俺の身に起きた事を話した。5回繰り返して今6回目な事、爆発を回避したら魚(多分海水魚?)になった事、3.4回目は確かに魚になっていたのに5回目は何故かゴリラになっていた事……
ナスカは俺の嘘みたいな話をふんふんと楽しそうに聞いていた。
「マジウケる。最後のゴリラの下り何?? 意味分かんないんだけど」
「俺はマジウケる事態じゃないし意味も本当に分からないんだよ……」
「んー? でも話を聞く限りだと陽当たり茸を食べなかった1.2回目はともかく3.4回目と5回目では何か違ったって事だよね。他にも違った事とかおかしな事って無かったの?」
「違った事なんて……」
違うといえば毎回状況は違う。シルバーの爆発を回避するよう厨房で宿の店員を見張ったり水桶を持って来たり……だが、俺の行動が違ったとしても3回目と4回目では何の変化は無かったはず。他にったって……
「ま、少し様子見てみる? 1日過ごしていくうちに何か思い出せるかもしれないし」
「……そうだな」
俺とナスカはトイレを出てシルバーの元へと戻った。前回もそうだったがトイレで長く話をし過ぎたせいかシルバーは茶色のローブに着替え終えて待っていた。
その前はローブに着替えている途中で――
「?!」
「え? ちょ、どうしたの?」
俺はある事に気付いてナスカを引っ張り再びトイレに戻った。
「……ローブの色が違う」
「??? 何、どゆこと?」
「今思い出した、前回感じた違和感はそれだ。シルバーのローブは黄色だったんだ。それが、今と前回は茶色かった」
「ゴリラ回は茶色って事?」
「……というか、多分なんだがループする前の1番最初も……多分茶色だったと思う」
「?? となるとゴリラが関係してるかとか分かんないよな……他に何か思い当たる事無いの?」
「思い当たるったって……そういや……最初と前回はナスカと一緒にトイレを出て、それ以外は1人で出たかも知れないがそんな事で……」
それを聞いたナスカはウーンと考え始めた。
「なるほどー。俺も詳しくは分からないからシル子に聞いた方がいいかもしれないんだけど、何つーかアレ、スライム効果?」
「何だそれは」
「何かこう、上手く説明が出来ないんだけどカジノのスライムスロットとかで当たる確率がぐんと上がる時があってさ。そういう時って何かしらの予兆があるんだけど。俺さー、それが何でだろうって1日スロット打ちながら観察していた日があってさー」
1日スロット打つなよ。この遊び人め……
「それで、天候とか気温とか……何だったら打つ人が男か女かとか? そういうちょっとした事でスライムの反応が変わって来るんだよ。でさ、俺がよくやるコレと似てるなって」
ナスカはポケットからコインを取り出した。ナスカは何とかなりそうな方角にコインを打ち込むと最終的に何とかなってしまうという変な技を使うのだが……
そういや蝶々が止まった位の小さな事で先の大きな事象が変わるとかいう難しい話を聞いた事がある気がする。
つまり何らかのきっかけがあってちょっとずつ変わってしまったって事か……?
「そうか……言われてみれば、茶色いローブを着ている時はナスカと一緒にトイレから出た時だったし、つーかそうだ! 思い出した、さっきの夜シルバーが茸食う前にもお前が居たし何なら茸スープの味付けも違ってたわ! お前調味料持ち歩いてるだろ??」
「ん? 確かに持ち歩いてるケド。んじゃゴリラになったのもそのせいってコト?」
「確信は出来ないが可能性はある。今夜やってみたら分かると思う……だが、塩はダメだ。ゴリラだとバナナに滑って転んでぶつかってバッドエンドだったからな」
「んー……じゃあ違うの使ってみる?」
「ああ。よし、行ってみよう」
俺が確信を持って頷く頃、シルバーがトイレの扉を開けてきた。
「ジェド……? トイレにしては長すぎないかい? お腹でも壊したのかい?」
「大丈夫だシルバー、安心しろ。お前は俺が必ず助けてやるからな」
「??? 私のお腹は下ってはいないんだけど」
訳の分からない様子のシルバーを引っ張り俺とナスカは係員の元へと行って同じ下りで宿を紹介して貰った。そこから厨房までもずっと同じである。正直コピペだ。割愛するとしよう。
「お客さん、何入れているんですかソレ?」
「ん? コレ? 魚醤」
「へー、ウィルダーネス大陸には海が無いので魚の加工品も入りづらいから初めて見ました」
ナスカが黒っぽい液をお湯に垂らすと良い匂いが広がった。うーむ、美味しそうだな。
「よし、良い感じ。シル子の所に行こう」
「上手く行くといいな」
茶色く色づいた茸スープを持っていくとシルバーは美味しそうに食べていた。俺は魚になった時の事も想定して水桶も用意した……
――そして翌朝。
「ジェドっちー……」
「……ん? ナスカ、どうだ? 上手く行っているか?」
眠い目を擦り起き上がるとナスカは隣の布団を指差した。そこには溶けたアイスが布団を濡らしていた
「……まさか、それがシルバーなのか?」
ナスカはこくりと頷いた。と、同時にまた景色が暗転する。
★★★
「――溶けたアイスって何だよ!!!!!!」
「え?! 急に何?!!」
俺はチャックを閉めると同時に叫んだ。ナスカがビクッと驚き距離を取る。
「小便の中に何か混ざってた? 全然意味分かんないんだけど……」
