漆黒の結末、繰り返すチャック(3)
オッス、俺漆黒の騎士! グラス大陸に渡る為に飛竜に乗ってウィルダーネス大陸に移動した俺達は、イスピリの開放感のある宿に泊まった。
朝になるとシルバーが爆発を起こし……その瞬間、何故か爆発前のチャックを上げる所に戻ってしまったのが1~3回目。
そして、日当たり茸を食べておらず元に戻ってしまっていたという事に気が付いて犯人を特定し、ちゃんと茸を食べさせたものの……何故か魚になって干からびてしまい、また時間が戻ってしまったのが今回の4回目だ。
1つの話でこんなにもチャックを上げ下げする騎士がいるだろうか? ちょっと夜めの話に出てくる騎士だってチャックを下げて上げる位だ。チャックは何度も上げるものではない。
……いや、チャックは全然関係ないんだよ。多分。問題は、今回俺は死んだ訳では無いのに何故戻ってきてしまったのか……という所だ。
悪役令嬢から聞いていたタイムリープ系の話のイメージが強くて、てっきり俺が死んだのがきっかけでループしているのだとばかり思っていたが……もしや鍵となっているのは俺では無くシルバーだったのか?
確かにシルバーは大魔法使いだ。自身に何らかの魔法をかけていてもおかしくは無い……だが、戻るなら俺では無くシルバーじゃないのか? それに時間の魔法は制約があると聞いている。だが、今のところ何のペナルティらしきものは無い……何度もチャックを上げているだけである。
「……とは言え、シルバーがタイムリープのきっかけになっている事しか今は分からないが……あいつを何とかすればいいはずだよなぁ」
展開は分かっている。元に戻ってからの爆発が回避出来ても魚になってしまうから……つまりは水に漬けとけばいいだけだろう。オーケイオーケイ。
俺は余裕の表情でトイレのドアを開け、皆の所に戻った。
元の場所ではシルバーは黄色のローブに着替えているし、係員は謝ってくるし相変わらず開放感のあるマシな宿を勧めて来る。
「……でしたらイスピリで1番マシな宿を紹介しますね!」
「ああ、そこで良いから早く行こう」
目を逸らす係員だが、俺はもうこの辺りのやり取りはどうでもいいので早く宿に案内して欲しい。
「いいのー? なんか目逸らしてるし、1番マシって……絶対期待出来ないヤツでしょ?」
「お前が期待出来なかろうがそこに行くのはもう決まっているんだ。どんな所かも知ってるしとっとと行くぞ」
「はぁ?」
ナスカとシルバーが不思議そうな目をしていたが、俺にとってはもうかれこれ4回目である。期待出来ない宿なのも店員の装いも部屋も布団も何もかも俺には分かるのだ……
案の定案内されるのはボロボロの【宿・ヴィンテージ】。店員の顔やケツにも見覚えがありすぎて最早顔見知りである。一度会ったら友達でありこう毎日会うと兄弟レベルだろう。……いや、見知っているのは俺だけだったな。
「いらっしゃいませー! あ、停留所の係員から聞いています、本日は開放感たっぷりの宿・ヴィンテージへようこそ! いや〜、お客さんラッキーでs――」
「今日は満天の星空で、なーんにもないウィルダーネス唯一の魅力を思う存分楽しん欲しいのは良くわかっている。10人位入れる大きさのデラックススイートルームが空いているのだろう、早く案内してくれ」
「え……私が言いたい事を何故……お客さんもしや私の心が読める系能力者ですか……??」
店員は言いたい事を全て俺が知っているので驚いていた。当たり前だ、4回目やぞ。
「そんなんじゃない。あ、あとこの茸を夜食に出してくれ」
「茸ですねー! うち、水がいいから素材本来の味を引き立てたナチュラルスープが売りですので楽しみに――」
「言っておくが違う茸とすり替えようとしても無駄だ。分かっているんだから」
「――えっ……なぜ……」
店員は心と行動が全て読まれたかのような俺の言葉にガタガタと震えた。こちとら4回目だぞ、お前のことは全てまるっとお見通しなんだよ。
「あっ、後……水をくれないか?」
厨房で店員の調理を見張り終え、俺は水の入った桶とキノコのスープを持って宿泊部屋に戻った。