「説明は後だ! こうなったらとことんやってやる!!」
「は?! え?? ちょ、理由だけでも」
俺はもうなりふり構わず、説明も省いてナスカを引っ張ってシルバーの元へ走った。
「あ、ジェド。服がボロボロになってしまったからねぇ、ローブを――」
「分かってる、茶色いローブが一番だ。可愛いぞ。よし、今日は泊まるから一番マシな宿に案内してくれ。あ、謝罪はもう結構だ」
「え? お客さん何故それを……」
何回目だと思っているんだ。もういいわい。
俺はとにかく早く宿に行きたいとやり取りもそこそこに【宿・ヴィンテージ】に向かった。
部屋にシルバーを放り込み、ナスカを引きずって厨房に行く。何回見たか分からない店員のケツが見えたので蹴りを入れて鍋の前にナスカを置いた。入っていない陽当たり茸を鍋にぶち込んでナスカに詰め寄る。
「さぁ、お前の持っている調味料をさっさと出せ!!」
「ちょ、ちょ、ちょっと待って、せめて少し理解する時間を、せめて目を見て……」
「うるせえ! こちとら何回も繰り返してイライラしてるんだよ!!」
「わかった、わかったから」
ナスカがゴソゴソと調味料を取り出したので、その中から塩と魚醤をぶん投げ赤い小瓶を茸の煮え立つお湯に突っ込んだ。
「あー……そんなに入れたら辛いって。それ食べるのシル子だよね……?」
「味はどうでもいいんだよ。さ、行くぞ」
スープが出来ると俺は足早にナスカを引きずって部屋に戻った。勢いよく部屋を開けるとシルバーが丸い目をしている。
「ええと……今日は一段と訳が分からないね」
「すまん、結果的にお前の為なんだ。黙ってコレを食ってくれ」
シルバーに渡したのは目にしみそうな真っ赤なスープだった。
「……私は刺激系の食べ物は余り好まないんだけど、火の魔法だと思って頑張るよ」
シルバーはちょっと嫌そうな顔をして赤いスープを受け取って飲んでいた。お腹を壊したのか夜トイレに何回か起きていた……
――そして翌朝
「ジェドっち……ジェドっち」
「うーん、何か熱……」
目を覚ますと宿が燃えていた。熱い訳だよね。
「……ナニコレ」
「何か朝起きたらシル子が燃えて火になってた」
「は?」
一段と火の勢いが増し、目の前が火事で爆発したと思ったら――
★★★
「よし。火か、いや意味分からんわ!! ああもう次だ次!!」
「え??? 何? 火? どしたの??」
こうなりゃ何回でもやったるわ!!コンチクショウ!!!
★★★
「なるほど、カエルって冬眠すんだな!! 勉強になるわ」
「は? 何が??」
★★★
「マンボウってすぐ死ぬんだな。よし、次だ次」
「何??」
★★★
……というように何度も何度も繰り返した俺だったが、スープの味で茸の結果が変わることは分かったものの何回トライしてもバッドエンドにしかならなかった。
「はー……全然意味分かんないんだけど、今言った調味料全部ダメならこれしか無いよ?」
ナスカの豊富な調味料の手持ちも数が無くなり、残りは一つの小瓶のみとなっていた。
その手にあったのは……砂糖。
「スープに砂糖って……しかも茸でしょ? 俺は絶対に食いたくないけど」
「味はどっちでも良いんだよ。大事なのは結果だからな。一思いにドバッと入れてくれ」
「あーあ、シル子可哀想」
ナスカがげんなりしながら砂糖をドバドバとスープに入れる。陽当たり茸と相性が悪いのか甘いようなしょっぱいような気持ち悪い臭いが立ち込めて店員も鼻を摘んでいた
「……」
「……」
「行こう。食べるのは俺達じゃない」
気持ち悪い匂いのスープを持って部屋に行くと、シルバーがこちらを見て眉をへの字に曲げた。
「……それは、陽当たり茸かい?」
「そうだ。明日の為に飲んでくれ」
「……」
これは流石のシルバーも嫌だったらしい。
「嫌なのは分かるし意味も分からないかもしれないが、お前の為なんだ。頼むから食って――」
俺が言うまでもなくシルバーは涙ぐんでスープを飲んでいた。
「友達がくれた物を……ぐぇ……断る選択肢は……うっ……無……」
余程不味かったのか青い顔で食っていた。本当すまんな。
夜中、シルバーは何度も水を飲んでぐったりとしていた。お前の為なんだ……だが、これで調味料は終わりだし明日もダメだったらどうしよう。
俺は心配になりつつもいつも通り強烈な睡魔に襲われた……頼む、今度こそ……
そして翌朝。
「ジェドっち、ジェドっちー」
「……ナスカ」
何度見たか分からない朝。やはりナスカが起こしてきた。
「どうなんだ……シルバーは……」
布団から起き上がる俺はいつもと違う違和感に気付いた。目が覚める時、いつもは空が少し明るんで来た頃なのだが……今回は陽がすっかり上がっている。
「え? て事はループから抜け出せたのか??」
「ジェドっちがどこでループしてんのか分かんないけど、多分大丈夫だと思う」
ナスカが指差した方を見ると、その布団にはシルバーらしき女性が居た。
「ん? 今度は女子なのか? 直ぐに死なないヤツだと――」
俺はシルバーの様相を見て絶句した。
顔は確かにシルバーなんだが、目が少しつり目気味。長い髪は綺麗に巻いてあり丁度ドリルのような……
「ねーねー、コレってやっぱアレじゃない?」
「……そうだな……多分、アレだわ」
ループを抜け出した翌朝……
シルバーは悪役令嬢になっていた。