ドアを開けると案の定ナスカは居ない。
「ナスカは街に出かけてしまったよ? 何を持っているんだいジェド……水?」
シルバーは不思議そうに水桶を覗き込んだ。
「ああ、水だ。済まないが今夜はそこに入って寝てくれ」
「えっ」
「まぁ、朝日が昇る前に入れば良いんだが……俺は多分起きられないから自分で入ってくれ」
俺の訳の分からない行動にシルバーは首を傾げたが、クスクスと笑い出した。
「相変わらず君は予想出来ないね。良いさ、君の言う事を断わる理由は私には無いからね」
俺が済まないね。俺にもなーんも分からないんだが……とりあえずシルバーが断らない、疑わない性格で良かった。性格なのか? ……深くは考えないでおこう。
「あと、夜はちゃんと寝ろよ。不安とか感じるな、俺が全部何とかしてやるから」
「??? 変なジェドだねぇ」
スープを飲みながら呆れて笑うシルバー。変で済まんな。何だか知らないがお前を死なせないのが俺の使命なのでな……
その後暫くシルバーの様子を見ていたがやはり夜中に急激な眠気に襲われた。夜はどうしても起きていられないらしい……だが、朝になる前に水に入って貰えば大丈夫だろう。
そして、急に目がパチリと冴える。一緒だ。空が明るんでいる。
シルバーの方を見ると布団には居なかったので朝になる前に水に入ったようだな……と思い桶の中を見ると、魚が浮いていた。
一瞬寝ているのかと思ったが……そうでは無い。死んでいるのだ。
「えっ」
★★★
「えっ」
次の瞬間、またトイレでチャックを上げていた。
「……」
「あー、野宿じゃなくて良かったー。早く行こうよ」
ナスカがトイレを出て行こうとする。俺はその肩を掴んだ。
「……済まん、教えて欲しいんだが魚を水に入れたのに死んじゃうのは何でだ……?」
「は? 何急に。トイレで魚でも飼ってるの?」
俺の突拍子も無い質問にナスカは首を傾げた。
「んー……そうだな、普通の水なら海水魚とかは死んじゃうかもしれないねー。ていうかジェドっち、何か時間でも繰り返してる?」
「おお良く分かるな、流石だな。……分かるんなら助けてくれよ……」
ループ4回目にして何故かナスカが気付いた。何で分かるの……? 目に何か書いてあるの?
「……いや、冗談のつもりだったんだけど、ホントに繰り返してんの? そんな事ある?」
「ああ……冗談のようだが有るんだよ。信じてくれ。俺はかれこれ5回目のチャックを上げている」
「何でチャック?」
「何でなのかは俺が聞きたい。だが、何故か戻るのは決まってココなんだ」
俺は今までの経緯を話した。ナスカは首を傾げながらも俺の話をちゃんと聞いてはくれていた。
「……という訳でトイレから戻ったらシルバーが着替えている所から始まり、明日の朝には死んで時間が巻き戻ってココに戻って来てしまうんだ」
「んー、ジェドっちが嘘をつく訳無いだろうし。とりあえず、明日の朝シル子が死なないように手伝うよ」
話が分かる系陽キャのナスカが俺の背中を叩いた。頼もしい。1人で何回もループしていて心細かったのだ。これ、俺が女主人公だったら恋に落ちちゃうわー。
「んで、とりあえず何したら良いの?」
「まぁ、先ずは宿に行かない事には始まらないしな。とりあえず夜まで黙ってついて来てくれ」
「んー、分かった」
俺とナスカがトイレから戻るとシルバーが茶色のローブに着替えていた。
……? 何か違和感を感じたが気のせいだろう。
何回見たのか同じ会話で謝って来て1番マシな宿をお勧めする係員。早くして欲しい。会話をスキップ出来るボタンがあるなら絶対に使っている。
なんやかんやでお馴染みの【宿・ヴィンテージ】に到着した。もう5回目ともなると常連である。俺だけが。
勝手知ったる感じで部屋に案内して貰うとナスカが嫌な顔をしていた。
「えー……もしかしてココで寝るの? 俺遊びに――」
「協力してくれるんだよな?」
「……はい」
げんなりした顔のナスカを引きずって俺は部屋を出た。後ろでシルバーが首を傾げている。
「2人して何処へ行くんだい? 私も……」
「あ、いや。連れションだ、直ぐに戻るから待ってろ」
「?? さっきもトイレに2人で行っていた気がするけど。まぁ、寒いと近くなるからねぇ。行っトイレ」
シルバーはクスクスと笑いながら手を振った。
厨房に行くと、後ろ半分布の無い店員が鼻歌を歌いながらスープを作っていた。その目の前には調理されていない陽当たり茸……こいつ、何回も性懲りもなく。いや、何回もでは無いんだが。
「おい」
「へっ? うわぁ!! 何で厨房に!! あ、いや、これはその……」
「……今更、茸をガメようとした事を問い詰めるつもりは無いからちゃんと渡した茸で作れ」
「……はい」
店員は観念した様にガックリと項垂れて陽当たり茸を切り始めた。5回目だともう最早責める気にもならない……
茸がお湯で茹でられる。相変わらず茹でただけのナチュラルスープである。
「えー、お湯で茹でただけ?? 他の具はともかく味付けとかしないのは流石に引くわー」
「すみません、貧乏で食材が無くて。あっても直ぐ食べちゃうので、塩なんかは貴重過ぎて毎日舐めてました。あ、でも水がいいから味はなかなかで」
「調味料を直接舐めんなし。もー……しょうがないなぁ」
するとナスカがゴソゴソと小瓶を取り出した。
「何だそれは」
「俺さー、濃い味の方が好きだから調味料持ち歩いてんだよねー。幾つか持ってて、コレは塩だけど他にも魚醤とか胡椒とかもあるよ。これなんか珍しくてさ、唐辛子と胡麻の油を混ぜて煮たモンなんだけどめっちゃ辛くなる」
「ほー……色々あるんだな」
「へー……」
「アンタもさぁ、貧乏だからって貧乏に合った食生活してないでもっと良いもの食べた方がいいよ? もう直ぐゲートだって開くみたいだし。シュパースに来たら美味いもの沢山あるよ」
「シュパースですか……? 初めて聞きましたが……でも、そんなお金……」
「シュパースは金が無くても、遊ぶ金くらい働いたりカジノで儲けたりしながら何とでも出来るからさぁ。金なんか無くても大丈夫だよ」
「シュパース……」
ナスカが悪魔の誘いのような笑顔を向けると、店員は遠くシュパース島を想像しながらキラキラとした目をかの地に向けた。ああ……こうして遊び人が増殖して行くのか。
「出来たよー」
ナスカが作ったスープは確かに美味そうだった。しゅごい、料理系陽キャ凄くない? 女が放っておかない。俺が女なら百万回抱かれてる。
「あ、あと済まないが桶に水をくれ」
「水ですか?」
「ああ」
そうそう、それを忘れちゃいけないのだ。桶を受け取るとナスカがそこに先程の調味料を入れた。
「海水にしなきゃいけないんだよね? どん位入れるか分かんないけど……」
「そうだな。よし……コレで今回は大丈夫な筈だ」
準備は万端である。俺は気合いを入れて部屋の扉を開けた。
「おかえり、長いトイレだと思ったらスープを受け取っていたのだねぇ……何だい? その水桶は」
「ああ、水だ。しかも塩を入れたから塩水だな。済まないが今夜はそこに入って寝てくれ」
「えっ……何の儀式なんだい?」
シルバーが首を傾げている。朝方に塩水に浸かれなんて本当何の儀式ですかね?
「何も考えずに朝日が昇る前に入ってくれ……俺は多分寝てるが」
「何だか分からないけど分かったよ。ふふ、君はいつも変だねぇ」
シルバーはクスクスと笑った。スープを置いたナスカはお役御免だと、部屋を出ようとする。
「んじゃ、俺は遊びに――」
「待て。心配だから朝までちゃんと見ていてくれ……俺は朝方までは起きないから」
「はー……」
ナスカはガックリと項垂れて布団に潜り込んだ。
「ま、星を眺めながら健全な夜を過ごすのも悪くないかぁ」
……どんな不健全な夜を過ごしてたんだよお前は。
だが、今回は前までとは色々違う。上手く行く予感しか無い。明日は無事来るだろうと、俺は目を閉じた……
「おーい、ジェドっちー」
ナスカが俺を揺する。空は明るんでいた。
「ん……? ナスカ? シルバーは大丈夫か……?」
「何か聞いてた話と違うんだけど」
「ん?」
ナスカが指差す先を目を擦りながらぼんやりと見る。水桶に浸かっていたのは魚ではなく……ゴリラだった。
……何で?